Nightmare =ナイトメア=


 

夢を見る。

眠りの中で、彼女は男に抱かれる。
暖かくて大きな手で愛撫されて震える吐息を漏らし、くちづけされて熱く熟れた身体を持て余し。

『…………』

現実にはそこにいない男が彼女の名前を呼ぶ。
耳朶にかかる息は熱く、囁かれる声は甘い。
彼女はもどかしげに身を捩り、その先にあるものを求めて手を伸ばし―――

指が虚空をかいてようやく。

ようやく、彼女は『悪夢』から目覚めるのだ。

 

 

 




 

「失礼ですが」
頭上から声を掛けられたカカシはソファに座ったまま顔を上げた。黒い髪の中忍が、微笑一歩手前の静かな表情で立っている。
「ここは禁煙ですよ」
穏やかに注意された上忍は、自分とほぼ同年輩の中忍を眺めた。
「…道理で灰皿が無いと思った……」
カカシはボソリと呟き、立ち上がりざまに自分が咥えていた煙草をその中忍の男の口に押し込んだ。
「始末しといてくれる?」
そしてするりと彼の横をすり抜けて、口布を上げながら戸口から出て行く。
無理やり煙草を押し付けられた中忍はカカシを視線だけで見送って悠然と一服ふかし、それからそこらの自販機などでは手に入らない高級な煙草の火を指先で潰して消した。
「……さすが。いい煙草吸ってるなあ…」
そのやり取りを恐々眺めていた彼の同僚は、我が身に迫った危険が去ったかのように大きく息を吐いた。
「さすが、とか暢気にしてんじゃねえよっ! 今の誰だと思ってんだっイルカ!」
んー? と変わらず暢気な顔でイルカは振り返った。
「……はたけ上忍…じゃなかったか? 確か」
うわあ、と同僚の男は口許を手で覆った。
「わかっててアレかよっ! お前ってば本当に怖いもの知らずの天然だなっ……元暗部の雌豹相手に……」
「元暗部だろうが上忍だろうが、ここにいる限りは社会のルールは守るもんだろ。現にあの人は注意されたら素直に聞き入れた。この部屋が禁煙だって最初から知ってたら、火はつけなかったはずだ。そういう人なのに、平然とルールもマナーも無視しているみたいに周りに思われたら気の毒じゃないか」
「…いや、そーゆーコトじゃなくてだな……」
頭を抱える同僚を意に介さず、イルカはふむ、と唇を緩めた。
「…雌豹かあ。確かにそういう感じだよな。強そうで……それに、美人だ」
「いや確かに美人だったけど……あの人滅多に口布下ろさないんだぜ。ちょっとラッキーだったな」
「へえ、そうなんだ」
くしゃりとつぶれた煙草の残骸をイルカはそのままポケットに突っ込む。そしてある事に気づいてクスッと笑った。
「………あ、間接キスだ」



 

「『失礼ですが』…だって。変な人」
「……禁煙の場所で喫煙を注意されたのがそんなにおかしいか?」
カカシを横目で見遣ったアスマは自分の煙草に火をつけた。
「いや……だって、オレって何か話し掛けにくいらしくて、どうしても用事があるって時でもビクビクしながら声掛けてくる奴が多いわけ。どーもね、怖いらしいよ。目が合っただけで殺しやしないのにねえ……それがさ、煙草を注意する為だけに声掛けてくる中忍だって。ちょっと珍しいと思わない?」
「……おい」
アスマは片眉を上げた。
「中忍? どんな奴だ」
カカシは記憶を辿る時のクセで親指の先を唇に当てた。
「…っとねえ…黒髪でね、眼も黒。背は結構高い。オレより十センチは高いな。よく鍛えてるね。筋肉質な身体だと思う。右利き。…でもたぶん利き足は左。言葉のアクセントから察するに生粋の木ノ葉生まれ木ノ葉育ちだな。それから…」
「顔のど真ん中、鼻筋を横切るでかい傷痕」
カカシはなあんだ、とアスマを見た。
「知ってる人?」
はあ、とアスマはため息をついた。
「…ああ。そうじゃねえかと思ったらやっぱりか。そいつはアカデミーの忍師だ」
「名前は?」
「……イルカ。…うみのイルカだ。……ま、アイツならお前に注意するくらいは平気でやるだろうな…」
「へえ?」
「ある意味お前の言う通り、変わり者だろうよ…三代目のお気に入りでな」
カカシは少し不愉快そうに眉を寄せた。
「…何? あの野郎、三代目の何よ。火影様に気に入られているから態度でかいわけ?」
「いや、順序が逆。ああいう性格だから天邪鬼なジジイに気に入られているだけだ。…何て言うか…まあ、あんまり忍者向きの性格じゃねえなあ……妙に正義感が強くて、頑固者。間違っていると思ったら 三代目にすら平気で意見するとよ」
「ふうん…それってあんまり利口じゃあないねえ…普通に考えれば」
「そうだな。大バカとも言うな」
カカシは眼を光らせた。
何とも楽しげな表情になっているカカシをアスマはうんざりと眺める。
「お前、何考えてる?」
「……別に?」
(面白い。………そんなおバカさんがこの木ノ葉でしっかり里長のお気に入りになってるなんて。…普通、とっくに命無いよねえ……)
バカどころか。
恐ろしく立ち回りが上手いか、恐ろしく強運に恵まれているかだ。
その両方だったら、尚面白い。
カカシはアスマの肩をポンと叩いて目を細める。
「情報ありがとさん、アスマ」
「妙な気を起こすなよ? カカシ」
「…何の事かな」
カカシはアスマにヒラリと手を振ってその場から消えた。
後に残されたアスマはやれやれとため息をつく。
ここの所Aランクの任務すらアスマ達上忍に回って来ない。カカシを退屈させないSランクの任務は言わずもがなで。彼女が退屈しきっていたのを知らないアスマではなかった。



 

 

 

アスマに『バカ』で『変わり者』扱いされた男は、鼻歌でも歌いだしそうな顔で楽しげに手元の資料を繰っていた。
(…へえ、これ記載ミスじゃないんだ。中忍昇格年齢六歳。…俺なんか十六だぜ。…それでも別に遅くは無い方なのになあ…きっと、元からの出来が違うんだな)
彼が見ているのは上忍の資料だった。もちろん簡単に閲覧出来る資料ではない。だが、そこは『三代目のお気に入り』であるイルカの事、普通の中忍は立ち入れない資料保管庫にも頻繁に出入りしているのでそういう資料がどこにあるかも把握していたのだ。もっとも、彼は好きで出入りしているのではなく、人使いの荒い三代目にしょっちゅう捜し物をさせられているだけなのだが。
三代目に頼まれた資料を捜すついでにちょっと気になる人物のプロフィールを覗けたのは、役得というものだろう。
(…やっぱり美人だな…うん、好みの顔だ……)
資料と共にファイルしてあった登録書にはその忍者の写真も貼ってある。登録写真は素顔が原則なので、普段顔を口布で半分覆っているカカシもきちんと素顔で写っていた。少し前に撮られたものなのか、顔の輪郭が今より少々幼い感じがする。
イルカはしばらくカカシの写真を眺めた後、そっと資料を元に戻した。
この時点で彼の感覚は、テレビで見て気になった女優のプロフィールを雑誌で見つけて読んでいるのと大差なかったのだ。
自分とは無縁の人物。
おそらくはもう話をする事もない人だろうと―――
まさか、向こうから声を掛けてくるとは、この時のイルカは想像もしていなかったのである。
 

一方のカカシも、イルカの資料を手にしていた。彼女にとっては、中忍の個人データを持
ち出す事など造作も無い。
「ふむ、二十三歳、独身。……中忍昇格は十六歳か。ま、悪くは無いかな? 随分早く忍師になってるなあ…普通、忍師になるのはもう少し前線任務に就いて忍者として熟してからじゃないのかね。……あ、コレが原因かな…? 二年前に大怪我をしている」
カカシは資料を手にしたままベッドに寝転んだ。長いプラチナブロンドを無造作にかきあ
げる。
「……この怪我をした任務の三ヵ月後に忍師になってるものな……もしかしてあの彼、も
う任務にはつけない身体なんだろうか……」
喫煙を注意する為に近づいてきた彼の足運び、所作には特に異常な点は無かった。どこか
痛めているのならば、歩き方でカカシにはわかる。
「いたって健康に見えたけどな。……それにアカデミーの教師やるのも結構ハードだし………一日中ガキ追い掛け回す仕事だもんねえ…」
カカシは椅子の背に掛けてあった胴衣を爪先でひょいと引っ掛けて手元に引き寄せ、内ポケットから煙草を取り出す。一本引き抜いて唇に咥えたところでふと笑みが零れた。
始末しておけ、と火のついたままの煙草を男の口に押し込んだ時、指先がほんの少し彼の唇に触れた事を思い出したのだ。
「……度胸が良くて、立ち回りが上手くて運も強い中忍、か。そんな男、ただの忍師にし
ておくのもったいなくない?ま、本人に当たってみなきゃ何とも言えないけど…」
忍としての実力を量るには、本人に接触するのが一番だ。
「オレら上忍もいざと言う時は絶対数が足らないもんな。今みたいに暇な時が人材発掘のチャンスじゃない。…三代目のお気に入りだからって遠慮する手は無いよね。……安心しな、アスマ。別に妙な事はしないさ。…ちょっと調べて…使えそうならツバつけとくだけだから」

 



 

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『おんなカカシ同盟』様発行のアンソロジー本に参加したSSです。
本のテーマが『15R』だったので、少し頑張ってHっぽさを増量。
「これが15R? 大したことないじゃない」な感じなんですが。
―――これでも結構恥ずかしかったのよぅ。///カンベンしてくだせえ。


いつもの男みたいなマナ板カカシさんではなく、髪が長くてグラマーな女らしい(?)カカシさん。、男のカカシが女体変化やった時みたいな。
堂々とくノ一やってます。(笑)
そして、イルカもいつものウチのイルカじゃありません。
ある意味すっごくイヤな男です。(爆)