黄昏の異邦人-12

*ご注意:『間』および『分岐点』設定のお話です。

 

イルカさんがデータのサルベージを始めてから、三時間が経過していた。
モニターを横から眺めているうちに、オレにもこの機械の中身がどういう法則で構成されているのか、次第に何となくわかってきた。イルカさんが、何度もデータのトレースをかけて『中味』を出してくれたからだ。基本的に二進法なのは同じらしい。
「………イルカさん、戻って。……さっきのと同じ画面じゃなきゃおかしいのに、一箇所違ってた」
イルカさんは、すぐに画面を元に戻す。
「………ほら、ここ」
一箇所だけ、また数値が変わっていた。
「本当だ。…よく見つけましたね。………って事は、まだ潜っている最中なのか。…止めないと」
ん〜、何だか指先がムズムズするなあ。こういう玩具っていじりたくなっちゃうのが男の子なんだよね。
「………カカシ君や、お前さんもわかるのか? そいつが」
向こうの机で舟漕いでた(と思っていた)ジイ様がいきなり話しかけてくる。
「あ? ええ…ま、オレ達の世界にもこういう機械がありますし………オレ、結構その類好きだから」
ほうほう、とジイ様が感心したような声を出す。
「そうか、そうか。…いや、ワシなんぞはもう年寄りでの、そういったモノはさっぱりなんじゃが」
イルカさんは横目でチラリとジイ様を見た。
「………面倒がっていらっしゃるだけでしょう? プロフェッサー。おやりになれば、出来るはずなのに」
「プロフェッサー?」
「…三代目の異名ですよ。里一番の頭脳をお持ちなのに、面倒がって」
ゴホ、とジイ様はわざとらしく咳き込む。
「年寄りは労わらんかい。…そんなもの、画面を見るだけで眼がチカチカしよるわ。大体のう、お前達若いモンが導入したがったんで許可はしたが、本来そんな怪しげな機械に頼らんでも里の管理は出来るんじゃ。…ったく、若いモンはすぐに楽をしたがりよって」
「申し訳ございませんね、軟弱で」
イルカさんは軽く流し、モニターを見続けている。
「でも、文字情報はともかく、映像情報を管理するのに便利なんですよ。…俺もね、どっちかっていうと巻物に封じたりする方が好きなんですが、機械だと客観的な情報のみを記録出来ますから。…術で処理すると、術者の主観が入る危険性があるでしょう? 今回みたいに、コイツで新しい暗号を組んでみるのも面白い試みだとは思います」
「…まあ、な。最近の暗号文字は、一定のクセがすぐにわかるようなシロモノが多かったからの。…それで実験してみたんじゃが…やれやれ、じゃ。して、…見つかりそうか?」
「…………おそらく。此処から『外』には出られませんから。俺を侵入者だと誤認したままなら、自殺する可能性もゼロじゃないですけどね」
イルカさんはふう、と息をついて目頭を指で押さえた。ずっとモニターに目を凝らしていて、疲れたんだろう。
「…カカシ君や」
「あ、はい」
「ちょっとやってみるかね? それ」
それ、とジイ様はパソコンを指差す。
あ、あはは……触りたそうにしてたの、バレちゃった?
「あの………でも、オレなんかが触って…も、いいんですか?」
オレはジイ様とイルカさんを交互に見る。
「別に、此処まできたら同じことであろう? イルカ」
イルカさんは、ニッコリ笑って立ち上がった。
「そうですね。…カカシ君、良かったらやってみてください。違う切り口でやってみるのも効果があるかもしれない。…大丈夫、俺が一緒に見ていますから」
そ…そお? イルカさんがそう言ってくれるんなら……
「じゃ、少し………」
そして、一旦やり始めると、オレは没頭してしまった。今までいじった事の無いタイプだっただけに、『分かり』始めるとつい夢中になってしまったのだ。新しい玩具を与えられたガキそのものだとオレ自身思ったけど、こんな風に自主的に逃げているデータを追い掛け回すのも初めてで、面白くて。こんなの、自分ちのパソコンじゃ出来ないゲームだ。
「………おっしゃ! 尻尾見えた! イルカさん、これじゃねえ?」
「ええ、それです! 見失わないで!」
「任せて!」
さっきも一回見えたのに逃がしちゃったからな。今度こそ、飛ぶ前に押えてやる! シューティングは得意だ!
「押えた!」
横からイルカさんの手が素早く伸びてきて、矢継ぎ早にキイを叩いた。
そして、モニターを見てフウ、と息をつく。
「お疲れ様、カカシ君。………助かりましたよ」
「…確保した?」
「ええ。もう、逃げません。…三代目、お待たせしました」
ど〜れ、とジイ様は腰を上げてきた。
イルカさんが開いたファイルの中味は、『暗号』だけあってオレにはチンプンカンプンだったけど、ジイ様にはわかるようだった。
「ほ、こりゃ面白い。随分と年代モノの様式も組み込まれておるのう」
「…今、それがわかるのは三代目やホムラ様と同世代の方々だけでしょう。俺も資料室で文献を見せて頂かなくては組めませんでした。基本的な部分はやはり踏襲しないと、暗号文字そのものの法則から外れて、役に立たないですし…それなら、新旧取り混ぜての複雑化を図った方が手っ取り早いですから」
「ま…時間も無かった事だしの………イルカや、コイツを印刷しておくれ。…急な事だが、明日までに暗部用にちょいといじらねばならなくなってな」
「…はい。少々お待ちを」
イルカさんが印刷の準備をしている横で、ジイ様はニコニコとオレを手招いた。
「はい?」
「…ご苦労じゃったのう。まさか、『仕事』をさせられるとは思わなかったろう。働いた分、報酬を出すのが里のやり方じゃ。…ほれ、お前さんの正当な報酬じゃよ」
えええっ…いや、でも…っ…
「あの、でも………あ、あの、前にも何かお小遣い…とか頂いたと…思うんで………」
「アレは、イルカに頼みごとをしたからじゃ。これとは別の話よ。取っておきなさい」
異世界まで来て、バイトするとは思わんかったなー。…でも、なんか嬉しい。…オレでも、役に立てたんだ。
「…ありがとう、ございます………」

外に出たら、すっかり日が沈んでいた。何時間パソコンと睨めっこしてたんだか。
「暗くなっちゃいましたね。…すみませんでした。仕事、手伝わせてしまって」
「あの…オレはいいんだけど………なんか、出しゃばっちゃったかなって………」
「いや、本当に助かりましたよ。実の所、俺ああいうのはあまり得意じゃなくて。…仕事だから覚えたし、扱えますが……カカシ君みたいに楽しそうにいじれないんです」
たはは、とオレは笑った。
「うっわ、バレバレ〜。うん、オレはゲーム感覚で楽しんでました〜。だからさ、報酬なんてもらったら悪いなって」
いいえ、とイルカさんは首を振る。
「楽しんでやろうと、苦しんでやろうと、仕事として成果が出たのなら受け取っていいんですよ。………それより、お腹がすいたでしょう。昼飯を食う前に呼び出されて、オヤツの最中しか食ってませんからね」
言われたら急にハラが減ってきた。
「あ、じゃあ今もらったので何か食いに行こう!」
「食いに行くのは賛成ですが、それは貴方の活動資金として取っておいてください。今夜は、例の『お小遣い』があります。…どっちも三代目の懐から出てますし」
―――それもそうだ。
では、今日のオレのバイト代は、後日一楽のラーメン代ということで。
 



 

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