孔雀草の花言葉−3

(注:カカシさんが バリバリのくノ一『Nightmare』設定/過去話です)

 

はたけの家に戻り、中に入ろうとしてからハタ、と気づく。
………オレ、カカシちゃんのお着替えとか…いわんや、お風呂の世話まではしたコトない………
池にはまったのだから、風呂に入れた方がいいのだけど。
し、し、してもいい…ものだろうか。
幼いとはいえ、彼女も立派な淑女。………マズイか?
風邪をひかせる以上にマズイか? 風呂は。
サクモさんに知られたら、半殺しどころか瞬殺モノかも……………
「………………………」
ここでオレは決心した。
そうだ。
きっと、今なのだ。
神様のGOサイン。
『婚約者』なら、ちょっとくらい裸を見たって問題ないんじゃないか?
そういうコトなんだ、きっと! うん!
………まずは告白だな。
「………カカシちゃん」
「はい、せんせい」
オレはカカシちゃんと目線を合わせる為にしゃがみ、彼女の眼を正面から見る。
「オレは、カカシちゃんがとっても好きだ。…大好きだ」
カカシちゃんは、にこーっと笑った。
「カカシも。…カカシも、ミナトせんせいがだいすき」
………よし。第二関門クリア。
近寄れていても、本人に好かれていなかったら話にならないものな。
「ありがとう。……ねえ、カカシちゃん」
「なぁに?」
オレは呼吸を整えた。
よし! 言うぞ!
「………カカシちゃんが大きくなったらね。……オレの、お嫁さんになってくれないかな」
カカシちゃんは、一瞬大きく眼を見開き―――そして、こっくんと頷いてくれたのだ。
「うん! カカシ、おおきくなったらミナトせんせいのおよめさんになる!」
やった! ブラボー! 第三の関門も突破! ………後は………と、思った時。

―――背後に恐ろしい殺気。

どっと冷や汗が出た。
ここで挫けるな、オレ! 踏ん張れ! ここが踏ん張りどころだ!
今から立ち向かうのは、最大の難関。
ここをクリア出来なければ―――オレの将来は真っ暗だ。
オレは、ことさらゆっくりと立ち上がった。
心臓が早鐘を打っている。
「そういう事ですから」
思い切って、後ろを振り向く。
「………お嬢さんを、オレにください。―――サクモさん」
そこには、いつ帰ってきたものか。
魔王も裸足で逃げ出しそうな、物凄い微笑を浮かべた白い牙が立っていた。
気力を総動員させなければ、倒れそう。
「あー、おとぅさまー! おかえりなさぁい!」
カカシちゃんは、無邪気に喜んで父親の足元に走っていく。
(サクモさんの殺気って、向ける対象を特定出来るのか。………器用だな)
「ただいま、カカシ。…どうした? 濡れているじゃないか」
うん! とカカシちゃんは頷く。
「カカシね、すいめんほこう、できたの。…でも、カラスさんにびっくりして、おいけにおっこっちゃった。だから、ミナトせんせいがたすけてくれたの」
「そうか! 水面歩行か! よく頑張ったね、えらいよ。………………ところで、ミナトくん」

うおっ………し、心臓が………っ………!

なんて眼だ。
…こ、この人、視線だけで人を殺せる………っ! …心臓弱い人なら、今ので死んでるよ、きっと。
覚悟してたってのに震えがくる。…何だこの威圧感。息がうまく出来ない。
………ちくしょう、こんな場面であらためて彼との力の差を見せつけられるなんて。
「………はい」
…よし! 少しだけ震えたけど、ちゃんと声が出た。
サクモさんは、やっと少しだけ殺気を緩めてくれたようだ。………息が出来る。
「………さっきの返事だけどね。……どうやらキミは本気のようだから、オレもそのつもりで答えるよ」
ゴク、とオレはツバを飲み込んだ。
恋人の親に結婚許可を求めた男って、皆こんな裁判の判決を待つ被疑者みたいな心地になるものなのか?
いや、負けるな、オレ! 眼を逸らしたら負けだぞ!
オレの本気を、サクモさんにわかってもらわなきゃ。
「………はい」
サクモさんは不機嫌そうな半眼でオレを見据えた。
「―――バカ言ってるんじゃないよ、このクソガキ。おととい来やがれ」

がくーん………

目の前が暗くなった。………やっぱ、玉砕………? 玉砕なのか………ガクリ。
「………と、言いたいのはヤマヤマだけどね。………ま、ここは当分、保留ってコトで」
「ええっ!」
ほ、保留? 今、『保留』って言った?
「ええっ! ………じゃないでしょ。まったく、ヒトが眼を離したスキに何をしてくれるんだか。…いくら師匠を尊敬しているって言ってもね、女の子に手が早い所まで見習わなくてもいいだろうに」
はあ、とサクモさんはため息をつく。
「………あのね。………正直、カカシは何処にもやりたくない。ずーっとオレの傍にいて欲しいよ。…でも、これは親のワガママだ。………娘の幸せを考えるなら、そこは我慢しなきゃいけないのは、オレだってわかっているんだ。………そこでだ。…譲歩として、カカシを任せるのなら、せめてオレが『この男なら』と認められるってのが最低条件なの」
―――はい、ごもっともです。
………白い牙に認めてもらうってのは至難の技ですが。
「………ミナトくん。…オレはね、キミには見どころがあると思っている。………才能もあるし、努力家だ。…カカシにつり合う容姿も持っている」
厳しいなー…見てくれも条件のうちか。………良かった。オレ、ブサイクに生まれなくて。(こればっかは努力の限界があるし)
オレは余計な口は挟まず、彼の次の言葉を待った。
―――まだ、希望はある。希望は。
サクモさんの眼が、厳しく光った。
「―――だから。…カカシが欲しければ、火影になるのだね」
「はぁっ?!」
サクモさんは凄絶な笑みを浮かべてくださった。……怖っ………(あの噂は八割がた真実なのかもしれない、と初めて思った)
「キミが火影になれたら、カカシを嫁にやってもいい、と言っているんだ。………簡単に、オレの娘を手に入れられると思うなよ」
お父様、そんな殺生な―――と、瞬間思ったが。
「わかりました! なってみせます!」
気づいたら、とんでもない宣言をぶちかましていた。
言ってから、血の気が引く。
………火影。
火影の座=カカシちゃんの夫の座。
娘婿としてクリアすべきハードルをガン上げしてくださった白い牙は、ニッコリ微笑んだ。
「その意気だ。………言っておくけど、一番大事なのはカカシの気持ちだからね? そこんとこ、忘れないように。………それから、さっきの条件クリアしないうちにこの子に手を出したら、問答無用でブッ殺します」
それだけ言うと、サクモさんはカカシちゃんを抱き上げてさっさと家の中に入ってしまった。
ぴっしゃん、と閉められた玄関の戸が、彼の心情を如実に物語っている。

………ふ。
ふふふふふふふふふ。

―――負けるもんか。

こうなったら、何が何でも火影になってやろーじゃないか。
カカシちゃんにはプロポーズして、もうOKはもらったんだ。
彼女の眼を、他の男になんか向けさせなければいいのだろう!
サクモさんに負けない、いい男になれば!

オレは、はたけ家の庭先で独り、拳を握りしめてオノレに喝を入れた。





そして、オレはまんまと彼の思惑に乗せられたんだと気づいたのは、それから十年後のこと。
火影候補だったサクモさんと自来也先生が揃って逃げ、その座を押し付けられた時だった。
―――自分が火影、やりたくなかっただけか! ………あのクソ親父。
そんでもって、目に入れても痛くない愛娘の花婿候補として、オレを鍛えるってぇ一石二鳥を目論んだな? さすが白い牙。………策士だ。
でも、そこは彼に感謝しなければいけないな。
『火影』という大目標があったからこそ、オレはここまで強くなれたのだと思うから。
彼女にふさわしい男になる為に。


それにしても、カカシは本当に綺麗になった。
初めて会った時に思った以上だ。
文句なしの美少女に成長した彼女の、十四回目の誕生日。
オレは可憐な孔雀草の花束を贈り、あらためてプロポーズをした。
「………十年前の約束、覚えている?」
カカシは、頬を染めて頷いた。
「覚えて………います。先生こそ、覚えていてくれたんですね」
「忘れるわけがない。…オレはずっと、キミだけを想っていたのだから。………ねえ、カカシ」
「はい」
「あらためて、申し込むよ。………キミが十六になったら、正式に婚約して。…そして十八になったら………オレのお嫁さんになってくれるかい?」
カカシは、耳まで赤くなって俯き、恥ずかしそうに「はい」と応えてくれた。
十年間の努力が実った瞬間だ。
男に二言は無いですね? サクモさん。
カカシは、このオレ・四代目火影、波風ミナトが頂きます。
彼女の可愛い唇に、オレはそっと触れるだけのキスをした。


え?
何でプロポーズするのにバラの花束じゃなくて、孔雀草なのかって?
孔雀草の花言葉を知っている? …それはね。

―――『ひとめぼれ』、だよ。
 

 



 

END

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今回の見どころ。
四代目のプロポーズ………じゃなくて。
サクモさんがミナトくんを『クソガキ』呼ばわりし、ミナトくんがサクモさんを『クソ親父』呼ばわりするところ。(笑)
火影になっても、サクモさんには一生頭の上がらない、可哀想な波風さんです。更に気の毒なことに、こんなに努力したのに、カカシちゃんを娶る前に他界。………浮かばれません。

あれ? と気づいた方、正解。
―――サクモさん、自殺していません。
(このバージョンの彼は、中傷で心身病むほどヤワじゃないので)
実は、四代目が他界した後も生きております。

今度、冷や汗流しながら白い牙に「お嬢さんをください」をやらなきゃいけないのは、イルカ先生ですね。^^;  >『続・孔雀草の花言葉』

(09/04/15)