るいとも  4

 

 

昼飯は、教授が駅前で大量に購入して来たフライドチキンとサラダのパックだった。
フライドチキンのファミリーパック(しかもパックの中で一番デカイの)を8つ買う教授の姿に、イルカは他にも誰か来るのかと思ったらしい。(オレでもそう思う)
が、なんと教授は単純に『ひとり二箱』×4人で買ったのだ。
大食い選手権じゃあるまいし、ファミリーパックラージサイズ、一人で二箱食うやつなんかいるのかよ。そりゃいないとは言い切れんが、そんなの何か格闘技とか特殊な職業で、カロリー消費量が並じゃない人だよ。
教授曰く、自来也先生は身体が大きいし、オレとイルカはまだ成長期の食べ盛りだから、これくらいは必要だと思ったらしい。………そりゃ、中、高校の頃は一日最低五回はメシ食ってて、バイトした金は携帯代と食い物(時々CDとか服)で全部消えたようなもんだったが。今は少し落ち着いて、普通に一日三食だし量だって減っている。
まー、余ったら夜に食えばいいんだから、別に構わないっちゃ構わないんだけど。
とか思ってたら、当の教授が、ファミリーパック二箱ペロリと食っちまった。
驚いた。だってこの人、朝メシ食ったばかりなのに………
ヤセの大食い? それとも胃袋ブラックホールタイプ? いずれにしても、尋常じゃねえ。
もうこうなると、『M・W・ファイアライト教授の生態記録』とかつけて、夏休みの自由研究にしたいくらいだ。(大学にはそんな宿題ねえけど)
後は、ニューヨークだかどっかでやってるホットドック大食い競争。絶対勝てるね。
たぶん、ウケるんじゃねえか? ツラとのギャップが激しくて。
………そんな教授と『類とも』扱いされたオレは何なんだろう。…いやいや、ソレはエロ作家が言ってるだけだもんな。
変人度では絶対、教授の方がグレード高いハズ。オレにカッ飛び野郎傾向があったとしても、だ。
いずれにしても、バイトを引き受けたからには、しばらくお付き合いする人だ。接しているうちに、多少はわかってくるだろう。
M・ウィンドウェーヴ・ファイアライトという教授が、本当はどういう人なのか。




最上階は、構造と間取の関係でワンフロアに二世帯分しかない。教授が借りているのは、東側の部屋だった。(ちなみにもう一つの方の部屋はまだ空室だ)
「こっちだよ。足元気をつけて」
「はい、お邪魔しまーす」
うお、最上階って初めて来たよ。当たり前だがな。用無いからな、普通。
さっすが、眺めがいい。ここからなら、隣町でやる花火もよく見えるんじゃないかな。
「広いですねえ。………あ、あの………ここ、お一人で?」
「うん? うん、そう。僕、独身だし」
そーですか、とオレは部屋を見回した。
なんか、オレんちと全然違うな。同じマンションの中とは思えないや。
部屋自体も広いんだが、やけにガランとして見えるのは、家具類が無いせいだ。
フローリングの床に置いてあるのは、幾つかのダンボール箱とデカイ革製のトランクだけ。
部屋がまだ落ち着かないとか言ってたような気がするが、これって落ち着くとか落ち着かない以前の話じゃなかろうか?
当然メシなんか作れる環境じゃない。(食う環境でもない)
「………教授、家具はまだ………?」
「ん? うん、まだ買ってない。持ってきたのは、身の回りのものと商売道具だけだから。家具や家電製品はこっちで揃えた方がいいかと思って」
「え? じゃ、昨夜は何処で寝たんですか?」
「床の上。さすがにちょっと身体が痛いね、あはは」
「あはは………じゃないでしょ! いくら5月でも風邪ひきますって! ここで寝られる環境がまだ整ってないなら、何でホテルに泊まらなかったんですか」
ホテルなら朝飯もちゃんと食えただろうに。
「…え〜、でもせっかく自分の家があるのに。この近辺、僕の好きなホテルは無かったし」
そーかよ。堅い床で寝るくらいなら、安ホテルの方がマシとか思うけどね、オレなら。
「買って無いというのは、全く手配してないって意味ですか?」
「そう、そこで君の仕事だけどね。………書斎はちょっと後にして、まず、住める環境にするの、手伝ってくれる?」
―――要するに。
始めは、単に書斎の整理の手伝いとしてバイトを雇うつもりだったのだけど、生活の基盤を整えるのも地元の人間に手伝ってもらった方が確実だと。(つか、楽だと)そう考えたワケだな? ま、正しいっちゃ正しい選択かもしれない。
「………わかりました。オレに出来ることはお手伝いします。………ええと、紙と何か書く物あります? 必要な物をリストアップしましょう。先ず、家具類ですね。それと、必要な家電類。生活用品も」
「わー、頼もしいな〜カカシ君。良かった、キミに来てもらって」
教授はショルダーバッグからレポートパッドとボールペンを取り出した。
家具付の短期型賃貸にしなかったって事は、何年かは腰を落ち着けて住むつもりなのか。
………まあ、いいや。こっちは教授のご希望を叶えるお手伝いをすればいいんだから。
「ええと、まずベッドでしょう? 食事用のテーブルと椅子。リビングは…やっぱ、ソファが欲しいかな。………大きい家具って、普通これくらい?」
オレは教授の挙げる物をレポート用紙に箇条書きにしていく。
「テレビは見ないんですか? DVDとか、そういうのは要らないんですか?」
「…あ、見る。DVDデッキも欲しいかな」
「じゃ、それ設置するラックも要るでしょう。…服も、ダンボールやトランクに詰めっぱなしにしておけないでしょう?」
「あ、ウォークインクローゼットがあるんだよ、ここ。バーはあったから、ハンガーを幾つか買ってくればいいと………」
「下着や靴下も吊るしておく気ですか? チェストくらい要ると思いますけど」
「あー、そっか………」
オレはもう勝手に思いつく物を書いていった。要らない物は、教授が削除すればいい。
ふと思いついて天井を見上げる。………照明器具はついてたか。
「後、冷蔵庫は必需品ですね。電子レンジはあると便利ですが。トースターとかコーヒーメーカーは?」
「………要る。それ、全部書いておいて。あとね、炊飯器欲しい。日本のお米好きなんだ」
はいはい。美味しいですよね、ササニシキとかコシヒカリとか。最近色んなのあるけど。
「自炊なさる気ですか? じゃあ、調理器具は持ってらした?」
「えーと、お気に入りのマグカップ一個持ってきただけ」
それ、調理器具じゃねえから。食器だから。
「………つまり、ケトルとか鍋とかの他、食器一揃え要る、と」
「そういう事になるね」
つまり、生活に必要なモノは全部買わなきゃダメってことか?
「念の為、お伺いしますが。それらの物を揃えるにあたって、ご予算に限りはありますか?」
教授はにーっこりと笑った。
「キミはいい助手になりそうだね。………別に予算のことは気にしなくていいよ。必要最低限の物は買う気でいたから。キミが要ると思った物はリストアップして」
「わかりました。では、必要無い物は消してくださいね」
オレは、生活の色々な場面を想定しながら要りそうな物を書き出していく。これは結構楽しい作業だったが、リストアップだけで小一時間かかった。
「そうだ教授、この部屋、洗濯機は付いてました?」
「あー、無かったと思う。やっぱ、あった方がいいよねえ、洗濯機。乾燥機もあると便利かな。日本の雨季って、すごく湿気てるだろうし。………ねえ、それよりカカシ君。その『教授』って呼び方、堅苦しくない?」
「は?」
「や、何かねえ、こう………溝を感じると言うか。もっと親近感のある呼び方でもいいのではないかと僕は思うんだが」
―――何を言い出すかと思えば。
「…溝も何も。まだお会いするの二度目じゃないですか。………それに、オレは学生で、教授は教授。先生でしょ? それなりの呼称になるのが当然です。…友達じゃないんですから」
それが礼儀と言うものだろう。
はあ、と美形教授、悲しそうなため息。………何よ、オレ悪いこと言ったか?
「………教授と学生は友達になれないのかい?」
うわわ、そんな悲しげな顔をしないでくださいっ………破壊力あるから。
「………考えた事もありませんでした」
だってな? 先生と友達になろうと思って接する生徒はいねえよ。逆はあるかもしれんが。
テレビドラマで見るような熱血教師が、問題のある生徒の心をつかむ為とかな。
………今のオレらには全く当てはまらんケースだが。
「それに、今はオレがバイトで、教授は雇い主でしょう?」
遊びに来ているワケじゃねえもんな。報酬の発生する仕事だ。ケジメなくては。
そりゃーそうなんだけどさー、と教授はぶちぶち言っている。
あーもう、仕方ねえなあ。
「教授、がお嫌なら、先生、でいいですか? オレもその方が呼びやすいかも」
「…え?」
「先生、の方が教授、より親しみある感じでしょ? 日本語的に。ね? そうしましょ、せんせ。……それより、とっととこの殺風景な寒々しい部屋を気持ちの良い居住空間にしましょうね」
我ながら強引。
「………う、うん………」
よし! 丸め込んだ。
「では、リストを見てください。不要な物は消して、足りない物があったら追加してください。大きいものから順に揃えていきますから」
「…う…は、はい」
教授…いや、先生は日本語英語ごっちゃで書かれたリストを真剣に眺め、時々紙の隅に何やら書き足している。
「まずはベッドと寝具を確保しましょうか。メーカーにこだわりはありますか?」
「んー、メーカーにこだわりは無いよ。マットレスの寝心地が良ければ、何でも」
「わかりました。………イルカに頼んで、車出してもらいますね。確か、近くに大きな家具屋があったと思いますから。見に行って、なるべく早く配送してもらうように頼みましょう」
「いや、それはイルカ君に悪いよ」
「………でも、その方が効率がいいと思うんですが」
教授は微笑みながら首を傾げた。
「………イルカ君が、バイト代受け取ってくれるんなら頼むけど」
「―――バイト代?」
「………さっき、案内してもらいながら話したけど、いい子だよね。礼儀正しくて、親切で優しい。他人の為に骨惜しみしないタイプだ。…ああいう子は、バイト代払うって言っても遠慮しそうな気がしてねえ。……カカシ君は最初からバイトって話で来てもらってるから、安心して用事頼めるけど」
―――うう、さすが天才。イルカの性格お見通しかよ。
「イルカが代償を受け取るなら、頼むんですか?」
「ん。………僕、借りを作るのが嫌いだから。相手がそう思って無くても、僕がそう感じたら、それはストレスなんだよ。僕にとってはね。………何ごともギブアンドテイクって方が、気が楽なんだ」
そうか。
………さっき、フライドチキンをどっさり買い込んできたのも、その為だったんだな。
イルカ(とオレ)に朝飯をふるまってもらった御礼。自来也先生に乱暴なことしてしまった代償。
この人は、そうしないと気が済まないんだ。落ち着かないんだ。
「………車、あった方が便利ですよ。…イルカ、呼びましょう。先生が何かお礼がしたいって言うなら、イルカの勉強でも見てあげてくださいよ。ヤツ、喜びますよ」
「……………そんなんでお礼になる?」
「じゃなきゃ、またメシでも奢ってください。引越しの手伝いなんて、大抵そういうのでチャラです」
オレはもう、勝手に携帯でイルカを呼び出した。そして事情を説明し、車の手配を頼む。
「…うん。ワゴンの方がいいと思う。………うん、頼むね」
プツ、と電話を切る。
「もしかしてレンタカー?」
「まだ、車を持てるほど、オレもイルカも余裕無いんです。毎日乗るわけじゃないし、要る時だけ借りればいいって事で」
「…なるほど、合理的だ」
「車借りたら、連絡くれる事になってますから。そしたら下に降りましょう。…参考までに他の部屋を見せてもらってもいいですか?」
も、すっかりインテリアコーディネーター気分だよ。予算制限ナシで生活用具一式揃えていいなんて、自分ちじゃなくても楽しいじゃない?
「もちろんだよ。あ、そこの左の部屋。…書斎にする気なんだ。ああ、ここの机と椅子はちょっとこだわりあるかな。………特に椅子は」
「じゃあ、それは後にしましょうか」
オレは、その書斎とやらに足を踏み入れた瞬間固まった。
………何だこれ。このダンボールの山、全部本? 何かの資料?
安普請のアパートだったら確実に床が傾く。抜ける。そういう量だ。
「………先生」
「うん?」
「………もしかして、オレの本来の仕事はコレの………整理ですか?」
美形教授はコックリと頷いた。
「うん。その通りだよ」
―――人間、ヤル前から気が萎える事もあるのだと、そのダンボールの山を見ながらオレは実感したのだった。

 

 

 



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