cross-over 12
ナルト達が別荘に戻ると、程なく大粒の雨が音を立てて降り始めた。 「っひゃ〜っ! スゲエ降りだなあ。さっさと帰ってきて良かったってば」 そうね、とサクラも素直にナルトに賛成する。 「こんな日に食料運搬じゃなくて良かったわ。荷物が濡れちゃうし…」 ハッとしてサクラは口を噤み、ちらっとサスケを見た。軟弱な事を口走ってしまったら、 またサスケに『だから女は』と呆れられるのではないかと思ったのだ。きっともう彼は口 に出してそれを言う事は無いだろうが、内心で思われるのも避けたいサクラだ。 サスケは別に気にした風も無く、少し濡れてしまった額当てを外してシャツでプレート部 分を拭っていた。 子供たちの気配に、奥からカカシが顔を覗かせる。 「ご苦労さん。濡れなかったか?」 サクラは首を振って微笑んだ。 「大丈夫よ、先生。雲行きを見て、すぐに戻ってきたから。……ええと、報告です。露天 風呂の清掃、90%は完了です。湯船からゴミを掬い取って、洗い場の周囲を箒で掃きま した。…でも、このお天気だから、ムダになっちゃったかも……以上です」 ハイよろしい、とカカシは頷いた。 「ま、それは露天の宿命だからね。でも、ムダじゃないよ。お前らが頑張った分、また落 ち葉が入ったとしてもそれ程大した汚れにはならないはずだから。……台所に紅の差し入 れがある。お茶入れて、皆で食おう。ちょうど三時だ」 やったーっ! とナルトははしゃいだ。 「オヤツだーっ! なあなあ、紅センセの差し入れって何? カカシ先生」 「辰砂本舗の塩大福にみたらしだんご。甘いもんダメな奴用に海苔煎餅」 カカシの説明にナルトは目を輝かせる。 「タツサゴホンポって聞いたことあるってばよ。高いから食ったことねえけど。美味いん だろうなー。楽しみ。サスガじゃん、紅先生」 サクラも瞬間嬉しそうな顔をしたが、すぐに眉間にシワを寄せる。 「……うっ…嬉しいけど、あたしダイエット中だった……」 「お前、ダイエットの必要なんか無いだろう。どこも太ってないのに」 サクラは驚いてサスケを見た。彼にそんな事を言ってもらえるとは思いもしなかったから。 カカシも笑ってサクラの頭をぽんと撫でる。 「サスケの言う通り。サクラはまだ身長も止まってないし、運動量があるから食っても横 にはつかないよ。美味しいものを食うのガマンするなんてもったいないぞ」 「そーかな…」 「そーだってばよ、サクラちゃん! 美味いモン食える時に食わなきゃソンだってば」 カカシはナルトの頭もぐりっと撫でる。 「おお、ナルト、いい事言うね。忍者稼業なんてね、そういうもんよ。食える時に食う。 基本だぞ」 ナルトの『食える時』とカカシの言う『食える時』の意味は微妙に違う気がしたが、サク ラは曖昧に微笑んで頷いた。 世の中、何が起きるかわからない。 『あの人達』のように、ある日突然別の世界に飛ばされてしまう事もあるかもしれないで はないか。 (それがちゃんと美味しい食べ物がある世界だって保障なんて無いものね……) 皆が三時のお茶を飲んでいるところに、イルカが入ってきた。途中で降られたのか、ずぶ 濡れになっている。 カカシは思わず椅子から腰を浮かせた。 「イルカ先生!」 「酷い降りですねえ。ちょっと雨宿りしてたんですが、やみそうもないからもう諦めて濡 れてきました。通り雨みたいな降り方なんですがねえ。…雷も聞こえるし」 いるかは手近にあったタオルをイルカに手渡す。 「ほれ」 「あ、すまん」 そのやり取りを見ていたサクラがくぐもった笑い声をもらした。 「イルカ先生達って…本当に双子の兄弟みたい…」 イルカといるかも苦笑気味に笑う。 「俺達もそんな気がしているよ。生まれてからずっと一緒にいたみたいな気さえする。… 基本的に同じ人間だからな」 紅が悪戯っぽい眼で二人を見た。 「今のうち、記念写真でも撮っておけば? …カカシ達も一緒に。……いつ帰っちゃうか わからないんでしょ、アンタ達。」 ああいいかも、と手を打ったのはカカシだった。 「面白い写真になるねえ。この現象の証拠にもなるし、火影様もご覧になりたいかも。… 撮っておこーか。…ね、かかしちゃん」 かかしは戸惑った顔になった。自分の姿をこの世界に残す事に若干の躊躇いを覚える。 「四人で撮るのか?」 「そうだね、それから皆で一枚。紅やナルト達も一緒に集合写真。いいじゃないの、別に 皆に見せて歩きゃしないから。……こんな普通あり得ない様な事、写真にでも撮っておか なきゃ後で夢だったのかもしれないとか思いそうだし。…まあ、万が一誰かに見られても、 手の込んだ悪戯写真って思われるのがオチさ。…深く考えないで、撮ろう?」 カカシにポンと肩を叩かれて、かかしもようやく頷いた。 だが写真を撮ろうにも肝心のカメラが無かったので、カカシは忍犬を一匹呼び出し、里に いるアスマに連絡を取った。 「あのクマは、いるか先生達がここに迷い込んじゃった時の第一発見者だもんね。どーせ なら一緒に撮った方がいいじゃない」 呼び出されたアスマは例によって「めんどくせぇ」と文句を言いながらも、ちゃんとカメ ラを持ってきてくれた。 「おら、持ってきてやったぞ。何だ? みんなで記念写真撮るって?」 「そう。記念と言うか記録と言うか。…雨あがったねえ。陽も差してるし、外で撮ろうか。 別荘バックにして」 カカシの提案に、皆はゾロゾロと外に出る。 雷も雨雲も遠くに去り、先ほどの雨が嘘のような綺麗な青空が広がっていた。 アスマはふと、隣にいたかかしに問いかけた。 「…いいのか? お前さんは」 大男の気遣わしげな顔に、かかしはふわっと笑った。 この男は、自分の知るアスマではない。が、興味なさげな顔をしていながら、彼女の側に 立った視点で物事を見てそして心配してくれるその言葉に、やはり彼は『アスマ』に変わ りは無いのだと改めて思わせられる。 「…ん、いいんだ。…最初はオレの姿をこの世界に残してもいいものかなって思ったけど。 ……オレ、幻じゃないから。ちゃんとここにいたって証拠、残しておくのもいいかもしれ ないって思って。……オレもね、忘れたくないから。…あんた達に逢った事」 それを聞いたアスマは唇の端をあげ、ポンとかかしの肩を叩いた。 「そうか。嫌々じゃないならいいんだ。……こんな奇妙な出来事、忘れようったってなか なか忘れられるモンじゃねえけどな」 そうだね、とカカシも笑う。 「でも、写真ってのはこういう時に撮るもんだと思ってさ。じゃあ、まずオレとかかしち ゃんのツーショットいきましょー。」 え? え? と戸惑っているかかしの肩を抱いたカカシは、彼女の耳に囁いた。 「大丈夫。アスマは写真の現像、出来るから。オレ達が見せない限り、第三者がこの写真 を見る事はないよ」 それを聞いたかかしは心持ち安心したように体の力を抜いた。 カカシはカメラをいじっていた紅に合図する。それを見た紅は素早くカメラを構えてシャ ッターを切った。 「…二人とも口布したまんまってのが笑えるわね。…まあ、同じ格好している方が何とな く違いが見えて面白いか。ほい、次。イルカちゃん達、そこにお並び」 いるかとイルカは同時に紅のカメラを避けるように逃げた。 「いや、俺達は……」 「そ、そうですよ。ツーショットはいいです」 紅はスッと眼を細めて静かに繰り返した。 「…そこに、お・な・ら・び。…さっさとする!」 「「ハイ…ッ……」」 紅上忍にあの声で命令されて逆らえる中忍がいるだろうか。二人はしぶしぶ互いの距離を 詰めた。 額当てをしているのがイルカ。していないのがいるかだ。彼の額当てはこちらの世界に来 た時はもう無かった。爆発の衝撃で無くしたのだろう。 「イ〜ルカせんせっ! 笑って!」 カカシがイルカにヒラっと手を振る。イルカにつられているかも彼の方を見ると、まだ彼 に肩を抱かれたままのかかしが小さく手を振っていた。 二人のカカシの笑顔に、二人のイルカも表情が緩む。 そこをすかさず紅がカメラに納めた。 「…カメラ目線じゃないのがちょっと気にくわないけど、ま、いいわ。アンタ達構えると 表情カタくなるから。……じゃ、次。四人でね。え〜と、かかしちゃんが真ん中。野郎ど も、彼女の周りに適当に立ちなさい」 「え、オレ端っこでいいって」 遠慮するかかしを、カカシが前に押し出した。 「この場合はアンタがお姫様だから真ん中で正解なのよ。えっと、オレはかかしちゃんの 後ろでいいか。オレの両脇にイルカ先生達。…おっけー、紅。頼むわ」 「ハイハイ。いくわよー」 カシャカシャ、と紅はシャッターを切る。 「あのっ! かかしさん!」 サクラは真剣な眼でかかしに迫った。 「あたしと1枚撮って下さい! 出来たら素顔で!」 「…え…素顔で?」 かかしは狼狽したようにいるかを見上げた。いるかは微笑む。 「………かかしさんが嫌じゃなかったら。…いいんじゃないですか?」 「えーと……じゃ、これでいい?」 かかしは口布を下げた。左眼を覆う額当てはそのままだが、それでも彼女がこの世界の『カ カシ』ではないのだと一目でわかる。現れた唇はまぎれもなく女性のものだったから。 「ありがとうございます。すみません」 かかしは、先刻カカシが自分にやったようにサクラの肩を抱いた。 紅も微笑んでカメラを向ける。 「あら〜いい被写体だこと。やっぱ、可愛い女の子が二人っていいわあ」 カシャ、とシャッターを切ったカメラをアスマが取り上げた。 「んじゃ、ついでにお前も並んで美女三人ってのはどうだ?」 「まあ、気の利くクマだこと。じゃ、お願いね」 女性三人の次は無理やりサスケを引っ張って飛び込んできたナルト達を交えての写真。 そして、最後にカカシが影分身でカメラマンになり、全員の集合写真を撮った。 「写真は明後日持ってきてやる。明日は任務が入ってて来れねえからな。…それでいいな? カカシ」 アスマの声に、カカシは頷いた。 「あーりがと。助かるわ。あ、一応全部2枚ずつ焼いておいてくれる?」 「おう。わかってる」 カメラをアスマに渡そうとしたカカシの袖を、かかしがツン、と引っ張った。 「まだフィルムある?」 「あるよー。何? 撮りたいものあるの?」 うん、とかかしは頷いた。 「アスマと撮りたい。…向こう帰ったら、オレんとこのアスマに見せるんだ」 かかしはタタッとアスマに駆け寄り、その太い腕をつかまえて彼を見上げる。 「いいよな?」 アスマは煙草を咥えて苦笑した。 「……いいぜ。お嬢ちゃん」 かかしはつかまえた彼の腕にそのまましがみついた。自分の知るアスマに対するような自 然な気安さだった。 「……電柱にセミ?」 「そこまで彼女は小さくないです」 紅といるかがどこかズレた会話を交わしている間にカカシがシャッターを切る。 「ついでだ。ツーショット撮ってやるから、彼氏と並びなよ、かかしちゃん」 「ありがとー。そういや、いるか先生とそういう写真って撮ったこと無いっけ。結婚式の 時くらいか」 あ、とかかしは口を押さえた。 (うわあ、バカバカ! オレってばドジ…ッ) いるかと結婚している事は、カカシにはまだ知られていなかったはずなのに。 カカシは一瞬眼を瞠ったが、ふっと微笑む。 「そっか。…ちゃんと結婚してたんだ、アンタら。……良かった」 「…良かった?」 鸚鵡返しに呟くかかしに、カカシは笑いかけてやる。そして、腰を屈めて彼女の耳元で囁 いた。 「何? もしかして、オレらに気を遣ってたの? …言ってくれて、良かったんだよ。… オレは今、正直嬉しいよ。……エセ兄貴としちゃあね、アンタには幸せになって欲しいっ て。…マジ思ってたから」 かかしは顔を上げた。 自分によく似た男が、優しい眼で微笑んでいる。 不覚にも、また涙が込みあげてきたかかしだった。 |
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う〜む、なかなか予定のシーンにたどり着かないわっ・・・TT 撮影大会なんかしている所為ね。 ・・・カメラはもちろんデジタルカメラなんかじゃございません。 フィルム使うオーソドックスなカメラです。便利な男、アスマ。 さあて、そろそろ終盤です。 |