cross-over 

 

イルカは、拾い上げた写真を見つめて、笑みをこぼした。
「……可愛い」
それに対し、いるかはどう返答して良いものかわからず、言葉を詰まらせる。
イルカは静かに写真の裏側を見た。
「……うみの千鳥・四ヶ月。……息子さん? 娘さん?」
いるかは諦めた。
もう、どう言い繕いようも無い。
彼は『イルカ』なのだ。例え写真の裏に何も書いていなくても、わかっただろう。
これは、『自分』の子供だと。
「…………息子……です」
イルカは「そっか、男の子か」と言いながらもう一度写真を見た。
「本当に、子供は可愛いものですねえ。はい、すみませんでした。勝手に見ちゃって」
彼は手帳に写真を添えて、いるかに手渡した。
「…すみません…」
気まずそうに手帳と写真を受け取るいるかに、イルカは苦笑を漏らす。
「……もしかして、気を遣ってくれてました?」
いるかは顔を上げた。
「子供がいる事、今まで言わなかったって事は。……その子、彼女…かかしさんとの間の
子供じゃないんですか? とても、彼女に似ている」
イルカの声に、感情の乱れは毛ほども無かった。いるかとかかしの間に子供がいる事に、
ショックを受けている様子は無い。
いるかは自分の動揺を抑え、気を落ち着かせてから答えた。
「……そうです。…彼女が…産んでくれました」
イルカは少し躊躇った後、口を開く。
「……聞いてもいい事だろうか…」
「何をでしょう?」
「その…チドリちゃんは、今は…?」
いるかは写真に視線を落とした。無邪気に笑うチドリ。まだ、自分が置かれている環境す
ら把握できない幼い息子。
「近所の…知り合いに預けてきました。俺もかかしさんも里に侵入した敵と戦う為に…家
を空けねばならなかったので」
イルカはホッとしたように微笑った。
「良かった…では、普段は親子三人一緒に暮らせているんですね。……いや、彼女が今で
も周囲に性別を伏せているのなら、子供さんとは引き離されている可能性もあるかとつい
いらぬ心配を…」
「あ、今はって…そういう意味でしたか。…ええ、かなり不自然な状態ではありますが…
一応は。…事情を知っている方々が助けて下さるので…」
イルカは遠慮がちに鼻梁の傷をかきながら、もう一度写真を見せて欲しいといるかに頼ん
だ。いるかは、しまいかけた写真を手帳から取り出して彼に渡す。
イルカはしみじみと子供の写真を眺めた。
「……そうかぁ、俺の子供ってこんな感じなんだなあ……何だか、本当に自分の子供みた
いな気がする。……いやあ、いいもの見せてもらいました。カカシ先生と俺の間にもしも
子供が出来たら…っていう『実例』ですもんねえ。…貴方達にはとんだ災難なアクシデン
トだったでしょうが…俺は今ちょっぴり感謝しちまいましたよ。おそらくもう生涯見られ
ないだろうと思っていた子供の顔が見られたんですから」
いるかは黙って彼の顔を見つめた。
「…貴方がこの子の事を黙っていた…黙っていてくれた理由は察しがつきます。……もう、
わかってたんでしょう? 俺と…カカシ先生がそういう…仲だって。でも、俺も彼も男だ。
どんなに願っても子供なんか出来っこない。…貴方、ご自分が特に子供なんか欲しくはな
かったっていうタイプなら気は遣わなかったんでしょうけどね。俺は、貴方だ。…お察し
の通り、出来たら俺は子供が欲しいと思っていた。家族が欲しいと…ずっとね。……この
子が生まれた時の貴方の気持ち、俺は我が事のようにわかります。…嬉しかった。嬉しか
ったでしょう。まして、最愛の人が産んでくれたなら」
いるかは黙ったまま頷くしかなかった。
イルカは笑みを浮かべたまま、指で写真の中のチドリを撫でた。
「…羨ましくないと言ったら嘘になりますけどね。……でも、俺はもう自分の気持ちに整
理をつけています。この先ね…カカシ先生と…彼とどういう風になっても…例えばケンカ
別れになろうが、死別しようが、もう俺は別の人と一緒になる気は無いんですよ…少なく
ても、今のところはね。だからもう、自分の子供が欲しいなんて気持ちは捨てています。
…でも、別の世界には俺の子供が…カカシ先生と俺の子供が生まれていて、ちゃんと幸せ
に育っている……そういう世界があるのだとわかって、俺は今何だかとても嬉しい。…す
みません、貴方の子供なのに」
いいえ、といるかは首を振った。
「……俺も……彼女が本当に男だったとしても…やはり惚れたと、そう確信しているので。
きっと、同じ様に考えたに決まってる。……だって、貴方は俺なんでしょう?」
彼らは顔を見合わせた。
しばらく見つめあった後、視線を外してお互いにそっと苦笑を漏らす。
いるかは肩を竦めて、大きく息をついた。
「…そっか、あんた、俺だったんだ。…気ィ遣い過ぎちまった」
「お互いな。……それにしても、『千鳥』か。スゴイ名前つけたなあ…」
『自分』に向かって敬語を使うのはもうやめだとばかりに、お互いくだけた口調になる。
「仕方ないだろ。出生届を出すまで、それがかかしさんの必殺技だなんて俺は知らなかっ
たんだよ。…届け出した後で、アスマさんが…『本当につけちまったのか?』って呆れな
がら何の名前だったのか教えてくれて…」
うわはは、とイルカは笑った。
「そりゃ仕方ねえなあ…でもまあ、考えてみりゃあ『千鳥』ってえワザはカカシ先生が苦
労して生み出したモンなんだから……子供も一緒か?」
「うん、俺もそう考えて…その必殺技はかかしさんの血と汗の結晶なんだろうと思ったら、
その名前を子供につけてもおかしくないか〜と…気を取り直した。最初は、正直『しまっ
た』とか思ったんだけど」
イルカはクスクス笑う。
「暗殺技名だから? でも、強い子になりそうじゃないか」
「…だといいな。元気に育ってくれたら、それでいいと思うよ」
いるかはチドリの写真を丁寧に手帳に挟んだ。
イルカが用意してくれた新しい胴衣の内ポケットにしまいながら、ふと表情を曇らせる。
「……でも、こっちのカカシさんはどう思うだろう…?」
イルカも手当ての道具を片付けている手を止めた。
「…チドリちゃんの事? ……う〜ん……これは何とも……彼の考える事にはたまについ
ていけない事もあるから……隠していたら、『オレにだけ内緒にしてたんですか』って怒る
ような気もするし、バラしたら『どうせオレには子供なんか産めませんよ』ってイジケそ
うな気もするし……あ、悪い。俺にもわかんねえ」
「かかしさんって、時々『どーしてそうなるんですか』ってモノの考えになるからなあ…」
「あー…やっぱり?」
「あんなに優秀なのに、変なトコですぐにイジケちゃうし…」
「…やっぱり…」
「…保留?」
「…うん…」
了解、と呟いたいるかはもっと奥の内ポケットに手帳を移し、しっかりとポケットのファ
スナーを閉めた。
「……メシ、作るか……」
「だな……」





 
 
人数が多い時のメニューの定番といえば取りあえずカレーである。
子供達もキャンプ気分で下ごしらえを手伝ってくれたので、支度は案外早く出来た。
カカシは出来合いのカレールウを適量鍋に放り込み、ぐるっとかき混ぜる。
「後は少し煮込むだけだな。よーし、ナルトにサスケ。メシの前に風呂に行って来い。暗
くなっちまうから。…イルカせんせ、コイツらお願いしていいっすか?」
カカシは子供達と一緒に風呂に入る気は無いらしい。
イルカはエプロンを外しながら頷いた。
「いいですよ。よぉし、行くぞー、お前ら」
露天風呂だと聞いたナルトははしゃいだ。
「面白そー! そっちのいるか先生はー? 一緒に行こうってばよ!」
「ああ、俺は傷口縫ったばかりだから、今日はやめておく。ゆっくり入っておいで、ナル
ト」
うん、と頷いたナルトは、サスケとお決まりの口喧嘩をしながらイルカに連れられて露天
風呂に向かった。

「天然のお風呂か〜気持ちいいってばよ!」
ナルトはドポン、と風呂に飛び込んで早速イルカに叱られた。
「こ〜ら、ナルト! 他の人と入る時はなあ、マナーってもんがあるんだ! お湯に入る
前にちゃんと身体をざっと流して洗え! 特にケツ周りをだ! それから飛び込むな!」
「ゴメンってばよー…せんせー」
ナルトはそそそ、とお湯の中を移動して向こう岸に上がり、改めて身体を洗い始めた。
サスケは冷笑を浮かべる。
「…ガキの上にアホ。…どうしようもないな」
「……お前も口が悪いぞ、サスケ。……口喧嘩でコミュニケーションを図るのもいいが、
お前らのケンカはエスカレートするとシャレにならん。ナルトは単純っつうか、ノセやす
いからからかうのが面白いのかもしれんが、程々にしておけよ?」
サスケは少し赤くなってそっぽを向いた。
「…わかってる」
イルカはパン、とサスケのまだ薄い背中を叩いた。
「よっし! お前らと風呂なんて滅多にねえ機会だから、特別に背中洗ってやろう! そ
の前に少し身体を温めなきゃな」
イルカの言葉に反応したのはナルトの方だった。
「オレ! イルカせんせーの背中流してやるってばよ!」
「おう。ありがとよ」

山間にオレンジ色の大きな夕陽が沈んでいくのが見える。
三人は露天風呂の中で一緒にその光景を眺めていた。
「…イルカ先生」
「何だあ? サスケ」
「………こんな事って、あるもんなんだろうか……オレは、何だか半信半疑で…先生にソ
ックリのもう一人のいるか先生を見ても、何だか信じ難い……」
イルカはう〜ん、と唸った。
「…そうだなあ……実際に起きてしまったんだから認めるしかねえってところだろうな。
…不思議で、滅多に起こらない現象だろうとは思う。…本来、別の世界っていうのは概念
上絶対に交わらない。どこまでも平行に存在しているものだと考えられているからだ。…
それがどういうワケか、部分的…いや、ほんの小さな歪みが原因で、彼らはこちらの世界
に飛ばされてしまった、と考えるべきだろう」
サスケはそれなりに納得した顔になったが、ナルトには更にチンプンカンプンな話だった
ようだ。
「…よくわかんねーけど…イルカ先生もどっかヨソの世界に行った事あるってホント?」
イルカは微かに頷いてみせる。
「…ああ。…あれはね……よくぞ元の世界に戻れたもんだと思う。…前、他所の忍者共が
大量に里に入り込んで大騒ぎになったこと、あるだろう。…あの時、敵が大掛かりな忍術
をかましてくれてな…俺は行きがかり上、そいつを解呪するハメになってなあ…やらなき
ゃ、竜巻で街ごと城が吹っ飛ぶから、やるしかなかった。カカシ先生が解呪の時に助けに
来てくれたんだが、解呪の反発が凄まじくて…気づいたら二人して別世界にいたんだな。
死んでても不思議じゃなかったんだから、幸運だったというべきかな?」
「…その別世界にも、イルカ先生達がいたの?」
ナルトは興味津々である。
「ああ、いた。…忍者じゃなかったけどね。木ノ葉の里も無かったしなあ…ホントに別世
界だったよ」
「……オレとか、サクラちゃんとか、コイツは? いた?」
イルカは首を振った。
「わからん。…いたのかもしれない。いなかったのかもしれない。あまりにも違う世界だ
ったし、先方に迷惑かけたくなかったから、あまり出歩かなかったんだ」
そっかー、と子供達は心持ち残念そうな顔になった。
ナルトは何かを思い出した顔になって、ツツツ、とイルカの傍に寄り、内緒話のように耳
元でコッソリ囁く。
「……なあなあ、イルカせんせー。…オレさ、実はさ、さっき…あっちのいるか先生とさ
あ、かかし先生が…チュウしてるの見ちゃったんだってば……」
「…………」
イルカは一瞬何とも言えない表情になった。ややあって、ゴホン、と咳払いをする。
「…あのな、ナルト。…彼らは別の世界から来たんだから。…何から何までコッチと同じ
じゃねえんだよ。……第一、あっちのかかしさんは女の人じゃないか。だから、その…あ
っちの俺と…恋人みたいな関係になってるってのも考えられるだろう? そういう事をイ
チイチ騒ぐのはな、ヤボって言うんだ。わかったか」
ナルトはキョトンとする。
「ヤボ?」
「気が利かねえっていうか…ま、あんまりカッコのいい事じゃねえって意味だ」
わかった、とナルトは頷く。カッコが悪いと言われてしまうと、それ以上何も言えなくな
ってしまったのだろう。
サスケは別の疑問を口にする。
「……あっちのかかし…さんも、上忍…なのか?」
「らしいぞ?」
「………強い…のかな」
イルカは苦笑した。
「弱い上忍なんて聞いた事ねえなあ、先生は。女の人だから弱い、なんて事ねえだろう」
でもさ、でもさ、と声を上げたのはナルトだった。
「別の世界は何から何までコッチと同じじゃねえんだろ? ならさあ、『強い』の強さ加減
が違うってのもアリじゃねえ? たとえばよ、あっちのいるか先生にだったらオレ、簡単
に勝てちゃったりとかよ!」
ぎゃははっと笑ったナルトは、即座に左右から「バカ」と冷たく一蹴されてしまった。
「アカデミーの教師ナメてんじゃねえぞ」
「っとにウスラトンカチだな」
ぷー、とナルトはふくれる。
「…冗談だってばよー…もー、二人ともシャレがわかんねえんだからよぉ…」
イルカはナルトの頭を押さえて湯に沈めた。
「シャレとたわ言の区別がつかんヤツが何ぬかすか」
「……そのまま沈めといてくれ、先生」
そう言いながら、サスケはさっさと一人湯からあがった。
ナルトが力をつけてきているのはサスケにもわかる。だが、れっきとした中忍のイルカに
そう簡単に勝てるはずがない。きっと、向こうのいるかにもだ。
内心ではサスケは、自分ならば元の恩師と手合わせしてもいい線行くと思っていた。いや、
本気を出せば勝てると。イルカがアカデミーの頃からずっとサスケを見ていて、その戦い
方のクセや弱点をよく知っているという不安要素があるから、『簡単には』勝たせてもらえ
ないだろうと思うだけである。
サスケは『彼女』を思い出していた。
教官であるカカシと面差しと雰囲気のよく似た女。
(―――本当に…あのカカシと同じくらい強いっていうのか…?)
まさか、とサスケは思う。
所詮、女だ。
あの『いるか先生』と恋仲になっているというのがいい証拠。
自分の一挙一動にきゃあきゃあ言って騒いでいるサクラやいのと変わりはしない。
(カカシと同じだなんて……あり得ない)
 
 



 

やあねえ、サスケくん。
アンタの先生も元恩師と恋仲なのよお?(笑)
…ってね。
一応、バレてないコトになってますから。子供達には。
でもサスケくん。
上司で教官。年上で大先輩なお方を呼び捨てっていうのは感心しません。ちょめっ! ちゃんと「先生」をつけなさい。
・・・イルカの事は「先生」って呼ぶくせに。(笑)

しかし、イルカとナルトとサスケが一緒にオフロってのはいい絵ですねえ。・・・ほのぼの・・・

 

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