幸せの法則−1
この木ノ葉隠れの里において、忍者達の頂点に立つ三代目火影の執務室。 その部屋の主に呼び出しを受けた上忍、はたけカカシはつまらなさそうに立っていた。 『ぼ――』という効果音を背負っているその姿はあくびをしないだけマシ、といった有様 である。 「…あのぉ、火影様…何かオレにご用件があったんじゃないんですか?」 先程からじーっとこちらの顔を眺めているだけの火影にしびれを切らし、とうとうカカシ は我慢していた一言を口にした。 「………ああ」 それに対し、火影はゆったりと答える。 「お前のその顔な。…顔をじっくり見たかったんじゃ」 「は?」 カカシは珍しく眼を見開いた。 火影は吸っていた煙管を指の間でくるんと回転させる。 「…カカシよ」 「ハイ」 「お前な、見合いでもしてみんか?」 今度もカカシは耳を疑い、「は?」と訊き返したかった。 (―――何言っているんだ? このジジイ。) 「別に決まった相手などいないんじゃろう? ま、会ってみるだけでも良いではないか。 …一応、希望は聞いてやるから。容姿や性格で好みがあったら言ってみい」 カカシは相手の胸中を推し量るかのように薄目でじぃっと目の前の老人を凝視した。 「……何、企んでいるんです。火影様」 「なぁに、単なる親心じゃ。…お前、最近自分の顔をきちんと鏡で見ておるか? ……ひ どい顔をしおって」 カカシはきょとんとして自分の右目の下辺りを指先でなぞった。 「…そーですか? ちゃんと洗っていますけど」 「おちゃらけて誤魔化すな。…険が出ておるわ」 「……お見合いすると、オレの顔の険が取れるとでも?」 火影はふふんと鼻先で笑った。 「…睨むな。…して、希望はあるのか? 無かったら適当に見繕ってやってもいいぞ」 カカシは眉を顰めて数秒黙り込んだ。 「……そーですねえ…じゃ、せっかくですから希望を言わせて頂きましょう。……まず、 顔。別に超美形でなくてもいいです。顔が良すぎる人間は、そこにしか価値観を持てない のもいる。清潔感のある顔がいいですね。それと…やっぱ、性格でしょうね。んー、そう だなあ…一言で言えば、癒し系っていうかね。そんな感じ」 「…ずいぶんと抽象的だのう…」 カカシは続ける。 「トシは…別にオレより上でも下でも構いません。離れ過ぎていなけりゃ。あ、健康で丈 夫ってのも条件です。それと、自分の頭で物を考えられる事。受け売りしかしゃべれない 人間に用はありません」 火影はだんだん眉間に皺を刻み始めた。 「カカシよ……それで、女か? 男か?」 今現在の木ノ葉の里において。『結婚』とは、三通りあった。 まず、世間一般の結婚を指す男女の組み合わせ。それから、男と男、女と女、という同性 同士の組み合わせ。同性婚には条件があり、そのハードルの所為かあまり実際に結婚する 者はいなかったが、公に認められている結婚形態であった。 カカシは数秒間を置いたが、すぐに答えた。 「ああ…そうですね。…女は面倒なんで男がいいです」 火影の眉間の皺はますます深くなる。 「…清潔感があって…癒し系で…健康で…バカじゃない……男…」 カカシはフッと笑った。そんな人間、簡単に見つかるわけはなかろう、という確信の笑み。 「ま、そんなのがいたら、ご紹介下さい。んじゃ、オレはこれで…」 カカシが方向転換しようとした、その時。 コンコンコン。 「失礼します、火影様。お探しの巻物、これではないかと…あ、申し訳ありません。ご来 客中でしたか」 ノックの返事を待たずに扉を開けて入って来た青年は、カカシに気づいて慌てて頭を下げ た。 「お、あったか。そうそう、それじゃ。…良い、イルカ、こっちへ来なさい」 イルカと呼ばれた青年はもう一度ぺこん、と会釈すると火影の元まで歩いて来て、巻物を 差し出した。 「ご苦労だったの。…あの巻物の山から捜すのは大変だっただろう」 いいえ、とイルカは笑みを浮かべる。 「では、私はこれで失礼致します」 早々に退出しようとしたイルカを、火影は呼び止めた。 「そうじゃ、イルカ。…お前今、フリーか?」 イルカは姿勢を正した。 「は。現在、通常勤務以外の任務は受けておりません」 違う違う、と火影は首を振る。 「付き合っておる相手の話じゃ。…好いた相手はおるのか?」 イルカは火影の前で照れくさそうにあははっと笑った。 「あ、そういうお話ですか。いいえ、残念ながら。…あまり縁が無いらしくて」 にぃっと火影は唇の端を上げた。 「それは丁度いい。…カカシ、こいつはどうじゃ? さっきお前が言った条件、結構満た しておるぞ。特に健康面はわしが保証してやる。とにかく頑丈な男でな」 「…アカデミーの…確か、イルカ先生…ですよね」 カカシはイルカに関しての情報を多少持っているらしく、火影に確認のような視線を投げ た。火影はそれに対して頷いてみせる。 イルカの方は話が見えず、カカシと火影を交互に見た。 「あのぅ…?」 カカシはイルカの頭の先からつま先までじっくり眺めている。 「……あの、私が何か…」 訝しむイルカの腕をカカシは掴み、値踏みをするようにぽんぽん、と肩やら背中を叩く。 「ホント。いい身体していますね。すっごく健康そう」 カカシは火影にくるんと向き直った。 「気に入りました、火影様。このヒト、下さい」 こらこら、と火影は顔を顰める。 「気の早い奴じゃの。それにそいつはわしの持ち物じゃないぞ。本人の意思も確かめんか い。…あのな、イルカ。良かったらちょっとこのカカシと付き合ってみんか?」 前半はカカシに、後半はイルカに向けた言葉。 その火影の言葉に、イルカは頭の中が真っ白になった。 「つ…つきあう……って…あの、仕事…じゃないです…よね…?」 カカシはにっこり笑った。 「もちろんプライベートですよ。火影様は、オレと貴方にお見合いしろっておっしゃって いるんです」 イルカはコンマ5秒程失神した。 「……お…見合い…?」 ちなみに、今現在までのイルカの人生において恋愛対象は常に異性であった。これは単に 好みの問題である。 火影はハハハ、と無責任に笑った。 「これ、イルカよ。そうカタく考えんで、気楽に付き合ってみるがいい。…こいつは多少 お守りに手間がかかるかもしれんが、お前なら大丈夫じゃ。付き合ってみて気に入らなけ れば断っていいんじゃから。…のう、カカシ」 「ま、そうですね。付き合ってみなけりゃわかりませんよね」 イルカはほんの少し気を取り直して相手を見た。 顔…右目しか見えていない…けど、たぶん結構整っている。 髪は…白銀。ちょっと珍しいけど、綺麗な色だ。 背丈…自分と同じ…いや、ほんの少しだけあちらが高いか。 歳…もそう変わらないだろう。年上っぽいけど。 名前は…カカシ。……カカシ? カカシ、という名前からイルカはこの男が噂で聞く『写輪眼のカカシ』である事に今更な がら気づいて内心狼狽した。 (―――えええっ?! このヒト、上忍じゃないか! お見合い、と言うからには結婚が 前提のはずだろう? 火影様は、俺に上忍の男と結婚しろって言うのか??) イルカの胸中を見抜いたかのように、カカシはポンとその肩を叩く。 「と、言う事で。結婚とかそういうのは後で考えりゃいいんですから。とりあえずオレと お付き合いしましょう」 その時のイルカに、拒否権というものは与えられなかった。
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04年6月に発行した『幸せの法則』は、サイトでUPした1〜3のお話に訂正加筆したものです。 |