cross-over 4
「…おはようございます……」 「おはよー!」 清々しい早朝の空気。柔らかな朝日の中、外で伸びをしていたカカシは笑顔で振り返った。 が、いるかの顔を見てそれは苦笑に変わる。 「…って…何アンタその顔。…眠れなかったですか?」 いるかは「え?」と自分の顔を擦った。 「…変な顔していますか」 「いや、変って言うか…睡眠不足なツラですよ、それ。目の下にクマ」 「………そうですか…いや、ちょっと寝付けなかったけど…ちゃんと眠ってます」 カカシは「んー」といるかの顔を覗き込む。 「ちょいと血が足りなくなってんのかもですね。…増血剤飲んでおきますか?」 「あ…いや、そこまでは」 「そう? まあ必要だと思ったら言って下さい。我慢しないでね。……アンタもいるか先 生だからねぇ……たぶん、自分のタフさに頼って無理して頑張っちゃうでしょ。…ここに いる間は休暇だとでも思って羽伸ばしたら? ……あ、彼女は? まだ寝てる?」 ええ、といるかは頷いた。 「彼女もなかなか眠れなかったようで…たぶん、眠ったの明け方だと思います。もう少し 寝かせてあげていいですか?」 「………よく知ってるねえ……一緒に寝たんですか?」 いるかは薄っすらと赤くなった。 「…ええ。離れて休むのはどうも不安だったんですよ。仕方ないでしょう…我々は休暇旅 行に来たのではありませんから」 「まあ、そうね…気持ちはわかります。寝ているうちにもしかして片方だけ戻ってしまっ たらとか思うと不安でしょ。……でもたぶんね、二人が揃っている時じゃないと『戻る』 作用は働かないと思いますよ。来た時一緒だったでしょ? 状況的な条件があるんだと思 います。そう神経質にならなくても大丈夫でしょう」 「そういうものですか。でも…」 いるかが言い終わらないうちに、中からかかしが飛び出してきた。 「いるか先生っ!」 「かかしさん…おはようございます。もう起きちゃったんですか?」 「おはよー。まだ寝てていいのに」 かかしは、いるかとカカシの姿を認めて大きく安堵の息を吐いた。 「……おはよ…ございます……良かった…オレ…置いていかれたかと……」 「ああ、すみません。…今、こちらのカカシさんに聞いたのですが。どちらかが独りで元 の世界に戻されるって事はないそうですよ。来た時一緒だったならば、戻る時も一緒。… そういう事らしいです」 かかしは右目を見開いてカカシを見た。 「…ホント?」 カカシは大きく頷いてニタリと笑う。 「ホント。だから、ちょっと離れていた間に置いてきぼりを喰うって事はないから。…安 心してトイレや風呂くらいゆっくり使いなさい」 「……ばか」 かかしは目許を薄っすらと染めてからかう男を見上げた。カカシは彼女の頭を、まるで小 さい子供にするようにくしゃりとかき混ぜる。 「さー、じゃ朝メシにしますかね。…と言っても昨日イルカ先生が作ってくれた握り飯の 残りと、インスタント味噌汁くらいだけどね〜…」 厨房にも居間と思しき部屋にもイルカの姿は無かった。 「…彼は?」 カカシはヤカンをコンロにかけて湯を沸かし始める。どうやらガスボンベまで運んで来て いるらしい。 「イルカ先生? 夜明け前に戻ったんです。授業あるからねえ。…たぶん、午後は受付シ フト変更してこっちに来ますよ。あの人の事だ。必要そうな物いっぱい抱えてね。…夕食 はもっとマシなもんになるでしょう」 いるかが頭を抱えて卓に突っ伏した。 「……俺も…っ…授業が……っ…」 「い、いるか先生……仕方ないですよ。それに、あんな騒ぎがあったばかりです。おそら くアカデミーは休校ですよ」 慌ててかかしがいるかの肩に手を置いて慰める。 「そうか。…そうかも…しれませんね。………それよりも朝になっても報告に戻らなかっ たら……俺達、行方不明扱いですよね……」 「…し、死亡扱いにならないうちに戻りたい………」 心持ち顔色の悪くなった二人に、カカシがフォローを入れる。 「んな顔しなさんなって! あのねえ、今回もそうだとは言い切れないけど、俺達のケー スはね、異世界に十日以上いたんだけど、元の世界…ここにね、戻った時は飛ばされてか ら数分と経ってなかったんですよ。あの時、実はウチのイルカ先生もすっごいケガしてて ね。……でも、地面に残っていた彼の血がまだ乾いていなかったんですよね。あれは驚い たな。…で、味噌汁、ワカメと油揚げのと、シジミのがあるけどどっちにします?」 かかしが椅子を蹴倒して立ち上がり、両手にインスタント味噌汁のカップを掲げ持ってい たカカシに詰め寄らんばかりの勢いで迫った。 「それ本当っ? 本当に時間差無く戻れたのっ?」 「………うん。俺達の場合はね」 かかしはぐるっと振り返り、いるかの首筋に抱きついた。 「聞きました? いるか先生〜〜っ!」 抱きついてきたかかしの背中をぽんぽん、といるかは撫でる。 「ええ…俺も少し安心しました。俺達の時もそうだといいですね」 その様子を眺めていたカカシは苦笑した。 「はいはい、良かったね。だからちょいと肩の力抜いて気楽になさいって言ってるでしょ う。……味噌汁、どっちよ」 「……あ、すみません。じゃあ、シジミの方を…」 「オレ、ワカメがいいです。あー、安心したらお腹空いてきちゃった。何か手伝います。 あ、いるか先生は座ってて下さいね。ケガに障るから」 「……すみません」 かかしはカカシの後を追ってパタパタと厨房に入って行った。 その後姿を見送って、いるかはそっと胸から息を吐き出した。 カカシの言う事がすべてその通りになるとは限らないが、彼の提供してくれる情報はあり がたかった。もしも何一つ情報が得られなかったら、故郷によく似たこの異郷でかかしと 二人、途方にくれた事だろう。 「……つまり、なるようにしかならない、と言う事か……」 気を取り直したいるかは腹を括った。 (………俺は、かかしさんを護る。その為にも早く傷を治すんだ! よしっ頑張るぞ!) 常に前向きなのは、どうやら『うみのイルカ』共通項目であるらしい。 外に出てみたかかしは、改めて周りの景観に感嘆した。 「すごいトコだね〜。オレの方にも同じ所があるのかな〜…戻れたら探してみようかな」 「あの林の向こうには川があるよ。ちょっとしたバーベキューくらいなら出来る広さの平 地もある。いい所だろう? 調べたら私有地じゃなかったんだけど、勝手に家なんか建て るのはマズかったかなあ」 「バレて怒られたら取り壊すか、公共施設にしちゃうか、里の土地なら買っちゃえばいい んじゃない?」 あっはっは、とカカシは笑った。 「そうねー。オレもそう思ってた」 まだ疲れの残る顔をしているいるかを別荘に残し、カカシ達は二人で温泉の方に歩いてき ていた。別荘と温泉は距離にして百メートル程離れている。今はあまり道らしい道では無 かったが、通っているうちに『道』は出来るだろう。 「もう少し温泉にくっつけて別荘を作れれば良かったんだけどね。ちょっとここらを平坦 に均すのは難しそうだったから」 「妙に地面破壊してまた温泉湧いちゃったら困るものね」 「ま、そういう事」 彼らの目の前に『温泉』が現れる。カカシが岩などで補強して体裁を整えているので、本 当に一見旅館の露天風呂のようだった。 「……わあ、すごい。思ったより広い〜気持ち良さそう」 かかしは『温泉』を見て嬉しそうに笑った。 「ハハハ〜…入りたかったら今すぐ入ってもいいけどね。でも、ちょっと入りにくいでし ょ、女の子は。オレ、野郎だけだし、と思って目隠しの囲いは作んなかったから。…今か ら作ってあげる。ちょっと待ってな」 「ええっ? ちょっと…いいよ、オレの為って言うなら……」 カカシは手にしていた長い木の杭を地面に突き立てた。 「いや、考えてみりゃこれはちょいと無防備っつうかね。もしもあそこの木の茂みに誰か が潜んでたりしたらさ、こっちは丸見えの上に丸裸でしょ。……それに、明らかに人工物 で囲った方が、偶然ここを見つけた誰かへの牽制になるでしょう。誰も使うなとは言わん けど、せっかくここまで整えたんだからね。荒らされるのはイヤだし」 「まぁ…そりゃそう…かも…」 カカシはニッと笑った。 「そうそう。それに何かの時にオレ達も眼のやり場に困るとやっぱマズイからね。…アン タ、いるか先生に見られるのは平気だろうけど、オレやウチのイルカ先生に裸見られるの は嫌でしょー? …ってか、見たらオレらがアンタとこのいるか先生に殺されそうだけど」 そう言われればそれもそうだな、と納得しかけたかかしは、ある言葉に引っ掛かって顔を 上げた。 「……いるか先生に見られるのは…って……」 「ん? だって、アンタらデキてるでしょ? 夕べはわざとバックレて別々の部屋に布団 ひいたけどさ。結局一緒に寝たんでしょーが」 さらっと彼との関係を言い当てられ、かかしは赤くなった。 「………だってっ…バラバラに寝るの怖かったんだってば! で、でも何もしてないから なっ! ヘンな想像するなよっ!」 「ハイハイ、そーね。わかってるって。……ま、今夜から一緒の部屋に堂々と寝なさい。 別に遠慮しないで乳繰り合っていーよ。デバガメったりゃしねえから」 かかしは無言で真っ赤になり、カカシを睨んだ。 そんな彼女を眺め、カカシは微笑んだ。 「………何も恥ずかしがる事は無い。……アンタは女の子だ。いるか先生とそういう関係 になっていたって、不思議でも何でもないんだから。…言ったろうが。オレとアンタは同 じだって。…あの、イルカっていう男に惹かれる。どうしようもなく、好きになる。…… オレは男だからね。本来性的嗜好がノーマルな彼をモノにするのはちょいと手間がかかっ たけど。無理に迫って嫌われるのも怖かったしね。……でも、好きだ。欲しいモンは欲し い。……だから、彼には悪い事をしたかもしれないと時々思うけど…でも、あの男と共有 したいものがあるから後悔は無い。……アンタは違うの?」 かかしは静かに首を振った。 「…たぶん、その通り、だろうと思う。……オレ、変な育ち方したし…自分がマトモな女 じゃないって事も知っていた。だから、彼が好きになるにつれて怖くなった…自分なんか、 彼にとってマイナスにしかならないんじゃないかって…でも、一緒にいたかった。…一緒 にいたかったんだ……あんたの気持ち、わかる…と思う…」 カカシはそっと彼女の髪を撫でた。 「男のオレが、彼を好きでも気持ち悪くない?」 「ない。……っていうか、何だか妙に納得した。…やっぱ、オレ、本当に男だったとして も彼が好きになったんだって確認出来たし。……だって、相手はいるか先生なんだもの。 仕方ないよね?」 悪戯っぽく笑って見上げるかかしに、カカシも同じような笑顔を返した。 「うん、そう。相手はイルカ先生だからね。仕方ないんだよな」 好きになるしかない相手。 どう抗っても惹かれる男。 どんな世界に生まれ、どんな出逢い方をしても、きっと恋をする。 二人のカカシは顔を見合わせて笑った。 「じゃ、オレも囲い作るの手伝うねー。あ…そういや、ずーっと前……ガキの頃、こんな 感じのお風呂、先生と入った事あったなあ……懐かしい」 カカシはもう一本杭を取ろうとした手を浮かせた。 「先生…? 四代目と風呂?」 「うん」 「…そっか。やっぱ、彼に育てられたんだ」 カカシは作業を再開した。二本目の杭を打ち込み、固定しているのを横からかかしが支え る。 「そーだな、ガキの頃なら…一緒の風呂でもおかしくないか…」 「うん。四、五歳くらいから育ててもらってねー。十二くらいまで風呂一緒だったよ」 ぴた、とカカシは動きを止める。ぎこちなく上げた彼の顔は引き攣っていた。 「………アンタとこの四代目……ロリ?…」 かかしはキョトンと首を傾げる。 「……いや、オレのこと女の子だってあんまり思ってなかったみたい……さすがに少〜し 胸出てきたら一緒に入ってくれなくなったんだ」 それってやっぱロリとも言わないだろうか、とカカシは思ったが、彼女は特にそれが『変』 な事だったとは思っていないようなのでそれ以上は突っ込まなかった。仮にも四代目だ。 そう犯罪的な性癖は持ち合わせていなかっただろう。いや、心からそう思いたい。 「……うん…ま、普通そうかもね……」 そして印を結ぼうとしてふと手を止めた。 「………あのさ、多重影分身…コピってる? アンタ」 「ん? んー? ああ、聞いたことはあるけど…あれ、確か封印された禁術のうちの一つ じゃなかった? それほど複雑な術じゃないから覚えようと思えば簡単に会得は出来るけ ど、チャクラを大量に消費しちゃうから簡単に覚えられる分危険だって……」 そう、とカカシは頷いた。 「覚えようと思えば、アカデミーでドンケツだったボケにも覚えられる術。でも、覚えら れても普通はすぐチャクラ切れになって、ヘタな中忍クラスのヤツでも命に係わるからね。 だから禁じられていた。……でも、オレ達上忍クラスなら大丈夫よ。覚えとけば? 便利 だよ、結構」 んー、とかかしは少し迷ったが、すぐに頷いた。彼に簡単に制御できる術なら大丈夫だろ う。それに、一つでも多くの術を会得したいという気持ちは『千の術を操る木ノ葉一の技 師』と呼ばれるようになった今でも失われていない。 「うん、面白そう。教えて?」 露天風呂の囲い作りを終えて戻ったカカシ達は、扉を開けるなり嬉声に迎えられた。 「きゃ〜あ! ホントだ可愛〜い!」 とても見慣れてはいるが『初対面』である相手に、かかしは戸口で目を瞠った。 「ああん、カカシが女の子だったらこんなんだったのね〜っ! 惜しいわーっ! あ、ご めんね。初めまして、よね。私は夕日紅よ」 「………紅……」 瞳を輝かせてかかしを見ている紅は、にっこりと笑った。 「そ。やっぱり野郎ばっかりじゃ貴女のお世話が行き届かないんじゃないかっていうクマ …じゃない、アスマの配慮でね。私が応援に来たの。よろしくね」 |
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女かかしちゃん、こんなトコで影分身の術会得。 やっぱね、覚えといて損はないでしょう。これからは多重影分身で 家事もあっという間に!(そしてダンナに禁止される。子供が混乱 するから、と) そして紅姐さん登場。 次回からもっと賑やかになります。 ・・・今度こそお風呂よおお〜〜〜まだ入ってないですもんね! |