HOLY NIGHT −1
夕食時。 納豆をぐるぐるとかき混ぜながらイルカがボソッと呟いた。 「……お前、クリスマスって何かやりたい?」 「え?」 時に、クリスマス・イブまで後二日。 カレーを食べようとしていたカカシは訝しげな視線を上げた。 「…クリスマス? あのさ、イルカさん。うみの家の掟として、アレはやらないんじゃな かったの?」 イルカの家は昔から「あれは異教徒の祭りだ」と言い、自分達には関係ないから何もしな い、で押し通してきた。彼の父親曰く、「教会に行ったこともない、聖書も読んだ事無いク セにプレゼントだけ欲しがるなんて厚かましい。キリスト教の人に失礼だろう」だそうで ある。そういう家なので、気の毒にイルカには「サンタを信じていた頃」は存在しない。 お祈り一つした事のない子供に聖者は贈り物など持って来ない、というわけである。 故に、子供の頃からイルカの家に入り浸り、半分一緒に育ったようなカカシにも世間一般 的なクリスマスは無かった。 その代わりお年玉はちゃんと貰えたので、イルカやカカシにはそれで充分だったのだが。 「いや、実家の流儀はともかく。俺はお前が何かやりたいかどうか訊いてるんだが」 ふ〜むとカカシは考える。 「…オレは…クリスマスにかこつけて、ケーキ食うくらいはしてもいいかな〜…とは思う」 「ああ、お前にとって『行事』ってのは『何々を食う日』だもんな。ちらし寿司食ったり、 ウナギ食ったり」 「イルカだってそーじゃんよ」 うん、とイルカは素直に頷いた。 「それが生活の潤いってモンだ。季節感あっていいし。俺は結構好きだぞ。先人の知恵っ てのは案外侮れないしな。『今日はコレを食う日』ってのにはちゃんと理由がある場合が多 いものだ」 ちなみに昨日の冬至はイルカは南瓜の甘露煮を作ったし、柚子湯も用意した。風呂から漂 う柚子のいい香りは、部屋中に広がったものだ。 「……クリスマスにケーキってのはよく理由は知らんけど、まあお約束だよね。……あと、 定番としてはチキンとか?」 イルカは笑った。 「そりゃあ日本人に都合よく変形した定番だろうが。…調べりゃ、何であの日に七面鳥を 食うのか、とかクリスマスプディングに意味があるかとか…わかるかもしれんが……」 「…オレ、ケンタの8ピースにトップスのチョコケーキがいいな。後はシャンパンでもあ りゃオッケーだわ。意味なんてどーでもいい。この際、美味いモン食えて楽しけりゃ」 カカシの『大多数の日本人の代表的』な意見に、イルカが大真面目に異議を唱える。 「チキンはいいが、チョコケーキは却下だ。お前、2月にまた嫌ってほどチョコを見るの に何でわざわざチョコレートケーキなんだよ」 「それもそうか…」 そこでカレーを口に入れたカカシが珍妙な顔になった。 「……イルカ……このカレー、豆腐入ってるぞ……しいたけとか……」 イルカは平然と答える。 「ああ、入っているぞ。夕べの鍋の残りに水を足して、カレールウぶち込んだ。ちゃんと カレーになるものだな。ちょっと和風な味だが…別に不味くはなかろう?」 「……うん、そうね。ウマイよ。…ちょっと和風だけど。鶏肉もニンジンも入ってるし… あ、糸こんにゃく……」 そうか、夕べのトリ鍋のリサイクルカレーだったか……とカカシは乾いた笑いを浮かべた。 正体(?)がきちんとわかれば、多少違和感があろうが食べられるものだ。大体、カレー などと言う物は余程妙な物を入れない限り、料理として成立する。決まった具材など無い のだから。糸こんにゃくを入れる家庭はあまり無いだろうが。 妙なところでチャレンジャーな恋人に、カカシは心の中で泣く。 イルカは時々思いつきで突飛な食べ物を作るのだ。 それが食べられないほど酷い事は今まで無かったが、失敗も皆無ではない。今回のトリ鍋 リサイクルカレーなど、『成功』の部類だろう。だが食生活の大半をイルカに頼っている カカシに文句は言えない。 イルカはカレーに手をつけず、まだ納豆をかき混ぜていた。 「……イルカ、まさかその納豆、カレーにぶっかける気?」 「いけないか?」 「……い…いや、どうぞお好きに……」 混ぜていた納豆を本当にカレーの上にかけたイルカに、カカシは思わず眼を逸らした。イ ルカは納豆好きだが、カカシはあの匂いが苦手だ。 「う〜ん、案外普通に食えるもんだな〜…でも、ちょっとアレかな。やっぱ、納豆は納豆。 カレーはカレー、の方がいいな」 (…今夜はコイツとキスしねえぞ! えっちもしねえ! 歯を磨いたってするもんか! カレーにまで納豆かけるなってのよ…ああ、生タマゴ落としてソースぶっかけるオヤジよ りマシか? いや、どっちもどっちだ…) 「…えっと、話が逸れたな。ああ、そうそう。ケーキだ。俺、甘いものはあんまり得意じ ゃないけど、駅ビルの中の店でナントカって所の…あそこのモンブランは美味いと思うん だが、どうだ?」 「ああ、あそこのね。確かに、甘味が抑えてあって、上品な味だよな。…ウン、賛成。オ レもあのモンブランは好きだ。じゃあ、アレに決定ね」 「じゃ、ケーキはお前買って来いよ。俺はチキンの方、買ってくる」 カカシはちらっと眼を上げた。 「………クリスマス、やってもいいんだ?」 イルカは目を細めて笑った。 「いいんじゃないか? どうせ、宗教的な事なんぞしないんだから。俺の感覚じゃ、五月 五日に柏餅食うのと大差無い」 「じゃあ、プレゼントなんかは?」 イルカは「う〜ん」と唸る。 「……ああ、そうか。そういうのもあったな……んじゃ、お遊びでもやるか?」 カカシはキョトンとした。 「お遊び?」 「小学生の頃さ、金額決めてプレゼントの交換会ってクラスでやっただろ。ああいうヤツ だよ。特に気張らなくていいんじゃないか?」 「ちなみに、幾らくらい?」 「……500円はムリだよなあ……1000円程度でどうだ? 多少は越えても仕方ない けど…まあ、目安に」 それなら立派に『お遊び』の域だろう。カカシは悪戯な笑みを浮かべる。 「おっけー、1000円な。…どうせならゲームにしようぜ。1000円越すにしても足 りないにしても、そのプラスマイナスが少ない方が勝ち」 イルカは苦笑した。 「何だ、勝ち負けがあるのか? 負けたらどうなるんだ?」 「そーだなあ……勝った方が相手を一晩好きにするとか」 「……そういう路線かよ…」 カカシはニィッと笑った。 「お遊びなんだろ? 罰ゲームも楽しくなきゃ」 どこが罰ゲームなのだか。どっちに転んでもカカシは楽しむ気らしい。 「じゃあ、ルール追加だ。百均利用は違反行為。レシートはちゃんと貰うこと」 百均とは、100円ショップの事である。ここを利用すれば、1000円でラッピングま で出来てしまうだろう。 「う〜ん、そうだな。確かにお手軽すぎてつまんねえしな。…よし、あそこは使わない、 と。決まり決まり。………………イルカぁ…うどんくらいどけてからカレーにしろよ…」 夕べ、鍋のシメに入れたうどんがまだ残っていたらしい。 イルカはそれがどうかしたのか? と当然のようにうどん入り鍋カレーを食べている。 「だって、カレーうどんってのもあるじゃないか。どこがおかしいんだ?」 もういい。 胃の中に入ったら同じだ。 カカシは諦めて鍋カレーを黙々と口に運んだ。
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大学生の彼らでなら書けるクリスマスネタ。 「うみの家の掟」(笑)というか、クリスマスの方針については以前も書きましたが。もう一度ね。 煙突の無いウチにはサンタは来ないんですって。(爆) ちなみに、イルカの作った鍋カレーは実話。・・・青菜が作りました・・・^^; 豆腐とカレーって案外合いますわ。 納豆カレーはテレビでやってましたね・・・美味しいらしいですよ? |