Nightmare =ナイトメア=


 

 

さすがのイルカも硬直してしまった。
カカシは彼の手をつかんだまま、手を自分の服の下に突っ込んだのだ。勢いで下着がずれたのか、イルカの手の中には柔らかな乳房が直に収まっていた。
「……っ…」
カカシは震えて息を詰めている。指の感触すら夢で見たとおりだ。
硬直が解けたイルカは、そっとその柔らかい肌の上で指を動かしてみた。
「…ア……ッ…」
途端に上がるカカシの悲鳴に、イルカは苦笑する。
イルカにした所で、好みの美女にお誘いを受けて嬉しくないはずがなかった。
手の中には彼女の柔らかな乳房があり、そっと揉むように指を動かすごとに徐々に硬くなってきた先端が掌に当たる。これで何も感じなければ男ではない。
「ここまで、と思ったら…止めて下さい」
イルカはもう片方の手もカカシの服の中に潜り込ませ、改めて彼女にくちづけた。
先刻よりも深くなったくちづけ。
男の手は、両方の乳房を愛撫している。
唇を解放され、カカシは空気を求めて喘いだ。
イルカは彼女の首筋にくちづけ、その唇で耳朶を掠めて名前をささやく。
「…カカシさん……」
ぞくん、とカカシの身体の中に電流が走った。
これだ、と思った。
夢とは比べ物にならないほど生々しく強烈だったが、ここ十日間カカシを翻弄していた声。
確かめるまでも無く、自分が濡れているのがわかる。十を数える夜、夢の中でカカシを抱いていたのはやはりこの男だった。
片方の胸からするりとイルカの手が落ちて、腹をすべっていく感触にカカシは我に返った。
男の指がズボンを潜り、下着の中に侵入する。
「…い…嫌だ…っやめて…っ」
イルカの指はカカシの股間を微かに掠め、さっと引き抜かれた。
「………ここまで、ですか?」
イルカの呼吸も微かだが乱れていた。
「…随分と酷なところでお止めになる」
カカシは震えながら首を左右に振った。
「ご、ごめんなさい…っ! すみませんっ…でも…これ以上はオレ……」
イルカは引き抜いた指を唇に当てて低く笑う。
「…貴方も感じていらっしゃるようですがね…まあ、俺も命は惜しいです。強引に事を進めて、パニックになった貴方に殺されたのではそれこそ割に合わない。……ここは引きましょう」
でも、とイルカは真顔になった。
「俺には貴方がこんな事をなさった理由を聞く権利があるように思われますが」
ヒクッとカカシは息を吸い込んだ。
「……命令ではなく、お願い、でしょう? 命令ならば中忍の俺には理由を問い質す権利などないですがね」
カカシは胸元をかき合わせて、自分を見下ろす男の顔を見上げた。
彼の顔にはもう欲情している気配はない。
見事な自制だ、と感心する一方、自分の態度に彼があきれ、萎えてしまっただけなのかもしれないと、カカシは眼を伏せた。胸の真ん中がしくりと痛む。
「…カカシさん?」
イルカの声に促され、カカシはようやく口を開いた。
「………馬鹿馬鹿しい、と呆れられるような事で…でも、オレにはたまらなかった…」
「何が、ですか…?」
「…あの………ゆ…夢を…夢を、見るの…」
「夢?」
鸚鵡返しに聞き返すイルカに、カカシはやっと微笑めいたものを浮かべた。
「はい。…まるで現実のような生々しい夢を。……誰か、男に抱かれている夢。……こんな夢、一度だけならオレも変な夢を見たと忘れてしまえばいいだけの事。でも……もう、十日なんだもの…十日も同じ夢ばかり。いい加減、オレもおかしくなりそうで…」
「………まさかとは思いますが、その男って……」
カカシは微かに頷いた。
「初めはよくわからなかったのだけど。…顔はね、何故かわからないから。抱かれているような感覚だけを覚えるんだ。でも、次第にアナタではないかと思った。…声が…耳元で囁かれる声が、アナタの声に似ていたから」
カカシは両手で顔を覆う。
「どうしたらいいのかわからなくなって……いっそ、本当にアナタに触れてもらえばいいような気がしたんだ。…夢の中の人がイルカ先生なのかどうか。それさえハッキリすれば、何とかなるかも……って…」
イルカは、カカシを労わる様にそっと彼女の肩にかかっている髪を背中の方に払った。
「それで…やはり、俺だと……?」
はい、とカカシは恥ずかしそうに頷いた。
「…さっき、耳元で名前…呼んだでしょう…やっぱりそうだって…」
「そうですか……」
イルカは気まずそうな表情になり、カカシから視線を外して指先で鼻梁の傷跡を掻いた。
「しまったな……」
ぼそっと呟いた彼の声に、カカシは視線を上げた。
「え?」
「い…いや、何でもないです」
カカシは訝しげな眼でイルカの横顔を眺めた。
「しまったって…何」
「いえ、お気になさらないで下さい。貴方にキスした事とか、えーと…その後の事とかを後悔しているワケじゃ…ないんで」
カカシは眉間にしわを寄せ、いきなり態度がおかしくなった男を睨む。
「……じゃあ、何」
「だから、お気になさらず…っ…あの、俺…ちょっと用事が…」
明らかに『逃げ』の態勢に入った男に、カカシは今までの羞恥を蹴り飛ばして詰め寄る。
「コラ。…逃げようったってそうはいくか。何だ、その『しまった』ってのは」
イルカはブンブン首を振った。
「いやっ…その……」
カカシはイルカの襟首をつかむ。
「言え」
「…カ…カカシさん…」
「命令だ! 言うまで離さんからな!」
元暗部の雌豹復活。
その鋭い眼光と気迫に、イルカは負けた。
「すみませんっ! 言いますっ!」
そして恐縮しきったイルカが告白した内容に、さすがのカカシも思わず叫んでしまった。

「この、バカヤロ―――ッ!」




「…信じらんない。いかにも真面目で堅物そーな顔して」
「いや…俺自分で言うのも何ですが、別に不真面目ではないですよ?」
ジロリとカカシに睨まれ、イルカは肩を竦める。
「真面目とか不真面目とか関係なく。…俺も生物学的に男なもので…まあ、男ってのはそういう生き物なんだと…ご理解頂けないでしょうか……」
「……人を勝手にオカズにしておいて、何を偉そうに」
「勝手にって…いちいち断ってからそういう事したら、かえって変態でしょうが」
「口ごたえするな」
「………すみません…」
小さくなる男に、カカシはやれやれと息をつく。
「…ったく…抜くのは勝手だけど、ヒトを巻き込まないでよね。……どうせなら、ポルノ雑誌でもっとセクシーな女の子の写真でも見ながらやったら?」
「え? いやだって雑誌の中の人なんかより、実際に好きな人を思い描いた方がはかどりますよ。すぐ勃つし」
またあっけらかんとしたイルカの『告白』に、カカシは眼を見開いた。
「はあ?」
「恥かきついでに申し上げましょう。カカシさん、俺の好みなんです。顔も姿も、その物言いも。…いわば、『タイプ』ってやつで…世の中にこんなに俺の理想そのものの女性がいらしたなんて、奇跡かと思いました」
真顔。相変わらず照れた風でもなく、淡々と口説く男。
「…ホントーに?」
「嘘じゃないですよ。それでも失礼だろうと、妄想の対象にするのは我慢してたんです。…でも、その…ラーメン、一緒に食べたでしょう…あれからますます貴方を意識してしまって…辛抱出来ませんで…」
それは、時期的にも合う。カカシが『夢』を見始めたのは、まさに彼と昼食を一緒にとってからだ。
「でもまさか、貴方にその影響が及ぶとは正に夢にも思いませんでした。本当に失礼致しました。今後、注意致します」
「注意して何とかなるものなら、最初からそうしてよ。…アナタ、自分がそういう能力者だって知らなかったわけ? アナタがやったのは飛魂術の一種だよ。対象物に自分の思念
を故意に飛ばすことの出来る能力だ」
きちんと印を結んで術としての形を整えれば、術者は別の場所にいながら対象者を殺す事も出来る。ただし、この系統の術は生まれながらにそういう適性を持っていなければ会得できない。
イルカはあっさりと肯定した。
「知らなかったです。…と言うか、可能性がある事を忘れておりました。確か、父がそう
いう術を使えたはずなんですが……俺がまだ子供の頃に亡くなってましてね。申し訳ありません。…きちんと修行して、制御出来るようにします」
無意識レベル故、カカシの夢にしか『悪さ』が出来なかったというわけだ。
カカシは眼を眇めた。
「……もしかして、瓢箪からコマ?」
この類の術者は少ない。きっかけが何にしろ、発現したのは幸いと呼ぶべきかもしれない。
「……かもしれませんねえ……こんな事、初めてですから。…俺、よほど貴方を抱きたかったみたいです」
かあ、と赤面したのはカカシの方だった。
「…ばか」
「すみません。もう隠しようもないものですから、開き直っております」
自分の奇妙な『淫夢』の原因が判明して、カカシも胸を撫で下ろしていた。
もう、怒る気にもなれない。
それに、これは思わぬ拾い物だ。『使える』どころの騒ぎではない。
「…決めた。…ツバつけとこ」
「は?」
カカシはイルカを見遣って妖艶に眼を細める。
「イルカ先生」
「はい」
「…独りで『する』のなんて、寂しくない? 虚しい感じ、しなかった?」
「それは…言うまでも無く」
「本物が…いた方がいいよね…?」
カカシの眼に、イルカは思わず唾を飲み込んだ。
「…それは………言うまでも無く」
雌豹はにっこりと微笑んだ。
「じゃ、今回の責任を取って。…あんた、オレの男になりな」



三ヵ月後。
上忍はたけカカシが、Sランク任務のパートナーに中忍のアカデミー教師を指名した時。
驚かなかったのは、指名を受けた当のイルカだけであった。

 

 



 

BACK

 

もー………パラレルなのをいいコトに、やりたい放題。(笑)
イルカがヘンな能力者になってます。
あっはっは………
つか、カカシさんがイルカ先生を意識してて、好意持ってたから穏便に済んだけど、これが別の男だったら、もう命は無かったかもしれませんねえ。
(このカカシさんなら、さぞかし似合うだろうな……裸エプ……ゴホゴホ、失礼しました)
イルカ先生が単なるスケベ(普通の男、ともいう)ですみませんでした。

2006/8/16〜19