cross-over 

 

カカシの見つけた『秘湯』に皆が腰を据えてから一週間が経過した。
生活物資の搬送は子供達にとっていい訓練になると判断したカカシは、その搬送を中心に
毎日の訓練カリキュラムを作って彼らを鍛えている。
子供達もこれが正規の『任務』として里に認められており、『実績』にも『報酬』にも繋が
るのだと承知していたので文句ひとつ言わずによく動いていた。
むしろ、鍛えると言う意味では里でイモ掘りをしたり子守をしたりするよりも、人の通わ
ぬ山中を毎日走破する方が、効果が期待出来るだろう。
大人達も、いつまでこの状態が続くかわからない中ぼんやりとしている方が精神衛生上悪
いのか、子供達に負けず劣らずよく働いていた。別荘から露天風呂への道を整えたり、風
呂や建物のメンテナンスをしたりと、まるで本当にペンションの従業員のようである。
その他の時間は、各自鍛錬をしたり、イルカが持ち込んだ本を読んだりして過ごしていた。
アスマは任務の合間に顔を覗かせる程度。
アカデミーで授業のあるイルカはご苦労な事に毎日里に戻っている。どんなに夜遅くなっ
ても秘湯の方にやって来るのは、やはり心配だからだろう。
そうやって、それぞれに新しい生活のリズムが出来つつあった。
かかしといるかも、内心に焦りと不安を抱えながらもその生活に甘んじるしかない。
『近いうちに絶対に戻れる』
そう胸の内で繰り返しながら。




「カカシ先生、今日の搬送作業終了しましたー!」
里から食糧を運び終えた子供達は、必ずカカシの元に報告に来る。
荷物運びもお使いも、『任務』なのだ。
カカシはきちんと子供達の仕事振りを報告書に記載していた。
「はい、お疲れさん。……じゃ、今日は夕メシまで自由時間にしていいぞ。メシの仕度は
十八時からな」
「はぁい」
「…わかった」
「りょーかいだってばよ!」
子供達はそれぞれの思いを滲ませた声で返事をして退室した。
カカシは懐中時計で時刻を確認し、報告書に記入する。
(……サクラはちょいとバテ気味か。…ま、女の子だからね。荷物担いであの山越えはち
っとキツかろうな……ナルトは相変わらずスタミナお化け、と。自由時間に何して遊ぼう
かとソワソワしてやがったな。…サスケは少し任務が簡単なのでそこら辺に不満があるっ
て感じかね? …全員そこら辺が見えちゃう辺りまだまだガキ、と)
書類をファイルに綴じて、カカシは腕を伸ばした。
「……さて、と。オレもちょいとストレッチくらいしとくかな。…身体、鈍っちまう」

カカシが外に出ると、子供達はまだそこにいた。
運んできた荷物をまだ厨房には運んでいなかったらしい。それぞれがまた自分の担当した
荷を抱え直している。
「一度降ろしちゃうと重く感じるわよね〜」
サクラはいかにも大儀そうに「よいしょ」と荷物を持ち上げようとしていた。
「サクラちゃん、オレ運んでやろっか。そこ置いといていいってばよ」
え? とサクラはナルトを見る。
「……ホント? いいの? あたしは助かっちゃうけど……」
「いいってばよ。サクラちゃん、もう疲れちゃったろ?」
(……おや、ナルトのヤツ。いい格好しているだけかもしれないが、いいトコあるじゃな
いの)
まるでイルカ先生みたいだねえ、とカカシは微笑ましくその様子を見守っていた。
「あ、ありがとう……」
サクラはちらっとサスケを見た。彼女にしてみれば、その申し出はサスケの方に言って欲
しかったと思っているのだろう。
サスケは無言でサクラの荷物を半分持った。途端にサクラは嬉しそうな顔になる。
「サスケ君も持ってくれるの? ありがとう!」
サスケはフン、と鼻を鳴らした。
「………体力ねえな、お前。…だから女はダメなんだ」
「…あ……」
サクラの笑顔が凍りつく。
カカシは思わず苦笑した。
(…おやおや……キツイねえ、サスケは。…ホンットにまだガキなんだから)
しゅん、と項垂れたサクラを見かねたナルトはサスケに向かって怒鳴った。
「サスケ! お前素直じゃねーなっ! …ッて言うか! サベツだぞその言い方!」
「……ホント。聞き捨てならないセリフだねえ、そいつは」
カカシの背後から、アルトの声が聞こえた。
その声に子供達はいっせいに振り返る。そこには、タンクトップに膝上までのスパッツだ
け、というラフな格好のかかしが立っていた。
露天風呂の掃除をしていたらしい。手にしていたデッキブラシの柄でトントン、と自分の
肩を軽く叩く。
「……『だから女はダメ』? わかったようなコト言ってんじゃないよ。ガキのくせに」
サスケはムッとした顔で彼女を睨み返した。
「……本当の事だろう。ダメなものをダメだと言って何が悪い」
内心『少しマズイ事を言った』と思っていても、素直に謝る事が出来ないサスケだ。
引っ込みがつかなくなって半分意地になっている。
かかしはチラ、とカカシを見上げた。
「………ちょいとお仕置きしていいかね。このナマイキなガキ」
カカシはにっこりと微笑んで、わざと大仰に彼女に道を譲った。
「あ、どーぞどーぞ。御存分に。……死なない程度にね」
もちろん、とかかしは頷き、サスケに向かって挑発的な笑みを浮かべてみせる。
「普通はな、下忍の相手なんかまずしないんだが―――オレも少し退屈していたところだ。
遊んでやるからありがたく思えよ」
「な…ッ」
突然の展開にサスケは一瞬驚いたようだったが、すぐに不敵な表情を作った。
「…フン。荷物運びばかりで退屈してたんだ。何だか知らんが、ちょうどいい」
かかしはサスケを促がす。
「……河原の方が広い。移動するぞ」
何でいきなりそういう事になるのかと、オロオロしているサクラに向かってかかしは眼で
笑いかけた。
「サクラ。……女だからダメだなんて事は無い。よく見ておけ」
「かかし…さん……」
サクラは助けを求めるようにカカシを見た。
「ねえ、カカシ先生…いいの?」
カカシはポン、と少女の肩を叩く。
「大丈夫。…きっと、サクラにゃ勉強になるぞ」




「…オレが女だとか、そういう事は考えない方がいいぞ。…遠慮なく、殺す気でかかって
こい。でなきゃお前はオレに拳を当てる事も出来ないぞ」
そう言い放つかかしは構えも取らない。
手足はほぼ剥き出しのまま。足元も滑り止めのテーピングがしてあるだけだ。
サクラはちら、とカカシを見上げた。
「……最初のさ、スズ取りの時のカカシ先生と同じよーな事言っているよ〜な……」
「ハハハ…オレ、あんな事言ったっけ?」
「言ったわよ」
「言ったような気がするってばよ」
さすが『同じ人間』と、サクラもナルトも妙に納得する。
「……言ったな……」
サスケは跳んだ。
このスピードで間合いに入れば、まず相手を逃す事は無い。
無いはずだったのだが。
「!」
かかしの姿はサスケの眼前で消え失せた。
カカシは「やれやれ」と顔を覆う。
「あーもう、サスケもバカだね…真っ直ぐ突っ込むヤツがあるか」
「でもよ、先生。取りあえず突っ込んでみるってのも手じゃねえの?」
「取りあえずで相手に突っ込むのかお前は………減点1」
ナニが? とナルトは教官を見上げた。
「お前の評価。心配するな。サスケも減点1だ。……サクラに対する発言だけでな」
うええっとナルトとサクラは声を上げた。
「何ソレ先生ーっ! ウソでしょっ…個人評価なんてしてたの? それ報告対象なの?」
ハハハ〜とカカシは笑った。
「当たり前よお。お前らはね、オレら上忍がついて指導しなきゃいけないって時点でまだ
まだ半人前なわけ。下忍としても認められたとは言い難いわけよ。…言ってみれば今はま
だお試し期間中。忍者見習いなんだから。使える忍者になっているかどうか、オレにはお
前らを評価するお役目があるんだな。…任務外の時の態度も評価対象なワケ」
ううっとナルト達は絶句した。
「ホラホラ、それよりせっかくなんだから見てなさいって。特に彼女の動き方をな」
「ハ、ハイ…」

寸前でかかしに避けられたサスケは勘だけで後方に蹴りを放った。
「なかなかいいカンだ」
その蹴りもかかしは余裕でかわし、サスケの脚を片手で勢いよく払う。同時に軸足を蹴ら
れたサスケはたまらずにバランスを崩した。
「…クソ…ッ」
咄嗟に片手を地に着け、体を捻ってその場から跳び退く。だが、かかしは間合いを取らせ
てはくれなかった。サスケが着地する前にその腕をとらえ、彼が自分で自分の身体をコン
トロールする隙を与えずにそのまま投げ飛ばす。
「ぅわっ」
5、6メートル程度の川幅の対岸に投げ飛ばされたサスケは何とか空中で自分の位置を把
握し、バランスを取り戻して着地する。
「ほら、どうした。おいで、ボーヤ」
明らかにサスケを煽っているかかしに、カカシは苦笑した。
(うっわ〜…サスケのヤツ、完全に読まれてるなあ…まだまだああいう挑発にノッちゃう
ってとこまで)
サスケはキッと相手を睨んだ。
闇雲にかかって行ってもダメだ。サスケはかかしから目を離さずに怒鳴る。
「武器、忍術の使用は?」
かかしは「ん?」とカカシに視線を向けた。
「オレはいいけどさあ…どお?」
カカシは首を振る。
「忍術は不許可。アンタらが忍術合戦やったらここら一帯メチャクチャになっちゃうでし
ょ。…ま、初歩の変わり身とか分身程度ならいいかな? 武器も手裏剣程度は許可すっか。
その程度のハンデはなきゃなあ、サスケ?」
殆ど下着同然のような格好のかかしは武器を帯びていない。丸腰だ。
チッとサスケは舌打ちをする。
「わかった。オレも武器は使わん」
上忍とはいえ丸腰の女に武器を使うのは、サスケの矜持が許さなかった。
ふふっとかかしは笑った。
「強がっちゃって〜…いいのに〜無理しなくても。ま、使いたかったら使っても良いから
ね。…じゃ、そろそろ本番行こうかね」
かかしはス、と印を組んだ。
「!」
サスケはサッと身構える。
(…何の印だ? 見覚えが無い……)
「……?!」
サスケの目の前で、かかしの雰囲気がガラリと変わった。
「……上手く避けてみせろよ、ボーズ」
そう言いざま、かかしは川に足を踏み出す。
ある程度の深さがあり、流れもある川なのに、彼女の足は水に沈まなかった。
サクラは身を乗り出し、その足元を凝視する。
「カカシ先生…あれ、木登りと一緒? 足の裏にチャクラを? さっきのはその為の印?」
「半分正解。上忍なら、あれぐらいの水の流れなら上を歩ける。だが、その為の印など必
要ない。……彼女の印は、あれは……そうか…なるほど…」
独り言のように呟くカカシの袖をナルトが引っ張った。
「……なあ、カカシ先生。あの姉ちゃん、何だかカンジ変わった……何だか…女の人じゃ
ないみてェ…」
カカシは頷いた。
「カンがいいな、ナルト。…彼女は、『気』を切り替えたんだ」
『陰』から『陽』へ。
『女』から『男』へ。
「……あれで見た目の姿かたちを男と同じにしたら…そりゃあアレを女だと思うヤツなど
いない…だろうよ」
カカシは奥歯を噛んだ。
ああやって内面の気まで変え、偽りの性を演じて彼女は生きてきたのだ。彼にはその理由
はわかる。わかるが、気を切り替えた彼女を目の当たりにすると憤ろしくて胸がつまりそ
うだった。
彼女にそんな生き方を強いた周囲に、その運命に。
(オレが彼女を憐れむのは間違っている。そんな事はわかってるさ。―――だけど何だこ
の気持ちは…! チクショウ!)
わかっていても、彼女の生き方に感心する前に怒りと憐憫が沸き起こる。
そんなカカシの『同情』を蹴り飛ばすようにかかしが動いた。
彼女は水面を蹴り、舞うような優雅さで跳ぶ。
そのままの速さで繰り出される攻撃ならばサスケにも楽に避けられただろう。
だが。
空中でスピードが変わった。
何故、どうやって、と疑問に思う時間もサスケには無かった。
間合いが読めない。
サスケは必死になって矢継ぎ早のかかしの拳を避けた。時々拳圧で袖が裂け、頬に腕に浅
い傷が走る。
「……サスケのヤツ…遊ばれてるってば……」
ポツっとナルトが呟く。
カカシはうん、と同意した。
「…完全にな。彼女、わざと外してる。サスケはクナイを抜くヒマも手裏剣投げるヒマも
ないわ、ありゃ」
川原の不安定な小石の上では、踏みとどまる事も容易ではない。
サスケが足を引いた時に乗った石がゴロリと動いた。
「!」
しまった、とサスケは思ったが、覚悟していた一撃は来なかった。
かかしは無表情にサスケを一瞥すると、踵を返した。
「……話にならん。お仕置きなんぞしたら、壊れちまいそうだな。…アカデミーでイルカ
先生に鍛え直してもらえ」
カアア、と頭に血が昇るのが自分でもわかった。だが、抑えられない。
真っ赤になってサスケは叫んだ。
「待てッ! まだだ!」
かかしは肩越しに振り返ってサスケを見た。その眼が少年を嘲笑う。
「……まだやるの? …じゃあ、骨の2、3本は覚悟しろよ」
サスケは唇を噛みしめた。
 
 



 

かかしちゃんVSサスケは、何となくこの話のシチュエーションを思いついた時から想定しておりました。
何となく楽しそうだったので。(笑)
サスケって結構ムキになりやすい(事、忍の力云々では余計に)ので、こういうのもアリかな、と。

でもアレですね。頭の中で思い描く『動き』を文章で表現するのって難しい・・・TT

 

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