cross-over 17
「あらー…アンタ、男だったらこんなんだったのー。へ〜え、結構いい男じゃないのよ。 背もイルカ先生より高いんじゃない?」 「そんなに違わないよ。殆ど同じに見えたもん」 「お前以外は、俺も紅もみんな気持ち悪いくらいソックリだな」 「だからそういう世界だったんだってば」 すぐ近くに人がいる。ぼんやりと覚醒していく意識に、複数の聞き慣れた声と覚えのある 気配が入り込んでくる。 イルカはようやっと目を開けた。 紅が目敏く気づいて、カカシに笑いかける。 「ほら、目が覚めたみたいよ、イルカ先生」 「イルカ先生っ!」 イルカの枕元に飛び込むようにカカシが駆け寄ってきた。 「イルカ先生、大丈夫ですか? どこか、痛くない?」 「……カカシ…さん……」 イルカは数回瞬きし、自分の身体の状態を把握した。どこにも痛みは無い。ゆっくりと身 体を起こし、部屋の中を見回す。 医療棟の一室と思しき部屋の中には、カカシの他にアスマと紅がいて、目を覚ましたイル カに暖かい眼差しを向けていた。 「よう、イルカ」 「お帰り、イルカ先生」 「……アスマさん…紅さん……」 イルカは枕元でこちらを気遣わしげな顔で覗き込んでいるカカシに確認した。 「…………戻って…こられたんです…よね?」 途端にカカシががばっと抱きついてきた。 「そうですっ! オレ達、ちゃんと戻ってきたんです!」 イルカはカカシの身体を抱きとめ、ほう、と安堵の息を吐いた。 「…………良かった……」 「イルカ先生、本当に大丈夫? オレはすぐに気がついたのに、アナタ半日も昏睡してる んですもの。心配しましたよぉ」 イルカは頷く。 「…大丈夫のようです。…カカシさんこそ、どこも痛めませんでしたか?」 カカシはにこっと笑った。 「オレは大丈夫。……オレ達が戻ってきた時の最初の発見者がアスマだったから、面倒な 事にもなってませんし」 「そうですか……それは良かった……」 「あのね、イルカ先生。…オレ達、こちらでは一週間行方不明だったんですって。アスマ 達がずっと捜してくれてたんですよ」 「………一週間…?……」 では、やはりあちらのカカシが言っていた通り、あちらとこちらは時間の流れにはズレが あるのだ。あちらの世界には一ヶ月近くいたのに。 だがこちらに戻ったら取り戻せないほど時間が経過していたという事態も、可能性としてあ ったのだ。そんな事にならなくて本当に良かった。 「………それは、本当にご心配をおかけしまして…申し訳ありませんでした、アスマさん。 紅さん。…また、ご面倒をかけてしまったようですね」 ベッドの上で二人に深々と頭を下げるイルカに、アスマは「よせ」と手を振った。 「不可抗力だろう。ちゃんと帰ってこれて本当に良かったぜ」 「そうよ。カカシとアンタと。無事に帰ってきてくれただけで嬉しいわ」 「ありがとう…ございます…」 イルカは一番の気掛かりをやっと口にした。 「…カカシさん、チドリは?」 カカシは微笑む。 「元気ですよ。…オレ達が消えた後すぐに紅が保護して、おヨネさんに預けてくれたので すって」 「そうですか。…紅さん、ありがとうございました」 「いいのよ。私が安心していられるから、そうしたんですもの」 そこでカカシはイルカの耳元にそっと囁いた。 「さっき、久々におっぱいあげて来ました。…涙でそうでしたよ、オレ」 イルカはカカシの眼をじっと見た。 「………よく、頑張りましたね、カカシさん。この一ヶ月…辛かったでしょう」 ううん、とカカシは首を振る。 「確かにチドリと離れているのは寂しかったけど…オレにはアナタがいましたもの。…そ れに、彼等。……オレね、あの人に逢えて…良かったって…思っているんです」 もう一人のカカシ。 彼女を心から案じてくれた、優しい男。 ―――本当に、兄の様だった。 「…そうですね……ああ、俺達あんなに世話になったのに、御礼もお別れもちゃんと言え なかったんですね…残念だな……」 「ええ。…でも、彼…いえ、彼等は、わかってくれていますよ」 カカシは胴衣のポケットから手紙を出した。 「…こういう事態に備えて、こちらに持って帰りたい物にあらかじめ術式を張って、呼べ るようにしておいたでしょう? …オレ、すぐに呼んだんですよ。あまり時間を置いては いけないような気がして。…そしたらね、あっちからの手紙も一緒に届いたんです」 宛名は、カカシとイルカ両名だった。 「ごめんなさい。オレ、先に見ちゃった。…読んで、イルカ先生」 イルカは頷いて開封した。 『無事、元の世界に帰れたかな? とんだ災難だったね。 でも、二人に逢えて良かった。 とても不思議な時間で、そして楽しかった。 オレ達はみんな、アンタ達が好きだよ。 遠く離れた世界から、アンタ達の幸せを祈っている。 カカシ』 「………彼は、別れが言えないだろうって事、わかってたんですね…」 「経験者でしたからね、彼。…前触れも無く『揺り返し』が来るって……知っていたんで すよ…」 カカシは少し寂しそうに笑った。 自分もそう、伝えたかった。 貴方達に逢えて良かった。ありがとう、貴方達の幸せも祈っている、と。 もう彼に気持ちを伝える術は無い。二度と逢えない――― しょんぼりとしたカカシの肩を、ポンとアスマが叩いた。 「じゃ、俺らはイルカが目を覚ましたって三代目に伝えに行くから。…お前もムリしない でちゃんと休めよ。…それからな、今回の一件については二人で報告書にして三代目に直 に提出のこと、だと。ま、明後日くらいまでに出せばいいだろ。……行こうか、紅」 アスマが気を利かせているのだと気づいた紅もサッと立つ。 「ええ。じゃ、お大事にね、お二人さん。…面白いもの見せてくれてありがと」 イルカはベッドの上で慌てて「ありがとうございました」と頭を下げ、カカシは二人にヒ ラッと手を振る。 「ホント、ありがとうねー、二人とも。…改めて御礼するから」 「バッカねー。変な気ィ遣ってんじゃないわよ」 ばたん、と扉が閉じ、二人の気配が遠ざかっていく。 カカシはイルカのベッドに戻ってちょこんと腰掛けた。 「…火影様のお取り計らいで、オレ達の『事情』を知らない人間はここに近づかないよう になっています。しばらくこの部屋をゆっくり使えますよ。いきなり無理をしないで、少 し休ませてもらいましょう……」 イルカはハァ、と吐息をついた。 「……皆さんに気遣ってもらって……申し訳ないですね……」 「まあ、返して言えばそれだけ…気遣われる様な目に遭ってるって事ですけどねー…アナ タも、オレも」 あは、と弱々しい笑みを浮かべるカカシの手を取ろうとし、イルカは「あ」と声を上げる。 唐突に思い出したのだ。 あの時、見つけたはずの指輪は。 イルカは指輪を握り締めていたはずの手をバッと広げて見た。無い。 その彼の様子に気づいたカカシは、彼の手を上からそっと押さえる。 「…あのね、イルカ先生ね、それはもうぎっちりと手を握ってて。忍医がこじあけようと してもなかなか指が解けなかったらしいですよ。…で、やっと指を開かせたら……これを」 カカシは視線をベッド脇の小さなテーブルに向けた。その視線を追い、イルカもテーブル の上を見る。 テーブルの上には白いハンカチがたたんで置いてあった。その上に、ちょこんとプラチナ の細いリング。 「これを、握り締めていたそうです」 イルカは身体を少し起こし、震える指でそれをつまんだ。 良かった。 なくさなかったのだ。 「…カカシさん、手を……」 「はい…」 カカシはするっと左手の手甲をはずした。 イルカは慎重に、その薬指に指輪をはめてやる。こうして彼にはめて欲しくて、カカシは 自分ではめずに置いておいたのだろうから。 「……ありがとう…イルカ先生…」 イルカは彼女の細い指先を握って、指輪の上からキスした。 カカシはベッドの上に乗り上がってイルカの首に手を回し、彼の唇にキスを返す。 「もうなくしませんから。…絶対」 イルカは黙ってカカシの細くなった身体を抱き締め、優しく背中を撫でてやった。 しばらく二人は黙ったまま抱き合っていた。 やがてイルカが腕を緩めて彼女の頬に軽く唇を寄せ、囁く。 「……さあ、帰りましょうか」 自分達の家に。 チドリを迎えに行って、三人で帰ろう。 カカシは「はい」と微笑んで、机の上にちらりと視線を投げる。そこには、確かに『別の 世界に行ってきた』のだという証拠の写真。 写真の中で、カカシによく似た男と、イルカに瓜二つの男が微笑んでいた。 |
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やっと終了致しました。 『青兎楼』20万打記念企画、WイルカカクロスオーバーSS閉幕です。 長々とお付き合い下さいまして、ありがとうございましたー! 2004/9/17〜2005/2/15 |
終