cross-over 16
三週間以上通いつめ、慣れた山道をイルカは急ぐ。 今日は一楽の店主に頼み込んで、ラーメンのスープと麺を分けてもらってきたのだ。カカ シと自分が好きなものなら、彼らも好きだろうと思ったから。 急げば、昼食に間に合うだろう。 別荘が見えたところで、イルカは眉を顰めた。風向きの所為で気づくのが遅れたが、どう もきな臭い。 匂いの方角は露天風呂のある方だ。 イルカは先ず匂いの原因を確かめようと、そちらに足を向けた。 木立を抜けると、露天風呂の囲いが見えた。風呂には何も異常は無いようだ。 囲いの角を曲がったところでイルカは立ち止まった。 カカシが、いた。 縦に真っ二つに裂けた木が黒焦げになっている。その木の残骸の前で、いつものように両 手をズボンのポケットに突っ込み、ぼんやりと佇んでいた。 「……カカシ先生……?」 イルカが近づきながら声をかけても、振り向かない。 「…落雷ですか…また雷雨があったようですね」 「……………」 カカシは黙ったまま、頷く。 「……カカシ…先生?」 訝しげなイルカの声に、ようやくカカシは顔を上げた。 「………イルカ先生」 「はい」 「………彼らね、帰っちゃいましたよ」 ハッとイルカは焼け焦げた木を見た。 「…これの……落雷の衝撃が『揺り返し』…になった…?」 「おそらくは。…オレは彼らが帰る場を見ていないから…雷が落ちた時は別荘にいたので ね。…でも、たぶんそうだったのだと思います。…彼らの足跡がここで途切れている。念 の為、別荘の中や周囲を探したけど、やっぱりいないし……」 イルカは「そうですか」と深い息をついた。 「…無事、戻れていると…いいですね…」 「ええ…」 はあ、とカカシもため息をついた。 「どうしました?」 「…はあ?」 イルカは苦笑をもらした。 「……そんな顔して。…もの凄く気が抜けたって顔ですよ」 カカシはガリガリと頭をかく。 「や、別に。…ま、これで今回の騒ぎは終了ってわけで。また日常に戻るだけだなー、と。 何だか休暇みたいな生活だったですからね。オレは」 「…何だか寂しいですねえ……」 カカシが口にしなかった心情を、イルカはあっさり言葉にする。カカシはイルカを振り返 った。 「…イルカ先生も、そう思うんですか?」 これでは寂しがっている事を白状したようなものだが、イルカはそれを聞き流してくれた。 「彼らにとって、ここは異世界ですから。…元の世界に戻るのが一番いいと頭では理解し ていてもねえ…俺、兄弟が出来たみたいで嬉しかったみたいなんです。…せめて、ちゃん とお別れくらいしたかったなぁと…思いますよ。…ふふ、変ですね。前に俺達が飛ばされ た時に会った子達も、よく似ていたのに…別れた時ここまで寂しくは無かった。…今回は 同業者だった所為ですかね。…ホントに他人って気がしなくって…」 カカシはコツンと頭をイルカの肩にもたせかけた。 「…オレも。…ど〜も他人って気がしなかったなあ…彼女。…何だか可愛くて…妹みたい な気がしましてねぇ……」 さよならも言えない急な別れは、予測していた事だった。だが、実際にそうなってしまう と残念で仕方ない。 「ナルト達も…残念がるでしょうね……」 「紅やアスマもね。…何だかんだ言って、皆あの二人を既に受け入れていたから……」 くす、とイルカが笑い声をもらした。 「…何です?」 「いや、失礼。……カカシ先生、ハズしたなー、と思って…」 カカシはキョトンとした。 「え?」 「女体変化ですよ。…カカシ先生の女性バージョン。彼女と全然違うじゃないですか」 「あ……いや、でもそれはっ」 イルカは笑いを引っ込めた。 「冗談ですよ。わかっています。…カカシ先生は野郎を篭絡する為の変化をしたんですか ら、彼女とは違って当たり前ですね。……あの人は、女であることを武器にはしない忍で すから。…貴方と同じ、誇り高い上忍だ…」 「…イルカ先生」 「はい?」 カカシが首を傾げ、下から覗き込むようにイルカを見上げた。 「仮に、オレがああいう女の子だったら…ホレてくれました?」 イルカはあきれた顔でカカシを見た。 「……あんたね、そりゃ愚問でしょう。…あっちの俺を見てたでしょうが。きっとね、周 り中の野郎が敵に見えるくらい盲目的にホレるんですよ。……まあ、オレは今の貴方がい いですけどね。オレの相手は貴方ですから」 ニコッとイルカは笑った。 「さあ、別荘に戻りましょう。実は、一楽のラーメンの材料を持ってきたんですよ。味も 同じなのか、あっちの俺に聞いてみたかったんですが…ちょっと遅かったですね。…彼ら の無事を祈って、ラーメン代わりに食ってやりましょう」 「…イルカ先生……」 「それと、いいもの見せてあげます。……あっちの俺が、宝物を分けてくれたんですよ」 「へえ? 何です?」 「…いいもの、ですよ」 見せると決めたのになかなか機会がなくて、カカシに見せていなかった赤ん坊の写真。 「もったいぶらないで下さいよ〜」 「もったいぶってなんかいませんよー」 二人は肩を並べて別荘に向かう。 カカシは焼け焦げた木をちらりと振り返った。 (―――さよなら、かかしちゃん。…幸せにな……) ◆ イルカとカカシが戦闘中に行方不明になって一週間が経過していた。 里に侵入した賊は、その夜のうちに残らず討つか捕縛するかで片づける事が出来たのに。 カカシと共に戦っていた特別上忍の一人が、カカシが起爆符の攻撃を受け、それを庇いに イルカが飛び出したのを目撃していた。 彼はすぐにイルカ達が落ちたであろう地点を捜したが、二人の姿は忽然と消えてしまって いたのである。夜が明けてから捜索したが、やはり見つからない。 その時の状況を聞いた火影が、二人は敵の術にかかって別の場所に飛ばされた可能性もあ ると言い、捜索の範囲を火の国の結界まで伸ばしたが、結果はまだ出ていなかった。 今回の襲撃では、忍はもちろん、一般の里人にも被害者が出た。行方不明者だけに力を割 くわけにもいかなかったのだ。 彼等に近しい人間だったアスマと環が、彼の班の下忍と共に黙々と捜索を続けていた。 上忍待機所でアスマは地図を睨み、煙草をふかしていた。 怪我人の収容に回っていた紅が、その仕事を終えてアスマの元へ来る。 「…まだ捜索していない場所はどこ? うちの班も協力するわ。キバと赤丸の鼻なら、見 つけられるかも…」 アスマは無言で地図を示した。捜索済みの場所に印が打ってある。 「…こうして見ると、木ノ葉も広いわね……」 アスマはボソッと呟いた。 「……チドリはどうした?」 「襲撃の次の日すぐに先生のご近所を聞きまわって捜したら、チドリちゃんは近所の家に 預けられていたわ。だから私が保護して、ヨネさんに預けたの。一番安全でしょう?」 「ああ…そうだな。ご苦労さん」 アスマの顔に珍しく疲れと焦燥が浮かんでいる。 シカマル達下忍には休みを取らせながら、自分は睡眠もろくに取っていなかったのだ。 「アスマ…少し休んだら?」 気遣わしげな紅の声に、アスマは黙って微笑んで首を振った。 生きているなら、どちらかが必ず連絡をつけてくるはずだ。 一週間、何の連絡も無いという事実がアスマの心を暗くしていた。だが、アスマは彼らが 死んだなどと思いたくなかった。 酷い怪我をしているのかもしれない。なら、一刻も早く見つけてやらねば。 椅子から腰を上げたアスマの袖を紅が捕らえ、泣きそうな声で叫んだ。 「じゃあ、食事くらいちゃんととりなさいよ。…私…私は、あんたまで失いたくはないか らねっ!」 その手を、アスマは優しく叩いてやる。 「……落ち着け、紅。俺もお前も、まだ失っちゃいねえよ。……写輪眼のカカシを甘く見 るな。ヤツはそう簡単にくたばりゃしねえ。…あの先生もな。タフだぜ、あの野郎はよ…」 カカシを心配するあまり、昂ぶっていた気がすぅっと静まるのを紅は感じた。 アスマが信じている。彼等が生きていると、信じている。 なら、自分も信じなくては―――彼等の無事を。 「そうね…そうだったわ…」 アスマは首をゴキゴキッと鳴らして苦笑した。 「俺はもう一度アイツ等が消えたって場所を調べてくる。…すぐ戻って来るから、夜食を 用意しといちゃくれねえか。……美味い握り飯が食いたいな…味噌汁も」 紅は彼の袖を離し、何とか微笑んでみせる。 「うん…わかったわ。…いっぱい作っといてあげるわよ」 そうだ、カカシやイルカの分も、作らねば。きっと、お腹を空かせているに違いないのだ から。 (…美味しいの、たくさん作っておいてあげるからね…だから早く、帰ってらっしゃい…) 待機所から出たアスマは、頭上を仰いだ。空が一瞬光ったのだ。 「……雷…か?」 荒れてきた空に構わず、アスマは足早に待機所を離れた。 彼等が姿を消した場所へ。 現場には二人の血痕が残されていたから、そこに彼等がいたのは確かだ。 その周囲も含め、既に何度も何度も捜し、調べている。そしてわかったのは強力な起爆符 が使われた事。見つかったのは爆発で吹き飛ばされたイルカの額当て。それだけだった。 (……いや…何らかの術が使われたんなら…絶対に痕跡があるはずだ…) アスマは唇を噛む。 カカシはこれから、幸せになるのだ。好きあった男と一緒になって、可愛い子供を生んで。 これからではないか。こんな所で死んでいいわけがない。 「…ちくしょう……」 はかどらない捜査に、アスマが思わず毒づいた時。 ドロドロ、ドロドロ、と低く太鼓を鳴らすような音が響いていた空がカッと光った。 「…ッ!」 空を裂くような轟音が響き、稲妻が天から真っ直ぐ地に突き刺さる。 アスマから百メートルも離れていない木が直撃を受けて真っ二つになっていた。 「……あっぶねー……」 いくら頑丈なアスマでも、今の落雷をまともに受けていたらタダではすむまい。 アスマは落雷の様子を確かめる為、用心しながら近寄り―――そして、驚愕に眼を剥く。 「そんな……バカな……」 真っ二つに裂け、黒焦げになった木の根元には。 カカシと、彼女を庇うようにしっかりと腕の中に抱き締めたイルカが倒れていた。
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後、1話・・・とか言ってて終わってない感じ。(汗) ここで終わってもいいのですが、一応エピローグ的なものをあと一回。今度こそ終わりにします。 |