るいとも  5

 

 

結果として。
やっぱりイルカにワゴン車借りて来てもらって良かった。
何せ、生活必需品としてベッドからスプーンまで一式揃えなきゃいけなかったのだから。
デカイ家具類などは後で配送してもらうとして、その他の物の数がハンパじゃなかったんだ。
自分の暮らしを基準に、一人暮らしの男が快適な生活を送る為には何が必要か。
それを考えて必要最低限の物に絞って揃えたつもりだったが、現代人と言うのは実に様々なモノに囲まれて暮らしているのだという事を、改めてオレは実感した。
台所で要るもの、風呂場で要るもの、トイレで要るもの。これだけでもワゴン車がいっぱいになる。
結局買出しは一回じゃ済まなくて、マンションに戻って荷物を降ろしてはまた買いに行く、といった事を何度か繰り返すハメになった。
オレはあまり動き回れないから、買出しリスト片手にチェックをしたり、荷物番をしていただけで、実際に教授につきあって動いたのはイルカだったのだが。
………これでオレの方だけバイト代もらうって、やっぱ気が引けるな。
今日の分はもう、報酬ナシにしてもらおうかな。
何かゴチャゴチャ言われたら、ディナーでも奢ってくださいって言おう。そうしよう。
…今晩は昼のチキンが余ってるから。あれ食わなきゃだけど。
「や〜、助かったよ、二人とも。やっぱり、何だかんだ言ってもあまりこっちの事には詳しくないし。僕が一人でこの作業やってたら、一ヶ月かかってもまともな家にはならなかったねえ」
買い物の山を運び込んだオレ達は、教授がいつの間にか買っていた缶コーヒー(これも教授には珍しい物だったらしい。海外には無かったけか? 缶コーヒー)で一息入れていた。
「………先生は寄り道が多いんスよ。すぐ関係ないコーナーにふらふらと行っちゃうんだから」
イルカの後を素直について行けばいいものを、立ち止まってしまったり、陳列棚のコーナーを曲がってしまう場面を今日オレは何度(荷物番しながら)目撃したことか。
「え〜、ごめん〜。だって、日本のお店って面白いから」
「………今度、お時間のある時に心ゆくまでご覧になってください………」
そーだね、と教授は笑った。
「カカシ君の足が治ったら、もっと色んなところ、案内して欲しいな」
「………それはいいですが。それより教授。…ベッドが入るのは、四日後でしょう。それまでは、やっぱりホテルを取った方が良くないですか?」
イルカも頷いた。
「カカシに聞きましたが、昨夜はここでごろ寝なさったのだそうですね。また床に寝たりしたら、疲労が取れませんよ。この時期ならたぶん、どこも満室ってことは無いでしょうから………近くのホテル、電話してみましょうか」
教授はフム、と首を捻る。
「………そうだねえ。…そうだ、それなら泊まってみたい所があるんだけど。………でも、一人で行く所じゃなさそうなんだよね………そのホテル」
はあ? 一人で泊まれねえホテル? …………ソレはまさかもしかして。
「せんせ………それ、ラブホテル………とか言わないですよネ……?」
「そうそう、それ! ネットで見たんだけど、なんかね〜、なかなか面白そうな感じでねえ。…ちょっと見てみたいかな〜、なんて。…そうだ。ねえ、カカシ君、付き合ってくれ ない?」
イルカは眼を丸くして固まってしまった。
オレも一瞬絶句。
―――恋人の前で、野郎にラブホに誘われちまったよ。
「あ、や〜だな〜、そんな顔しないでよ〜。大丈夫だよ。僕、怪我人を襲ったりしないから」
………すみません。『男』を襲ったりはしない、と言って欲しかったデス。
イルカさんの目つきが、心持ち剣呑な感じになっててコワイから。
「ちゃんとその分、バイト扱いにするし」
「ニコニコと更に怖いコト言わないでくださいっ! 金貰ってラブホなんて、援交みたいじゃねーですかっ」
ああ、エンコーって意味わかるかしら。―――ニュアンスでわかってくれ。
オレはゴホン、と咳払いした。そうだ落ち着け、オレ。
「あのー、ですね、先生。そのホテルでただ睡眠をとっただけだとしてもですね。…ラブホテルに大学の教授と男子学生が入るところとか、出て行くところとか誰かに目撃されたらマズイです。スキャンダルになります。ウチで一度も教鞭を取らないうちに免職になりたいんですか?」
この教授は目立つし、オレも結構目立つ方らしいので、見られたら人の記憶にはバッチリ残るだろう。………怖過ぎる。
「あ〜、そっか。…そりゃそうだねえ………マズイか。じゃあ、コッソリ………」
「コソコソしてたら更に変ですから。疚しいコトしてますって言っているようなものです!」
「………じゃあ、どーすりゃいいのさ」
ふくれないでください、教授。
はあ、とため息をついたのはイルカだった。
「そういう特殊なのは諦めて、今回は普通のホテルにお泊まりになればいいんです」
「そーそー、ラブホは、女性と行けばいいんですよ〜。先生ならナンパ成功率高いですよぉ。あ、ウチの大学の学生は避けた方が無難ですが」
教授は、引きつった笑顔を浮かべるオレと、無表情なイルカを交互に見て、大仰に肩を竦めた。
「ナンパの成功率ねえ………たった今、フラれたけど?」
「オレを誘うのは、ナンパって言いませんからっ!!」
ああもう、これ以上きわどいセリフを吐かないでくださいって。マジにどこまで日本語わかってるんだか。
日本語ってのは、繊細で微妙で難しいんですからね!
「…だってさ、僕はえっちな事したいんじゃなくて、日本文化の一端としての、その特殊なホテルに興味があるだけなのに。…ナンパした女の子連れてって、何もしないでホテル内部の写真だけ撮ってる男って………どうなんだろ………」
そうか、目的が違うもんなー………
オレはポンと手を打った。
「そーだ! 自来也先生に連れてってもらえばいいですよ!」
途端、教授は赤くなって叫んだ。
「えええーっ?!」
あのね、何でそんなに驚くかな。
オレとラブホに行くのと何が違うっていうのさ。えっちしないんなら、誰でもいいじゃん。
自来也先生だってさ、いくら教授が美形だからって男に手は出さないだろうし。(万が一、そんな事を―――たとえ気の迷い、仕事上の探究心からだとしても―――したら、ツナデ姫に殺されるだろうし?)
「自来也先生なら、取材って名目がありますもん。日本のサブカルチャーに興味あるから見てみたいって頼めば、連れてってくれると思いますよ」
「しゅ、取材………?」
あれ、とオレとイルカは顔を見合わせた。
「………もしかして、ご存じないですか…? 自来也先生の副業。………小説を書かれているんですよ。………十八歳未満購読禁止の」
くわっと教授は目を見開く。
「それはつまりっ……………ポルノ………?」
「ええまあ、ぶっちゃけ………そういう分類になるか…な?」
さらりとイルカは付け加えた。
「ちなみに、今朝ウチにいらしたのは、その出版社の編集者から逃げてきたんです。大方、締め切りを破ったのでしょう」
教授はプルプルと拳を震わせている。
「せ………先生がそんな………っ………あの高潔な方が………っ」
え? 教授ったら、そんなイメージお持ちだったんスか………あのエロ作家に。
「あの〜………すみません。…ご存じなかったとは………いやその、ソッチはバイト感覚で書いてらっしゃるようですよ…? ちゃんと本業の方で論文書いたり、普通のエッセイを書いたりもなさっていますから………」
―――フォローになったかな?
「………そうか。………ぼ…僕が知らなかっただけ………………」
そっかー、もし自来也先生がエロ小説を出しているって知ってたら、先生の所在を調べるのに小説の出版社を当たっていたはずだよね。………もしも偶然オレに出会わなければ、教授は自来也先生と会うのにもっと時間がかかったはずだ。
この分じゃ、ツナデ姫様がK大の医学部で教授をやっている事も知らないかも。
「………僕も…世界中飛び歩いていて……あまり一つ所に落ち着いてなかったけど。………でも、クリスマスにはいつもカードを送ってたし………先生も出版した本は僕にも送っ
てくれていたのに………」
ああ、そりゃ自分を尊敬しているであろう教え子に、わざわざポルノ本を送ったりはしないわな。
「そ…そりゃ恥ずかしかったんじゃ………ないですか? 十八禁本は」
教授はキッと顔を上げる。………ぅえ? この人なんか涙目になってねえ?
「カカシ君は読んだの…っ?」
「ええと………オレは元々、自来也先生のファンですから………先生の文章、好きで…論文でもエロでもジャンル関係なく………」
教授は勢い込んでオレの手を握った。
「だよねっ! 好きだったら、その人の書いた文章は読みたいじゃないか! 鬼畜SMだろうが真っ黒けの犯罪小説だろうがっ!!」
「………い、いや、純愛小説にエロ要素が多めに絡んでいるってだけで………そこまでスゴイ物じゃ………………」
オレは手を握られたまま、何故か必死にエロ作家を庇っていた。
でも美形教授はオレの話を聞いているのかいないのか。
キミとは気が合うよ! とか、ヒトの手をブンブン振りまわすし。………ああ、イルカさんのクールな視線がイタイ。
「イルカ君っ!」
「はい」
「………自来也先生はまだキミ達の部屋?」
「いいえ。俺が出掛けると言ったら、ご自分の部屋にお戻りに。………もしかしたら、どこかへお出掛けになったかも」
「ありがとうっ!」
美形教授、オレ達を自分の部屋に残したまま、飛び出して行ってしまいました。
やれやれ、とイルカは首を振る。
「カカシ。…お前は此処にいろ。俺はうちに戻って、一番近くのシティホテルに予約を入れてくる。ネットで検索した方が早いだろう」
「うん………そうだね。頼む」
「カカシ」
「………うん?」
「疲れたろう? 無理するなよ」
オレはえへ、と笑った。
「大丈夫。…そんなに歩いてないもん。元々大したケガじゃないし」
「…お前、自分で思っているよりも完璧主義なんだよ。………教授の手伝いも程々にしておけ」
「そういうイルカも、困っている人放っておけない世話焼きさんのクセに」
イルカは軽く肩を竦める。
「………乗りかかった舟ってやつだ。ホテルが取れたら、車を返しがてら教授を送ってくよ。…これも何かの縁だろうしな」
―――うん、そうだね。
元々は、イルカに誕生日の贈り物がしたくてバイトを探していただけなのに。
どういう縁なんだろうね。
イルカは玄関の戸を閉めながら、肩越しにオレを見る。うぉっ…何、その眼。
「………冗談でも、お前をあの人とラブホなんかに行かせてたまるか」
ガシャン、と扉が閉まる。
だだっ広いリビングには、梱包を解かれていない荷物の山と。
自分でもハッキリと自覚出来るくらい真っ赤になったオレが残された。

 

 

 



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