黄昏の異邦人-11

*ご注意:『間』および『分岐点』設定のお話です。

 

電車を一回乗り換えて、着いたのは新宿とかいう所だった。
…なるほど、イルカ君達の住まいのある辺りとは、空気からして違うね。盛り場独特の雰囲気だ。人間の原始的な欲望とか、そういう邪念が街にあふれ出している。
もちろん、それは言い換えれば『活気』というものかもしれないが。
それにしても、色んな格好の連中がいるね。これならオレが忍服で歩いてもあんまり目立たないかも。
「銀座の方が街の雰囲気が落ち着いていて、店のグレードも高いんですが………ここはひとつ、繁華街らしい場所を選んでみました。…実は俺、この街ちょっと不案内なんですけど。……こういう所の方が面白いかな、と思って」
「う〜ん、そうね。面白そうよ。街全体がギラギラしてて。なんかこー、あらゆるモノのルツボ的なところが」
「それは言えますね。この街なら、あらゆる物が手に入りそうな感じです。…人間にしても最近特に外国人が増えていると聞きますし、年齢的にも様々に見えますから。……さて、何処へ行きますか? カカシさんもこの先どれくらいの滞在になるかわからないし、ちょっと普段着でも買っておきましょうか」
ああ、なるほど。洋服屋らしき店がある。…けどなあ。
「いや、気遣いは嬉しいけど、キミに余計な金を使わせるわけにはいかないよ」
「いいんですよ。最近、あんまり服買ってないし。せっかく新宿まで来たんだから、俺も何か買おうかなって。この街は若い人間が多いから、服なんかは結構安いのがあるはずなんですよね。…それに、カカシさんと俺達、そう背格好が違わないから、誰が着ても支障は無いし」
今、オレ用に購入した服は、後々彼や彼の相棒が着られるってコトね。それなら…うん、いいか。
「そういう事なら。………おや、デカイ本屋」
「このビル全体が本屋なんです。小さな本屋では手に入らない専門書でも、此処へ来たら見つかる可能性が高いんですよ。…興味おありなら、ちょっと覗いてみますか?」
「そーね、じゃちょっと見てみるかな。…ん〜、思い出すねえ。イルカ先生と最初にデートした時もね、本屋に行ったんだよね」
ああ、そうそう。…あの時はちょうどイルカ先生も髪をこんな風に項で括っていたっけなあ。…ホント、似ているよ。錯覚しそうなくらいに。
「デート…ですか」
あ、イルカ君の声のトーンが落ちた。
「そ。そう言ってオレが誘ったら、彼引いてたけど。ま、いきなり男に手ェ握られて『デートしましょう』って言われたら普通引くよね、ハハハ……あん時はちょっとした冗談、茶目っ気だったんだけど」
「でも……冗談でも、あの人はそれに応じたんでしょう?」
「………ん。そうね」
そう、イルカ先生はオレの言葉に面食らいながらも、つきあってくれた。…あそこで彼がオレから逃げていたら、その後の関係は無かったんだろうか。
いや、彼がナルト達の担任で、オレが彼らの上忍師だという事実は変わらないから、きっとオレは何らかの形で彼に惹かれていったに違いない。
この異世界で、目の前に居るイルカ君と、彼の同居人であるもう一人のオレが、幼馴染みから恋人関係になったというのがいい証拠―――と思うのは自分に都合が良すぎるだろうか。オレとイルカ先生が全く相容れず、憎みあっている―――もしくは全くの無関係。
そんな世界など絶対にあるわけ無い、とは言い切れないしな。ちょっと寂しいけれど、可能性はある。
「………キミだったら、どうした? まだ恋人になっていない相手に、デートしようって言われたら」
「それって、アイツにって意味ですか?」
「うん…まあ、そーだね」
イルカ君はあっはっは、と笑った。
「ば〜か、と奴の後ろアタマどついて、それからつきあってやります」
それからイルカ君は少し照れくさそうな顔をする。
「………俺、あいつのお願いには弱いから」
う…っ…いかん。なんか、胸の辺りがきゅっと甘酸っぱく疼いちまったよ。
「…羨ましいねえ、キミ達。…いい関係で」
は? とイルカ君は眼を丸くする。
オレは手近な書架から適当に本を抜き出してパラパラ、とページをめくった。海洋生物の写真集らしいその本には、海中を泳ぐイルカの姿が鮮やかな色彩で再現されていた。その、のびやかで美しい姿の生き物と同じ名を持つ彼ら。
「………オレはね、時々不安になるんだよ。あの人があまりにも優しいと。……オレは上忍で、彼より力がある。彼がオレの甘えや我がままを許してくれるのは、やはりどこかそういった力関係が影響している部分があるんじゃなかろうかと。………時々、ね」
イルカ君はしばし考え込んだ。
「―――それは、無いでしょ」
………また、キッパリ言うね。
「そりゃ、男社会で階級は重要項目であり、無視できるわけはないです。…それくらい、俺にも想像できる。でも、俺だったら。…仮に、あいつが俺よりも年上で、絶対的に力も上で、逆らえない立場の相手だったとして。……命令なら聞きます。聞かざるを得ないから。………でも、甘えまでは受け入れません。………気持ちが無ければ」
イルカ君は、サングラスの奥にあるオレの眼をまっすぐ見つめた。
「お願いです。…そんな事、仰らないで下さい。…彼の気持ちは本物だと思います。貴方が、疑わないで下さい」
―――参った。
いや、マジになんつーか………イルカ先生にそっくりな眼で、そっくりな声でそんなセリフを吐かれると、ここが何処だか忘れてしまいそうになるよ。
「………ありがとう。…オレは、キミにまで甘えてしまったね」
サングラスを少しずらして、微笑ってみせる。
「信じなきゃね。…彼の気持ちも、自分の気持ちも」
イルカ君はオレの手から写真集を抜き取ると、そのままレジに行ってしまった。…え? 買うの? もしかして、この世界は手に取ったモノは買わないといかんのか?
戻ってきたイルカ君は、「はい」と本の包みをオレに渡してくれた。
「おみやげですよ。…向こうに戻る時、忘れないで持ってってくださいね」
「あ…ありがとう。…えっと、でも何で………」
イルカ君は、ニッと笑った。
「これだけ溢れかえっている書物の中で、貴方は最初にそれに手を触れた。………縁が、あったんです。だから、貴方のものにしてください」
彼の言葉を頭の中で反芻したオレは、それの意味に気づいてカア、と赤くなってしまった。
この世界に、どれだけの人間がいるか。
その中で出会い、お互いに惹かれる確率は、極めて低い数字だろう。だけど、人は出会い、言葉を交わし、絆が生まれていく。
それを人は『縁』と呼ぶのだろう。
オレはもう一度、礼を言った。
「―――ありがとう」
どういたしまして、と微笑んだイルカ君の笑みは、少し切なそうに歪んだ。
「………俺も、信じたいです。あいつとの間にあるものを。………カカシさん。………俺達もね、これで結構綱渡りなんですよ」


書店から出たオレ達は、適当に目に付いた店を何軒か覗いて、普段着に良さそうな服を何枚か買った。正直、こっちは木ノ葉と通貨が違うんで、安かったのか高かったのかオレにはピンと来なかったんだけど。………前回、コンビニで買った食糧の値段を基準に考えれば、まあ妥当な値だったかもしれない。
「それにしても人が多いね。何処に行っても人だらけ」
「今日、土曜日ですしね。…少し、休みましょうか。何処かで何か軽いものでも食べませんか?」
「あ、うん。…いいね」
夕食の時間にはまだ早いから、オレ達は休憩を兼ねて喫茶店に入った。
窓際の席に落ち着き、珈琲とサンドイッチを二人分頼む。
「カカシさん、この世界はやはり、貴方の住んでいる世界とは違いますか? その…街の感じとか………人とか」
通りを眺めながら、オレは頷いた。
「…ん…そうね。場所によったら、似ている所もあるかもしれないけど………やっぱり違うかなあ………」
「………俺は、あいつと違って、木ノ葉の夢は見たことが無いですから―――」
イルカ君はポツンと呟いた。
「………だから、俺は行けなかったのかな………」
ああ、そうか。………これで、オレとイルカ先生、カカシ君とイルカ君の4人の中で、彼だけが『木ノ葉』を知らないと言うことになる。……だから少し、置いていかれたような、そこはかとない疎外感を覚えるのかもしれないな。
「う〜ん、それはどうだろうね? 今回はこの間とだいぶ飛ばされ条件が違うし。………でも正直、オレはキミがこの世界にいてくれて良かったと思ってるけど。来てみたら、キミも彼もいなかったとしたらオレ、随分寂しい思いをしたろうからねえ……」
忍術駆使すりゃ、路頭に迷う心配はないんだけど。でも、オレだって人の子ですよ。心細くはなるじゃない? 当然。
「…寂しい? 貴方が?」
「そりゃあねえ。…正真正銘、独りぼっちじゃない」
こういう会話を交わしながら、オレはさりげなく周囲に注意を向けていた。…実はオレ、この店に入った時からミョ〜な視線を感じていたんだよね。
こういう視線は―――というか、気配は知っている。
いわゆる『敵意』ってやつだ。殺意には至らないヌルいヤツだが、結構剣呑だね。………幸い、イルカ君は気づいていないらしい。
「…あ………うん、そうですよね………すみません」
「謝ることないって。…ん? それとも、行ってみたい? 異世界」
「………往復切符があるなら………」
オレはハハハ、と笑い、少しトーンを高くした大き目の声を上げた。
「イルカったら正直者〜」
え? とイルカ君はオレを驚いたように見る。
そう、今オレはわざと『カカシ君』を演じたのだ。ス、と彼に顔を寄せ、小声で注意する。
「………キミも、普段彼に接しているようにしなさい。…たぶん、キミ達を知っている人間に、見られている」
しかも、あまり好意的じゃない人間にね。
しっかし、ここが元の世界で、オレにこういう視線がぶつけられるならわかるけど、何故イルカ君達に…? 何かやらかしたのか? ここのオレも。
サンドイッチと珈琲をさっさと片付け、オレは立ち上がった。
「ごちそー様。…行こ、イルカ。オレまだ見たいものあるんだ」
イルカ君はちゃんとオレの言う通りにしてくれた。伝票を持って立ち上がりながら、いつも彼の相棒に対するように呆れた口調で返してくる。
「お前、まだ買い物する気か? 元気だな」
「いい運動になるっしょ〜?」
軽口を叩きあいながら店の外に出る。と、案の定さっきからの視線の主達が後を追って出てきた。ん〜と、3人ってとこか。………さて、どうするかな。
「イルカ君、振り返らないで聞いてね。…どうも、ただ見られていたワケじゃなくて、あちらさんコッチに絡んできそうな気配があるんだよね。…どうする? 巻いてもいいけど、もしもそんな事される心当たりが無いんなら、この際スッキリさせとく?」
イルカ君は2、3秒考えてから「はい」と応えた。
「俺の方は心当たりあまり無いんですが、もしもあいつに何かする気のヤツらだったら、ここで話つけておいた方がいいですね」
「じゃ、人通りの無い路地裏とかに誘導しよう」
「…わかりました」
オレ達は、あちらこちらの店を物色する振りをしながら、さりげなくひと気のない方へ移動していく。
そろそろかな、と思ったところへ、背後からガラの悪そうな声が投げかけられた。
「おい、待て。はたけ」
………あちゃ。やっぱ、オレの方か。な〜にやったのよ、カカシ君ったら。
「何か用?」
振り向くと、やっぱり剣呑なツラの野郎どもがいた。
ええと、コイツらに見覚えは無いなあ………木ノ葉にはいない連中かな?(オレが瞬殺した敵だったっつう可能性はあるけど)
「何か用、じゃねえだろっ! すましたツラしてんじゃねえっ! てめえ、オレの女取りやがって!」
―――………はあ?
思わずイルカ君の方を振り返ると、彼は手で『ソレは無い』と否定した。そりゃそーだろーな。あの子だって、イルカ君にゾッコンなはずだもんなー。他人の女に手を出すなんてアホな真似しないわ。
「…何か、カン違いしてんじゃねー? オレ、知らないよ。アンタの彼女なんて」
マジ知りませんし。
したら、最初に吠えたのと別のヤツも眼を吊り上げる。
「シラ切る気かぁ? 去年、オレのマナミも横取りしやがっただろう! 口説いたばっかりの女だったんだぞ!」
……………え〜と。マナミさんデスか。カカシ君、結構お盛ん?
「………マナミさんだって。…イルカ、知ってる?」
イルカ君は眉間にシワを寄せて、曖昧に首を振った。
「…お前にコナかけてきた女の名前なんか、いちいち覚えてられるか。学食でちょっと一緒に茶を飲んでしゃべっただけで、お前と『おつきあい』してるって吹聴した女の子もいただろうが。…お前、うっかり飲み会でその子のメルアドでも受け取っちまったんじゃないか?」
ああ、モテるわけね、カカシ君。
「わかんない。…覚えてないや」
すると、残りの一人もプルプルと拳を震わせて―――イルカ君を睨みつけた。
「うみの! てめえも他人事みたいなツラすんな! お前の…お前らの所為でなあっ………リサのヤツ、オレを振りやがって!」
―――イルカ君? 何やったんですか、アンタ達。今このヒト、『お前ら』って言いましたよ?
オレの無言の問いかけに、イルカ君の眉間のシワはますます深くなる。
「…すまんが、俺もわからん。…リサさんって誰の事だか。俺、ここんとこ誰ともつきあってないし」
困惑しているイルカ君の声に、嘘偽りは無い。おそらくは本当にわからないのだ。
「てめーら、合コン行ったろーが! そこで…そこで、オレのリサちゃんはなあっ……お、お前らのキ…キス見て、ミョ〜な趣味に目覚めちまって! 男はやっぱビジュアルよね〜とかぬかして、乙女ロードにハマるわ、日曜はオレをすっぽかしてビッグサイトに行くわ! どーしてくれんだよ、このホモ野郎ども!」
すみません、言ってる意味がサッパリです。全然わかんない単語が幾つかあるし。…わかるのは、おそらくコレは逆恨みってヤツだろーなってくらいだな。
イルカ君は、やっと思い当たった、という顔をした。
「―――あの合コンは友達に頼まれて、人数合わせに参加しただけだ。それにコイツと人前でキスするハメになったのは、王様ゲームの所為だぞ。恨み言なら、あんな指示を出したその時の『王様』に言えよ。確か、女の子だったぞ? それと、アンタって彼氏がいるのに合コン参加した彼女にもな」
「………王様ゲーム?」
思わず呟いたオレに、イルカ君は苦笑を投げた。
「お前はあの時、酔っていたからあんまり覚えていないだろ。…まだお前が自分の足で歩けるうちに、と思って途中で抜けたんだよ。………だから、俺達はその時参加していた女の子とは何も無かった。安心しろ。お前は不誠実な事はしていない」
イルカ君はさりげなく、不自然でない程度の説明をオレにしてくれた。…うん、何となくわかったわ。やっぱりこの野郎共のイチャモンは逆恨みってコトが。
「あ、良かった〜。そっか、酔ってたから記憶ないのか〜」
でも何か、野郎共の雰囲気がますます険悪になっていく。
誤解だというコトがまだ理解出来んのか?
アタマ悪そうなチンピラもどき達が唸り始める。
「………んなこたどーでもいいんだよ」
「このツラだけ野郎共が整形したらァ」
「アァ、一発ぶん殴ってやらんとおさまらねえ」
ああ、そゆコト。………女に振られた逆恨み八つ当たり腹いせで、『此処で会ったが百年目』的にオレ…いや、カカシ君とイルカ君をボコっておこう、とそういうワケね。
ああ、わかりやすくっていいなあ、こういう人種。
「…アンタら、そういう事言ってるから振られんじゃないの? すぐ暴力に走るオトコは嫌われるよ? 女の子に」
「カカシ………火に油注いでどーする………」
オレはニッと笑った。
「だって、そうじゃない?」
カカシ君は腕に覚えがある方かな。…ここでオレがコイツらを軽〜く撫でてやっても、おかしくない…かな?
そのオレの疑問に答えるように、イルカ君はため息をついた。
「…ったく、やり過ぎていつかみたいに全員病院送りにするなよ?」
「了解」
ふふふ、さすがオレ。やっぱ喧嘩は強いと見える。
イルカ君は小さな声で囁いた。
「………本当に手加減お願いします」
オレは笑みを浮かべて頷いた。一般人相手にね、本気出したりはしませんよ。
「イルカ〜、荷物持ってて」
「上着は?」
「脱ぐまでもナイよ、こんな連中相手に」
はい、二回目の『火に油』。果たして、連中の形相はこれ以上無いくらい険悪になる。可愛いなあ、この程度で煽られてくれて。
んふ、ゴメ〜ンね。ちょっぴりストレス解消させてもらおっと。
「………アンタらさあ、何誤解してんだか知らんけど、オレは黙って殴られてやる気は無いんだよね。…二度とオレに…オレとイルカにちょっかい出す気になれなくしてやるから、来いよ」
 



 

NEXT

BACK