逃げ水 5

 

「はたけク〜ン、もう今日終わりでしょ? みんなでねぇ、飲みに行こぉよ〜」
カカシのバイト先はレンタルビデオショップだ。
新品の書籍やゲームソフトも販売する大型店なので、学生のバイトが多い。
「あー、悪い。今日は…つーか、当分ダメだわ、残念だけど。言ったじゃん、同居してる
ダチが入院したって」
ええ〜? と誘いをかけてきた女の子がつまらなさそうに声を上げる。
「どーしてえ? バイト来る前にお見舞いに行ったんでしょー? 何でまた行くのよ〜…
お世話なら、おウチの人がいるでしょ?」
カカシは女の子を振り返りもせずに、仕事の後片付けをしている。
「いないのよ。アイツの実家は遠いし、やっぱ家族に入院している人がいるからね。……
オレしかいないんだよ」
紅は示談交渉を終えたらすぐに帰ってしまう。彼女にも自分の仕事があるのだ。
世話をする『おウチの人』にはなり得ない。
「そーなのお? はたけ君、大変だね〜…あ、でもさ、ゴハン食べるくらい、いいじゃな
い。皆で行こ? ね? よく言うよお〜看病する方が倒れちゃ大変ってさ」
彼女の言う事はもっともに聞こえたが、周りで聞いているバイト仲間はニヤニヤしている。
彼女がカカシに気があり、単に周りをダシにして彼を誘い出したいだけだというのを皆知
っているからだ。
「ん、そーだね。でも、いい。途中のコンビニで何か買うから、平気。早くしないと、病
院通用口も閉まっちゃうんだよ。誘ってくれて、サンキュ」
カカシは「お疲れでしたー」と周りに声を掛けながらロッカールームに引き上げてしまっ
た。
「ウンもぉっ! 同居人って男でしょー? ちゃんと病院にいるならちょっとくらい放っ
ておいても平気じゃない。看護婦さんもいるんだしさあ。ねえ?」
ふくれる彼女に、バイト仲間達は苦笑いしながら首を振る。
「ああ、あんたは入ったばっかだから知らないんだよな。アイツ、ナンパっぽく見えるけ
どすげえ硬い方だぜ? それに入院している奴のダチ、うみのってヤツさ。も〜ガキの頃
からつるんでいる大親友だってよ。割り込むのは至難の業だぜ」
「そうそう」
「はたけ君て、ガード硬いよね〜」 
「けっこー気さくだから、友達は多いけど決まった彼女って作らねえよ、アイツ。その親
友ってヤローと一緒の方が気楽なんじゃねーの?」
皆、訳知り顔で頷きあう。
新入りの彼女だけが訳がわからず、まだ頬を膨らませていた。
「幼馴染みのトモダチが何よぉ。フツー友情よりオンナじゃん、ねえ?」
「う〜ん、フツーならね」
皆、ドッと笑った。


皆より一足先に着替えたカカシは、さっさとバイクに跨った。
帰り際に誘いをかけてきた女の子の狙いは、何となく彼にもわかっていたのだ。
彼女は仕事中も何かとコナをかけてきていたから。
念入りに化粧をした顔はそこそこ可愛く、ご自慢らしい大きなバストを強調する服を着て、
髪を染めている今風の女子大生。
彼女が誘いを掛けたら大抵の男は鼻の下を伸ばすだろう。彼女にしても、狙った男は必ず
陥とせると思っているはず。
カカシも、普通の時ならお茶くらい付き合ってやる気になったかもしれなかった。
だが、今のカカシはそんな浮ついた誘いに乗る気分には到底なれない。
イルカの側を離れると、途端に気持ちに余裕が無くなる。
実の所、バイトに来るのも気が進まなかったくらいだ。
「…仕掛けるタイミングが悪過ぎ……オレ、寝不足だしねえ…アッタマ軽そーな女の子と
バカ話する気にゃなれねーんだわ…」
カカシはふう、とため息をついて、フルフェイスのヘルメットをかぶった。
イルカの容態はとっくに生死に関わる様な状態からは脱している。
後は体力をつけ、快方に向かうだけだ。
若くて元々健康なイルカの事、骨折の治りも早いだろう。
だが、カカシは不安を拭い去る事が出来なかった。
イルカのいない部屋で、一人眠る事が怖い。
何故なら―――

『夢』の『カカシ』は、『イルカ』を救えなかったのだ。

夢の中のイルカは、カカシの腕の中で息を引き取ってしまった。
あの絶望感と、恐ろしいほどの喪失感。
冷たくなっていく彼の身体を抱き締める事しか出来ない、無力な自分。
それをカカシは、まるで実際に起きた事のように『体験』した。
強い忍者であるはずの『カカシ』が、悲しみに身体中を引き裂かれながら放った咆哮。
あれは、まさに自分の心そのものだった。
「…リアルな3D映画…? ハッ…マジ、リアル過ぎだ…ぜ」
夢の中で体験したイルカの死があまりにも生々しかった所為で、一人になると怖くてたま
らない。
夢の中で飛び散っていたイルカの血の色、その匂いまで鮮やかに甦る。
ナルトではないが、無事に笑う彼の顔を見ていなければ不安で不安で仕方ないのだ。
「……イルカ……」
ドゥン、とバイクのエンジンが吼える。
「…急いでも安全運転、安全運転」
カカシは自分に言い聞かせてハンドルを握り直した。
早くイルカの顔が見たいが、ここで事故など起こしては元も子もない。
カカシは夜の街に向かって走り出した。

正規の面会時間は終わっていたが、家族や付き添いの人間なら横の通用口から入れる。
エンジン音を気にして病院敷地内までは乗って来ず、だいぶ手前でバイクを降りて重い車
体を押して来る青年に守衛は感心していた。
見かけはあまり真面目そうに見えない子だが、きちんと挨拶もするし規則も守っている。
顔面に傷跡があるというだけで、不良なのではないかと噂されている彼が気の毒だ。
見かけで人間を判断するものじゃない、と胸の内で呟き、守衛は通用口を開けてやった。
「あ、こんばんは。ありがとうございます」
カカシは守衛に軽く頭を下げてから中に入った。
「はい、こんばんは。君も毎日大変だね。ご家族? 入院してるの」
カカシは首を傾げて微笑った。
「んー、友達だけど、家族みたいなもんです。…大事な、奴だから」
「そう。早く良くなるといいね」
カカシはぺこっと頭を下げ、「どうも」と小さく返してから足早に病棟に向かう。
もしかしたらイルカはもう眠ってしまったかもしれないが、それでもいい。
きちんと息をしている彼が見られれば。
洗濯する汚れ物を昼間持ち帰らなかったのは、こうして夜間訪れる口実にする為だ。
消灯時間を過ぎた病院内は静かだった。
大部屋に移る前は個室だったので夜もあまり気遣いはいらなかったが、今後はそうもいか
ない。
そっとドアを開け、中の様子を窺う。
年配の男は殆ど間仕切りカーテンを閉めて寝ており、リーもカーテンを半分以上閉めて眠
っているようであった。
イルカのベッドは窓際で、窓の方に面した方のカーテンは開けたままにしてある。
カカシは足音を殺してそちら側に回り込んだ。
カカシの気配に気づいていたのか、イルカは笑顔でカカシを迎える。
「…ごめんな、夜まで……」
小声で謝るイルカに、カカシは首を振った。
「来たくて来てんだよ、オレは。…どう? 何かして欲しい事…あるか?」
イルカは少し考えたが、小さく頷いた。
「……すっごい我がままなんだけど…いいかな…」
カカシは笑って「うん」と頷いてみせる。
イルカが我がままを言うなんて珍しいが、カカシにとっては嬉しい事だったのだ。
「言えよ。オレに出来る事なら何だってしてやるよ」
生きているイルカと直に言葉を交わす、この安堵感。
彼を失う事の辛さに比べたら、我がままの一つや二つ軽いものだった。
今から彼の郷里に行って明太子を買って来いと言われたとしても、カカシは喜んで行くだ
ろう。
「……肩、貸してくれ。……外の空気が吸いたい。屋上に連れてってくれないか」
カカシは一瞬返事に困った。
いいのだろうか?
医師や看護士の許可なく、イルカを病室から連れ出したりして―――
迷っている様子のカカシに、イルカは微笑みかけた。
「お前が肩貸してくれたら、行けるよ。大丈夫」
カカシは思わず苦笑した。
そうだ。昔からこういう男だった。
皆はカカシを無茶な奴だと思っているだろうが、本当に無茶をするのはいつだってイルカ
の方だ。
「しっかたねえなあ……どうなっても知らねーぞ、オレは」
カカシはイルカを支えてベッドから降ろしてやり、そっと病室を抜け出した。


「あー、気持ちいい……サンキュー、カカシ。ごめんな、無理言って」
屋上で夜風に髪をなぶらせたイルカは心地よさそうに笑った。
「見つかった時は、お前が怒られろよ」
「うん」
イルカは余程外に出たかったのか、素直に頷く。
しばらく二人は無言で風に吹かれていた。
暦の上ではとっくに春だったが、まだ風は冷たい。特に夜は冷えた。
「…どっか、痛まないか…? 寒くない?」
「……平気…つーか、これくらい我慢出来る。…俺、一日中ベッドにいなきゃならない方
が辛いな……」
イルカはカシャ、とフェンスに指をかけた。
「…でも俺より不自由で、痛い思いをしている人なんて、世の中には…この病院にだって、
たくさんいる。俺なんて、時間が経てば治るんだから文句言ったらバチが当たるよな」
カカシはその横顔を眺めていたが、つ、と近づいてイルカの頬に指を伸ばした。
「……そして、その数百倍は健康な奴がいるんだ。こんな時くらい、文句たれてストレス
発散しろよ」
「カカシ……」
カカシはそっとそのまま顔を寄せ、イルカの首筋に鼻先を埋めた。
「お前が生きていてくれて良かった……」
「お前が血をくれたおかげでな」
違う、とカカシは首を振る。
「………一歩間違えば…オレは永遠にお前を…失う…とこだった…」
夢の中で血にまみれ、死んでいったイルカの姿は、あったかもしれないもう一つの可能性。
『彼』は、ここにいるイルカの代わりに死んでしまったような気さえする。
「……怖かった……」
自由に動く方の腕を上げ、イルカはカカシの頭を抱き寄せた。
よしよし、と子供にするように彼の手がカカシの髪を撫でる。
カカシの精神状態が、まだ不安定なままである事にイルカは気づいたのだ。
彼らしくもなく夢などに怯え、イルカに縋ってきたカカシ。
祖母の入院というアクシデントの為とは言え、イルカはそんなカカシを独りにしてしまっ
た。そこへ、この事故だ。カカシはどんなにか心細く、辛かっただろう。
だが、イルカの身体を心配して、今まで明るく振舞っていたのだ。
―――心配掛けまいとして。
いつもは遠慮もなく甘えてくるくせに、イルカに本当に負担が掛かると判断した途端、カ
カシは何も言わなくなる。
イルカはそんなカカシがとてもいじらしく、愛しく思えた。
そのままカカシの首を抱き、自分の方からくちづけてやる。
触れるだけの優しいキスだったが、カカシは胸の中が痛くなるくらい嬉しかった。
「…イルカ…オレ……お前と―――」
もう一度、唇が重なる。
今までになく、深いくちづけが真剣に交わされた。
何度も離れそうになってはまた相手を求め、互いに溺れていく。
「……オレ…お前が…」
好きだ、と言った言葉はイルカの口腔に呑み込まれた。
はあ、と呼吸を整えたカカシに、イルカは微笑みかけた。
「…うん……俺も、だよ…お前が好きだよ……」
カカシはこれこそ夢なのではないかと思いながら、イルカの暖かい身体をゆっくりと抱き
締めた。
「…嘘……」
イルカも不自由な腕でカカシを抱き締め返してくれた。
「嘘なもんか」
とくん、とくん、と互いの心臓の音がする。
(―――ああ…生きて…いる……―――)
この腕の中にあるイルカの身体は温かい。
カカシの眦から涙が零れた。

 



 

大学生カカシのアシはオートバイですか・・・(大学には電車で行ってたような気がしますが(笑))
職場のおじさまが乗ってくるのが1100ccでデカくてスゴイのです。カカシさんにもあれくらいのを転がして欲しいような気もしますが、750クラスでも普通はデカい。・・・400クラスで充分のような気もしますがここは気張って750クラスだ。頑張って押してねv(<酷い)
イルカは絶対チャリですね。悪路もへっちゃらマウンテンバイク。長距離ならクルマ。バイクなんて寒いもんに誰が乗るか、というタイプ。(笑)

そしてそしてやっとラブなシーンにっ・・・v
病院の屋上えっちだったんですねーこの話でやりたかったコトというのは・・・(笑)ちゅーしかしてませんけど。
身体のまだ不自由なイルカに、カカシがイロイロ「してあげる」のがいいなあ、と妄想してたんですがマジに書いたら18禁だ。
(ナニをする気だったのやら・・・;;)
そして、やっと『告白』しました。お互いに。

 

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