るいとも  6

 

 

教授が自来也先生の部屋に襲撃をかけてから、30分ほど。
オレは買ってきたばかりの生活用品を箱から出したり、値札を外したりと、その場で自分が出来ることをしながら、どちらかが戻ってくるのを待っていた。
先に戻ってきたのは、教授だった。
あら、満面の笑顔。
「そのご様子だと、首尾よくいきました?」
美形教授は、おもむろにVサインを出して頷いた。
「ガンガンとっちめて、僕に隠していた小説類は全て揃えるように約束を取り付けました! そこら中の本屋を駆けずり回ってでも全部買ってやるって脅したら、折れた」
あー、やりそう。いかにもやりそう。この教授なら。
この一度見たら忘れられない美貌の金髪ガイジンが、18禁本を買い漁って歩いたらさぞ目立つことだろう。自来也先生の著書には、いかにもポルノって感じのタイトルや装丁の本もあるからなぁ。実はオレでも本屋で買うのは恥ずかしくて、ネットで買ったものもあるくらいだ。
本屋に売っている18禁本を大人が買うのは、犯罪でも何でも無いけど…やっぱり、それが『大学の教授』ってのはちょっとマズイよねえ。サブカルチャーの研究、では済まないだろうな。
教授だってバレたら(99パーセントばれる)どんな噂になることやら。この間痴漢で免職になった教授とご同類って眼で見られること間違いなし。それが大学側やツナデ様の耳に入る危険性を考えたら、素直に著書を揃えてやる方がマシだと自来也先生も考えたに違いない。
クスクス、と教授は笑った。
「………楽しみだなあ。…アダルトな部分はともかく、恋愛小説なんでしょう? 自来也先生が、どんな恋愛小説を書いたのか………興味深いよ。あの、恋だとか愛だとかは二の次って顔していた人が」
―――へえ。…そうだったんだ。自来也センセ、教え子の前じゃ『硬派!』って顔してたわけね。………もしかすると、昔は本当にコチコチだったのかもしれないけど。
なるほど。それで余計気になったのか。
「…オレは、好きですよ。自来也先生の小説」
エロ抜いたって、十分面白いと思う。オレはあんまり、恋愛小説なんかは読まないんだけど、彼の小説は別だ。
教授はにこーっと笑った。
「ん。僕が言うのもおかしいけど、ありがとう。…何だか、嬉しいな。………ところで、イルカ君は?」
「あ、今ちょっと部屋に戻っています」
アナタの泊まるホテルの予約をする為に、とオレが言う前に、教授はずいっとオレに顔を近づけた。
「ねえ、カカシ君。…キミ、何で怪我しているのにバイトなんか探していたの?」
ふえ? 何を今更唐突に?
「………何でって………学生がバイトする理由なんて一つですよ。金が要るんです」
「何故? キミに収入が無いからといって、即生活に困るような環境には見えないけど」
う………そりゃ、そうなんだけどっ………
「キミ達は実にいい共同生活をしているように見えるし、イルカ君は優しい子だ。ルームメイトが怪我をしているのに、生活費を要求するとは思えないんだが」
ああ、今日一日イルカを見ていればわかるよな。………何故オレが無理して働こうとするのか、疑問に思うのは当然かもしれない。
「………ええ、アイツは………オレがバイトするの、いい顔しませんでした。…バイト先が同じ建物の中だから、許してくれたようなもんだと………思いますよ。金だって、相談すりゃ貸してくれたと思います。でも………」
教授は「ん?」と小首を傾げ、その言葉の先を促す。仕方ねえな、告白すっか。
「それじゃ、ダメなんです。………今月、アイツ………イルカの誕生日なんです」
ぽんっと手を打った教授は、納得げに頷いた。
「なるほど! そりゃー………贈り物の相手に借金は出来ないよねえっ」
「………お察しくださって、ありがとうございます。…あ、イルカには内緒にしてくださいよ?」
うんうん、と教授は何故か嬉しげに頷いている。
そこへイルカが戻ってきた。
「あー、お帰りイルカ。ホテルの方はどうだった? 部屋、取れた?」
イルカは指先に挟んだ紙切れをヒラっと振る。
「ああ、取れた。この辺りじゃそこそこランク高いとこだし、調べたら宿泊客の評価も良かったから。………教授」
「は、はい」
イルカは紙切れを教授に手渡した。
「今夜お泊りになるホテル、予約しましたので。ここです。…世界の一流ホテルには敵いませんが、安全や清潔度では日本のシティホテルは水準高いので、ご安心ください。教授のお名前で予約しました。一応、三泊予定で」
そうそう、オレなんか、安全に眠れるなら一泊5〜6千円のビジネスホテルだって全く問題なしだもん。(カプセルホテルでもいいんだけど、なんかイメージが良くねえんだよな。狭そうだし)昨今は仕方なくネットカフェで仮眠取る人もいるっていうのに、都内のシティホテルに文句言うなんて、バチあたりな話だ。
いや、この教授なら、面白がってネットカフェに泊まりたいって言い出しそうだが………そうなったら、確実にお供しなきゃならなくなるだろう。オレは嫌だぞ。ちゃんとしたベッドなんか無いだろう? あそこ。
なら、身体を伸ばせる場所がある健康ランドとかサウナの方がマシだ。ああいう場所はヘタするとホモが寄ってきやがるからウザイんだが。オレはソノ気はねえんだと殺気を込めて睨みつければ、大抵は引っ込んでくれる。(男と寝ているクセに自分はホモじゃねえと思ってるあたり、オレも図々しいよな)
教授は渡されたメモにさっと眼を走らせ、申し訳なさそうにぺこんと頭を下げた。
「わざわざ、ありがとう。何から何まで世話になるねえ」
「いえ。こちらこそ、ご希望も聞かずに勝手にホテルを決めてしまってすみません」
や、とんでもない、と教授はぺこぺこしている。………何だか仕草もやけに日本人的な。
その時、ケツポケットに捻じ込んであったケータイがブルブルと震えた。これはメールじゃない。着信だな。
オレは一応教授に「失礼」と断ってから折りたたみケータイを開いた。
………あれ、サクラちゃんだ。
「もーしもーし。何? 珍しいねえ」
『カカシ先生、お久しぶり。…あのね、ちょっとお願いがあるの』
「………何か、怖ぇな。…聞くだけは聞くから言ってみ?」
あのねえ、とサクラが言い出したのは家庭教師の依頼だった。
「はあ? オレ今、カテキョーしてねえよ? サクラちゃん、塾行ってるんだろう?」
『行ってるけどサ。塾の先生よりもカカシ先生の方が私には合ってるみたいなんだもん。ねえ、都合つく時だけでもいいから。お願い!』
「…親は何て言ってんの?」
『カカシ先生ならOKだって。ママ、面食いだから先生のこと気に入ってるもん。現役K大法学部ってのもポイント高いし』
おおう。オレってばマダムキラー? ………いやいや、そうじゃねーだろ。
「う〜ん、週イチくらいしか見れねえよ、きっと。…それでもいいの? それから、オレ今、ちょいと事故って怪我してるから、すぐには無理だよ。………あ? や、大したコトないから、ヘーキ。うん、でも移動がちょいキツイから………………いや、それはダメ。男の住まいに女の子が一人で来ちゃいけません。………あ、今月、中間考査? いつ? ………わーかった。ん、それまでに行くから。………うん、約束する。じゃあな」
ぷち、と通話を切る。
イルカが苦笑を浮かべた。
「サクラちゃん? 何、また家庭教師して欲しいって?」
「んー。中間の前に見て欲しいってさー………参ったなあ………」
「向こうからして欲しいって言っているんだろう? いいじゃないか、やってあげれば」
「だって…オレ、向いてないって知ってるじゃんさ、イルカ」
大抵のガキはオレの教え方が悪い、と口を揃えて言う。わかるように教えられないのは、ちゃんと学習内容を理解していないからだと親にも非難された。実際、サクラちゃんくらいなんだ。オレのやり方についてこれた子は。
そうだなあ、とイルカは頷いた。
「…お前、段階すっ飛ばして結論が出る直感タイプだもんなー………勉強がわからない子が、何でわからないのか、わからないんだもんな。お前の頭の中じゃ当然のように見えている答えが、何故他人には見えないのか。………不思議なんだろ?」
う…っ…そ、そうなんだけど………あっ…オレのそういう所が、カッ飛び野郎なわけ?
「………でも………たぶんオレなりに、ちゃんと答えまでの筋道はあるんだと思うよ? でなきゃ、答えなんて出ない…と思う………」
黙ってオレとイルカのやりとりを聞いていた教授が、口を開いた。
「………カカシ君はねえ、たぶん、必要な部分だけ押えて思考しているだけだよ。だから、答えまでが速いんだ。いわば、効率のいい思考のショートカットだね」
「………先生?」
「同じ道を歩いて、同じ風景を見ているはずなのに、人によって覚えている物が違う。注意力、記憶力。それは個人個人で違っていても当然だろう? 思考法も同じだよ。いいんじゃない? 別に。間違った答えに辿り着いているわけじゃないのなら。直感的にわかるってのと、当てずっぽうは大きく異なるからね」
そこで、教授はカリカリと頭をかく。
「や、実はね、僕もよく言われるんだよね。『何故、そこからそこへ話が飛ぶんだ?』って。………ちゃんと間には僕なりの関連性があるんだけど、その中間地点を説明する必要を感じないんだ。カカシ君も同じでさ、それは要らない部分だと脳が処理しているんじゃないかな? 自動的に。でも実は、他の人もみんな、同じ事しているんだよ。普段の会話でいちいち筋道立てて、自分の話すことを考えてからしゃべる? 大抵、反射的にモノを言ってるよね。それと同じだよ」
いや、ちょっと待ってください、先生。
「そりゃあそうかもしれないんですけど………地球上のありとあらゆる言語を操る天才様に『同じ』とか言われても………」
は? と教授は目を丸くした。
「何ソレ?」
「………いや、何って………先生は語学の天才なんでしょう? 地球上、何処の国に行っても言葉に困らないって………そう伺いましたが。自来也先生に」
教授の白い頬が見る見る間に赤くなった。
「カ…カカシ君、それ………オーバーだよ。…確かに、専門は言語学で………他の人よりは、少し多くの国の言葉を知っているけれど。言語は繊細で、奥が深い。………僕は、自分が世界中の言葉を知っているなんて、とても言えない。…もう、恥ずかしいなあ………自来也先生ったら………」
謙遜と言うより、本気で困惑しているようだ。
「…古代文字も読めるって………」
「ソレは趣味っ! パズルゲームみたいで面白いから、時々遊んでいるだけ!」
………真剣に古代文字に取り組んでいる研究者が聞いたら泣きますよ、先生。
それにしても、思わぬところで自来也先生の親馬鹿ぶりが露呈した感じだな。でもたぶん、余程辺鄙な地域や秘境に行かない限り、この教授が言葉に困らないっていうのは本当だろう。なんたって、日本語をここまで流暢に話すんだもん。
はあ、と教授は息を吐いた。
「自来也先生は、ちょっと大袈裟なんだよ。…あんまり変なこと言わないように注意しておかなきゃ…………あ、そうそう。今夜は、先生の家でお寿司を取るからね。二人とも来てね。僕と先生との再会を祝して、そして僕と君達の親睦会を兼ねてパーティをしよう」
パーティはいいですけど。
自来也先生んちって………今朝方まで締め切りに追われていた作家の家って、他人を招ける状態なんだろうか。いや、その前に。
「………自来也先生、原稿上がっているんですか………?」
教授は、ビシッと親指を立てた。
「終わらせる」
「………………」
「………………」
―――気の毒に。
もしかすると自来也先生にとって、編集さんやツナデ姫よりも、この金髪美形教授が一番コワイ存在なのかもしれない。
オレは胸の中でエロ作家に合掌した。

 

 

 



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