一楽のオヤジさんを拝み倒して分けてもらった麺とスープで作ったラーメンは、かの店に通い詰めたイルカ先生ならではの素晴らしい出来で、オレの舌と胃袋を満足させてくれた。
オレはスープの最後の一滴まできれいに飲み干したどんぶりを先生に見せる。
「で、いいものって、何ですか?」
昼メシ食い終わったら、『彼ら』の置き土産を見せるって先生は約束したんだものな。
先生は頷いて、椅子の背に掛けてあった胴衣の内ポケットを探る。
取り出したのは、ご愛用の黒い手帳だった。……手帳に挟めるくらいのモノなのかね。
「はい、どうぞ」
「どれどれ?」
それを手に取って見たオレの胸は、一瞬小さくドキンと跳ねた。
彼が差し出したのは、1枚の写真。
赤ん坊の写真だった。
まだ乳呑み児が可愛らしく笑っている。
「………イルカせ………これ………」
イルカ先生はにっこり微笑む。
「写真の裏に書いてありますよ」
オレは指が震えだすのを抑えながら、写真をひっくり返した。
『うみのチドリ・四ヶ月』。
それと、微妙に違う色のペンで生年月日が書かれていた。
「………この子が……チドリ………彼女と…彼の子供………」
「可愛いですよねえ。……向こうの俺がね、ここに自分達の写真を残していくなら、この子の写真をこちらの俺達が持っていてもいいだろうって言ってね、つい最近くれたんです。お見せするのが遅くなってすみませんでした。……ね? いいものでしょう?」
異世界から突然飛び込んできた客人、『もう一人のオレ』は、写輪眼のカカシでありながら、女の子だった。
当然のように向こうのイルカ先生と恋におちた彼女は、彼の子供を産んでいたんだ。
オレは、その子供の写真を見ているうちに不覚にも涙がこぼれそうになる。
そうか。
これが、イルカ先生の子供。
オレが逆立ちしても産んではあげられない、赤ん坊。
この子は、『あったかもしれないもう一つの可能性』だ。
もしも、もしもオレが女性に生まれていたら、この赤ん坊はこちらの世界でも生を受けていたかもしれなかったのに。
「俺ね、この写真見られてすっごく嬉しかったんですよ。これが俺の子かーって。貴方と俺の間に子供が出来たら、こんなんだったんだなーって」
イルカ先生は優しい眼で、写真の中で笑う子供を見つめている。
………そうだよな。
イルカ先生はやっぱり、子供が欲しかったんだよなあ………ゴメンナサイ、先生。
どんなにアナタとえっちしても妊娠だけはオレ、出来ません。
アナタに子供を産んであげることは出来ないんだ。
そのオレの心の中の声が聞こえたかのように、イルカ先生はひょいと手を伸ばして、オレの耳を引っ張った。
「こら。……あんた今、変な事考えてたでしょ」
「ぇうっ………そ、そんなコト………」
「考えてた。絶対」
あーヤダ。だからイルカ先生ってもー……………侮れん中忍だ。
「………だって、やっぱりイルカ先生、欲しかったでしょ? こういう子」
そうですね、とあっさりイルカ先生は頷く。
「授かれるもんなら、ですけど。………言ったでしょ? 俺の相手は貴方です。その貴方が子供を産めない性別である以上、無いものねだりをする気はありませんから。自分は子供が産めないんだとか、妙なこと考えて落ち込むのはヤメにしてくださいね? お互い男なんだから、そういう点で相手に対する負い目は同じなんです。………俺だって、貴方の子供を貴方から奪っている。可能性を潰している。………そういうことでしょう」
イルカ先生は、写真の上に指を滑らせ、子供の頭を撫でた。
「今回の事件は俺にとって、ラッキーでした。……こうして、チドリちゃんの顔が見れて………俺、この写真でもう満足なんですよ。この子は、貴方と俺の子も同じです。…違いますか?」
何もかも、ソックリだったもんね、イルカ先生といるか先生。
そして、あのコも間違いなく『写輪眼のカカシ』だった。
―――なら、この赤ん坊は。
うん、とオレは頷く。
「…………そうだね。同じなんだ………」
異世界で育っていく、もう一組のオレとイルカ先生の子供。
無事に健やかに育ちますように、と自然にオレは祈っていた。
「一枚しかないんだ。大事にしなきゃね。………あー、なんかの拍子にまた彼ら、飛ばされてこっちにきませんかね。そしたらこの子の大きくなった写真、見れるかも」
イルカ先生はハハハ、と笑った。
「ですね。………ああ、でも今度はまた俺達の方がどこかへ飛ばされたりして」
うわっ……そうか、ソレもありかぁっ!
………やめてください。あり得そうでコワイから。
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