cross-over 3
明るくなってからでは遅い。 カカシの提案に対して誰も代案が浮かばなかった事もあり、一行は彼の言う『秘湯』に夜 のうちに移動する事になった。 アスマは里に残り、夜が明けてから事の次第を火影に報告する事になっている。 この一件、里長の耳に入れるかどうかで彼らは迷ったのだが、やはり黙っているわけには いかないだろうという事で意見が一致したのだ。 「いるか先生、歩けます?」 心配げに見上げるかかしに、いるかは微笑って頷く。 「きちんと手当てをしてもらっていますから。大丈夫ですよ」 少し離れたところでその二人のやり取りを横目で眺めていたカカシは、そっとイルカの耳 元で囁いた。 「…さっき、彼と何か話してたでしょ。あの二人の関係、聞きました?」 「ええ。…彼曰く、彼女は上司だそうですが」 カカシは鼻にシワを寄せた。 「信じたんですか? せんせ」 「……まさか」 「デキてますよねえ? たぶん」 イルカは頷いた。 上司と部下、という雰囲気ではない。 カカシがかかしを胸に抱いた時に瞬間見せた彼の顔は、『彼女』が他所の男に触れられてい る時の嫉妬と怒りの混ざった男特有のものだった。所謂、『俺の女に何をする』である。 第一、あの二人の間にある空気は、親密な男女以外の何物でもないとイルカは思う。 「………おそらくは。…何故彼が、あのかかしさんとの関係を伏せようとしているのかは わかりませんが。…彼女が周囲に対して性別を伏せているという事と関係があるのかもし れませんし」 「ああ、そっか。それじゃ関係も秘密なのかもねえ……隠すの癖になってるとか?」 イルカは、仮に自分が彼の立場だったら、と考えた。 自分達の世界ではない木ノ葉の里。そこへ流されてしまったのは大事な恋人と自分だけ。 そんな状態では『かかし』を護る事のみ。ただその一点しか頭には無いだろうと思う。周 り中が敵に見えることだろう。 彼と自分は根本的には『同じ』だ。ならば、今はまだすぐにこちらを全面的に信用して全 てを曝け出す気にはなれないだろう事は容易に察せられる。 「いくらこの世界での自分、という存在でも彼にとってはまだ我々は心許せる人間ではな いのかもしれませんね……」 カカシが一行を案内したのは、山を一つ越し、そのまた奥の山の中腹で地形が複雑な所だ った。 皆、鍛え抜かれた忍だ。ここまでの行程に根を上げた者はいなかったが、さすがに負傷し ているいるかは多少息が上がっていた。 「ゴメンね〜。ケガ人にはキツかったでしょ。でもここなら安全だよ」 カカシは申し訳無さそうに彼の肩に手を置く。 「…いや、平気です。……確かにここは…滅多に普通の人は来ませんね……」 夜なので全体は把握出来なかったが、人の通れる道も無く、天然の要塞のような場所だ。 「カカシ先生、こんな場所いつ見つけたんです?」 イルカもここは初めてだったのか、驚いた様子で辺りを見回している。 「え〜と、半年…くらい前かな〜…偶然ね。その時はまだ自然に温泉が湧いてるってだけ のトコでね……ん〜…実はね〜イルカ先生驚かそうと思って、ナイショで通ってたんです。 ちゃんと風呂として使えるように石とかで綺麗に整えようと思ってね。オレ的には泳げる くらい広いのが好みなんで、ま、自分でも少し掘って広げてみたりとか〜…あ、服を着替 える場所も必要だよね、とか…風呂入るだけじゃつまらんから、お泊り出来た方がいいよ な〜とか、ならちょっとした煮炊きも出来たら最高じゃん、とか…どんどん欲が出てきて ……」 ハハハ〜と照れ笑いしながらカカシが指差した先には。 「気づいたらこーなってたんですよ。いやホラ、オレってば完全主義だし〜…」 こんな山奥に不似合いな、立派な別荘が建っていた。 「こ…これ、お一人で……?」 イルカは顎をはずしそうになっていた。 「そうですねえ…一人といえば一人ですが〜…便利な術をナルトからコピっちゃったんで。 『皆』で協力しまして〜」 多重影分身か。 大勢のカカシがわらわらと大工仕事をしている様子を想像したイルカは顔を引き攣らせた。 「それは…ご苦労様でした……充分驚きましたよ、俺は」 「ホントはサプライズパーティの予定だったんですけどね。アンタの誕生日にここまで拉 致って来て、有無を言わさず温泉に放り込んでお祝いしてあげよーかなーって。イルカ先 生、温泉好きじゃないですか〜」 「……拉致……」 何故かその時カカシ以外の全員が、簀巻きにされたイルカが温泉に叩き込まれる様子を想 像してしまった。 「そ…そりゃ凄いお祝いですね……。でも、すみません。我々の所為でそのプランを台無 しにしてしまって」 恐縮するいるかに、カカシは笑いながら「ぜ〜んぜん」と首を振った。 「そんな事より、むしろオレはこういう隠れ家しかも温泉付きという何とも都合のいいモ ノを拵えていた自分に拍手、ですよ。自分でもバカやってるな〜と製作中思わんでもなか ったんで…こうして役に立って良かったな、と」 さ、行きましょう、と一行を促すカカシの背中を、かかしが複雑そうな顔で見ていた。 「カカシ先生…ここでペンションでも経営なさるおつもりだったんですか…?」 と、思わずイルカが唸るほどその『別荘』はちゃんとしたものだった。 一人二人が泊まる為に作ったとはとても思えない部屋数。鑑賞に堪える屋内。 「いや、だいぶ前の任務でコピーした図面をですね…参考にして建てたんですけど。その 図面を自分風にレイアウト縮小して…と思ったんですが、ひとつ違う事すると全部狂っち ゃうわけですよ。オレ、専門家じゃないし。面倒だからそのまんまやったらこうなりまし た。…ちょっと久々に来たから埃っぽいのは勘弁して下さいね。フトンなんかも多少運ん であるんで、この人数なら何とかなりますし」 いるかもかかしも驚いたように屋内を見回していた。 「スゴイなあ…これ一人で作っちゃうなんて…」 「…貴女は作らなくていいですからね?」 「やだな。オレにはこんなの作れないですよぉ。…先ず、温泉見つけないといけないし」 カカシがくるっと振り返る。 「二人とも、お腹は? 大したモンは今無いけど、ちょっと口に入れるくらいの物ならあ るよ」 かかしはプルっと首を振っているかを見上げた。 「オレは平気だけど。…いるか先生は?」 「俺も大丈夫です。さっき、あちらで握り飯ひとつ頂きましたし」 じゃあ、とカカシは廊下を挟んで向かい合った二つの部屋を手で示した。 「今日は色々あって疲れたでしょ? ココとココ、使えるから」 ごく普通に、彼らを赤の他人と仮定した場合、男女の部屋を分けるのは常識だろう。部屋 数が不足しているのならともかく、イルカが『ペンションが経営できる』と評した規模の 別荘だ。カカシは何も聞かずに二人を別々の部屋に案内した。 「…この現象はね、考えてもよくわからない。はっきり言って、考えるだけ無駄だ。でも、 絶対にアンタらは元の世界に戻れるはずだから。…今は身体を休めて、傷を治す事だ。い いね?」 カカシは、彼らの顔を交互に見つめて念を押す。 「…わかりました。お言葉に甘えさせて頂きます」 いるかは軽く頭を下げ、かかしもコクンと頷いた。 「わかった…今は、待つしか無い…って事だな」 カカシはにこっと微笑む。 「さすが、いるか先生と『オレ』だね〜。物分りも呑み込みも早くて助かるわ。んじゃ、 朝になったら改めて話そう。…オヤスミ」 「色々すみませんでした。おやすみなさい」 二人は素直にカカシが示してくれた通りに別々の部屋に入った。 イルカが先に入って簡単な掃き掃除をしておいてくれ、更に布団も敷いておいてくれたの ですぐ休める状態になっている。その心遣いに感謝しながらも、かかしは独りで眠る気に はなれなかった。 頃合をみて、足音を忍ばせ扉に向かう。 そっと廊下を伺うと、折りしも向かいの扉も静かに開いたところだった。 「かかしさん」 いるかの声に、彼女は堪えきれなくなったように彼の元に駆け寄った。 「いるか先生っ…オレ……」 いるかは彼女の肩を抱くと、室内に招き入れた。 「……良かった。今、そちらに行くところだったんです。…やはり、離れてなど休めない」 かかしは夫の胸に顔を埋め、頷いた。 「オレも。……一緒にいて下さい…」 二人はしばらくそのまま無言で抱き合った。 やがて、いるかがポツリと漏らす。 「……おかしな事になってしまいましたね……別の…世界だなんて」 「…最初は信じられなかったけど…オレ、何か変な夢でも見ているって思いたいですよ。 ……でも、これ現実なんですよね」 かかしの肩が小刻みに震えていた。 「……チドリ……」 自分達の世界に独り残してきてしまった幼い息子の名前を彼女は呟く。いるかもずっと子 供の事は気になっていた。そして、息子を心配して胸を痛めているだろうかかしの気持ち を思い、彼女を抱き締める。 「大丈夫…あの子は俺達の子供です。……それに、信用の置ける人に預けて来ました。三 日経っても誰も迎えに来なかったら…そうしたら、火影様…いえ、おヨネさんの所に連れ て行って欲しいと…頼んであります。あまり心配しないで…」 かかしは頷きながら、尚一層彼に縋る指に力を入れる。 わかっていた。ここで泣いても喚いても、息子の所には帰れない。 いるかを心配させ、気を遣わせるだけなのだと。 「……はい。いるか先生が信用してあの子を預けた人ですもの…オレも信用します。…あ の子、アナタに似て強い子だから…きっといい子で待っててくれますものね……」 自分は独りで異世界に流されたのではない。耐えられる。 愛する夫が共にいるのだから。 「帰れますよね。…絶対」 「ええ。こちらのカカシさんがそう言ってたじゃないですか。彼は経験者です。信じまし ょう」 はい、とかかしは頷いてから少し首を傾げた。 「…それにしても…アナタやアスマはこっちでも男なのに…何でオレだけ男なんでしょう …?」 いるかも顎に指を当ててふむ、と首を傾げる。 「そうですねえ…いや、もしかしたら紅さんが男性だったりとか…ガイさんが女性だった りとかするのかも……」 「うわああっ何てオソロシイ事言うんですかぁっ…紅はともかく、ガイの女版なんて想像 もしたくないです〜やめてえぇえ〜…」 本気で嫌そうに身震いするかかし。 いるかは小さく笑って彼女の肩を軽く叩き、謝った。 「すみません。確かにちょっと…何と言うか壮絶な例えでした。…いや、捜せばきっと、 貴女以外にも性別の違う人がいるかも、と思ったんです。…さ、少し冷えてきた。布団、 使わせてもらいましょう」 いるかは彼女を促し、胴衣を脱いで横になった。 「いるか先生、傷は? 何処が一番痛い?」 「そうですね…右上腕と右足の大腿部に負った傷が一番深そうです。でも、大丈夫ですよ」 「じゃ、オレぶつからないように左側に寝ますね」 かかしはそっと彼の左側に滑り込む。 「………男のオレ、か……ねえ、いるか先生。彼を見てどう思いました?」 いるかは左腕にかかしを抱き込み、その額にくちづける。 「そうですね……彼を見れば、やはり貴女は女性なのだと。こんなにも違うのだと…思わ ずにはいられませんでした。……貴女が男性だったら。…そうですね、貴女の苦労はきっ ともっと少なかったでしょう…彼…こちらのカカシさんが言っていた通りなのでしょう ね」 かかしは黙って首を振った。 自分と同じくらいの年恰好で、忍としての実力は低い男でも、膂力は自分よりもあるのが 普通だった。そんな男達の中で、遅れをとらずにやっていく為にどれだけ苦労をしたか。 こちらの世界のカカシが男性なのを見て、正直かかしは羨ましく思った。 男に生まれていれば。 彼のようだったのだと思うと、悔しさも覚えた。 ずるい、とまで一瞬思ってしまったのだ。自分はあんなに苦しい思いをしたのに。 「…ううん。そりゃあ、まあ…正直なところ、ちょっと彼が羨ましいなと思わないでもな かったけど。…オレは…女で良かったって…アナタに逢ってそう思ったんだから。…だか ら、ここで男に生まれなかった事を恨むのは間違いなんです。…女じゃなかったら、オレ はアナタの子供を産む事は出来なかったんだから」 そして、内緒話のように声を落とした。 「…ねえ、いるか先生。……オレ、前に言ったじゃないですか。……オレ、たぶん男に生 まれてもアナタが好きになったと思うって。…あれね、間違ってなかったって気がするん ですよね……」 いるかは彼女の髪を梳いていた手を止めた。 「……こちらの…あのお二人も…その、恋仲…だと?」 「この建物見てそう思いませんでした? 彼の性格もあるんでしょうけど、友達の為にこ こまでしますか? …好きな相手の為だからここまでの事をしたんじゃないでしょうか。 誕生日のお祝いに、相手を驚かせたい。喜ぶ顔が見たい。…彼はたぶんそれだけの為にこ こを一人で作ったんだとオレは思います」 酷似した世界。 よく似た人間達。 ならば、人間関係も似ているものかもしれない。 「…あり得ます。……俺も言いましたね。貴女が本当に男でも、恋をしたと。……実は、 ここに来る前…彼…こちらの俺に、貴女との関係を訊かれたんですよ。…俺は咄嗟に、貴 女は俺の上司だと…答えました。もしもこちらのお二人が恋仲だとしたら…貴女と夫婦だ と言ってしまって良いものか。ましてや子供がいるなんて…」 「う〜ん、それは…酷…ですかね……? やっぱり、オレがもしも男で〜…アナタが好き で〜…別の世界のオレが女でアナタの奥さんで子供も産んでて〜って知ったら…複雑かな あってオレも思います。オレが男に生まれなかったのはオレの所為じゃないけど、彼が男 で子供が産めないのも彼の所為じゃないし」 二人は顔を見合わせた。 「……チドリの事は黙ってます…? いるか先生」 「ですね。…何となく、その方がいいかも。たぶんもうただの上司と部下じゃないっての はバレてると思うから、そこは無理に隠さなくていいかもしれませんが」 自分達がこの世界に紛れ込んでしまった事が原因で、こちらの『自分達』の仲が壊れでも したら。壊れないまでも気まずくなってしまったら。 それこそ申し訳ない。 かかしといるかは、自分達の本当の関係については黙っていよう、と決めたのだった。 |
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あ。 この回でもう少し登場人物増やすつもりだったんですが カカシ兄妹とドルフィンツインズ(笑)だけで終わりましたね。 カカシ先生、手作り温泉ですか。スゴイもん作りますね。 この話の都合で作ってもらったんですけど。(爆) そういや、もしもカカシ先生の影分身がナルトからのコピー なら、かかしちゃんは出来ないって事になりますね。 だって多重影分身って一応『禁術』でしたよね?? ところでこの別荘。電気や水道どーなってんだ・・・ |