cross-over 10
「……何事です?」 背後から聞こえた声に、カカシは肩越しに振り返って微笑んだ。 「アンタの彼女が、ウチのハネッ返りに教育的指導…つーか、ぶっちゃけお仕置き中デス」 いるかは怪訝そうに眉を顰めた。 「………よろしいのですか」 「はあ。よろしいので見物中です。…あのおバカが、サクラ…いえ、女性蔑視な発言をし やがりましてね。…男だ女だなんて狭量な了見でコトを量ると痛い目に遭うって、ま、今 のうちに骨身に叩き込んでおいてやった方が身の為ってモンですから」 のほほんとしたその物言いの割りに、カカシの神経が尖っている事に気づいたいるかは、改 めて河原に目を移す。 「……サスケは余程彼女のカンに触る事を言ったのでしょうか。……気を切り替えている。 彼女を女性と知る人間しかいない中で陽の気を纏うなど…普通ならしません。言ってみれ ば、あれは彼女の戦闘モードですから」 「そう言う割りに冷静ですね、アナタも。…止めなくていいんですか?」 「……そうですね。俺としては、あんな際どい格好で暴れて欲しくは無いんですが……」 下着姿も同然、彼女が身を翻す度に申し訳程度の布地がめくれて腹や胸がチラチラ見える。 突っ込みどころはソコかい、と脱力しているカカシにいるかはチラリと視線を投げ、少し だけ表情を和らげた。 「…止めた方がいいなら、貴方が止めているでしょう、カカシさん」 「………ま、加減は心得てくれているでしょーから……そこんとこは信用しますが……」 奥歯にものの挟まったようなカカシの言い方に引っ掛かったいるかは視線で問う。 その視線に気づいたカカシは、そっとため息をついた。 (……あー…もお、勘がいいなあ…このイルカって人種は…) サクラとナルトは、河原で繰り広げられている組み手に夢中で、カカシといるかの会話に は注意を払っていない。が、カカシは囁くような声で言葉を続ける。 「………彼女のあれ、戦闘モードって言いました?」 「…ええ。……まあ、戦っていなくても『写輪眼のカカシ』として人と接する時の彼女は、 普段から常時あの『陽気』を纏っていますけれどね。……だから、俺も騙されたんですが」 「………つまり、アレは彼女にとって割とフツーの状態って事ですか?」 「普通の状態です。……つまり、忍者として存在する時は、という意味で。…『写輪眼の カカシ』は男ですから」 成る程、とカカシは呟いた。 「………じゃあ、あれはサスケを忍者と認めてくれたってコトになるんですかね?」 「…さあ……? 彼女がどういうつもりで陽気を纏ったのか、最初から事の成り行きを見 ていない俺には何とも……」 オレは、とカカシは低く唸った。 「オレは、彼女があの…陽気を纏った姿を今初めて見ましたが。…あれならば忍服を着て 顔を殆ど隠せば、男に見えるだろう事も納得しましたがね。………正直、あまり気分は良 くない」 いるかは軽く目を瞠った。カカシの言葉が意外だったのだ。だが、彼の不機嫌の理由を悟 り、微苦笑を浮かべる。 「………優しい人ですね、貴方」 カカシは口布の下で唇を噛んだ。 「…………オレは……」 「…ありがとう…と、俺が言うのも変なのですが。…俺も含めて我々は…彼女の周囲の人 間は、彼女が陽気を纏って男になるのを当然のように思っているのだと思います。あれが、 我々の知る『写輪眼のカカシ』だからです。……でも貴方は、彼女のあの姿に不自然さを 覚えた。……そして、そこまでして男でいなければならない彼女を不憫に思った。……違 いますか?」 カカシは微かに首を振った。 「…や、オレだってね……オレのこの感情は彼女に失礼だってコトくらいわかってるんで すがね。………忍なら、あれくらい徹底するのも当然ですし」 「ええ。…もし、自分の声がもっと女っぽかったら薬で咽喉を潰していたと、事も無げに 言いましたよ、彼女は。……自分は忍だから、と」 ぎょっとしてこちらを見たカカシに、いるかはにっこりと微笑んだ。 「それがもう潔くて、カッコ良くてね、俺はもう惚れちまいましたよ。…忍としても、男 としても」 フ、とカカシは息をついた。 「………本当に。…オレの憤りは見当違いってトコでしたねえ……」 いいえ、といるかは首を振る。 「貴方のそのお気持ちは。……彼女にとっては救いです。…いえ、俺にとって、かもしれ ない。……そんな風に彼女を思ってくれる人は少ないんですよ……」 「いや、オレは………」 河原のかかしに視線を戻したカカシは「あ」と小さく声を上げた。その理由にすぐいるか も気づく。 「………『気』を元に戻しましたね」 元々負けん気が人一倍強いサスケは、かかしに軽くあしらわれて完全に熱くなっていた。 自分が彼女よりも年下で、下忍となってからもまだ日が浅く―――絶対的に経験が不足し ているとはわかっていても。忍としての実力差が年齢差以上にはるかに隔たっている事実 を鼻先に突きつけられて、少年の頭の中は口惜しさでいっぱいだった。 これがあそこで見物を決め込んでいる自分の教官が相手だったら、ここまで口惜しくはな かったのかもしれない。 彼は、『写輪眼のカカシ』だ。特別な存在なのだから。 そのカカシも背こそ高いが、体格は同年代の他の男達と比べてもそういいとは言えないの だが。ほっそりとしていて、手甲と忍服の袖の間から覗く腕も意外なほど細いのだ。 そんな彼と比較しても、目の前の女は体格と言う点で更に劣る。手足も首も細く、拳など サスケのものとそう変わらないだろう。 だが、この拳の重さは何なのだ。 蹴りの鋭さは。 彼女がその気ならば、自分はとっくにやられている。歯噛みをする程口惜しかったが、認 めざるを得なかった。 (―――強い……!) 弱い上忍など聞いたことが無い、というイルカの言葉がふとサスケの脳裏を過ぎった。 (そうだ、女じゃない。―――上忍だ) 幸いと言うべきか、彼女は体内に廻らせている『気』を男性のように変化させている。女 性だと思わなければいいのだ。 数歩飛び退って間合いを取ったサスケは、相手に対する認識を改め、構えを取る。 だが、そのタイミングを読んだかのように彼女は『気』をまた『陰』にするりと戻してし まった。 相手の印象がまた『女』に戻ってしまった事で、サスケは内心動揺した。その構えが不完 全な所に、かかしが飛び込んでくる。間合いを取った事など何の意味も為さなかった。息 を吸う間すらない。 『気』が男だろうが女だろうが、彼女の動きそのものにはまるで変化が無かった。 そんな事関係無いのだ―――そう悟った時、サスケの中で何かが小さくパチリと弾けた気 がした。 少しだけ視界が晴れたような、不思議な感覚。 (………バカだ…オレは……) そして、腹に衝撃が来た。 「マズイッ!」 カカシは咄嗟に飛び出そうとしたが、いるかが片手を上げて彼を止める。 「…大丈夫です」 かかしの蹴りで少年の身体は為す術も無く後方に吹き飛んでいた。このままでは受身も取 れずに岩壁に激突する。滑らかさの欠片も無い鋭い形状の岩に叩きつけられれば、少年の 身体がどうなるかなど想像するまでもない。 サクラは「きゃああっ!」と悲鳴をあげ、思わず両手で目を覆う。 そのサクラの肩をとんとん、とナルトが突付いた。 「……大丈夫だってばよ、サクラちゃん」 「…え?」 サクラはそっと目を開け、指の隙間から恐る恐る岩の方を見た。 「…サスケ君…っ…かかしさん……」 岩に激突するはずだったサスケは、寸前でかかしに抱きとめられていた。 蹴り飛ばした相手が岩壁に叩きつけられる前に、先回りして受け止める。それは、言葉で 言うほど容易くはない。常識では殆ど不可能な仕業である。 だが、それを彼女はやってのけていた。 「……………」 サスケは一瞬自分の置かれている状況が把握出来なくて呆然としていた。 が、背中と後頭部に当たる柔らかな感触と自分を抱く細い腕に我に返る。自分がかかしの 腕の中にいるのだと気づいた途端、慌てて身を起こそうとした。 「おっと」 かかしはそれを許さず、すかさずサスケを抱き込む。 「…離せっ!」 背中に密着している乳房の感触に、少年は赤くなっていた。 かかしはサスケの耳元で低く囁く。 「離せだ? バカ言ってるんじゃないよ。……コレがどういう状況だかわからんのか?」 完全に後ろを取られ、急所である咽喉と心臓、その両方を押さえられている。かかしの指 の先端がゴリ、と心臓の上に喰い込み、サスケは息を呑んだ。 「…………ッ…」 「…わかったみたいだな」 サスケはコクッと頷いて顔を伏せた。 「……オレの、負け…です」 かかしはにっこりと微笑んだ。 「ま、よく頑張った。……たぶん、下忍の中でお前に勝てるヤツなんざそうそういないだ ろう。…名門ウチハの御曹司。その名を汚さん程度には、強いよ。お前」 サスケは唇を噛んだ。 「……でも…アンタには歯が立たなかった……」 ハハハ、とかかしは笑う。 「やーだなー。オレ、これでもガキの頃から何年も上忍やってんのよ。下忍になりたての ボーヤにあっさりやられるようじゃ引退考えなきゃ」 居心地悪そうに少年は身じろぐ。 「……オレの負けだって…認めたんだから、もう離せって……」 その言葉に一瞬手を緩めたかに見えたかかしだったが、ホッとしたサスケが腕から逃れよ うとした瞬間、また腕の中に抱き込まれてしまった。 「わわっ」 バランスを崩したサスケは、今度は彼女の胸に顔から突っ込む。 弾力のある柔らかい胸。かかしがしっかりと抱き込んでいる所為でその谷間に埋もれてし まった少年の顔は真っ赤になっている。 「何やってんだよっ! ふざけてないで……」 ジタバタしながら逃れようとするサスケを、笑いながらかかしは押さえつけていた。 「……あれ? 気持ちよくない?」 「恥ずかしいっ!」 暢気なかかしの問いに、もの凄く正直で簡潔な返事が返ってきた。 「………お母さんだと思っても、恥ずかしい?」 ぴた、とサスケの動きが止まった。 『お母さん』という単語に、少年の脳裏にはそう遠くない昔に母親の胸に抱かれた記憶が 甦る。 「…あ……」 懐かしい母親の匂い。柔らかな抱擁は忘れたはずの安らぎを思い起こさせる。 サスケは見開いていた目を閉じた。 顔に当たる柔らかな乳房の感触は、まさに母親だった。 気持ちいい、とサスケは思った。 久しく感じた事の無かった安心感に包まれ、不覚にも少年は涙ぐみそうになってしまった。 そんな少年の心の揺れを見抜いたかのように、かかしの指が、よしよし、とサスケの黒い 髪を撫でる。 「………女と男の差は何処だと思う? ………オレが男なら、こういう態勢になったとこ ろでお前は母親の事など思い出さなかっただろうな。…女の身体は男とは違う。…お前が 認識している通り、女は男に比べたら弱い存在だ。…先ず、もって生まれた身体の構造が 違う。筋力が違う。例外はあろうが、平均すれば腕力で女は男に敵わない。それは事実だ」 「………」 サスケは黙って彼女の言葉を聞いていた。 「……だが、だからと言って男よりも劣る存在じゃあない。……やり方次第で、性別によ るハンデは越えられる。……それは今、証明してみせただろ?」 サスケに反論など出来るわけがなかった。 「…でもな、サスケ。……普通の女の子はお前よりも力が無くて当たり前なんだ。そこを さりげなくフォローしてやるのが男ってモンなんだぞ。……男には女より恵まれた部分が ある。女は男が逆立ちしたって出来ない事が出来る。……お前、女をバカにするのは自分 の母親をバカにしているのも同じだ」 サスケの頬が、先刻とは違う理由で赤く染まった。 「……ごめんなさい……」 わかればよろしい、とかかしは笑った。 「後で、サクラにもちゃんと謝りな。……あの子を傷つけたかったわけじゃないんだろう? お前も」 サスケはコクリと頷いた。 二人の様子を川の対岸で見守っていたカカシは肩の力を抜いて息をついた。 「………は〜…何か、ハナシがついたみたいですね」 いるかは眉間に皺を寄せて、頷いた。 「……ええ。……事の発端、サスケの女性蔑視発言がどーたら言ってましたね……」 「はあ」 「それで……両方の『気』で戦ってみせたのか……かかしさんは」 ああ、とカカシも頷いた。 「その方がサスケにもわかりやすいと思ったのかも。…どうやら狙い通りだったよーです が……」 「が?」 サスケがかかしの胸に顔を埋めている光景を指して、カカシはポリポリと頭をかいた。 「……サスケのヤツ、羨まし……いや、ガキの特権ですねえ、アレは。…紅あたりがやっ たら完全なセクハラかもしれないけど……」 と、カカシはふいに言葉を切って隣に立つ男の様子を恐る恐る伺った。 (―――こわ…っ…怖いですっ…いるか先生っ) 静かにキレかけている男の険悪な空気と表情に、思わずカカシは引く。 少年と言っても、12、3にもなれば丸っきりの無垢な子供ではない。異性に興味を持ち 始め、目覚めていく年頃でもある。 そんな他意は無く、『母親』としてかかしは『子供』を抱いているだけだろうが、果たして 抱かれている方はそれだけで済むだろうか。自分があの年頃だった時の事を思い出せば、 いるかにもカカシにも容易に今のサスケの状態が察せられるというものだ。 となれば、いるかにとって今のあの光景は、先日カカシがした抱擁以上に腹立たしいもの であるはず。 ここで怒っては大人気ないと、必死に耐えているいるかの感情をカカシは逆撫でしてしま ったらしい。 「アナタはここにいて下さいっ!」 部下をさりげなく彼女から引き離す為に、カカシは大慌てで飛び出して行った。 |
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『夫婦』のいるか先生、実はとってもヤキモチやきさんだった模様。 ふっくらとした女性の胸は、経産婦だろーが独身だろーが関係なく、カオうずめりゃ気持ちいいもんでしょー。 高校生の時、体育のマット運動で失敗しちゃった私を胸に抱いて慰めてくれた級友はグラマーでとってもキモチ良かったです。(笑)ありがとう、いい友達だ。 夜に二人きりになったら思う存分オクサンの胸に懐きなさい、いるか先生。 |