黄昏の異邦人-3

*ご注意:『間』および『分岐点』設定のお話です。

 

―――しまった。
一番最初に、思わず心の中で呟いた一言。
またやっちまったのか?
時空間に『キズ』でもついてしまったんだろうか。それとも、まさか『通路』でも出来てしまったのか?
オレは瞬間感じた眩暈をこらえて、立ち上がった。
この風景をオレは知っている。
恐ろしく高い建物が遠くに見え、きれいに舗装された道路を『自動車』が走っている、この風景は。
『異世界』。
隠れ里もなければ、忍者もいない、一応は平和と呼べる世界。
―――オレとイルカ先生が一時期迷い込んでいた、あの街だ。
「………参ったな………」
今回、オレは一人だ。………だろうと思う。
周囲にはイルカ先生のものはもちろん、忍のチャクラが感じられなかったから。捜してもムダだろう。
「さて、どうするかな………取りあえずは………」
この世界で認識されている『一般的な忍者スタイル』ではないようたが、今のオレの格好はやはり目立つし、妙にうつるだろうと判断して、人に見られないうちに変化する。
この世界にはもう一人、オレにソックリな子がいるはずだから、顔形も変えた。間違われて、彼の知り合いに声をかけられても面倒だと思ったからだ。
「彼らには悪いけど、またお邪魔しちゃおうかなあ………」
イルカ先生が一緒だったら、別の身の処し方を考えたのかもしれないが、『独りで異世界に放り出された状態』はどうも思ったより精神的にくるものがありそうな気がする。知り合いが居るなら、さっさと頼る方が得策だろう。
ぐるりと周囲を見回す。ここは、『駅』に近い所だな。
じゃあ、彼らの住まいはあっちだ。
オレはうろ覚えの道を歩きだす。
背中で夕日が沈み始めていた。


「お?」
ラッキー。あそこにいるの、イルカ君じゃない。
本屋の店先で、雑誌を見ている。
やー、やっぱり知っている顔を見ると、何だか安心するね。オレはそっと彼に近づき、肩を叩く。
「イルカ君」
イルカ君はひょいと振り向いて、訝しげな顔をした。
「………はい。俺はイルカですが………申し訳ありませんが、どちら様ですか?」
「あ、そうか。……ごめん、今、変化してるんだよ。オレ、カカシ。………忍者の。………わかる?」
 そう言いながら、オレはこのイルカ君が『オレを知らないイルカ』である可能性もあるのだ、という事に気づいて、声のトーンを落とした。
だとしたら、ヤバイ。いや、マズイ。
だが、それは杞憂だった。
「………カカシさん? え? も、戻れたんじゃなかったんですか?」
 良かったぁっ! オレのことを知っているイルカ君だ!あー、助かった。
「うん、一度はちゃんと戻ったよ。……でも、またやっちゃったみたいでさー。気づいたら、この街にいたんだよ。で、歩いていたらキミを見かけて…」
イルカ君はキョロキョロと周りを見回した。
「……あの、イルカ…さんは? カカシさん、お一人なんですか?」
「ん〜…今回は一人みたい。飛ばされた時、近くにイルカ先生いなかったし。……でね、オレ行くあてがキミ達のとこくらいしか無いでしょ? だから悪いとは思ったんだけど、またお邪魔しに行くトコだったのよ」
はあ、とイルカ君は頷いた。
「そりゃあ、俺は構いませんが。ウチで良ければ、またお戻りになれるまで滞在してください。………あ、そうだ。うちのカカシの奴と、待ち合わせしてるんです。これからメシ食いに行くとこなんですよ。ご一緒にどうですか?」
そう言いながら、イルカ君は腕時計に眼を落とす。
「もう時間過ぎてるんだけど………遅いな、あいつ」
そして、ポケットから小さな機械を引っ張り出した。
携帯電話ってヤツだね。便利な世界だ。忍鳥とか使わなくても連絡出来て。
イルカ君はしばらくその小さな機械をいじっていたが、眉間にしわを寄せて小さく唸った。
「………変だな。待ち合わせしている時に電源切るわけないし。電波の届かないところにいるってか………? 何処にいるんだ? あいつ」
あ………まさか、電話に出ないわけ………?
―――何だか、ヤな予感。



行方不明。
この世界の、『はたけカカシ』が。
何かさ、いや〜な感じがするんですけど。
イルカさんは子供達を部屋に上げると、実はな、と以前の『平行世界スリップ事件』の事を改めて話し始めた。
イルカさんとお兄さんは、十日以上オレ達の世界にいたのに、戻った時、元の世界(ここだな)では殆ど時間が経過していなかったらしい。なので、二人が『消えて』いた事は、当人達が報告するまで誰も気づいていなかったし、問題にもならなかったのは当然で。
一応お兄さん達は、上の偉い人には事の次第を報告したらしいのだけど、子供達にまであの話はしなかったんだな。
「………嘘みたいな話ね〜。フシギィ」
聞き終わったサクラちゃんは、しみじみとオレの顔を見ている。
「ねー、イルカ先生。本当にこの人、カカシ先生と同じ顔、してるの?」
「まあ、殆ど」
それを聞いた子供達は顔を見合わせて「やったぁ!」と小さく叫ぶ。………何? ナニゴト?
「そっかー! なーんだ、カカシ先生ってば、普通のカオしてたんじゃん!」
「普通の顔って言い方ないでしょ、ナルト」
「だ〜ってよ、出っ歯でもタラコ唇でもなかったじゃん?」
「普通よりは水準高い顔でしょーってこと! うふふ、良かったあ〜。ぶっさい先生より、カッコイイ方がいいもん」
ナルトとサクラちゃんがヒソヒソと声をひそめる。でも、丸聞こえなんですけど。カッコイイと誉めてもらっているみたいだけど、ここで喜んでいる場合じゃないカンジ?
「………もしかして、オレ、カオ晒したのまずかった? お兄さん、この子達にも隠してたわけ?」
「お兄さん?」
聞きとがめたのは、黒髪のクールなお子様だった。
どうやらこの子が『サスケ君』だ。あの、オレの世界のサクラちゃんが片想いしているのもサスケ君って名前だったな。……そうか、この子か。なるほど、ハンサム君だ。それに何だかとっても忍者らしい(オレの感覚ではね)名前だね。
「あ、え〜と、オレの方が彼よりだいぶ年下だったから…何となく、ね。自分の名前呼ぶより、お兄さんって方が言いやすかっただけ」
「そうか」
何だ? ぶっきらぼうな子だね。
「まあ、似ているけど全く同じってわけでもないから。カカシ先生はカカシ先生。このカカシさんは、カカシさん。………というわけだ。さて、そんな事より、もっと大事な話があるだろう?」
 イルカさんはさらっと、オレの顔の話題からそれた。
それてくれたと言うべきか。
「そうそう! でさ、にーちゃんは何? 一人で来ちゃったってコト?」
 ナルトく〜ん……オレだってね、好きで一人来ちゃったワケじゃないんですケド。…ってか、小学生がプチ家出してきたような言い方しないでくれるかね。
「まあねえ………オレは道の角曲がっただけだから…気づいたらコッチにいたんで……正直、何が何だか」
う〜ん、とイルカさんは唸った。
「……じゃあ…こう、ガーンと何かあったわけじゃないんですね?」
「ン〜…ガーンとかドッカーンとかあれば、オレもアレが原因だーってわかるけど。……無かったデス」
イルカさんは、子供達に向き直った。
「カカシ先生が消えた時は? 何か衝撃みたいなものは、なかったのか?」
あ、やっぱりそういう事?
今回は、オレだけがスリップしてこっちに来ちゃったわけじゃなくて、あまり考えたくない可能性だったが、『はたけカカシ』って存在が………入れ替わってしまった、と。
サクラちゃんは、皆を代表して口を開いた。
「………その、ガーンとかドカーンってのはやっぱり無かったです。少なくても、前に先生達が飛ばされたっていう大掛かりな禁術の解呪みたいに、大規模な反発に相当する衝撃は。………あ、もしかしたら……でも………」
イルカさんは先を促した。
「サクラ、あやふやな事でもいい。気づいた事があるんなら、話してくれるか」
「う…はい。…あれは、昼食休憩の時だったんだけど…カカシ先生、ちょっと形の変わったクナイを持っていたんです。それ、何ですかって聞いたら、昔、オレの先生にもらった物だよって。………カカシ先生の先生って、四代目ですよね。で、その四代目の得意だった術…瞬身の術っていう高等忍術を使う時の道具だよって……あの………しゅ、瞬身の術って…時空間忍術………じゃなかったでしたっけ………」
「………時空間………忍術…………」
サクラちゃんの言葉を、イルカさんは呆然と繰り返した。ナルトと、サスケ君も何とも言えない表情になっている。
忍術の知識なんかカケラも無いオレでも、なんかヤバイ術なんじゃないかって気がするぞ。何だ? その、時空間忍術って。
やがて、サスケ君がボソッと呟いた。
「………もしかすると…何か、ドジりやがったんじゃないのか? あのうっかり上忍」


 



 

 

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