黄昏の異邦人 -1

*ご注意:『間』および『分岐点』設定のお話です。

 

―――夢なら覚めてくれ。
使い古されたフレーズだ。
しかし人間、思いきり意外な場面や『嘘だろう』的状況に立たされた時に頭をよぎる言葉なんて、似たり寄ったりなんだな。あ、こういう状況でよく聞くセリフに、『ココは何処? 私は誰?』ってのもあったな。んー、それはちょっと違うか。
ここはどこだ、とは言わない。自分が誰かという事もわかっている。
オレは、はたけカカシ。………一応大学生だ。
そしてここは―――『ここ』が何処かという事は、見覚えのある景色、建物。行きかう人々の格好でわかる。わかるからこそ『嘘だろう』なんだけどな。
ソレを見たのはまさに『夢で』だった。寝ている時に見る、あれだ。でも、オレの感覚は今この状況が夢ではないと告げている。夢のリアルと現実のリアルってのは、こうも差があるものなのか。
ここは木ノ葉の里。オレにとっては、現実離れした存在の『忍者』達が住む世界だ。
少し前、この世界の住人である忍者が二人、オレの住む世界に迷い込んで来るという事件があった。
だけど彼らがスリップしてしまったのには一応『理由』や『原因』らしきものがあった………と、記憶している。大掛かりな術の反発とか。竜巻とか。
でもオレにはそんな心当たりなんて無い。
ガス爆発にも巻き込まれていなければ、交通事故にも遭ってないし、ビルの上とか階段から転落したわけでもないのに。所謂、異世界(だろう、たぶん)に移動してしまったきっかけや原因がわからないのだ。
同居人であり、幼馴染み兼親友兼恋人でもあるイルカと待ち合わせている駅前に行こうとしていて、「腹減ったな〜」とか独り言を呟きながら、三叉路の角を曲がった。
その時、軽く地面が揺れた。……ような気がしたけど。
普段なら気にもしない程度の地震だ。震度2も無かっただろう。普通は歩いていれば気づかない程度の揺れ。
あれが原因? にしちゃあまりにも微弱。あんなので異世界にご招待されたなんて納得いかねえ。
でも、気づいたらオレはここに立っていた。
独りで。
―――オレ、ひとり………?
「…イルカ………そうだ、アイツも来ているかも…」
オレは不安に突き動かされ、この世界に来ているかもしれない相棒の姿を捜す為に歩きだす。
だって、あの時オレ達の世界に突然飛び込んできて、そして唐突に去ってしまった―――あの人達は、二人で来ていたじゃないか。なら、彼らと同じ存在であるはずのオレとイルカだって、セットで『飛ばされて』いたっておかしくない。
幸い、外に出る時オレは季節を問わずサングラスをかけている事が多い。だから、モロに顔を見られる恐れは無かった。
『お兄さん』は、普段口布とやらで素顔を覆って隠しているみたいだから、彼ソックリのオレも顔を隠しておくに越したことはないだろう。
Tシャツにジャケット、黒っぽいジーンズにスニーカーって姿も、思ったほど浮いてはいない。
オレは懸命にイルカの姿を捜した。
だが、アイツの姿はどこにもない。
―――来ていない………のか?
何故、オレは一人なんだ?
ぶるっと身体が震えた。
………お、落ち着けオレ! ……パニクったってしょうがないんだから! イルカが見つからないなら、彼らを捜すんだ。ここが木ノ葉なら、あの人達がいる可能性が高いじゃないか。
オレは必死に『夢』を思い出していた。
あの夢は、他の夢と違って矛盾が少なかった。
夢ではよく、電車に乗っていたのにいつの間にか船の甲板にいるとか、話している相手がいきなり別の人間になっているって事があるだろう? そういう統一感に欠けるチグハグなところが無くて、リアルで臨場感のある夢だったんだ。
だから、覚えている。この道を左に曲がると、『忍』って大きな看板みたいなのがあって―――そこが、アカデミーと呼ばれている忍者学校だってことを。
そこには、おそらく『イルカ先生』がいるはずだ。
オレはなるべく人目を避けて、素早くアカデミーの校舎に近づいた。
今、何時だろう。オレの腕時計はアテにならない。
だって、外出していたアイツから電話があって、今日は居酒屋で夕飯を済まそうって話になって、それで家を出たんだから。夕方だったんだ。さっきまでは。
でも今、太陽は真上近くにいる。どう見ても真昼だ。
と、何ともレトロな音が聞こえてきた。
ガラン、ガランという鐘の音。
これってあれだ、昔の学校のチャイムだろ? テレビドラマでやっていた。事務員さんとかがさ、鳴らしているんだよな。風流じゃないか、結構。
木陰で様子を見ていると、小さな子供達が笑いながら校舎から駆け出してきた。手に手に弁当らしきものを持っている。ああ、そうか。昼休みなんだ。お天気いいもんな。外で弁当を食うんだろう。
オレはさりげなく校舎に近づき、手近な窓から中を覗いてみた。
………廊下だ。誰もいない。さて、どうしようかと思った時、オレは背後から肩を叩かれた。
オレの心臓が弱かったら今ので心臓麻痺だぞ。死んでるぞコラ! いや、マジで身体が何センチか飛び上がってしまったくらい驚いた。
だが心臓をバクバク言わせているオレの耳に飛び込んできた声は、その動悸をすうっと鎮めてくれた。
「………こんな所で何をやってるんです? チャクラまで抑えて」
オレは身体ごと振り返った。
「イルカさんっ!」
そこには、『夢』で見た通りの彼が立っていた。
髪を高い位置で結い、額当てをつけて、草色のベストを着て。ああ、じゃあ本当にここは『木ノ葉』なんだな。
「………カカシ……先生じゃない……?」
オレは自分のサングラスをむしり取りながら、勢い込んで彼の腕をつかんだ。
「カカシだよっ! アンタ、イルカ先生だろう? なあ、オレの知っているイルカさんだよな? コーギーの仔犬にバケてみせてくれたイルカさんだろ?」
イルカさんは眼を丸くした。
「……カカシ…君? まさか……あの…別世界にいた?」
よよよっ…良かったあぁぁあ〜っ! オレを知っているイルカさんだ! いや、もしかすると『平行宇宙』の概念上、ここがオレの夢で見たのと違う『木ノ葉』だって可能性もあるかもって思ってたから!
「カカシ君、何で……いや、そんな事を聞いている場合じゃないですね。彼は?」
イルカさんの訊いた『彼』ってのは、オレの相棒であるイルカの事だろう。オレは首を振る。
「……いない。よくわかんねーけど、オレ一人なんだ……捜したけど、見つからなかった………」
イルカさんは、オレを慰めるように肩に手を置き、微笑みかけてくれた。
「そう。……ひとまず、そのサングラスは掛けていてください。貴方はカカシ先生に似過ぎていますからね。彼の素顔を知っている人も皆無じゃないですから。…面倒は避けたいでしょう?」
オレは頷いて、サングラスを掛け直した。
「そうだ、カカシ君お腹は? ここは今、ちょうど昼休みなんですよ。俺は食堂へ行こうとして、偶然貴方を見掛けて…またカカシ先生がけったいな真似……いや、何か目的があって校舎の陰に身を潜めているのかと…」
『また』『けったいな』…って。何? あのお兄さん実はそういうキャラ? ………いや、追求は避けよう。今は。
何より、そうやってオレを発見してくれたのがイルカさんで本当に本当に(×3)良かった。
「………え〜とね、実はオレはさあこれから晩飯を食いに行こう! としているところでした。道の角を曲がって……んで、気づいたらこっちの世界にいて……」
イルカさんは小さな子の話を聞くように、うん、うんと頷く。髪型と額当ての所為だろうか。あまりオレのイルカと雰囲気がかぶらない。
「そうでしたか。……そんな時にここへ飛ばされてしまって、タイミングが悪かったですね。じゃあ、ひとまず一緒にメシでも食いましょう。腹が減っては何とやら、です。…今ここで貴方が飛ばされてしまった原因を考えていても仕方ない」
「あ……うん……」
「食堂だと同僚の目につきやすいですね。…少し遠いけど、俺の家に行きましょう。……ちょっと、失礼」
イルカさんは例の『印』ってヤツをさっと組んだ。ドン、と白煙が立ち、彼の姿が変わる。何と言うか、かなり年上のオッサンに『変化』してしまった。
「すみませんね。まだ今日の授業が全部終わっていないのに、アカデミーの外に出て行くのをガキどもに見られると、興味を持って後をついてきたりするのもいるんですよ」
ありゃ、先生って大変。
「でも、なにもそんなオッサンにバケなくても………」
どうせ変身するなら美女が良かったのに、と言ったら、オッサンは豪快に笑った。うわ、笑い方まで違う。
「どこにでもいそうなオッサンが一番目立たんでしょうが。では、行きましょう。メシを作る暇はないので、途中で弁当でも買いましょうね。…慌しくてすみませんが、午後の授業までに戻らないといけないから」
………ですね。すんません。
 



 

同人誌『黄昏の異邦人』が完売してから結構経ちましたので、WEBでUP致します。
大学生と忍者の、Wカカシ視点一人称で話は進みます。

 

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