cross-over 7
別荘の外では。 ある窓の前でナルトが雑巾を握り締めたまま中途半端なポーズで固まっていた。 「何やってんのよ、ナルト! まず外から窓を全部拭こうって今言ったばかりでしょ!」 サクラに促されたナルトがギクシャクとぎこちなく振り返る。 「…あのさ…今…い、いるかせんせとかかしせんせーが…チュウしてたってばよ……」 「え?」 タイミングがいいのか悪いのか。 いるかがかかしを抱き寄せキスした場面を、ちょうどその部屋の窓を拭こうとしていたナ ルトに目撃されたというわけである。 二人の間柄と事情を知ってしまっていたサクラは、どかっとナルトの背を叩いた。 「だから何よ! アンタねえっ…アンタだってよりにもよってサスケ君とチュウしたでし ょーっ!!!」 ぎゃああ、と男子二名は悲鳴を上げた。 「よせええっ! 思い出させるなあっサクラーッ!」 「あれはっ! あれは事故だってばよーっサクラちゃんーッ!」 口々に叫びながら二人はそれぞれ泣き出さんばかりにパニクっている。 この騒ぎに中にいたかかし達が気づかないはずが無い。 気まずそうに窓を開けて困惑した顔を出したかかしに、ナルト達をハナで笑っていたサク ラがVサインをしつつペロッと舌を出した。 かかしはそんなサクラに軽く頷いて感謝を伝え、急いで窓を閉めた。 「かかしさん?」 「…何か、ガキ共に今のキス見られちゃったみたいな〜…」 え? と慌てるいるかに、かかしは首を振ってみせる。 「でも、サクラが機転を利かせて男の子達の注意をオレ達から逸らしてくれたようで…ま ったく、おしゃまな子ですね。…いるか先生、手当て済ませてしまいましょう」 いるかの手当てを素早く終わらせ、彼らはそそくさと部屋を後にした。子供達が掃除をし ている間、邪魔にならないように別荘からは離れている事にしたのだ。 見上げる木々の間から覗く空が、青い。 かかしは、カカシが教えてくれた林の向こうを指差す。 「あっち、河原があるって聞きました。…日向ぼっこでもします?」 「そうですね。…せっかくだから、少しのんびりしますか」 林と言っても、山の中には変わりない。二人きりで山の中を歩いていると、初めて一緒に 任務についた時の事を思い出す。 かかしが濡れ落ち葉で足を滑らせかけると、いるかが素早く彼女の手を取った。 「…すみません」 こんな場所で滑って転ぶ上忍もいないだろうが、それでもいるかは手を貸すのだ。 「ちょっと下、濡れてますね。気をつけて…最近雨が降ったみたいだ」 「はい」 かかしも素直に微笑んで頷く。彼に女性扱いされるのは嫌いではなかった。むしろ、くす ぐったくて嬉しい。こんな山道、助けてもらわなくても大丈夫だけど。それを誰よりも承 知しているはずのいるかが自分を気遣ってくれるのが嬉しいのだ。 いるかの大きな手が自分の手を包んで、足場が悪い所では軽くサポートしてくれる。それ だけの事で、なんと楽に足が運べるようになるのか。かかしにとっては、そんな事も『新 しい発見』だった。 「……札剥がしの時みたい…」 「俺も思い出していました。…あの時もこうして山の中を二人で歩きましたね…」 「ふふ…あの時はまさかアナタと結婚するなんて思いもしなかった……」 いるかも笑う。 「あの時は騙されましたねえ。あのまま最後まで騙されていたら、今こうしている事は出 来なかったわけですが」 かかしはふと顔を曇らせた。 今かかしの手を握る彼の手からはまだ火傷の痕が消えていない。 「…あの時からアナタ、オレの所為でケガばかり……」 しゅん、と下を向くかかしの手を、いるかはきゅっと握った。 「貴女を護る為なら、ケガのひとつやふたつ……ってね。……もしも他の野郎がですね、 貴女を庇ってケガしたら、俺は口惜しくて仕方ないでしょうねえ…それは俺の役目なのに …って」 かかしが目を上げると、いるかは穏やかに微笑んでいた。だが、心なしか顔色は冴えない 気がする。 「…誘っておいてナンですけど…こんな所まで歩いて来ちゃって…大丈夫ですか?」 「大丈夫ですって。そら、もう着いた。河原ですよ。」 岩肌を滑るように落ちて来ている小さな細い滝が流れを作り、渓流となっていた。 「おお、結構いい感じですねえ……マイナスイオンで身体に良さそう」 いるかは河原に降りて、片腕を上に挙げて伸びをする。 「……いるか先生……」 後からついて来たかかしは、いるかの背にそっと寄り添った。 「どうしました? かかしさん」 「……あのね……いるか先生…ゴメンナサイ。オレ…ドジやって、紅とサクラにアナタと の事…と、チドリの存在がバレちゃったんです…他の人には言わないように頼んでおきま したが」 いるかは自由になる左腕を器用に背中に回し、張り付いているかかしの肩を優しく叩いた。 「……本当に貴女、あの子を産んでから身体つきが変わった。相変わらずほっそりしてい るけど、線がまろやかで女らしくなって。…しかも、まだ授乳中だから…風呂で貴女の身 体を少しでも見たら、そりゃ気づくだろうってのはわかります。……女性は目敏いし、カ ンもいいから。…気にしないで下さい。むしろ、紅さん達女性に事情をわかっててもらっ た方が助かると思いますよ」 「…いるか先生……」 いるかはするりと体の向きを変え、腕の中にかかしを抱き込んだ。 「……紅さん達にチドリの事を打ち明けるのは辛かったでしょう。あの子を思い出す度に 俺も胸が痛くなる。……今頃あの子はどうしているか。寂しがってはいないかと思います が、貴女は母親だ。俺よりもその思いが強くて当たり前です……」 かかしは彼の胸に鼻先を埋め、しがみつく。 紅は同じ女として彼女に同調し、同情してくれた。だが、親としての思いを分かち合って くれるのは、やはりこの男しかいない。 「…きっと、オレもアナタも…無事に戻って、あの子の顔を見るまで同じ思いを抱え続け るんですね。心配だけど、きっと大丈夫って自分に言い聞かせるんだ……」 いるかは彼女の髪を撫でた。 「……親ですからね。俺も貴女も」 無事に戻れるその日まで。 繰り返し繰り返し、同じ言葉を胸の中で繰り返して自分を支えるしかない。 お互いの存在を心の支えにして。 頭上から降りそそぐ暖かな陽光と、清涼な渓流の水の匂いが、不思議にどこか現実離れし た感覚を二人に与える。 ここは、『異世界』なのだと。 夕方になって、イルカが戻ってきた。 紅とアスマも一緒だ。どうやらアスマは任務が終わったところ、紅につかまって荷物持ち をさせられたらしい。 「かかしちゃん、かかしちゃん、ちょっといらっしゃいな。あ、他の人は来ちゃダメよ。 立ち入り禁止」 紅はニコニコしながらかかしを別室に引っ張っていった。そして、手にしていた袋から何 やら取り出す。 「そんな苦しそうな晒し、外しておしまいなさい。…ホラ、可愛いでしょコレ」 かかしは紅が手にしている物体を見て小さく声を上げた。 「え?」 「えって何。…アンタまさかした事無いの? ブラ」 「……え〜と、全然ってこと無いけど……前に女装した時とか……」 ぶふっと紅は噴き出した。 「じょ…女装ってアンタ……ま、いいわ。ここにいる人間は、みーんなアンタが女の子だ って知ってるんだから、胸を隠さなくてもいいわけでしょう? 晒しで潰してると苦しい じゃないの。特に今は…ね? ほら、つけてごらん」 紅はかかしの着ているアンダーを脱がせると、さっさと晒しも解いてしまった。 「この際、正しいブラのつけ方も教えてあげるわね〜♪」 「そ、そんなのあるの?」 「あるのよ。ま、任せなさい」 紅はにま、と笑った。 (うふ。…この子、磨き甲斐ありそう…ヤローのカカシじゃこんな遊び出来ないもんね。 …楽しいわあ) 「はい、ちょっと前に屈んで…そうそう、んで、おっぱいをカップにきちんと収めて。そ れから後ろを留める。ほら、身体起こして」 「………な、何か…その…」 かかしは自分の胸元を見下ろして絶句している。 「ほら、鏡見てごらん。かっこいいでしょ?」 「………雑誌のグラビアで水着になってるねーちゃんのムネみたい……」 お乳で張っている所為で妊娠前よりもかなり豊かな乳房になっていたかかしだったが、き ちんとサイズの合ったブラジャーでこんもり綺麗に盛り上がった乳房で谷間もクッキリ。 本人が漏らした感想通り、まるで巨乳のグラビアアイドルのようである。 「あっはっは…そりゃいいわ。アンタ可愛いから売れそうよ」 「顔面キズのモデルがどこにいるのさ。紅の方がよっぽどモデルみたいじゃない」 かかしは照れくさいのか、フテた顔で横を向く。 「ああら、ありがと。……ま、それはともかく。これね、可愛いからってだけで選んだわ けじゃないのよ。ここをね、こう外すと…ほら、開くの」 「うわ、窓になった。あ、そうか…ブラ外さなくてもおっぱいあげられるんだ〜…授乳用 の下着なんだな」 「そういう事。向こうに帰ってからも使えるでしょう?」 かかしは胸を片手で押さえた。 「……うん…」 「一応、新しい晒しも用意したから。それとね、着替え。下着やアンダー、洗いたいでし ょう。ダンナの分は、イルカ先生に頼んで揃えてもらったわ。どうせ、サイズも同じでし ょうから」 「ありがとう、助かるよ。…あ、でもオレ、金持ってないんだ。いるか先生持ってるかな あ……敵襲の知らせで二人とも装備だけで飛び出したから」 困った顔になったかかしの背中を紅はぺちっと軽く叩いた。 「バカね〜! いいのよお、そんな事気にしなくて! 私はお買い物楽しかったし、それ に資金は火影様がね…何もしてやれないから、せめてもの気持ちだって。同じ木ノ葉の忍 に変わりは無い、ならば迷い込んだアンタ達も自分の子も同じだって仰ったの。…だから、 甘えちゃいなさい」 「火影…様…が…?」 優しい微笑を浮かべた老人の姿が目に浮かぶ。 かかしは目を潤ませた。 こちらの火影も、やはり『火影』だった。 木ノ葉の忍達を、そこに住まう者達を、大きく包んで護ろうとしてくれる存在。 「…ありがとう……ございます…」 里の方向に向かって、かかしは頭を下げた。 「さ、コレ着てみて。綺麗な若草色のニットでしょ。きっと似合うわ」 ハイネックのノースリーブセーターは、デザインこそ暗部の衣装に似ていたが、色が違う だけでこんなにも印象が変わるものかとかかしは思った。 「ホントはねえ…どうせなら可愛いワンピとかスカートとか着せたかったんだけど…こん な山の中に合わないしね。第一、アンタが着てくれなさそうな気がしてね〜…」 あは、とかかしは笑った。 「うん。ずっと男で通してきたから…スカートは恥ずかしくて」 「やっぱり? でも、忍服でずっといる事も無いと思ってね。こんなの、だめかしら」 紅はスモークグレイのコットンパンツを出してきた。 「う、ううん。ダメじゃない。…うん、出来れば下も洗濯したかったから、嬉しい。はか せてもらうよ」 紅の選んできたセーターとパンツを身に着けたかかしは、下着で綺麗に体型を整えた所為 もあって、どこから見ても『女の子』に見えた。これで男のカカシと見間違う事はまずあ るまい。 「ねえねえ、かかしちゃん。……お化粧もしてみない? きっと綺麗になるわよ〜」 かかしは慌てて首を振った。 「いっ…それはいいっ…遠慮、する」 化粧をしたのは、いるかとの祝言の時。あれ一回きりである。あれは『儀式』の為だと割 り切っていたし、化粧で素顔を隠す意味もあったから抵抗はなかったのだが。 『見せる』為の化粧というのは、かかしには考えられない事なのだ。 「そお? ざ〜んねん」 紅も、嫌がるかかしに無理矢理化粧をさせる気は無かった。素直にブラジャーをつけてく れただけでもいい。 ブラシで乱れたかかしの髪を梳いてやり、紅はまず満足げに目を細めるのだった。 一方、いるかも里から戻ったイルカから着替えを受け取っていた。 こちらも皆から離れて別室に来ている。いるかの傷を縫合するついでに、身体も拭いてし まおうという事になったからだ。 「夕べのうちに縫合すれば良かったですね。すみませんでした」 縫合を終え、イルカは丁寧に包帯を巻いてくれた。 「いや、とんでもない。…時間が無かったというか…夕べは応急処置だけでも上等でした よ。ありがとうございました」 「いや、お互い様。……立場が逆なら、そちらだって同じ様に面倒見てくれたでしょう? きっと」 イルカは笑って新しい忍服を一揃え並べた。 「私服も持ってきたけど、これも要るでしょう。…今着ているのは、たぶんもう洗濯して も通常の使用には耐えられないと思うので」 爆発の所為であちこち裂け、血糊もべったりとついて汚れた忍服。血はもう乾いていたし、 元々血糊は目立たない色の服だ。だが胴衣も裂けていて、イルカが言う通りもう任務には 使えない。 「そうですね…すみません、助かります」 いるかはおそらく廃棄処分になってしまうだろう胴衣のポケットから、要る物を取り出し 始めた。胸部のホルダーから巻物を抜き、仕込んであった忍具も取り出す。 内側にもたくさんのポケットがあり、全部抜き出すのは結構な作業になった。片手で作業 をしているいるかを一瞬手伝おうかと思ったイルカだったが、胴衣に収めてある物は迂闊 に他人が触れて良い物ではない。黙って見守る事にした。 机の上に様々な薬や武器が並べられていく。その殆どはイルカ自身にも覚えのある品物ば かりだ。 「あ」 いるかが手を滑らせ、黒革の表紙の手帳が床に落ちた。アカデミーの教員がよく使う、ス ケジュールなどを書き込む為の手帳だ。イルカも同じような物を持っている。 イルカはひょいと床に手を伸ばして、落ちた手帳を拾い上げた。 「すみま……」 礼を言いかけたいるかの言葉は途中で途切れる。 イルカが拾い上げた手帳から、ヒラリと1枚の写真が落ちたのだ。 写真には、無邪気に笑う赤ン坊が写っていた。 いるかが止める間も無く、イルカの指がそれを拾ってしまう。 (―――ああ、スミマセン…かかしさん……俺も相当なドジです……) |
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『長くなってもOK』とGOサイン下さった方、ありがとうございました。(ぺこ) それでは、もう少々お付き合い下さいませ。 何とか頑張って『無事帰還』まで書きますから。
さて、いるか先生もぴ〜んち? |