幸せの法則−3

 

あんなカカシは初めて見た。
あんなに怒って、子供のようにムキになって。イルカを守ろうとして、本気で友人に拳を
向けようとした。
それが全部自分の為だと思ったらすごく嬉しくて。
腕の中で暴れている男が、何だかとても可愛くて。
胸の中に甘い痛みを起こさせる愛しい存在である事に今更ながら気づかされて。その存在
を自分から放り出そうとしていた自分の愚かさにイルカは腹を立てていた。
「…あの…告白は嬉しいんですけどぉ…そんなおっかない顔で言わないで下さい…」
「すみません。顔が強張って、笑えないんです。……あらためて申し込んでいいでしょう
か」
カカシは神妙な顔でハイ、と頷いた。
「…今まで俺はどこか腰が引けていました。あの火影様の前で貴方に会ってからこっち、
なりゆきに流されて、ふらふらしていた気がします。…貴方と釣り合わない、と言われて
当然です。俺自身がもっとしっかりすれば良かったんです」
カカシの眼が柔らかく細められた。眼差しが優しいものになる。
「火影様の肝いりだと言う事に甘えていたのも俺の方でした。……貴方の厚意にも甘えて
いた。…あらためて申し込みます。俺と、付き合って下さい。…嫌じゃなければ」
場所はアカデミーの渡り廊下。
プロポーズするのにあまりムードのある場所でもないが(しかも二人ともしゃがみ込んだ
格好のままだ)、そもそも見合いの場所が上司の執務室だ。今更だろう。
「……喜んで」
カカシがにっこり微笑んで了解すると、やっとイルカもぎこちなく微笑んだ。
膝をついてイルカは身を乗り出し、ほんの少し顔を傾けてカカシを伺う。カカシもそのイ
ルカの仕草の意味に気づかないほどウブでも鈍感でもない。目を伏せて、そっとイルカと
は逆の方向に首を傾けた。
カカシの唇に口布の上からそっとイルカの唇が押し当てられ、すぐに離れる。
「……案外面倒くさがり屋さんですね。こういう時は、貴方がコレ取ってくれるもんじゃ
ないんですか?」
カカシは布越しのキスに不服を申し立てた。これこれ、とカカシは自分の口元を覆う口布
を指差す。
くす、とイルカは小さく笑いを漏らした。
「…すみません」
イルカの指がそっとカカシの口布の縁にかかり、ゆっくりと布をずらしていく。やがて現
れた、滅多に他人には見せない彼の唇にイルカはさっきと同じ様に軽いキスを贈る。
くちづけた後、離れたイルカの眼に映ったカカシはまだ不満げな顔つきをしていた。
「あの…? すみません、俺…下手でした?」
カカシは口を尖らせた。
「下手も何もないでしょ。あんな赤ん坊にするようなキスに」
どうやら、キスが簡単すぎてご不満らしい。
「あの……でも、ここアカデミーの渡り廊下だし…」
イルカにしては勇気のいる行為だったのに。
二人ともしゃがんでいるから渡り廊下の塀に隠れている格好になっていて、他人には見つ
かりにくいという状況だからこそ、イルカはカカシとキスをする気になったのだ。
夕方とはいえ、まだこの時間はまばらに人影が見える。誰かに見られる可能性は充分にあ
った。
ふむ、とカカシは眉間に皺を寄せた。
「…この際です。ほら、立って立って」
「カカシ…さん?」
腕を引っ張られ、イルカはカカシに引きずり上げられるように立ち上がった。
「カカ……」
カカシの腕がするりとイルカの首に絡みつき、イルカが何かを言い出す前にカカシの唇が
重なってくる。
(―――うわ、この人は〜〜〜!)
それでもイルカにはカカシを突き放す事など出来ない。
結局、渡り廊下で延々とキスシーンを展開するハメになってしまった。舌先が触れあい、
イルカが応えた事に満足したのか、やっとカカシはイルカの唇を解放する。
イルカの顔は真っ赤だった。
「お前ら、仲がいいのは結構じゃが、ちっとは場所を考えていちゃつかんかい」
のんびりした火影の声がいきなり至近距離で聞こえ、イルカは心臓が口から飛び出そうな
ほど驚いた。
イルカの赤い顔がみるみる青くなる。
「やだなあ、火影様ったら見ていらしたんですかー?」
カカシは悪びれもせず笑っている。
「何がやだなあ、じゃ。…イルカ、こいつに無体な事をされたら遠慮せずに訴えてこいよ。
わしがお灸をすえてやるから」
「ほ…火影様…」
「無体ってなんですか。人聞きの悪い」
「現に今、無理やり接吻しとったろうが。まったく…イルカはお前と違って常識人なんじ
ゃから、ちゃんと考えてやれ。いくら付き合っているからと言ってな…」
カカシはムッとしながら口布を引き上げた。
「…お言葉ですが、オレは無理強いしたわけじゃないです。それにね、これはイルカせん
せの為なんですから。…誰かが見ていてくれたらむしろ好都合です。イルカ先生はオレの
もんだって、アピールも兼ねていましたもので」
「カカシさぁん??」
イルカは声がひっくり返ってしまった。
「世間様に堂々と! オレ達こーゆー仲だぞ、文句あるか! って…ま、ちょっとアピー
ルするには大人しい場所と時間帯ですけどねえ…」
は〜っと火影はため息をついた。
「わかった、わかった。いいからお前はあまり過激な行動をとるな。…すまんのう、イル
カ。こんな奴を押し付けてしもうて。…今、ちいっとわしは後悔しとるぞ。お前に悪い事
をしたかもしれん」
イルカはきっぱりと首を振った。
「いいえ。私は火影様に感謝しています。…カカシさんはとても素晴らしい方です。紹介
して下さって、本当にありがとうございました」
火影はふむ、とイルカの眼差しを見て、破顔した。
「なるほど、の……そうか、お前がそう言うなら良い」
カカシは火影に『こんな奴』扱いされた事にもめげず、イルカの身体に手を回した。
「ご心配無用です。オレはこの人を傷つけたりしません」
「ふん、お前はわしに感謝せんのか? イルカを紹介してやったのに」
カカシは不敵な笑みを浮かべる。
「ああ…そうですね。一応感謝はしておきましょうか。…でも、同じ里にいるんです。き
っと遅かれ早かれオレはこの人と出会ったんじゃないかな…ま、貴方の見る目は確かです
ね。その点流石です、火影様」
「……素直じゃないのう…ま、いい。周りに被害を出さん程度に仲良くやってくれ」
話は終わり、とばかりに火影は手を振り、建物の中に消えて行った。
はあっとイルカは息を吐く。
「ああ…びっくりした。火影様がこんな所にいらっしゃるなんて…」
ふん、とカカシは鼻を鳴らした。
「きっと、わざわざ釘を刺しに来たんでしょうよ、あの爺様。…ったく目敏いんだから…」
そして、ころっと表情を変えてイルカに向かって微笑む。
「さて、邪魔者はいなくなったし! 飯でもどうです? 久し振りですもんねー…」
「あ…でも俺、これからこいつの採点…」
と言いかけて、イルカは思い直したように頷いた。
「そうですね、帰りましょうか。カカシ先生がね、任務でお出かけの間に新しい店が出来
たんですよ。行ってみませんか?」
「……お仕事、よろしいんで?」
イルカは穏やかに微笑んだ。
「これの採点だけですから、家でも出来ます。…せっかくカカシさんが無事にお戻りにな
ったんですから、祝杯あげなくっちゃ。ね?」
カカシは嬉しそうにイルカの腕に懐き、思い出したように「あ」と声を上げた。
「いけない。任務終了の報告…ソッコーで済ませて来ますから、待っていてもらえます
か?」
「…まだだったんですか?」
イルカは少々呆れた声を出した。
もう済ませてきたとばかり思っていたのに。
「………行こうとは思ったんですけど…アスマの奴が貴方に絡んでいるのが目に入っちゃ
って…」
だからね、とカカシは子供のようにぼそぼそと言い訳をしている。
「…だから、来てくれたんですね? …ありがとうございます。でも、本当にアスマ先生
は俺に悪意があったわけでもないし、からかっていたわけでもないんですよ。…貴方の事
を心配なさっていました。…いいご友人ですね」
バツが悪そうにカカシはイルカの顔を見た。
「………わかりました。明日にでもあいつに会ったら謝ります。…それにまあ、何だか奴
のおかげでイルカ先生、オレと別れるの思いとどまってくれたみたいだし…あ、これは言
うのよそう。この先ずうーっと恩を着せられちまう。…じゃあオレ、行って来ますから」
任務受付所の方へ走り出そうとするカカシの背へ、イルカは声を掛けた。
「はい。…俺も一度荷物取りに教員控え室へ戻りますから。その足で受付の方へ行きます
ので、そこで待っていて下さい」
カカシは振り返り、笑いながら手を振る。
あっという間に姿を消した上忍の足の速さに肩を竦めながら、イルカも荷物を取りに教員
控え室へ足を向けた。
「さあて、俺ももっと精進しなきゃ! …あの人にふさわしい人間にならなきゃダメなん
だぞ!」
そこで、自分の恋愛対象が今までと違って同性なのだとあらためて認識したイルカは、苦
笑を浮かべた。
(…何だか、同性相手の方が色々と大変な事がたくさんあるのかも、な……お互い、男だ
と言う矜持もあるだろうし。)
本当に彼と結婚する事になるのだろうか。
イルカの胸はドキンと跳ねた。
(けけけっ…結婚……って…ええと……ああっ…そうだっ)
 改めてその単語を意識したイルカはある事に思い至り、再び床に答案用紙をぶちまけて
しまった。

 



 

この世界設定でも、もう少しお話書きますねv
ゴールインなるか?(爆) 上忍と中忍。

2000/11/14〜12/16(完結)

 

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