HOLY NIGHT −2
きらきら光る美しいイルミネーションは華やかで眼に楽しい。 クリスマス・イブ。 12月に入る前から早くもそのムードに突入していた街は、更にお祭りムードである。 この季節、酔狂にも東洋の島国に観光に来ている外国人は、日本にはさぞかしクリスチャ ンが多いのだろうと思うかもしれない。 個人的には無宗教な人間が大多数を占めるこの街では、『楽しそうな事は楽しみましょう』 とあちらこちらで『メリークリスマス』と叫ぶ。この際、キリストも教会も知った事では ないのだ。 刷り込みとは恐ろしいもので、感覚的にはその節操の無いお祭り状態を歓迎しているカカ シも、幼い頃にイルカの父親の『方針』を聞いて育ってしまった所為で街の浮かれように そこはかとない違和感を覚える事がたまにある。 「……一週間後には今度は神社に行って家内安全商売繁盛なんかを祈願しちゃうんだよね。 ま…節操無いって言えば無いよねえ……」 古来、八百万の神々を崇めて来た多神教民族はそこら辺の感性が柔軟なのである。 あれも神様、これも神様。キリストだろうがアラーだろうが仏陀だろうが、ドンと来い。 実にたくましく、大雑把な感性。 カカシはクスッと笑った。 このちゃんぽんな大雑把さは、まるで先日のイルカの料理である。 「美味けりゃいいじゃん…ってか? うん、そーだよね」 駅ビルの洋菓子店のモンブランは人気商品だ。今日はデコレーションケーキやブッシュ・ ド・ノエルが売れる日だが呑気にしていたら無くなるかもしれないので、カカシは前日に 売り場の女の子に声をかけて二つ取り置きしてもらっておいた。 大きなケーキを買う人達の列に大人しく並び、自分の順番になったカカシは売り場のバイ トらしい女の子に微笑みかける。 「昨日、モンブランお願いしておいたはたけだけど…」 「ハイッ! 少々お待ち下さいませっ」 チラッとケースの中を見ると、モンブランは残りひとつになっていた。予約しておいて正 解だったようだ。ケースの中に既にスタンバイしてあった箱にセロテープで止めてあった メモを確認してから、女の子はその箱を出してきた。 「はたけ様、モンブラン二つですね。840円になります」 「はい、840円ね」 カカシが支払いを済ませて帰る後ろ姿を、バイトの女の子はため息をついて見送った。 「……二個ってコトはさ〜…やっぱ彼女とクリスマスだよね〜…」 ケースの陰で客には聞こえないように小声で残念がる彼女に、バイト仲間は苦笑する。 「あんないい男がクリスマスにモンブラン二つ買ってそれ二つとも自分で食べるわけない っしょ? どっちにしたってアタシらには関係ない人だよ。ほら、羨ましがってないでお 仕事お仕事!」 その『いい男』がこれからクリスマスを共に過ごそうという相手がやはり男なのだと知っ たら、彼女達の感想もまた違うものになるだろうが。 洋菓子店の女の子達の目など全く気に留めない男は、ケーキと贈り物を抱えて今夜の『楽 しいコト』に思いを馳せ、足取りも軽く雑踏に消えていった。 (…今日はケンタも混む日だよね〜…大丈夫かな、イルカ……) 実はイルカはあまり気が長くない。何々が美味しい、という評判を聞いてわざわざ出向い た店でも、長い行列を見た途端「並んでまで食いたくない」と言って別の店に行ってしま うような男だ。 だが、今日は必要とあらば並んででも買うだろう。イルカのことだから、「買って来る」と 言ったからには買ってくる。 「…それに……」 今日のことは珍しくもイルカの方から言ってくれたのだから。クリスマスなんて関係ない と、世間がローストチキンを食べている日にもサバ味噌や里芋の煮物を作りそうな彼が。 きっと、カカシのことを考えてくれたのだ。 カカシなら、『世間一般的』なクリスマスをやりたがるのではないかと。 「…ちょこっと…正解かなあ…」 敢えて『いかにもソレ』な事をやりたい時もあるのだ。 ケーキの箱が入った洋菓子店の紙袋はクリスマス仕様。緑と赤の縁取りに銀色の雪の結晶 が描かれ、トナカイがひくソリに可愛いサンタが乗っている。これ以上無いくらい「お約 束」なデザイン。 そのいかにもクリスマスな袋とシャンパンを抱え、カカシはマンションに戻った。 イルカはまだ帰っていない。 「……オレの方が早かったか…んじゃ、仕度始めるか」 晩餐のメインはイルカの買ってくるフライドチキンになるだろう。 「バゲットあるし、確かまだ昨日のシチューがあったよな。…じゃ、後はサラダくらいか」 カカシがサラダを作っていると、玄関のドアが開く音がした。 「おかえり〜」 「ただいま。……あ、サラダ作ってくれてたのか。カットパイン安かったから買ってきた けど、使うか?」 「お、いいね。使う使う。…ケンタ大丈夫だった? 混んでいたんじゃねえ?」 振り向くと、イルカは「ほれ」とフライドチキンが入っているらしいバケツ型の容器を掲 げて見せた。そこにもやはりサンタとトナカイ。 「やっぱ、みんな考える事は一緒だな。結構混んでいた。…でも、待ったのは十分くらい かな。店員も大変だよな。寒いのに表に台出して売ってるんだもんな」 イルカはテーブルにチキンを置き、脱いだコートを玄関に掛けに行く。 「まあさあ、季節行事ってのはきっと『やりたい』半分『やらなきゃ』半分だよ。こうい うイベントは商店にとっちゃもう義務だよな。あ、オレもモンブランちゃんと確保したぜ」 「ご苦労さん。そっちも混んでいたろ」 「うん、でもまあ、並んでいるって言っても6人か7人くらいだったから……大丈夫。… アレね、やっぱクリスマスっぽかったねー…街中」 イルカは手を洗ってくると、夕べ作ったシチューの鍋を火にかけた。 「ん? …うん、ツリーとかイルミネーションは綺麗だったな。……あれも今夜までか。 一晩で撤去すんの、結構大変なんだぜ。俺一度バイトした事あるけど。……んー、ちょっ と足らないかな、シチュー。…牛乳入れて伸ばすか。……そうすっと、具が寂しいか?」 「ブロッコリー茹でたけど。使う? そっちに」 カカシはサラダ用に茹でたブロッコリーをイルカに見せた。 「……そうだな、半分こっちに貰うかな。…後は………」 イルカは冷蔵庫の中を覗いて何やら探している。 「…これでいいか」 何気なくイルカの方を見たカカシが、「い?」と眼をむいた。 鍋のシチューに牛乳を足したイルカが、それをかき混ぜながら更にそこへドボドボと入れ ていたのは―――冬至の日に作った南瓜の甘露煮だった。二人では食べきれず、冷蔵庫に 入れておいたのを今まで忘れていたのだ。 「お前っ何入れてんのっ?」 「…カボチャ」 カボチャはいいが。それは既に『甘露煮』になっているものではないか。甘いんじゃない のか。 「大丈夫なのかそれっ」 「……大丈夫だろ〜きっと。塩胡椒で味を整えりゃ。……お、シチューがオレンジ色にな ったぞ」 そりゃなるだろうよ……とカカシは鍋の中を覗き込んだ。 「……オレンジ色のシチューか…まあ…食えない事もなさそうだな…」 南瓜の甘露煮シチュー。糸こんにゃく入り鍋カレーよりはマシな様な気もするし。 カカシはサラダの仕上げにカットパインを添えて、そこにカニカマも入れてみた。自分の 作っているサラダも結構メチャクチャだ。 「………胃に入りゃ一緒、だよな」 結果的に、オレンジ色のシチューは思ったより妙なものではなかった。甘露煮の所為で多 少甘くなってしまったが、こういう味のものだと思えばこれはこれで美味しい。 「……こういうのもアレか。一昨日の鍋カレーと同じで、洋食と和食のコラボ?」 「…そういう言い方も出来るか。…まあ、食えるんだからいいじゃないか」 「まあね。…食材をムダにしないイルカさんは立派です」 「悪かったな。貧乏性なんだよ」 カカシはクスクス笑った。 「別に悪くないよ? 何だってやってみなきゃわからないし、何事も型にはまってちゃ面 白くないしさ」 イルカは「そーだな」と呟いて遠い目をする。 「……何でもやってみなきゃわかんねえもんだよなー……俺はまさか自分が野郎相手にコ トに及べるようになるとは夢にも思ってなかったよ……」 ごふっとカカシはむせた。 「……あのさあ、イルカ」 「何?」 「…オレとヤったのって、イルカ流のチャレンジ精神だったわけ? 鍋みたく」 ポン酢で食べるような鍋の残りにカレーを突っ込むとか、シチューに残り物の南瓜を突っ 込むようなノリで『試しに』突っ込まれたんだろうか、自分は。 何とも情けない心地になったカカシはスプーンを握り締めてイルカを睨みつけた。 カカシのその眼に、イルカは一瞬呆れたような顔をし、そして噴き出す。 「……バカ。んなワケなかろう? 食い物と自分を一緒にするヤツがあるか」 それでもカカシは「どーだか」と疑わしそうな視線を向けていた。 「…ま、一種のチャレンジであった事は認めるがな。……それはきっと、お前が女でも同 じだったと思うよ。……幼馴染みを抱くんだぜ? 勇気、要るさ」 イルカの真面目な声に、カカシも真顔になった。 「…そうか……そうだな。…そう言われれば、オレもそうかも…」 幼馴染み、しかも同性。 恋仲になるには、幾つも越えなければならない心のハードルが存在した。 カカシは顔を上げる。 「でも、オレ後悔はしてねえから」 キッパリと言い切ったカカシに、イルカも笑って頷いた。 「俺もだよ。…お前を選んだこと。……これからも、後悔したくない」 その時カカシは、別に最初が『イルカ流のチャレンジ』だったとしてもいい。いや、『既成 の枠にとらわれずに何でも試してみよう』というイルカの性格に感謝するべきだという事 に気づいた。 あの時イルカがその気にすらなってなかったら、今のこの関係は無かったのだから。 目元を染めて、照れ隠しのようにシチューを食べ始めたカカシを、イルカは微笑いながら 見つめる。 イルカはイルカで、自分の一言で赤くなってしまうカカシが可愛くて仕方ない――そんな 己にあきれていたのだ。 食事とデザートを胃に収めた後、カカシは立ち上がった。 「美味かった〜! んじゃ満腹したところで、ゲームの結果発表といきますか!」 「贈り物の交換だろ?」 イルカは足元に置いた紙袋から何やら取り出した。 「じゃ、これ。…クリスマスプレゼントな」 「ありがとー! これはオレからでーす」 「…ありがとう」 このシーズン、『プレゼント』だと言えば、それなりに格好をつけたラッピングにしてくれ る。決めた金額が金額だ。お互い大した物ではないのはわかっていたが、それでも包みを 開ける時は何となく心が浮き立つものであった。 イルカからカカシへは、暖かそうなフリース地のスリッパ。 カカシからイルカへは、マグカップ。 「…あ、今のスリッパもう端っこ破けてたんだ。よく気がついたなあ、イルカ」 「お前もな。俺のカップ、ふちが欠けてたんだ。…新しいの買わなきゃと思ってたとこだ った」 二人は顔を見合わせ、苦笑した。お互いに『どうせなら使える物。使ってもらえそうな物』 を捜したらしい。見事に的中したというところである。 「お互い着眼点は同じだったか。…じゃあ、値段だな。ほい、レシート」 イルカの出したレシートは1029円。 カカシはニヤっと笑ってポケットからレシートを出して見せた。 「……オレの勝ち。ジャスト1000円で〜す!」 「はいはい、俺の負けだよ。……で、何をすればいいんだ?」 イルカはちっとも残念そうではない声で負けを認めて、カカシに微笑いかけた。 「……んっと…じゃ、え〜…あのさ、オレ、やってみたいコトあるんだけど…いいかなあ」 「………あんまり変態じみてんのは嫌だぞ? いくら罰ゲームだからって」 「…変態…じゃねえとは思うけど…」 カカシはイルカの耳元でポソポソっと囁いた。 「…ね? やった事ないじゃん」 「……………確かにそいつは…無いな」 イルカは眉間にシワを寄せつつ、ため息をついた。 「…まあ、許容範囲だ。やってやろうじゃないか。…その代わりお前、自分で言い出した んだからな。途中で逃げるんじゃないぞ?」 「…え……」 ポキポキ、と指を鳴らすイルカに、カカシは心持ち後退った。 別にベッドでプロレスごっこをしようと言ったわけではないのだが。途中で逃げ出すなと はどういう意味なのか。 「…さあ、じゃあ洗い物先に済ませるか。…お前、先に風呂に入っていいぞ」 「………ウ…ウン…」 もうどちらが罰ゲームを受ける方なのやらわからない雰囲気になっている。 カカシは恐る恐る聞いてみた。 「あのさ…イルカ、もしかしてオレの言ったコト聞き間違えて無いよね?」 「無いと思うが?」 イルカはニッと笑った。 「ま、俺も頑張ってみるから、お前も頑張れよ」 「……ハイ…」 カカシはお遊びで、ちょっとやった事の無い体位を試してみたかっただけなのだが。 (もしかしてもしかすると……いや、まさかな…結構有名な体位だし…) しかし、彼の認識が違っている可能性もある。 (いや、違ってたらそう言えばいいんだ! ……でも何だか嫌な予感がするなあ…) コブラツイストとか関節技とか掛けられたらどうしよう――― ちょっと楽しくクリスマスの夜を過ごしてみたかっただけなのに。 (…もっと違うリクエストすれば良かったかも……) 台所からはイルカの鼻歌が聞こえる。 (……イルカさんったら…楽しそう……) カカシは思わずもらったスリッパを抱き締めた。 聖なる夜はこれからであった――― |
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軽いオハナシを一席。・・・でございました。 やはり木ノ葉の忍者どもではやりにくいクリスマスネタを大学生の彼らで! ・・・だったのですが、ネタがクリスマスじゃなくて『ゲテモノ料理』になってしまったような・・・ (クリームシチューにカボチャの甘露煮突っ込んだのも青菜です。・・・これ、けっこー美味しかったです。マジで) 「ケンタ」=「ケンタッキーフライドチキン」だというのはたぶんお分かりだと思ったので説明しませんでした。特定のお店の名前を出すのはマズイでしょうか? 商業誌じゃないからいいか・・・バレンタインの時、既にメーカー名出しているし。(笑)トリ肉メインのファーストフード店って他にもあるのかな。 ちなみに、カカシがやってみたかったのは『69』です。(笑) イルカさんも、きっちりそれと認識しておりますが、ナニか異様にヤル気になっている模様。カカシさんの運命や如何に。 どっとはらい。 2004/12/24〜26 |