孔雀草の花言葉−2

(注:カカシさんが バリバリのくノ一『Nightmare』設定/過去話です)

 

『子守をしてくれた御礼』とかで、その日の晩はオレまで夕飯をご馳走になってしまって。
良かったらまたカカシちゃんの遊び相手をしてくれないか、と言われた。
彼曰く、カカシちゃんが初対面の人間から逃げていかず、おとなしく懐くなんて滅多にない事なのだと。
んでもって、「カカシはキミが気に入ったみたいだね」―――なーんて言われたら、嬉しくて「ハイ、オレで良かったらまた伺います」って言っちゃうじゃない。
……………彼は大人だから。社交辞令かもしれないけど。
「ミナト」
ハッと我に返る。…いけない、任務中、任務中。
「…はい、何ですか? 先生」
先生はニヤニヤとオレを見ていた。
「お前、この間サクモんトコに使いに行ってから機嫌がいいのぉ」
「そそそっ………そうですか?」
先生は尚もニヤニヤしている。
「…サクモ、美人だったろ」
ちょっと待て。………何、ソレ。
サクモさんが美人だったから、オレがご機嫌だって言うんですか? 先生。
そりゃあ、サクモさんに会えたのは嬉しかったですよ? いい人だってわかったし。でも。
「………ええ、確かに綺麗な人ですよね。………オレが聞いていた噂とは全然違いましたよ」
いやいや、と先生は首を振る。
「噂通りの男だっての、ヤツは。…ま、多少尾ひれはついておるけどな」
「………でも。…戦いの最中に理性をなくして、味方まで手に掛けるような方には見えませんでした」
今までオレは聞いた彼の噂は、何故かそういう類のものばかりだ。
オレが会ったのは日常モードの彼だから、戦闘時にどう変わるのかはわからないけれど……でも、血に酔って見境を失くすような忍には見えなかった。
自来也先生は、何がおかしいのか噴き出した。
「あー、ソレかい。………あのな、ミナト。その噂は、お前が考えているのとはちょいと違うんだっての。何というか………戦っている時のサクモには、凄絶な色気があってな。ツラがいいだけに、そりゃもう破壊的な効果がある。あそこまでいくと、シャレにならんって言うか。………思わず見惚れているうちに殺られた敵は数知れず。味方にまで被害が出る有様でなぁ。…それで最近は、戦闘の時は口布で顔を隠しているらしい」
脱力した。
―――敵も味方も容赦なく殲滅………ってそういう意味………だったんですか。
要するに、敵味方おかまいなしに悩殺してたんですね、サクモさん。………意識的にではないにしろ。(そりゃ、味方にとっては迷惑な話だ)
「それにしたって、尾ひれつき過ぎですよ。…オレが聞いた白い牙の噂なんて、まるで人でなしの殺人鬼ですよ? 失礼じゃないですか」
「ま、殺人鬼………ではないわな、確かに。あんまりにも迷い無くバッサリ敵を殺すから、味方にも畏れられては、おるが」
「それは………忍なんだから、当然じゃないですか。好き好んで人を殺しているわけじゃないでしょう? …先生だって、任務ならそうするでしょうに」
先生はゴフン、と苦笑した。
「まあ、な。………ふふん、何じゃ。すっかりヤツびいきになったか? …ま、無理は無いか。罪なツラだのぅ、あの人も」
もうっ! まるでオレが面食いみたいな………いや、その………カカシちゃんの可愛さに魂抜かれたオレは、じゅーぶん面食いかもしれませんけど!
カカシちゃんは小さいけど女の子ですもん。男のサクモさんに………っていうよりは、普通だと思う!
そんなコト先生に漏らして、いいからかいのネタを提供したりはしないが。
ぷん、と横を向く。
「ゴハンを美味しく作れる人に、悪い人はいません」
「………ほう。メシを馳走になったってぇのか。初対面のお前を家に入れただけでも、珍しいってのにのぉ」
「そう、なんですか?」
うむ、と先生は頷く。
「…人当たりは悪くない男なんだがの、ちょいと人見知りをする。………お前の何かが、ヤツのツボにハマッたんじゃないか? どうやら奴さん、お前を気に入ったらしいぞ」
―――は?
「珍しく娘が懐いたから、時々子守にお前を借りてもいいか、とサクモに言われた。…任務が入っていない時は別に構わんから本人に言え、と答えておいたぞ。………好きにせい」
「………は、はい」
―――うわ。………本気、だったんだ。サクモさん。
ちゃんと、先生に断ってくれたなんて。
何だか、嬉しいな。
………そうだ。今度は、綺麗な絵がいっぱい載っている絵本をカカシちゃんに持っていこう。
彼女の知能が恐ろしく高く、忍術書の内容を理解出来るような天才児でも、子供には情操教育が必要なんだ。うん!
思わずガッツポーズ。
この任務が終わったら、本屋に行こう。
いつ、子守を頼まれてもいいように。

そうしてオレは、はたけ家に通うようになった。
彼女の三歳の誕生日祝いにも、招かれた。
実は、あの時届けた包みは、サクモさんが出先でカカシちゃんへの誕生日プレゼントに買った、可愛らしい小物入れだったのだ。
その土地の名産だという光沢のある綺麗な生地が使ってあって、この辺には無い珍しい細工物。
愛娘が綺麗な小物入れを見て喜ぶ様子を、彼も眼を細めて見ていた。
………そりゃあ、可愛いよなぁ。
赤の他人のオレが、こんなに可愛いと思うんだもの。
父親なら、まさに目に入れても痛くないって程可愛かろう。
………ううむ。
オレ、サクモさんに嫌われないように気をつけなきゃな。
それから、もっともっと強くならなければ。
過酷な英才教育を受けた彼の価値観なんて、考えなくてもわかる。
この人に認めてもらいたかったら、ひたすらに強い忍になるしかないだろう。
だって、認めてもらえなかったら―――カカシちゃんをお嫁にもらえるはずがない。
オレはもう、彼女以外のお嫁さんなんて考えられないんだ。
―――だからロリコンとか言うな!
彼女が今、三歳。オレが十三歳。
彼女が十三歳の時、オレは二十三歳。
彼女が十六になったら、オレは二十六。………ほら、問題無いじゃないか。
世の中、十歳違いの夫婦なんてゴマンといる。
問題は、カカシちゃんのハートを上手くゲットし、尚且つ父親のサクモさんに認めてもらえるかどうか、なのだ。
―――後者の方が、ハードルが高いような気がするのは………きっと、気のせいではないだろう。
子煩悩なパパが、可愛い娘に近寄るオスはたとえ犬でも容赦なく排除しようとするのは自明の理。
その第一関門をオレはもうクリアしてるんだから、後はもうひたすら頑張るだけ。
そうだ、頑張るのだ、オレ。


カカシちゃんは、すくすくと健康に育っている。
幼いながら忍術の天才である彼女には、アカデミーに入る前に年長者がついて、保護しながら指導もするのが一番だと火影様が仰って。
その指導者には誰が適任かって話になった時、サクモさんはオレを推薦してくれた。
ずっと子守をしていて、カカシちゃんが懐いているから、というのが主な理由だったが。忍としての力が無かったら、指導役に推してもらえるはずが無い。
精進の甲斐があったと言うものだ。
そうしてオレは、弱冠十四歳にしてカカシちゃんの『先生』な立場になれたのである。
フン。こんな美味しい立場、他の誰にも譲れるものか。
カカシちゃんは、成長するにつれ目鼻立ちがハッキリして、ますます可愛くなってきて。
………こんな可愛い子、さっさとツバつけておかなきゃ、何処の馬の骨にかっさらわれるか、わかったもんじゃない。
(サクモさんにとっては、オレがその馬の骨だろうが)
彼女がアカデミーに入る前だ。
入る前に、ツバをつけておくべきだろう。
だって、野郎比率が高いアカデミーだよ? 幼いとはいえ、そこは男。
可愛い子がいれば、無関心ではいられないはず。挙句、手を出されたりしたらたまらない。
先手必勝、だよな。

「せんせい、きょうはなにをしますか?」
カカシちゃんは本と巻物を重そうに抱えている。
彼女はこの頃、オレに対してもきちんと敬語を使おうとするんだな。可愛い。
(でも、時々は前みたいに『お兄ちゃま』って呼んで欲しい………かも)
「ん、そーだね。じゃあ、今日は水面歩行術の続きをしようか」
「はぁい!」
天気がいいし、風が無いから水面が荒れていない。今日なら練習にはもってこいだ。
しかし。
………これ、オレだって出来たのはアカデミーを出てからだったよ………マジに天才、この子。
平地を駆ける様に―――とはいかないが、少なくとも水面に立っている。
まだ、幼くてスタミナが無いから、長時間は無理だけど。
「少し、歩いてみようか?」
「はい」
カカシちゃんは、両手をあげてバランスをとりながらゆっくり歩きだす。
池の中央まであと少し―――のところで、彼女の頭上をいきなりバサバサッとカラスが横切った。
「きゃあっ」
驚いたカカシちゃんはバランスを崩す。
「カカシちゃん!」
急いで駆け寄ったが、彼女の足が沈むのには間に合わなかった。
どうにか頭が水に沈む前に手をつかんで引き上げる。
「大丈夫?」
「………だいじょ、う、ぶ…です」
おお、えらい。泣かないで頑張っている。
同じ歳の他の女の子なら、泣き出してもおかしくない場面なのに。
カカシちゃんを抱き上げ、岸まで戻った。
「ごめん、なさい………」
「何? 謝らなくてもいいんだよ」
「だって、せんせいもぬれちゃったもの………」
「ああ、大丈夫。オレはそんなに濡れていないからね。すぐ乾くよ。…それより、カカシちゃんは着替えないといけないね。家に戻ろうか」
「………へいき、です………」
ダメ、と首を振る。
「風邪をひくといけないから。…戻ろう」
こんなコトでキミに風邪をひかせてごらんなさい。………オレがキミの父上に半殺しにされるって。
 

 



 

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