逃げ水 2
「あー、カカシ先生だあ。何でこんな所にいるのお?」 「サクラちゃんこそ」 「あたしは、この病院におじいちゃんが入院しているの。ロビーにコイツ…あ、同じクラスの男子だけ どね、コレがいたから『何しに来たの?』って訊いたら、コイツなんかを庇って大怪我した人のお見舞 いって言うじゃない。どんな奇特な人かと思って、あたしもお見舞いに来たの」 「…オレはその奇特な人の友達。つうか、同居人なんで、世話しに来てるのよ」 「……世の中、狭いのね」 「そーだね」 ナルトはびっくり眼でサクラとカカシの会話を聞いていた。 「…サクラちゃん、カカシ兄ちゃんと知り合いだったの?」 「うん。あたし、盲腸炎の時、腹膜炎も起こしたから入院長引いちゃって、勉強遅れちゃったのよね。 その時、家庭教師に来てくれた先生」 カカシはうんうん、と頷いた。 「サクラちゃんは優秀な生徒で、助かったよー。余計な事言わなくてもちゃーんとわかってくれてさ」 「カカシ先生は、おやつ食べに来てたんだもんね」 「あ、ひでえな。ちゃんとヤマかけのコツ教えてやったろ?」 ヤマかけで試験クリアしてきたのかこの人…と、リーは半眼でカカシを見る。 「まあねえ…おかげ様で、テストの時は効率よくて助かってるわ。あ…こっちのお兄さん? ナルトの 命の恩人さん」 何故かナルトは大威張りで胸を反らす。 「そ! オレの命の恩人で、イルカ兄ちゃん!」 「…こんにちは。あたし、ナルトのクラスメイトで春野サクラといいます。急にお邪魔してごめんなさい。 お加減は如何ですか?」 サクラは礼儀正しく挨拶して、イルカに菓子の包みを差し出した。 「これ、良かったら召し上がりませんか? 余り物を持ってきたみたいで失礼なんですけど、おじいち ゃんが食事制限しているのすっかり忘れててお菓子なんか持って来ちゃったんで…」 イルカは、行儀のいい女の子に挨拶を返した。 「初めまして、サクラさん。お見舞いありがとう。これ、頂いちゃっていいの? じゃあ、ちょうどお三時 だし、皆で食べようか」 「やりぃ! オレ、腹減ってたんだー」 イルカの言葉にナルトは喜色を浮かべる。 すかさずクラスメイトを睨みつけるサクラ。 「あんた、がっつくんじゃないわよ、ナルト! イルカさんに持って来たんだからねっ」 ははは、と笑ってイルカはカカシを呼んだ。 「カカシ」 「何?」 「悪い。下で、何か飲みもん買って来てくれ。ええと、お前入れて六人分…か」 不自由な体勢で、ごそごそと財布を出そうとするイルカより先に、横のベッドの男がカカシに千円札を 差し出した。 「兄ちゃん、これで買って来るといい。久し振りに賑やかで楽しいからな。俺の奢り」 「え…そんな…」 「年上の人間に恥かかせるんじゃないよ。ほら」 「ありがとうございます」 イルカはぺこりと頭を下げる。 「おじさん、豪気。…じゃあ、おじさんは何がいいっすか? 飲み物」 カカシは遠慮なく札を受け取り、ニコニコと訊く。 「おじさんは、アイスコーヒー。出来たら、ブラックで」 「了解。はーい、じゃオーダー取るよ。サクラちゃんは?」 「えっと、じゃオレンジジュース。炭酸じゃないのがいい」 「そこの中坊は?」 「あ…ボクもいいんですか? すいません、じゃ烏龍茶、お願いします」 「コーヒーに、オレンジに、烏龍茶、と。よっし、じゃあナルト、行くぞ。荷物持ちについて来い」 「うん。あ、イルカ兄ちゃんのリクエスト聞いてないってば」 「あ? いつものでいいよな? イルカ」 もう戸口に向かっていたカカシは面倒くさそうに振り向いた。 「ああ。無かったらお前と同じでいいから」 カカシはオッケー、と頷いて、ナルトを促して出て行った。 それを見送って、サクラはそっとイルカのベッドサイドに近づく。 「…カカシ先生と一緒に暮らしているんですか?」 イルカはくすくす笑って頷いた。 「うん。その方が経済的だし。…それに、あいつ一人暮らし出来ないんだよ」 「あー、わかります。カカシ先生、あれで結構寂しがりでしょー」 女の子はすごいな、とイルカは内心感心した。 「…イルカさんもお顔に傷があるんですね…あたし、最初カカシ先生と会った時、びっくりしたの。もしか して、元不良かなんかで、喧嘩であの傷、ついたのかと思って。…そしたら、事故だって。……もしかし て、イルカさんも?」 本当に女の子は勘がいいな、とイルカは苦笑した。 「大正解。…小さい頃、一緒に遊んでてケガしたんだ。…二人して顔に傷痕があるんで、学校じゃ『傷 物コンビ』って言われてる」 「不良に絡まれたりとか、しません?」 「…んー…まあ、中学とか高校の頃はちらっとあったかなー、そういうのも。でも、カカシは見かけによら ず強いし、要領もいいから…不良の仲間にはならずに、友達になるって特技があったな。俺はそのカカ シの友達だから、穏便に過ごしてきたよ」 えー、とサクラは大きな目を見開く。 「本当ですかあ? イルカさんの方が、喧嘩とか強そうなのに」 「喧嘩が強いのはカカシ。…あいつは身を護るのに手段を選ばないから、怖いんだよな。攻撃は最大の 防御の典型。……俺はダメ。ルールがあるスポーツの類でないと」 隣のおじさんが、興味を示した。 「何かやってるの? そういや兄さん、結構いい体しているよね」 イルカは無事な方の手で、恥ずかしそうに頭をかく。 「…剣道やってました。空手も基本だけは」 「わー、イルカさん、剣道着とか似合いそうー」 サクラの言葉に、イルカは苦笑する。 「女の子は、何でもファッションなんだね」 「あら、形って大事よ。気持ちが入り易いじゃない」 「過去形で言ったね。もう、やってないの?」 おじさんは、心持ち残念そうだ。 「…はあ…大学に入ってまで、続けるほど入れ込んでもいなかったんですよ」 サクラはふうん、と相槌を打ちながら、自分の持ってきたお菓子の包みを開け始めた。 「あ、ちょーどいい。十二個入ってる。二個ずつ食べられるわ。イルカさん、どれがいい?」 サクラが差し出した箱の中には、可愛らしいプチケーキがずらりと並んでいた。 「俺、好き嫌いないから後でいいよ。あっちのおじさんに先に選んでもらって」 サクラが目を向けると、男は笑って手を振った。 「おじさんも後でいいよ。お嬢ちゃん、レディファーストだ。君が先に好きなのを取りなさい」 サクラは「いいのかなあ」と戸惑っている様子だ。 躾のいい家庭で育てられたのだろう。 「……カカシ先生の好きそうなものならわかるから、避けといてあげようかな。この、ピスタチオの乗った ビターチョコのと……」 「たぶん、そっちのチーズケーキ」 「…やっぱり。…同居してると、そういうのも筒抜けお見通しなんですねー…さっきも、カカシ先生、イル カさんに何飲むか訊かないで行っちゃおうとしたもの。…あ、ええと、そっちのベッドの烏龍茶の人」 「…リーです…」 「リーさん? はい、好きなの、二個選んで」 「えっ…えっ…あの、レディファーストでしょう? あ、貴女がお先に……」 リーは慌てて遠慮する。 「うー、じゃあ、これと、これ」 サクラは箱のフタの方に、カカシの分と自分の選んだケーキを入れた。 「リー君」 イルカに促されて、リーもようやく選ぶ。 「ごちそう様です」 「はい、イルカさん」 「いいよ。ナルトに先、取らせてやって」 ぷー、とサクラはふくれた。 「ナルトなんか、何でも食べますよぉ」 イルカは苦笑した。 「サクラさんは、ナルトが気に入らないの?」 んー、とサクラは考え込む。 「って言うかあ…何でも一生懸命で頑張りやなのはいいんだけど、お調子者でうるさくて…時々、うざい んですよねー…苛つくっていうかー…」 その、うざい少年が賑やかに帰って来た。 「ただいま―! はい、サクラちゃん。オレンジジュース」 サクラはありがと、と小さく御礼を言ってから、奢ってくれたおじさんに「ごちそう様です」と頭を下げた。 「ジュース一本でそんな丁寧に礼を言われると照れるね。おじさんもお菓子をごちそうになるんだから、 おあいこだよ」 そう言いながら、男は少女の礼儀正しさが嬉しいようだ。 「おじさん、ごちそう様。はい、これおつり」 カカシも礼を言いながら、男の分の缶コーヒーと、釣銭を手渡す。 「おっと、律儀だね、君も。…うん、まだまだ若いもんも捨てたものじゃないねえ。…おじさんは嬉しいよ。 そっちの兄ちゃんはこの子を庇って怪我をしたっていうし、お嬢ちゃんはちゃんと挨拶が出来る子だし」 「やーだ、おじさんったら。照れちゃいますよお」 サクラは恥ずかしがって、身をくねらせる。 「ほい、中坊」 カカシはプルトップを開けてから缶をリーに手渡す。 「あ、すいません」 「イルカ」 もちろんイルカの分もちゃんとプルトップを引き起こしてある。 「サンキュ」 「あ、待てよ。ストローの方がいいよな。……ほい」 甲斐甲斐しく世話を焼くカカシの様子に、サクラは目を丸くする。 「へーえ、カカシ先生やろうと思えば出来るのね。…横のものを縦にもしたくないタイプに見えたけど…」 「サークラちゃん……愛は人を変えるのよ……オレ、こいつの事愛してるから――って、いってえなー」 イルカは動く方の手で思いっきりカカシをどついていた。 「子供にヘンな事言うな! …ったく、スレた女子大生とは違うんだぞ!」 サクラはけらけら笑った。 「大丈夫ですよお、イルカさん。あたしだって洒落がわからないほど子供じゃないわ。それに、友情だって 立派な愛よ」 「………そ、そうだね……」 カカシとイルカは心持ち引き攣った笑いを浮かべた。 女の子は鋭い。 子供と侮って迂闊な言動はしない方がいいと、二人は顔を見合わせた。 |
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大学生のカカシが喧嘩をする図も結構怖いよーな… 終始口元に笑いを浮かべて(で、眼は笑ってないの)無言で相手を徹底的に叩く。 イルカは剣道にしようか柔道にしようか迷ったんです が、友人に訊いたら『剣道の方がいい』と言うので 剣道になりました。 ちなみにカカシはコンタクト使用。近眼の乱視。(笑) 家にいる時はメガネしている時もあり。 そんなんでケンカするなよ・・・危ないから。 |