Nightmare =ナイトメア=


 

 

「…ア……」
大きい、手。
決して小振りではないはずの自分の乳房が、すっぽりと男の手の中に包み込まれている。
ゆったりとした優しい愛撫。
耳朶にかかる息。
低い声で名前を呼ばれる度に腰に走る甘い痺れがどんどん重なって、腹の中で疼くような。
早く、欲しい。
もっと、気持ちのいい刺激が。
もっと、激しい―――
 

 

 

カカシはパチッと眼を覚ました。
(……やだ…っ…なんて…夢……っ…)
まるで本当に今男の愛撫を受けていたかのように、身体全体に薄っすらと汗をかいている。
恐る恐る下着の中に指を潜らせ、秘所を探ると、そこもしっとりと濡れていた。
途端、かぁっと羞恥で身体が火照る。
「うわあっ…何これっ…欲求不満? オレ!」
性に目覚めたばかりの少年ではあるまいに。
枕元の時計を見れば、まだ寝入ってから二時間と経っていなかった。
「ええい、気持ちの悪い!」
薄い掛けフトンを跳ね飛ばし、カカシはベッドから降りる。
汗に湿ったキャミソールを脱ぎ捨て、乱暴に足から引き抜いた下着も床に放り出したまま、風呂場に向かった。
シャワーのコックを捻って、頭から湯を浴びる。
「……っ…」
勢いよく身体に降りかかったシャワーの湯が乳房を叩く刺激にカカシは微かに顔を顰めた。
シャワーから庇うように自分の手で乳房を包み込むと、途端に夢を思い出してしまう。
(何で…あんな夢を……)
その華やかな美貌や雰囲気から、他人はカカシを『派手に遊んでいる女』なのだと誤解しがちであったが、実は彼女はそういう方面には淡白な方であった。
彼女の周りにいる男達はそれを承知しているので、単なる同僚・友人に甘んじている。
恋愛や性行為などは自分の人生にとって重要な事項ではないと、カカシ自身がそう思っていた。
そんな自分が淫夢を見るなど。
見た事自体が彼女にはショックだった。
(あれは…まさか………か…彼…?)
過日耳元で囁かれたあの声。夢の中の声は、あれに似ていた。
(…何故…? 確かに……印象的で………何とゆーか…腰にくる声だったけど………)
シャワーを浴びながら、カカシは自分の身体を思わず抱き締めた。そして、ふとある事に気づく。
夢の性質にはショックを受けたが、実際に夢を見ている最中、不快感は無かった。
むしろ、夢から覚めた時にはなんとも言えない物足りなさを感じたくらいだ。
(オレ…感じていた……?)
「……オレ、変………」
ツンと硬くなってしまった己の乳房の尖端にそっと指先で触れ、カカシはため息をつく。
湯の温度を調節して、水に近い冷たいシャワーを全身に浴びると、少しスッキリとした。
これで、いやらしい夢など忘れて眠れるだろう。
実際、その日はそのまま夢も見ずに眠る事が出来、カカシは安堵の思いで朝を迎えた。
 
 

 

だが、それが、『悪夢』の始まりであった。
何と、それからカカシは毎晩のようにその夢を見るようになってしまったのだ。
「やだやだやだっ…オレってそんなにイヤラシイ奴だったの?」
繰り返される『夢』。
しかも、だんだん目が覚めにくくなっていて、夕べなど男の指で秘所をさぐられるような感覚にたまりかねて悲鳴を上げ、やっと目覚めると言った始末だったのだ。
汗と汗以外の体液で湿り、脱ぎにくくなった下着を苛立たしげに足から引き抜く作業はカカシの自尊心に恐ろしくダメージを与えた。情けなくて、涙が出そうだった。
眠るのが、怖い。
そのくせ、男に抱かれる夢を見ている最中は快感すら覚えている自分がいる。優しく乳房を愛撫され、低く甘い声で名前を囁かれると蕩けてしまいそうに幸せな気分になるのだ。
その分、目覚めた時には何とも言えない虚しさがカカシを襲う。
むしろ、怖いのはそちらだ。
夢を見る事ではなく、夢から覚める時が怖い。
『夢』を見始めて十日目の夜。
はあっとカカシは息をついて顔を両手で覆った。
「…お願い…助けて……誰か何とかして……」
 
もう、限界だった。
 
 



 

「イルカ先生!」
切羽詰った声で呼び止められ、イルカは何事かと振り返った。声と同じくらい切羽詰った表情の美女がこちらを見つめている。
「カカシさん…どうかなさいましたか?」
カカシは一瞬顔を伏せたが、泣きそうな眼でイルカを見上げた。風に白銀の髪がさらわれ、彼女の心中を現わすかのように乱れ舞う。僅かに覗いている彼女の目許は青白い。
イルカは静かに一歩、彼女に近寄った。
「カカシさん? 顔色が悪いですね。ご気分でも悪いですか?」
アカデミーの裏手だとはいえ、すぐそこが演習場。受付への渡り廊下からも丸見えの場所だ。イルカは周囲の眼を慮り、カカシを促して木立の奥、人目の無い木陰へ移動した。
「ここなら、口布を下ろしても人には見られませんよ。楽にして…今、水でも持ってきま
しょう」
カカシはイルカの袖をつかみ、僅かに首を振った。
「いい……行かないで。…ここに、いて…」
イルカは当惑した顔でカカシの顔を覗き込む。
「どうかなさったんですか…?」
袖をつかんでいるカカシの指が小刻みに震えていた。
それを抑えるようにそっと彼女の手にイルカが手を重ねると、カカシの身体がびくんと跳ねる。
「あ…あの…実はイルカ先生に…お、お…願いがあって…」
「お願い? 命令ではなく?」
「……命令出来るような事じゃ…。イルカ先生がお嫌だったら…」
カカシは下を向いたまま、ぼそぼそと小さな声で言葉を濁す。
初対面の折り、自分の吸っていた煙草をイルカの口に押し込んで去った上忍ととても同一人物には見えない。今の彼女を評して『雌豹』などと言う者もいないだろう。
それ程、彼女の態度はおどおどとして『らしく』なかった。
「俺が嫌だと思うかもしれない事なんですか」
「…あ…ええ…嫌…かもしれない…」
「言ってみて下さい。俺に出来る事ならば聞けるかもしれません」
カカシは尚も迷っているようだった。余程告げにくい内容なのだろう。
たっぷり五分はそのまま下を向いていた。
やがて、やっとカカシは顔を上げる。
「こんな事……言ったらイルカ先生、きっと呆れると思う。呆れて、オレを軽蔑すると…でも、ごめんなさい…オレ、もう…どうしたらいいのかわからない……」
イルカは黙ってカカシの言葉を待った。
「…イルカ先生……お願い。キス、して…?」
途端にイルカは不快そうに眉を顰めた。
「何かと思えば、そんなご冗談を。…俺をからかって面白いですか。……ああ、どなたかと賭けでもしました?」
カカシの蒼い目からぽろっと涙が零れた。
「…からかってなんかいない……誓って、ゲームでもない。…こんな事、オレは遊びでなんか…っ…」
イルカは幾分表情を緩めた。
「すみません。…貴方のような方が、俺にそんな事を言うはずが無い、と思ってしまいましたので」
「……すみません。助けると思って…それとも、嫌? オレなんか、気持ち悪い…?」
イルカの手の下で、カカシの細い指が震えていた。
これは演技ではないな、と直感したイルカは、彼女の指を軽く握り込んだ。
「そんなわけはないでしょう」
カカシの手を握ったまま、もう片方の手で彼女の頤を捕らえ、素早く口布を下ろす。
カカシが気づいた時は、もう唇は彼にふさがれていた。イルカは歯列を割ってカカシの口腔にまで侵入するような真似はしなかった。
唇で彼女の唇をあやすように吸うと、ゆっくり離れる。
「…こんな感じですか?」
カカシは微かに頷く。
「………あの…それから…その…オ、オレの……」
カカシは震える手で自分の胴衣のジッパーを下ろした。
「こ…ここ…触って……」
やっと搾り出したといった体の声は掠れ、言い終わった途端、彼女の顔から更に血の気が引く。
「これ…普通は誘われていると思ってしまうところですが…どうも勝手が狂いますね………よろしいんですか?」
カカシは声も出さずに頷いた。
「失礼します」
律義に断ると、イルカは掌を彼女の左胸の上に置いた。掌に、カカシの鼓動が伝わる。
まるで小動物のように早い鼓動。
こんなに緊張して、怯えてすらいるような彼女にイルカは困ってしまった。
「…カカシさん?」
カカシは震えながら息を吐き出すと、イルカの手をつかんだ。
「オレ、い…淫乱とかじゃないからっ……でも…必要なんだ……確かめないと…オレ、眠
る事も出来ない…っ」

 

 

 



 

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すいません。妙な所で切れてます。
『腰にくる声』ってのは、確かにありますね。滅多にないけど。マジに『ぎゃ〜っ!』って思いますよ。『ナニ今の〜』です。
いつも、色っぽい場でも何でもありませんケド。(笑)
能のツレの声とか、よその学科の新任講師挨拶の声(これ、私だけじゃなかった。女の子達、一斉にどよめいたもの。凄い美声でした)とか。結構不意打ちなので効果バツグン。
あれ耳元でやられたら、腰くだける。絶対。(笑)