cross-over 13
いるかは、自分で包帯を解いた。 「順調?」 イルカは彼の傷の様子を確かめ、ピンセットを消毒した。 「ああ、おかげ様で。……ここの温泉も効いているのかも」 「じゃ、抜糸しちまおう」 「頼む」 イルカはピンセットで素早く糸を取り除く。 「うん、いい感じだ。後は日薬だな。…時間が経てば、綺麗に治りそうだ」 イルカは念の為、ともう一度化膿止めを塗り込み、包帯を巻いてくれた。 「ありがとう。………あ、そうだ…」 「何だ?」 いるかは胴衣のポケットから手帳を出した。 「…昼間、写真を撮っただろう? 俺達の姿をここに残していくならば…これ、あんたに 持っててもらってもいいんじゃないかって思ったんだ。…良ければ…」 いるかは、写真をイルカに渡した。イルカは目を瞠る。 「……チドリちゃんの写真じゃないか。いいのか?」 「あ、いや……その、本当に良ければなんだが…」 イルカは微笑んだ。 「うん、くれるって言うなら喜んで。……そうだなあ…気分的にはこの子、甥っ子みたい な感じなんだよ。赤の他人という気がしない。……あんた達が元の世界に戻ってからも、 俺はこの子の健やかな成長を祈っているよ。……ありがとう。大事する」 イルカは写真を自分の手帳にしまいかけたが、何か思いついたらしくまた取り出した。 「…と、そうだ。写真の裏にこの子の生年月日を書いてくれるか」 「あ、そうだな」 いるかは写真の裏にさらさらと書き付けた。 「へえ、9月13日か。…お母さんと二日違いなんだ、この子」 「え?」 いるかは驚いたように顔を上げた。 「何でかかしさんの誕生日を……あ、まさか…そ、そっちのカカシさん、9月15日生ま れなのか…?」 「そうだよ」 イルカは自分の誕生日がいるかと違うのではないかとは微塵も思わなかったし、カカシ達 も当然同じだろうと思ったのだ。 「あんたっ…誕生日はっ」 「5月26日。あんたもだろう?」 「…………うん…」 イルカは笑った。 「そりゃそうだろうよ。顔から何から同じで、生まれた日だけ違ってたら笑えるぞ」 そうだ。ここまで同じなのだ。何でもっと早くその事に気づかなかったのだろう。 いるかの顔にゆっくりと笑みが広がった。 「そ…うか。カカシさん、誕生日9月15日…なのか。…そうか…」 仮にかかしの誕生日とされているのは、彼女が四代目と出逢った日だと聞いている。だが、 奇しくも本当にその日が誕生日だったとは。 いるかはガッチリとイルカの手を握った。 「ありがとう! これで彼女の誕生日がハッキリした!」 「え? もしかして、かかしさん、誕生日わからなかったのか?」 「彼女、生まれがはっきりしないんで、仮の誕生日だったんだよ。…そうか、そうだよな。 かかしさん達の誕生日が同じだって確率はものすごく高いはずだったんだ。…良かった、 元の世界に戻る前に気づけて。…すげえなあ、四代目様。…適当に決めた誕生日がビンゴ だったなんて」 自分の事のように満面に笑顔を浮かべ、いるかは喜ぶ。 「良かったなー。かかしさんの誕生日が本物になって」 「うん、ホント、言ってくれてありがとーな」 その彼の笑顔に、イルカも幸せな気持ちになった。 「他にも聞きたい事があったら今のうちに聞いておけよ。向こうに帰ってからじゃ遅いぞ」 「じゃあ…お言葉に甘えて……」といるかは声を落とす。 「……すこ〜し気になってたんだけど……プライベートな事だから聞くわけにもいかんか なーと思ってたんだが…」 「?」 いるかは更に声を落とし、イルカの耳元で小さく訊いた。 「………あんた…アレの時、上? 下?」 「は?」 何がだ? と訝るイルカ。 「や、その……彼とする時のハナシ」 (する? …彼と……する。………………って、ベッドのハナシかよっ) げふっとイルカはむせた。いるかはしごく真面目な顔をしている。 自分の相手であるかかしは女性だ。行為の時に上も下も無いが。イルカの相手が男だった 為、ふと「どっちなんだろう」と思ってしまってからずっと気になっていたのだという。 (………そ、そうか…俺は当たり前のように抱かせてもらってたけど……俺が下でも不思 議じゃないんだよな……カカシ先生だって男なんだから…) イルカは、その問題から無意識に目を背けていたのだ。カカシが何も言わず、抱かれて くれていたから。思い返せば、イルカは最初の時に何故か当然のようにカカシを抱いて しまった。カカシが全く嫌がらなかったので、以来それが妙な事なのかもしれないとか思 いもせずここまで来てしまったのだ。 これはもしかしてマズかっただろうか。 上忍と中忍なのだから、常識的に考えれば―――…イルカは口元を掌で覆って呻いた。 「……ええと…一応役回り…は…俺もあんたと同じと言うか……その、させてもらっちま ってるんだが……」 「つまり上、と」 イルカは赤くなって俯いた。 「……うん………その、それに関して文句言われた事も無いし……でも、考えてみれば俺、 確認しなかった…別に抱いてくれって言われたワケじゃないのに。…きっとカカシ先生、 譲ってくれたんだ…俺……」 イルカはやおら顔を上げると、困ったような表情でいるかの腕をつかんだ。 「なあっ…どうしよう。今更だよなあ…俺、貴方を抱いてていいんですか、なんて聞けね えよなあ……」 腕をつかまれたいるかは数秒天井を睨んでいたが、ふと視線を戻して苦笑した。 「…いいんじゃないの?」 「あ?」 いるかは指先で自分の鼻先を軽くこすった。 「…だってカカシさん、何も言わないんだろう? …本当に嫌な事、黙っているような人 には見えないんだが」 「そりゃ…そうなんだけど……」 「だけど?」 「……あの人、忍としての立場が俺より強いクセして、何でか時々どこか遠慮がちになる ことあるんだよ。…遠慮って言うか…言い方変だけど、俺に罪悪感持っているような物言 いをする事もある。自分の所為で、俺の本来の好みを捻じ曲げてしまった、俺の人生まで 変えちまったって。…『ごめんね』って謝るんだぜ? …だからさあ…」 ああ、なるほど。 いるかは自分の方のかかしに当てはめて、納得した。 「…そんな所まで…一緒か…」 「え?」 「いや……あの、あんたのカカシさんな、男だから…そういう部分は違うだろうと思って たんだが…うちのかかしさんも、俺に負い目感じているような所があるんだよ。彼女、自 分は女らしくないって、不細工な女だって、コンプレックス持っているらしくて」 「はあ?」 イルカは素っ頓狂な声を上げた。 「…どうしてそんな……女らしいかどうかはともかく、不細工はねえだろ。美人で可愛い じゃないか」 「な? でも俺がいくらそう言っても、慰めているだけだって思うらしい。…挙句、自分 なんかがいるか先生のお嫁さんになっちゃってごめんなさいって…言うんだ。……彼女曰く、 自分なんかいるか先生にふさわしくないのにって。……俺から見りゃ、逆だ。俺の方が彼 女にふさわしい男じゃないって気がいつもしているのに」 うわあ、とイルカは気の毒そうな顔をした。 「……そりゃ…何と言うか……う〜ん、そうか。……ゴメン、俺…そっちのかかしさん、 女の子だから…恋愛関係においてはそんなに問題も無かったんじゃないかと勝手に思って いた。…そっちも色々あったみたいだな」 「あったというか、まだあるというか…」 ふう、とイルカは息をついて、いるかの肩を叩いた。 「結婚している分、あんたの方が深刻そうだな」 「いや、根本的には…やっぱ、同じなんじゃないか?」 いるかは「なあ」と呟いた。 「…ん?」 「………あんただったら…どうしただろう。…俺はあの人を…かかしさんを自分のものに したくて……あの人が俺に心を許し、肌まで許してくれただけでも本当ならあり得ない程 の事だと喜ばなきゃいけないのに、俺はそれ以上を望んで……」 「何か後悔していることでもあるのか?」 いるかは項垂れた。 「…後悔って言えば後悔なのかな。実際、俺は子供が生まれて本当に嬉しかったんだけど。 チドリの為なら死んでもいいってくらい愛している。…でも…」 そこで唇を噛み、いるかは目を伏せる。 「……俺は、彼女に無断で…避妊しなかったんだ。…子供が出来ることによって、彼女と の結婚の可能性も出来るだろうと。…まさに自分勝手で浅薄なものの考えだとは思った。 でも、それしか考えつかなかったんだ。…かかしさんは、怒らなかったけど。……でも、 彼女は俺との結婚まで考えてつきあってたわけじゃないと思うんだよ。…それこそ、俺が 彼女の人生を捻じ曲げてしまったんじゃないかと思う時があってさ……」 なるほど、『計画的出来ちゃった婚』だったわけか、とイルカは悟った。 「……んー、俺だったらかー…」 イルカは顎に指を当ててしばし考えた。 「…やっぱ、同じ事しそうだなあ……彼女が普通のくノ一なら、あたって砕けろで先にプ ロポーズだろうけど。事情が特殊だしな……それに、あんたが何で彼女に無断でそういう 事したのかってのもわかる気がするし。…あんた、妊娠によって彼女が周囲に咎められた 時の事を考えたんだろう。自分ひとりの考えでやった事なら、彼女は被害者で済むから」 いるかは微かに頷いた。それを見たイルカは微笑む。 「…産むって決めたのは彼女だろう? 妊娠したってわかった時、あんたに無断で堕ろす 事だって出来たはずなのに、しなかった。…それは彼女の選択なんじゃないのか? そん な事くらい、もうあんたにだってわかっているだろうに」 「…うん、わかっている。…わかって…いたつもりだったんだが……」 此処へ来て、『男性のカカシ』に遇った事で微かに心が揺らいだ。 本来、彼のように在るのが『写輪眼のカカシ』なのだ。そして彼女は、自分に逢うまでは まさにそういう存在だった。 「結果がすべてだよ。…俺の見る限り、彼女はあんたに惚れてるし、一緒にいると幸せそ うだ。…それでいいんだと思う」 「それを言うなら、あんたのカカシさんもそうなんじゃないのか? 彼はあんたに惚れて るんだろ。…山奥にこんな別荘、一人で作っちまうくらい。…今更上か下かで悩む事もな かろ?」 「………………………………」 「………………………………」 いるかとイルカは顔を見合わせた。 「………俺達って……」 「………バカ…?」 自分の事では迷路にはまって思考の身動きが取れなくなってしまうのに。 他人の問題として眺めれば、こんなにも簡単に『答え』が見える。 それは、自分にとっての答えでもあるのだ。 「…かかしさんを愛している?」 「うん。この世で一番。…あんたは?」 「…俺もだなあ…ちっくしょ…野郎に惚れるとは思わなかったんだがなー…」 イルカはくしゃっと顔を歪めて頭をかいた。 「仕方ねえか。……『はたけカカシ』ってのは、そういう存在らしいから。…『うみのイ ルカ』にとって」 男とか女とか。そういう生物学的区分を超えて、惹かれてしまうのだから仕方ない。 「だな。……冗談抜きで、俺もあの人が本当に男だった場合も惚れるしかなかったってわ かったしなあ。…ハハッ…何これ、運命ってやつ?」 「ああ、じゃあジタバタしても始まらねえな。…ハラ括るしかねえぞ、お互い」 「…厄介な相手に惚れたもんだなあ……」 二人のイルカは肩を竦め、満更でもなさそうに笑った。 イルカは思い出す。 そういう相手にめぐり合えた事こそが幸福なのだと。あの時、あの遠く隔たった異世界に いた『イルカ』にもそう言ったのではなかったのか。 イルカはその存在を確かめるように、胴衣の上から手帳のある場所をポンと叩いた。 「……隠すの、やめるよ。カカシ先生にチドリちゃんの写真を見せる。…いいだろう?」 いるかも頷いた。 「だな。……結局、俺の心配は杞憂だった。……彼は、俺が思ったよりもずっと大人で… 広い心を持った人だ。…あんたもな。すまない。俺の気の回し方は、かえってあんた達に 失礼だった。…謝る」 イルカはドンといるかの背を叩いた。 「…何の。謝ることはない。この異常事態の最中で、俺やカカシ先生の気持ちまで考えて くれた事に感謝こそすれ、だ。……お互い、厄介で可愛い恋人持って幸せだよな。頑張ろ うぜ、兄弟」 |
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頑張って下さい、イルカ先生(×2)。 可愛い恋人、ですってコノヤロ。(笑) 二人のカカシが早々に辿り着いた結論に今頃達しております。 『好きなんだもん、仕方ないじゃない』――に。^^; ここが上忍と中忍の違いでしょうか。(<いや、そういう問題では) 何を今更なことを悩んでいるんでしょうねえ、まったく。 ウザイ会話が続いたことをお詫び申し上げます。
イルカ同士の会話で終わってしまった13話目。 |