cross-over 14

 

「雷三日って言うけど。…今日も来そうだねえ、夕立」
カカシは窓の外を窺ってのんびりと呟いた。
ナルト達は里に戻っている。彼等がせっせと運んでくれたおかげで食糧はしばらく持ちそ
うだし、別荘のメンテナンスももうあまりやる事が無かったので、カカシは彼等に休養日
をあげたのだ。
子供達がいない別荘は、静かだった。
いるかはそこらで拾ってきた木切れを小刀で削って何やら工作をしている。もう両手を使
っても痛みは無いようで、髪も自分で結えるようになっていた。
カカシの声に、いるかもふと窓の外を見た。
「そうですね。…この空気の感じ…また、午後にはひと雨きそうです」
「…ちゃんと内風呂も作っておけば良かったかなあ…外で雨に降られた時に汚れも落とせ
ないってのはなー…」
風呂は外の温泉に入ればいいと思っていたカカシは、無理して内風呂を整える事はしなか
った。設計図上で風呂場に位置するスペースには湯船も無く、ただの小部屋だ。ちょうど
いいので、今は米やら何やらの食糧庫となっている。
カカシの本を借りて読んでいたかかしが眼を上げた。
「水道無いのに?」
「頑張って温泉をここまで引けばなんとかなるんじゃない?」
かかしは笑う。
「………本当にペンション経営するつもり? 本当だったら、此処の所在はナイショだっ
たんでしょ。オレ達の所為で、ナルト達にまでバレちゃったけど」
「まーね。それはいいのよ。…内緒にしておくには、ちょいとやり過ぎちまったし。せい
ぜい温泉とお着替え小屋程度ならいいけど、こんなデカイもん作っちゃったらさ。こうい
う形で爺様に目をつぶってもらえてラッキーだったわ。後でバレるよりいいよ」
カカシはわしゃわしゃ、とかかしの猫ッ毛を撫でた。
カカシは何気なくかかしに触れる。こうして子供の頭を撫でるように髪をかきまわしたり、
肩に手を置いたり。それが実に自然なので、かかしはまったく気にしていなかった。
かかしはカカシを異性だと意識する事が出来ないのだ。
カカシもあまり彼女を異性として意識している様子は無い。
「女の子なんだからそんな事しな〜いの」とか、「口が悪いよ」と軽くたしなめる事はある
が、それはまるで年端も行かない妹にでも接しているような態度だ。
「ま、いっか。……いや、これ以上長期戦になるようだったら考えなきゃな、と思ったん
だけど。…縁起でもないよな、アンタ達には」
カカシに笑いかけられて、かかしは複雑な顔になった。
長期戦。
もう、ここに飛ばされてから何日経っただろう。いつ『揺り返し』がくるかわからないこ
の状態で、長期戦とはどれくらいの期間を指すのか。
もしかしたら一ヶ月二ヶ月、それ以上というのも考えられない話じゃない。もしも何年も
戻れなかったら―――
かかしは思わず身震いした。
そのかかしの肩にポンとカカシは手を置く。
「そーだ、かかしちゃん。…ちょっと来てくれる?」
「うん」
かかしはいるかにヒラッと手を振り、カカシの後にくっついて廊下に出た。
「もうお昼作るの?」
「あ、そうだねえ。作ろうか」
「?」
カカシは肩越しに振り返って微笑んだ。
「……老婆心って言うかね。ま、ちょっとしたアドバイスを一発。…アンタ達はいつ元の
世界に引き戻されるかわからないだろ? だから、こっちに忘れていきたくない物をまと
めて、あらかじめ術式を張っておくといい。…オレの時に出来たんだから、たぶん可能な
はずだ。オレが飛ばされた世界より、こことアンタの世界の方が近いはずだし」
なるほど、とかかしは頷く。
「そうか…うん、そうだね。せっかく撮ってもらった写真とか、ちゃんと持って帰りたい
もんね。…術式って時空間移動?」
「そ。四代目のおハコ。…その、応用ね。口寄せとの合体技みたいなもんかなー。いや、
もしもやり方知らなかったらと思って…余計なお世話?」
かかしは首を振った。
「アンタがやって成功した術式なら、教えてもらっておく。その方が確実だから」
カカシはニィッと笑う。
「……さすが、『オレ』だね。…さすがと言うか、やっぱりと言うか」
余計な見栄より確実性を取る。
「アンタの写輪眼が使えたら楽なんだけどね。ま、四代目の術を知っているなら然程難し
くはないから」
「…ん…うん、そうね……」
カカシはつい、とかかしのあごに軽く指をかけ、彼女の顔を上げさせた。
「……何で封じている? いや、封じられた?」
「あの………」
かかしは言い淀んだ。いるかからは『イルカにチドリの写真を渡してしまった』と聞いて
いる。でも、カカシが何も言わない所をみると、イルカは彼にまだチドリの事を話してい
ないのかもしれない。
どちらが良いのだろう。今ここで子供の事を打ち明けるのと、イルカが彼に伝えるのと。
「………これは……その、あのね……もらい物だから……不安定で……」
「うん、わかる。写輪眼が発現した状態で移植されたからな。……オレも発動しっぱなし
で、こうして普段は抑えておかないとすぐチャクラが切れちまう。そもそも、自分のじゃ
ないんだから。直系のウチハでない限り、本当の意味では使いこなせやしないんだ。…だ
が、アンタは『写輪眼のかかし』なんだろう?」
その眼で修羅場を見て、そして生き延びてきた。眼自体を封じるなど、余程の事がなけれ
ばしないはずだ―――普通なら。
彼の疑問はもっともだった。今まで訊かなかったのは、彼なりに気を遣っていたのかもし
れない。
「…火影様が……オレを一時的に解放してくれたんだ。……『写輪眼のかかし』でいなく
てもいいって。……この眼を持っている限り、オレは瞳術使いとして里に貢献する義務が
ある。つまり、この身は里の物だ。……だから、いるか先生と結婚する時に火影様が封じ
て下さったってわけ」
嘘はつかず、妊娠の事だけを避けてかかしは説明する。
「……なるほど? じゃあ、彼と離婚するまで封じているわけ? 一時的って、期間限定
結婚かい」
ウッとかかしはつまった。そんな事、あるわけがない。
「……………違いますぅ……」
カカシはニッコリ微笑んで彼女にせまる。
「お兄さんにな〜に隠してんのかなあ? このコは」
あうう、とかかしは唸った。もう、白状するしかないだろう。
「………写輪眼封じたのはぁ……お腹に赤ちゃんが出来たからです〜…妊娠している身体
に余計な負担をかけないようにって……」
カカシは黙ってかかしの頭を自分の胸に抱き込んだ。かかしは彼に抱きついて小さな声で
ゴメンナサイ、と謝る。
「……謝らなくていい。…それで? 子供は?」
「…………向こうにいる。敵襲があった時…近所の人に預けて……迎撃に出て…」
「幾つ?」
「ま、まだ…ひとつにならない……」
「名前は?」
「…チドリ。……男の子」
それでかあ、とカカシはため息混じりに呟いた。
「え?」
「ここに飛ばされてきたばかりのアンタの様子がね……『オレ』にしちゃ余裕が無いな、
と思ってたんだわ。……あがいても仕方ないのがわかっているのに、アンタあせってただ
ろう。…早く戻りたくて仕方ないって顔していた。……そうか、子供の所為か……」
カカシは彼女の頭をよしよし、と撫でる。
「おバカだね、このコは。オレらに余計な気を遣って……結婚している事も、子供の事も
黙ってたりして。……大丈夫よ。…言ったでしょ? オレはアンタが幸せなら嬉しいんだ。
…それも、女としての幸せを手に出来たというなら…オレはアンタの運命を呪わずにすむ」
「オレの…運命を…?」
「……『はたけカカシ』…いや、『写輪眼のカカシ』として生きるのなら、男に生まれた方
が有利に決まっている。なのにアンタは、女に生まれてしまった。…どういう不条理なの
かと、オレは自分の事のように腹が立っていたんだわ。……どんなに過酷だったか、オレ
には想像がつくからね。……でも、それを補うものがちゃんとアンタに与えられたんなら、
オレは納得出来る。…いるか先生っていうダンナと、彼の子供。女に生まれたっていう不
運の埋め合わせとしてこれ以上のモノはないからねえ…」
かかしはやっと気づいた。
カカシは―――彼は、彼にもまったく責任の無い事だというのに、自分が男でかかしが女
に生まれてしまった事を『負い目』のように感じていたのだと。
確かに、『写輪眼のカカシ』として生きるのなら女に生まれた事は不運と言える。だが……
「……やだな……どうして…それこそ、どうして……アンタがオレにそんな……」
「どうしてって言われてもねえ……ハラが立っちまったんだもん。仕方ないっしょ。特に
この間アンタがサスケにお仕置きした時、『気』を変えたろう。……あんな事をしてまで、
男でいなきゃいけなかったのかと思うとね。オレが憤るのは間違いだってわかってても、
ハラが立ったんだなあ……アンタにそういう生き方をさせた周囲の人間に」
でも、とカカシは続けた。
「……アンタが女の子としてちゃんと素顔を見せられる相手がいて、ソイツと幸せになっ
てるんなら、オレの気も治まるのさ。…女に生まれたアンタは『写輪眼のカカシ』として
不利。男に生まれたオレはノンケのイルカ先生の恋の相手としては不利。……これでおあ
いこ。…ね?」
思わずかかしは笑い出してしまった。
「ウン。……そうかもしれない」
「……かかしちゃん」
「ん?」
「……早く元の世界に帰れるようにね、おまじない」
カカシは屈むと、かかしの唇にふわりと唇を重ねた。優しいキス。
かかしは唇に指を当て、上目遣いで彼を見た。
「……自分にキスするのっておかしな気分じゃない?」
ケラケラっとカカシは笑った。
「アンタが男だったらしてないよー」
そこで小さな声で慌てたように付け加える。
「ダンナにゃ内緒だよ? あの人アンタの事になるとすげーコワイんだもん」
「…そっちのイルカ先生には内緒にしないの?」
カカシは肩を竦めてみせる。
「……違う意味で怒られそうだからナイショ」
それからようやく本題だった『時空間口寄せの術』の伝授を済ませ、かかしはアスマにも
らった写真を入れた袋を術式結界で囲った。
「…備えあれば憂いなしってところだねー。助かるわ」
「そーね。こっちも忘れ物届けてあげたくても出来ないからね」
かかしは自分によく似た男を不思議な気持ちで眺めた。
本音を言えば、一刻でも早く、今すぐにでも戻りたい。
だが、この男とも別れ難い気がする。
本当に兄妹なら良かったのに。
そうしたら、ずっと一緒にいられたのに。
いるかに対する気持ちとは全く違うものだったが、兄代わりだったアスマへの気持ちとも
違う。
この不思議な気持ちは何と呼べばいいのだろう。
「……お兄さん」
「んー?」
兄さん、という呼びかけにカカシは自然に応えた。
「……ありがとう」

かかしは爪先立ってカカシに感謝のキスをした。

 
 

      



 

イルカ同士の会話は危うくシモネタ突入でしたが。
・・・カカシ同士だとキス・・・(うわあ、良かったのだろうかこのネタ・・・^^;)あ、まあマジ兄妹じゃないし・・・?
浮気にも当たらないと思うし・・・ごにょごにょ・・・

カカシさん達はそっくり双子なイルカ達を間違えたりしないんでしょうか? という疑問を投げかけて下さった方がいらっしゃいましたが。
そこはそれ、野生のカン(笑)・・・じゃなくて愛の力で。
でも「いるか先生っ」と抱きついたらイルカだったーっ!
と、わたわた慌てて赤くなるかかしちゃんも可愛いかも。

 

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