続・幸せの法則−1

 

新しく出来たという店は焼肉屋だった。
イルカとカカシは差し向かいで座り、ビールを飲みながらお互い好きな物を焼いては口に
運んでいた。
「…?」
カカシはふと顔を上げる。
「…イルカせんせ? どうかしました? いつもよりピッチが遅いですねえ。…調子でも
悪いですか?」
イルカは「え?」と眼を見開いた。
「いや、そんな事は。…えーと、カルビ追加しましょうか。まだまだ食えますよ、俺は」
網の端っこで焼いていた肉を割り箸でつまみ、イルカはぱくんと口に入れる。
「あちちっ…」
イルカはカカシが差し出した水を飲んだ。
「……何やってるんです? やっぱ、ヘンですねえ……」
「ど、どうも……いや、本当に…何も無いですよ」
その場を取り繕うように水を飲むイルカに、カカシは疑いの眼差しを向けた。
「………アンタ、オレをナメてませんか?」
ううっとイルカは唸った。
幼い頃から忍者として生きてきたカカシは自分の感覚に自信を持っている。どんなにイル
カが誤魔化しても、一度疑いの眼で見たカカシが「そうですか」と納得するはずもない。
カカシはカタンと箸を置く。
「…もしかしてアナタ、後悔しているのでは…?」
「は?」
何を? とイルカは首を傾げる。
「………さっき、イルカ先生はオレにお付き合いを申し込んでくれましたが。……元々オ
レ達は火影様に引き合わされて『見合い』をしたでしょう。見合いってのは普通結婚を前
提に行われるものです。…当然そのお付き合いも結婚を前提にしたものだとオレは思って
いるんですが」
「…はい」
「アナタもそう考えて下さっているものだと仮定しまして…」
あ、とイルカは声を上げた。
「ああああの、後悔って…いや、そんなっ…」
カカシは声を低くする。
「勢いで告っちゃったけど、落ち着いて考えたらやっぱ野郎と結婚はイヤかもしんないと
か思ったりしてるんじゃ?」
「してませんよっ!」
イルカはきっぱり断言した。
「その件で後悔なんて…戸惑いが無いとは言い切れませんが、嫌じゃないです。本当です
っ!」
「戸惑い……ですか」
イルカは赤くなって俯いた。カカシはそんな彼を促す。
「戸惑いって何? 何に戸惑っているのか、その点をオレは知っておきたいと思うんです
が。…いけませんか。良ければ話して下さい」
イルカは首を振った。
「……こ、こんな…他人の耳目がある所じゃ……」
ふむ、とカカシは頷いた。結婚絡みならばデリケートな問題かもしれない。
「わかりました。じゃ、その件は後にしましょう。…肉が焦げますから、先に食っちまい
ましょう」
イルカは慌てて炭になりかけた塩タンを小皿に移した。



食事の後、イルカは初めてカカシの部屋に足を踏み入れた。
「…お邪魔します」
「そこ座って楽にしてて下さい」
イルカはカカシに言われた通りにソファに腰を下ろした。
「あんまり座り心地良くないでしょ。備え付けの家具でね。…ま、好みの物に買い換える
なんて事も面倒だったから…」
「いや、大丈夫です」
「烏龍茶とミネラルウォーターのどっちがいいですか?」
見ればカカシが冷蔵庫の扉を開けっ放しにして両手にボトルを持っている。
「……では、水をもらえますか」
「ハイ」
カカシは烏龍茶のボトルを冷蔵庫に戻し、水のボトルとコップを二つ持って来た。
「どうも」
カカシから水を受け取り、イルカは唇を湿らせる。
イルカにコップを渡したカカシはそのまま彼の目の前の床にどっかりと腰を下ろした。
「さて」
カカシも水を一口飲むと、イルカを下から睨みあげた。
「お話、聞かせてもらえますか? 話をしてくれる気があるからここに来たんでしょ?」
カカシの視線を受け止め、イルカは不承不承という風に頷いた。
「はい……」
イルカは手にしたコップの水を見つめながらぽつぽつ話し出す。
「……あの…俺達…男同士でしょう。……お、俺…け…結婚って……その…あの、単に同
居……するわけじゃない……ですよ…ね…?」
やっとの事でそこまで言った男は茹蛸になる。
その様子を見ていたカカシは彼が言わんとしている事を察した。コップをテーブルに置き、
イルカが手にしているコップも彼の手から抜き取る。
そしてひょいと腰を上げるとイルカの隣りに腰を下ろした。
「それは……ひょっとしてこういう事?」
そう言うや、イルカの肩を両手で押さえて彼の唇をふさぐ。
「んむむっ……」
カカシはそのままイルカをソファに押し倒した。
「カ、カカシさんっ……」
イルカは何とかカカシの肩を押し戻す。
「ちょっといきなり……」
イルカの上に乗ったままのカカシが鼻先で薄っすらと笑った。
「……違ってました? アナタの『戸惑い』に関係ナシ?」
イルカは間近で見るカカシの双眸に息を呑む。
「………いえ…たぶん…いや、きっと…アリ、です」
「アナタ、男は未経験なんだ?」
いきなり核心を突かれたイルカはうううっと呻き声をあげた。
「…実は…キス…したのも昼間が…初めて…で……その、男とは…」
舌をもつれさせて赤くなっている男をカカシは見下ろしてそっと息をつく。
「なるほど。…うん、わかりました。そんじゃあ一発婚前交渉いっときますかね?」
「はいぃイ?」
「声が裏返っていますよ、イルカ先生。…あのね、試してみりゃいいじゃないですか。ん
で、合わなきゃ結婚はやめとけばいいでしょう。……オレは残念だけど、オレ、結婚して
一つ屋根の下に暮らす連れ合いと何も出来ないなんて……それは辛いですから」
それはそうだろう、とイルカも思った。
お互い『好きだ』という気持ちを持って一緒になるのだ。
相手に触れたいと思って当然で――――
「だから、一度寝てみましょ?」
イルカは顔色を変える。今日は赤くなったり青くなったりと忙しい日だ。
「……こここっ…ココロのじゅんびが……っ……」
イルカは何とかもがいてカカシの下から脱出を図る。
が、相手は上忍。がっちりホールドされたイルカの身体はびくともしなかった。
(ひいいいっ……)
薄っすらと涙まで滲ませて顔面蒼白になっているイルカに、カカシは首を傾げる。
「……えーと、一応お伺いしますがあ……イルカせんせ、どっちがいいですか?」
「え?」
カカシはイルカの鼻先を指で軽くはじいた。
「アナタのその怯え方。……もしかして、オレに突っ込まれるんじゃないかとか思ってい
ませんか?」
「…………は………」
やっぱり? とカカシは肩を竦める。
「そりゃ、オレはアナタよりいっこ年上だし、ええっと、上忍ですが。……それで無条件
にアナタを抱く方にまわろうなんて考えちゃいませんよ。……アナタの気持ちは聞くつも
りでした」
「カカシさん……」
カカシはニッコリと笑う。
「さ、どうします?」
イルカは十秒ほど押し黙る。
「……俺が…貴方を抱いてもいいんですか……?」
カカシの目元が薄っすらと色づいた。
「あ、やっぱそっちがいい? ええっとね、オレはえーと、まあイルカ先生になら…いい
かなあって思うんですけどね……」
「………もしかして、カカシさんも……その…男は…」
カカシはアハハ、と頭を掻いて起き上がった。イルカを拘束していたホールドを解くと、
彼に手を貸して起こしてやる。
「あんまり慣れてるとは言えませんねえ。……火影様に希望を聞かれた時に男がいいって
言っちゃったのはオレなんですが。……まさか、本当にアナタみたいな男がいるなんて思
わなかったもんだから……でも、今言ったのは本当です。…アナタになら…いいと思う…」
イルカは眉間に皺を寄せ、眼を閉じて口をへの字に曲げた。
『俺は今すっごく考えています!』と無言で訴えるイルカに、カカシは彼の答えを待つ事
にした。
黙考の末、イルカは顔を上げる。
「あの…」
「はい?」
イルカは真剣な眼差しで正面からカカシを見た。
「………しょ……」
「しょ?」
「勝負……いえ、賭けと言うか。……その、どちらが…つ、妻役になるのか……決めませ
んか。……普通なら階級が下の俺の意見なんか最初から無視されても当然なのに、貴方は
俺の気持ちを聞いてくれると仰る。…でも、それに甘えて抱かせろと言うのも気が引けま
す。……貴方だってどちらか選んでいいと言われたら抱かれる方を選びはしないんじゃな
いですか? だから」
だから、勝負。
カカシは一瞬呆気にとられた。
普通、『どちらでもいい』と言う時は本当に特に希望が無いという場合と、本当は希望があ
るのに相手を優先して自分は我慢をするという場合がある。この問題に関してはカカシを
後者の部類だとイルカは思ったのだろう。『選ばせてあげる』と言われてハイそうですかと
相手の気持ちに甘えられない男。
それも、イルカの矜持なのだろう。
(……なるほど。…いいねえ…好きだよ、そういうバカな男は)
「……それで、もしもオレが勝って、アナタに妻になれって言ったら、なって下さるんで
すか?」
カカシの探るような視線を受け止め、イルカは頷いた。
「自分で言い出した事です。その時は、覚悟を決めましょう」
「……でも……」
「いいんです。…貴方を好きだと言ったはずです。……別れようなんて……もう、思いま
せん」
「イルカ先生っ……」
カカシは思わずイルカの手を握り締めた。
『もう勝負なんていいから今すぐアタシを好きにしてっ…』な心境になったカカシだった
が、そこはググッと堪える。
「わかりました。勝負は時の運。そういうものに自分の未来を賭けてみるのも悪くは無い
でしょう。…結果を運命としてお互い潔く受け入れる。……それでいいんですね?」
イルカは頷いた。
「はい!」

 



 

「3」で一旦終わってから2年半もたってから書いた『続き』です。
書けなかった理由は最終話のコメントで。
初心に返り、「上か下か」でもめる男共です。(笑)
イルカ、男の意地炸裂??(爆)

 

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