cross-over 

 

それは、カカシの直感だった。
彼は『同じ存在』であるはずの『自分』に違和感を覚えたのだ。
それは、年齢が違うとかそういう相違ではなく、もっと根本的な部分の違和感だ。
かつて彼が経験した異世界でのもう一人の自分との遭遇では、忍ですらなかった青年にも
ここまでの違和感は覚えなかった。目の前にいるもう一人の自分は間違いなく忍者。
おそらくは、上忍だろう。忍としての『気』は彼と同格だとわかる。
ならば、可能性はひとつしか無い。
「何だってェ??!」
意外そうな声をあげたアスマは、『イルカ』の腕にしがみついている『カカシ』を改めて眺
めた。
そのアスマの視線に、イルカの腕をつかんでいる彼女の指に力が入る。そして、怯えたよ
うな眼をアスマに向けた。
「コ〜ラ、クマ。怖がらせてどーすんだよ」
銀髪の男がアスマを「しっしっ」と追い払っている様子は、彼女にとって理解不能なもの
でしかない。
「何故……」
喘ぐような声が絞り出される。
「何故…アスマがオレをあんな眼で見る……それに…この……」
親しい存在であるはずのアスマが、まるで他人を見るような眼で自分を見ている事に彼女
はショックを受けていた。自分によく似た雰囲気の男が目の前に立っている事が更に彼女
を混乱させる。珍しくも軽いパニックに陥ったカカシの眼にじわりと涙が浮かんだ。
「カ、カカシさん…あの、実はですね…」
慌てて事態を説明しようとするイルカの横で、こちらのカカシはアスマを睨んだ。
「ほら見ろーっ! お前の所為でこの子泣いちゃっただろー?」
「俺の所為かよっ! むしろお前の存在がこの『カカシ』…か? の、混乱を招いてんだ
よ!」
「カカシ先生、アスマ先生。今はそんな事……」
その声に気づいたカカシが彼を見て悲鳴をあげた。
「わーっ! イルカ先生がもう一人いる―――っ!」
誰かの変化かも、とか分身の術ではないかという可能性は彼女の頭には浮かばなかったら
しい。この場の状況がそうさせなかったのだが。
『もう一人』のイルカがカリカリ、と頭をかいた。
「あ…すみません。俺が一番の混乱要因でしたね……」


 
ここら辺で、名前の表記を統一します。(いい加減混乱してきましたので(笑))
野郎同士のイルカカの方は片仮名表記。(イルカ・カカシ)
女カカシの方のイルカカは平仮名表記。(いるか・かかし)


 
仮説だけれど、という前置きのある説明を聞いたかかしは、まじまじと穴が開くほどカカ
シとイルカを見た。
「………違う…木ノ葉………」
「平行宇宙、という仮説なら聞いた事があります。この世界はひとつではなく…平行して
幾つもの世界が存在しているというヤツですね。世界同士は隣り合い、文字通り平行して
存在するが故に常は交わる事は無く、自分の存在している『界』から離れれば離れるほど、
相似点が減って様相の違う世界になるという話です。絵空事の仮説だと思っていましたが
…こういう事が起きてしまうと、信じざるを得ませんね。…何故、その別の世界に我々が
紛れ込んでしまったのかはわかりませんが。おそらくはあの起爆符による衝撃で何かがズ
レたか狂うかした…のではないでしょうか」
負傷の手当てを受けながら、いるかはまだどこか呆然としている様子のかかしに自分の考
察を話した。
彼の手当てをしているイルカも頷く。
「それはたぶんそう間違っていない認識だと思います。…以前、俺とカカシ先生が奇妙な
世界に飛ばされた時もそうでした。敵の大掛かりな術を無理やり解呪しようとしましてね。
どうもその反発で時空に歪みが生じて、飛ばされたみたいなんですよ」
「そうだったんですか…」
いるかは片手で額を押さえ、苦笑した。
「何にせよ、貴方達がこの奇妙な現象の経験者で良かった……普通ならば俺達は曲者とし
て捕縛されてしまうところでしょうから……」
そうなった時、この傷だらけの身体でどこまで意識の無いかかしを護れただろうか。彼女
を護りきれなかった時の事を考えると身の毛がよだつ思いのいるかだった。
カカシはゆっくりと口を開く。
「いや…これも仮定に過ぎないんだけどね。…オレは、この間のオレ達の『神隠し』が影
響したのかもしれないと思っているんだ。遠くの国で起きた地震が、時間差で他の国に津
波とかの形で影響するケースがあるだろう。……あの時の術の反発はもの凄いものだった
から……余波が今頃あったっておかしくはないんじゃないかとね。どうやらこの事象は時
間の流れも狂うみたいだし。…だから、アンタらはオレ達のとばっちりを受けただけなの
かもしれない」
かかしは首を振った。少しは落ち着いてきたらしい。
「それは、あくまで仮説だろう。…原因を探るのも大切だが、オレが確認したいのは一点
だ。……あんた達は別の世界に飛ばされたが、ちゃんと元の世界に戻れたんだな?」
そうだよ、とカカシは微笑んでみせた。
「オレ達が前に飛ばされた所なんて、木ノ葉も無ければ忍者もいなかった。……そういう
所から推して、アンタらはまだごく近い位置にある別世界から飛ばされてきたんじゃない
かと思うよ。だから、オレ達が戻れてアンタらが戻れないって事はなかろう」
「そうか……わかった」
少しだけ安心した様子のかかしに、カカシは微笑を浮かべた。
「それで何でか、その『世界』にいる『自分』の存在に引き寄せられるみたいなんだよね。
前に会ったもう一人のオレは、オレより8つも年下だったんだけど……でさあ、やっぱり
アンタ…女の子…だよねえ?」
小首を傾げるカカシに、アスマは笑った。
「女にしちゃ、口の利き方が随分だがな」
彼の前ではどう頑張っても偽れるものではないと諦めたかかしは頷いた。
正真正銘の男性である『カカシ』が存在しなければ、彼女は元の世界と同様に性別を偽る
事も出来たかもしれなかったのだが。
「………そうだ。…女に生まれたのはオレの所為じゃないが」
それ以上細かい事を口にしようとしないかかしの為に、いるかがそっと口を挟んだ。
「かかしさんは、物心つく前から男として育てられたんです。元の世界でも、彼女を女性
だと知っているのはごく一部の人間だけですから」
アスマが納得げにいるかを見た。
「…それでお前さんはコッチのかかしをなるべく俺達の眼から隠そうとしたのか。…なる
ほどね」
「じゃあ、もしかして…ずっと男の振りを……? そんな…無茶な」
絶句するイルカに、いるかは苦笑する。
「……何の予備知識も無く、忍服のかかしさんを見た人は誰もこの人を女性だなどと思い
ませんよ。…俺も最初は騙されましたから。それほど完璧に男になれるんです…この人は」
「……でも、『ここ』じゃ無理っぽいけどね。だって、ほら…こんなに違う」
かかしは寝台から降りてもう一人の自分の直ぐ前に立った。
「…こんなに背丈が違う。いるか先生と同じくらい? アンタの方が高い? 腕だって…
長さも太さも違う…」
ほら、と彼女はカカシの腕に自分の腕を添わせて目を伏せる。
「…どう頑張っても、アンタと同じ人間には見えない」
「……それが男女差ってモンかもね。全体的にアンタの方が華奢な造りなのは仕方ないか
な。……でも、アンタはオレだよ」
かかしは目の前の男を驚いたように見上げた。
「オレなんだ。同じ存在。……性別が違っててもね。アンタはオレだし、オレはアンタだ。
はたけカカシって存在は、根源的に同じなんじゃないかな」
「……そうかな」
彼の微笑みに誘われるように彼女も微笑んだ。
その片目が閉ざされたままな事に気づいていたカカシは、ふと眉を顰める。
「……アンタ…左眼は? まさか、潰しちまったままなのか?」
かかしは自分の左眼に手を当てた。左眼は、チドリを身篭った際、異能の眼は彼女の負担
になるだけでなく、胎児に影響があるかもしれないという配慮で三代目に封じられ、その
ままであった。
「あ…これ? うん…自分の眼はもう無い。…代わりの物ははまってるけど、理由あって
今は火影様に封じられている。…少し、不安定で」
「代わりのって、コイツ?」
彼は自分の額宛てを上にずらして左眼を晒す。紅い写輪眼が彼女を見ていた。
「そう…それ」
静かに答えるかかしに、彼は切なそうな表情になった。
おもむろに手を伸ばし、彼女をふわりと優しく抱き締める。
「……そうか……苦労…したね。これはオレにとってさえ、重いものだった……女の身で、
オレと同じ様な運命を生きてきたのならば……さぞ辛かったことだろう……」
「……あ……」
この男も写輪眼を持っている以上、やはり自分と似たような境遇を辿って今まで生きてき
たのだと彼女は悟る。ならば、誰よりも。夫のいるかでさえ本当には理解しきれないであ
ろうかかしの心が『解かる』のはこの男なのかもしれない。
自然に腕が上がり、自分を抱き締める男の背をかかしも抱いた。
ぽろ、と涙がこぼれる。
夫の腕とも、アスマの腕とも違う。親代わりだった四代目ともまた違う、男の腕。もしか
すると、肉親の抱擁とはこういうものかもしれないと彼女は思った。異性と抱き合ってい
ると言う感覚がまるで無いのだ。
一方、かかしが彼女によく似た男に抱かれて泣いているのを見ているいるかの心境は複雑
だった。
その彼の肩を遠慮がちにトントン、とイルカが叩く。
「………つかぬ事をお伺いしますが。…貴方、彼女とはどういう…?」
「……どういう…とは?」
「関係かな、と」
カカシ達が抱き合うあの光景を目にした彼の心が穏やかとは言い難いのがイルカにはわか
ったのだ。
いるかは瞬間迷った。彼女が自分の妻だという事を言うか言うまいか。
夫婦だと言うプライベートな関係をこの世界の自分に打ち明ける事を躊躇ったのは、もし
も彼がこちらのカカシと同性ながら恋仲だった場合―――どう思うか慮ったからだった。
これだけ似ている世界だ。その可能性はある。
「…彼女は俺の上司です」
嘘ではない。何か事があって共に任務に就く場合は、彼女はいるかの上司なのだ。
いるかは自分の小さな葛藤を押し殺し、微笑んで見せた。
「……かかしさんとあのカカシさん。…まるで生き別れの兄と妹が再会したシーンのよう
ですね」
その言葉に、イルカは苦笑気味に頷く。今回も、どう見ても自分側の『カカシ』の方が
相手側の『かかし』より年長のように見える。そういう表現なら、『兄』になってしまう
だろう。
「まあ、そうですね。カカシ先生達の場合は生き別れの兄と妹で押し通せそうですねえ。
…俺は二十四ですが、そちらは?」
「ああ、俺もまだ二十四です」
「んじゃ、俺達は生き別れの双子ですかね」
いるかは噴き出した。
「変な感じですねえ。自分ソックリの人間と話すのは」
「でしょう? ……前の時は、もう一人の俺はもう少し年下で、忍者でもなくてね。……
彼は父親も存命だったようで…随分違うものだと思ったんですが」
いるかは驚いたようにイルカを見た。
「……そうか……人生までそのままそっくりなわけはない…のか…俺の両親は…俺が十一
の時に逝っちまいましたが」
「それは同じようですね。……九尾、と言ってわかりますか」
いるかの顔は硬くなった。
「……わかります」
「俺のね、背中にも傷があるんですよ。たぶん、これと全く同じ」
まだ手当ての最中だったいるかは裸の背を彼に向けていた。その傷痕にイルカの指がそっ
と触れる。
「………ミズキが?」
「そう、あのバカが」
ナルトの名は出さなかったが、彼らにはそれだけで自分達は同じ事件で怪我をしたのだと
察しがついた。
「……苦労しますねえ、お互い」
「いや、本当に」
『うみのいるか』の痛みや苦労が本当に分かるのも、『うみのイルカ』だけなのだと。
思わず共感した彼らも抱き合いたい気分になった。
「……まさか、カカシ先生…いや、かかしさんと幼馴染み、何てことは…」
いるかはブンブン首を振った。
「いや、まだ知り合って二年…経ってません。偶然火影様のお屋敷で会ったんですよ」
「あれ? そこら辺は違いますね。俺とカカシ先生は教え子繋がりで……彼、ナルト達の
班の教官だから……」
黙って横で煙草をふかしていたアスマが口を挟んだ。
「そっちにも俺がいるんだよな? やっぱ、シカマル達の教官か?」
「シカマル達の? ええ、そうです。そこは同じのようですね。……こちらのカカシさん
は上忍師なのですか…?」
頷くアスマに、「そうか」といるかは小さく呟く。
「多少、違いはあるみたいですね…やはり」
「その最たるものがカカシの性別だろーが。…おい、カカシ。いつまでやってんだよ」
アスマの声に、カカシはぺろっと舌を出した。
「だーってこのコ、柔らかくてイイ匂いがして抱っこしてると気持ちいーんだもん♪」
赤くなったかかしが慌てて彼から離れ、いるかに駆け寄る。
「い、いるか先生…お怪我大丈夫ですかっ? ゴメンなさい、オレ動転しちゃって放った
らかしにして…オレを庇って怪我したのに……」
手当てを終えたいるかは、イルカに礼を言いながら服を着直している所だった。
「大した怪我じゃないですよ、かかしさん。そんな気にしないで下さい。それよりも、貴
女は本当に怪我はないんですか? 黙って我慢していたらダメですよ」
「…大丈夫…ちょっとしたカスリ傷に打ち身くらいだから。薬も要りません」
「カスリ傷? どれ?」
「これ」
少し袖をまくった腕の内側に擦過傷があった。いるかはそれを見て少し眉を顰める。
「…少し血が滲んでいますね」
「大した事ないですってば」
ハイ、と横から差し出された消毒薬をいるかは受け取り、その傷にスプレーする。
「イタタっ…いえ、痛くないですっ!」
かかしが逃げないようにその手首を捕まえたまま、いるかは振り返る。
「……すみませんが、傷軟膏と綿布ももらえますか?」
イルカは頷いて彼に薬を手渡し、カカシを見て笑った。
「妙にヤセ我慢しちゃうとこ、やっぱり似てますねえ、カカシ先生?」
「……悪かったですねえ…」
 ぶはは、と爆笑したアスマが、ふと真顔になった。
「……で、どーするよ。まさかこのまま医療棟に泊まるワケにもいかねえだろう」
カカシ達四人は顔を見合わせた。
「…だねえ……オレんちもイルカ先生んちもこの人数はキツイし……ほかの誰かに見られ
てもマズイしねえ…でもちゃんとした場所で寝なきゃ傷にも障るしね」
ふむ、と考え込んだカカシはポンと手を打った。
「よし! 傷の治療にもいいし、皆で湯治に行かない? 実はいい秘湯を見つけたんだよ
ね〜。ま、旅館じゃないから自炊だけどかえって好都合でしょ…まず人目にゃつかないよ」
 
 



 

かかしちゃん現状認識の巻。
う〜ん、同じ名前のキャラが二人ずついるって、やっぱ
ややこしいですねえ・・・TT
イルカ同士はそのうち馴れ合ってタメ口になりそう。(笑)
次回は湯治だお風呂だ温泉だv やっぱ季節的に舞台は
温泉がいいですよねえv
・・・思わぬ休暇に七班のメンツは?!

 

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