黄昏の異邦人-2
*ご注意:『間』および『分岐点』設定のお話です。
イルカさんの家は、小奇麗なアパートって感じだった。でも安っぽい感じはなくて、どこかヨーロッパとか、そういう外国の映画に出てきそうな趣のある建物をちょっと和風テイストにした感じ……ああ、どう説明したらいいのか、わかんねえけど。 イルカさんはアパートの部屋に入る寸前で、素早く元の姿に戻った。 「あちらの棟にはカカシ先生の部屋があります。俺達は、一緒に住んでいないので」 「…一緒に住んでいないの?」 イルカさんはちょっと笑う。 「ええ。……お互いに、その方がいいという話になったので。…まあでも、半分同居しているようなものですね。彼、しょっちゅうウチの方に帰ってくるから」 あー、何となくわかる。…って言うか、オレ達がこういう状況で分かれて住んでいたら、オレもそういう行動を取りそうだなーって思うから。 彼が買ってくれた弁当(所謂、『幕の内弁当』ってヤツ)は美味かった。ああ、オレ腹が減ってたんだなあ、としみじみ思う。 イルカさんは食い終わると、すぐに立ち上がった。 「貴方はこの部屋にいてください。…イルカ君を捜しに行きたいでしょうが、今はあまり動かない方がいい。………カカシ先生は今日、七班の子供達を率いて任務に出ていますが……今日中に片付くDランク任務でしたので、夕方までに戻ると思います。俺が受付所に詰めている時に任務終了報告に来てくれるはずですので、その時に事情を話しておきますから。そうなれば、おそらく俺がここへ戻るよりも彼の方が帰りは早いでしょう。冷蔵庫にあるものは好きに飲み食いして構いません。あ、カカシ先生は合鍵をお持ちですので、勝手に入ってきます。その他の誰が来ても、出なくていいですから」 「ハイ」 オレは神妙に頷いた。そりゃあ言われるまでもなく、余計な真似をする度胸なんか無い。大人しくお帰りをお待ちしております。オレらしくもなく、独りになるのはちょっぴり不安なんだけどさ。 それも仕方ないじゃないか。 何つったって、ココは『異世界』なんだから。 不安と退屈を紛らわす為にちょっと読む物でも借りてみようかと覗いたイルカさんの本棚は、難しい…えーと、これはシノビ文字ってヤツなんだろうか…字が並んでいる忍術書(だと思う)の類ばかりで、見てもさっぱりわからなかったから、早々に諦めた。 雑誌とかは買わないのかなあ。忍者が当り前にいる世界の雑誌って、どんなのか興味あったんだけど。まあ、学校の先生だからなー。イルカさん、ウチのイルカよりももっと生真面目そうだし。 それじゃ、テレビでも見てみよう。話し言葉が通じるんだから、テレビならわかるよな。テレビはちょっぴりレトロだったけど、ちゃんと居間にあった。 オレ、手で回す丸い様式のチャンネルって触るの初めてだ。あ、一応カラーじゃん。タイプがレトロだったから、白黒かもしれんって思ったけど。 適当にチャンネルを回すと、ドラマか映画みたいなのをやっていた。たぶん、恋愛物。 畳に腰をおろすと、ジーンズの尻ポケットにねじ込んであった携帯電話がケツに当たる。 オレはポケットから携帯を取り出した。 当然のことながら、圏外だ。バッテリーの消耗を抑える為に、携帯の電源を切る。圏外で電源入れたままだと、電波を拾おうとしてかえってバッテリー喰うって聞いたしな。 ……イルカは今頃どうしているだろう。こっちに来ていないのなら、アイツは当然元の世界にいて―――オレがこんな目に遭っているのも知らないはずで。 約束の時間に来ないオレを心配しているだろうか。それとも、怒っているだろうか。 ………電話、通じればいいのに。 せめて、オレはここだよってイルカに伝えたい。 助けに来てよ、イルカ。 ……………って、ちょっと待て、オレ。 まだ異世界に飛んできちまってから、ほんの3、4時間じゃねえか。何ホームシックになってんのよ。 ああクソ、『主人公は一人で異世界に飛ばされちゃいました』なんてシチュエーションのファンタジーはアニメや小説とかで世の中に掃いて捨てる(失礼)ほどあるのによ。 ―――あの主人公達ってすげえ。オレ、無理。ダメ。 言葉が通じる上、面倒見てくれる知り合いがいるっていうだけでも、『異世界飛ばされモノ』のシチュではすっげえラッキーな部類なのに。 まだ一日も経ってねえのに、このザマ。 ……戻りてえ。ってか、すげえ不安。戻れなかったらどうしようって……そう考えたら怖くて怖くてたまらない。 ……オレ、ダメだな。……顔や姿がソックリでも、やっぱあのお兄さんみたいに冷静に状況分析なんて出来ないよ。 テレビからは賑やかな笑い声が聞こえていたが、殆ど耳には入らなかった。もうあまり見る気もしない。でも音が無くなるのも嫌で、つけたままにする。 オレってもっと図太いかと思ってたんだけど。ヒトって意外。もっと開き直って、この状況を楽しめればいいんだけどね。……自分でもそう思うんだけどさ。 オレには部屋の隅っこで体育座りをしたまま、ただ時間が過ぎていくのを待つ事しか出来なかった。 「……オレって………軟弱者……」 日が落ちてきたかと思ったら、急に暗くなってしまった。電気、つけてもいいのかな。 でも、部屋の住人であるイルカさんも、お兄さんも帰って来ていないのに、部屋に明かりがついていたら周りにヘンに思われるかも。………仕方ない。ガマンしよう。 あ、ハラ……減ってきたな。のども渇いた。 冷蔵庫にあるもの食べてもいいって、言ってくれたイルカさんのお言葉に、図々しく甘えてしまおうか。 オレの感覚だと、ちょいと旧式かなあってカンジの冷蔵庫の扉をそっと開けると、庫内灯の黄色っぽい柔らかな光りがやけに明るく感じられて。 中に入っていたものを見て、オレは思わず微笑んでいた。昨日の残り物なのか、煮物の入った鉢にラップがかかっていたり。(ラップあるんだ、この世界)漬物が半分くらい入ったビニール袋の口が洗濯挟みで留めてあったり。 その生活感あふれるというか、ああここで人が暮らしているんだ、という実感がわく光景に、重くなっていた心がちょっぴり軽くなったような気がする。 あ、魚肉ソーセージ(だよな? この形状は)。コレはビールのつまみか何かなんだろうな。それでもって、違う銘柄のビールの缶が並んでいる。二種類ってコトは、たぶんイルカさんとお兄さんのビールの好みが違うんだろう。 んー、魚肉ソーセージ一本もらっちゃお。 …ビールはやめておこう。いくら何でも図々しいもんな。ここは遠慮して、水道水でガマンだ。………水道の水、飲めるよな? たぶん。 ソーセージと水で空腹感を紛らわせていたら、玄関から誰かが入って来たような音がした。イルカさんか、お兄さんだろう。だって、勝手に鍵開けているし。 慌しく部屋に入って来たのは、イルカさんだった。 「カ、カカシ君………カカシ先生、帰って来なかったですか?」 オレはお帰りなさい、を言うタイミングを逸し、ぶんぶんっと首を横に振った。 「ううん………誰も来ないよ………?」 イルカさんの表情が曇った。 「イルカせんせー、どうしたんだってばよ?」 イルカさんの背後からバタバタと誰かが走ってくる音がして、賑やかな声が聞こえた。 ―――おい。オレはこの声を知ってるぞ。 果たして、イルカさんの後ろからひょこっと顔を覗かせたのは、オレがよく知っているガキんちょ………に、ソックリな子供だった。 「ナルト………」 そう呟いたオレを見て、ナルトは素っ頓狂な顔で口を開けた。 「…アレ? …いるじゃん。カカシせんせ…だよな?」 ナルトから少し遅れて、後二人、子供が駆けつけてきた。 一人は、サクラちゃんにソックリな女の子だ。その女の子は、険しい顔で首を振った。 「バカナルト。………よく見なさい。違うわ。カカシ先生じゃない」 もう一人、ガキのくせにやたらクールな雰囲気の男の子も頷く。 「違うな。………左眼、写輪眼じゃない。それに……何だか、若いし」 そりゃーね。四捨五入したら三十路のお兄さんと一緒にしないでよねー。オレ、まだ十代だもん。ギリギリだけど。 子供達は三人とも額当てをつけていた。…ってことは、この子らも忍者なんだよな。イルカさんと格好は違うけど。 はあ、とイルカさんが嘆息した。 「………お前らは受付所で待機って言っただろ。何で俺についてくるんだよ」 「だーって、イルカ先生ってば、心当たりありそうな顔で飛び出して行くんだもんよ。じっとなんかしてらんねーって」 悪びれずにそう言ってのけるナルトの頭を、黒髪の男の子が引っぱたいた。 「悪い、先生。…このウスラトンカチ、止められなくて。仕方ないから、オレ達も来てしまったんだが……まずかったのか?」 彼の眼は、オレに注がれている。ムリ、ないよね。不審人物だもんね、オレ。 「………まずいって言うかな……」 言いよどむイルカさん。 そりゃ、説明に困るよねえ……オレの存在。 「カカシ先生じゃねえんなら、アンタ誰だってばよ?」 黄色いアタマに派手なオレンジ色の上下っていう、オレの認識じゃ『それは忍者の格好じゃないだろ』なナルトが口を尖らせた。 うーん、ここはひとつ、正直な自己紹介をすっか。 「オレ? はたけカカシ」 子供達三人は、思いっっ切り不審げな顔をした。 「ただし、忍者じゃないよ。……オレ、大学生。一般人だから。アンタらみたいに、忍術で違う人間になったりだの、高い所から飛び降りたりだの出来ないからね。ゴキブリよりでかいもの殺したコトもないし」 はあ? と子供達は呆れたような声を出す。 「………何言ってんの? このヒト」 「一般人だと?」 「カカシせんせソックリで名前も同じで、なのに忍者じゃない?」 頭痛をこらえるように額に手をやっていたイルカさんが、パン、と手を打った。 子供達は反射的に彼に注目する。おー、流石に先生だね。 「ひとまず、騒ぐなお前ら。この人は敵じゃないから。………カカシ先生によく似てはいるが、別人だ。……そのな…つまり、この世界の人じゃ、ないんだ」 ナルト達は仲良く、ぐりんとオレの方を振り返る。 「何ソレ?」 「カンタンに言えば、この宇宙には俺達の住む世界以外にも幾つもの世界があって、そこにはそれぞれ色んな人間が住んでいるんだ。普通は自分の住んでいる世界から、他の世界に移動したりは出来ないんだけどな。ごく稀にスリップ現象が起きる事もある………って事なんだろう」 イルカさんの大雑把な説明に、一番に頷いたのはサクラちゃん(だよな)だった。 「先生、それって、平行世界のこと?」 おお、やっぱサクラちゃんだ。頭いい、というか、物知りな子だね。 「うん、そうだ」 イルカさんの肯定に、サクラちゃんは納得げな顔になった。黒髪の子も何となく理解したような顔をしている。 一人首を傾げているのはナルトだった。………ナルトよ、やっぱりこの世界でもお前はおバカちんなのか。不憫な。 「…んで? じゃあこのカカシ先生に似ているにーちゃん、別の世界から来た人ってコト?」 なんだ、一応わかってんじゃん。概念は理解できなくても、ソコだけわかってりゃOKよ。 イルカさんはナルトの頭をわしゃっと軽くかき混ぜる。 「まあ、そういう事になるな。…ナルト、この際、ややこしい事は置いておいて、『こういう事もあるんだ』とでも思っておいてくれ。…たぶん、事故なんだと思う。…この人だって、来たくてこの世界に来たわけじゃないんだ。一番困っているのは、このカカシさんなんだよ」 うう、さすがイルカさん。オレの気持ちを代弁してくれて、ありがとう。 ふうん、と頷いたナルトは、突然「ああっ!」と叫んだ。 「それじゃ…も、もしかして、カカシ先生………っ」 ん? お兄さん、どうかしちゃったんだろうか。 イルカさんは、困惑した顔をオレに向けた。 「………実は、カカシ先生が行方不明なんです。…この子達の話によると、消えてしまった―――ようで」 オレは思わず、ごくっとツバを飲み込んだ。 それって………まさか。 |
◆
◆
◆