cross-over 1

 

紅の用意してくれた私服が気に入らないわけではなかったが、やはり着慣れた忍服の方が
落ちつく。他人の前で身体の線がはっきりわかる服を着るのはどうも慣れなくてダメだっ
たのだ。
普段通り晒しを巻き、アンダーをかぶって口布を引き上げながら、かかしはふと思い出し
笑いをした。
昨日のサスケへの『お仕置き』の後、川原に来ていたいるかは彼女に自分の着ていたシャ
ツを羽織らせてくれた。御礼を言って見た彼の顔は何とも複雑なもので。小さな声でゴニ
ョゴニョと、「そんな格好で組み手をしたら危ない」とか、「サスケももう子供じゃない」
みたいな事を言っていた。
言われてみれば、勢いとはいえ、自分も随分な格好で暴れていたと―――我に返ってから
恥ずかしくなったかかしだったのだが。サスケを胸に抱いた事は別に何とも思っていなか
った。彼女にしてみれば、少し大きくなったチドリを抱いたのと感覚的に大差ない事だっ
たので。
(…いるか先生ったら、心配性なんだから)
でも、嬉しい。彼に心配されるのは、愛されている証拠のような気がして。
かかしは櫛を手に立ち上がった。
「いるか先生、髪、結いましょうねー」
まだ上手く腕が上がらないいるかは、素直に結い紐をかかしに渡した。
「はい、お願いします」
かかしは彼の髪をいじるのが好きらしく、嬉しそうに櫛で梳き始める。
家にいる時のいるかは髪を項で結っている事も多かった。だから此処に来た当初、彼の髪
型はこちらのイルカと区別がつけやすいようにわざとそうしているのかとかかしは思って
いたのだが。そうではなく、いつもの元結の位置まで腕が上がらないだけなのだと気づい
てからは、毎朝彼女がいるかの髪を結っていた。
出来れば普段から彼の髪を結いたいかかしだったが、今まではなかなか実現出来なかった
のだ。それは単にいるかの方が早起きなので、彼女が起きた時にはいつも既に彼の身支度
が済んでいたからなのであったが。
「いるか先生の髪、いいなあ…ホントに真っ黒で艶々してて…真っ直ぐで綺麗。…チドリ
もこーなるかな」
かかしは、出会った最初の頃から事ある毎にいるかの髪を褒めてくれる。その度にいるか
はくすぐったい心地になった。
「かかしさんの銀の髪の方が俺には綺麗に思えるんですが……そうですね、チドリはどう
でしょうねえ。色は俺に似ているけど、ちょっとクセ毛っぽいところはかかしさん似だか
ら。…あ、いや俺も赤ん坊の頃はクセがあったそうですから、わかりませんが」
ふうん、とかかしは興味深そうに相槌を打った。
「そーなんだー。あは、クセっ毛のいるか先生だって。…想像出来ないな〜」
「……確かに」
ここ数日のうちに手馴れてきたかかしは、梳った髪を適当な高さで手早くまとめる。くる
くると結い紐を巻きつけ、いるかの好みの固さにきっちり結い上げた。
「はい、出来ました」
「ありがとう、かかしさん。随分と上手になりましたね」
かかしはエヘヘ、と笑った。
「そお? 良かった〜。…あのね、チドリの髪も伸ばして、こうやって結ってあげようか
なって思ってるんですよ。ちっちゃいいるか先生みたいで可愛いですよ、きっと」
(…そういや、母ちゃんも楽しそうに俺の髪結ってたな……)
成長を見守るのも楽しいが、『子供で遊ぶ』のも親の特権だ、と同僚の女性が言っていたの
をいるかは思い出す。きっと、母親にとっては小さな子供は半分自分の楽しみの為に存在
するようなものなのだろう。『お楽しみ』もなければ、子育てはただ辛いものになってしま
うのかもしれない。
子供は一日一日大きくなって、笑うようになって、しゃべるようになって―――どんどん
可愛くなる。
かかしがまたチドリの事を思い出して胸を痛めるのではと危惧したいるかは、さりげなく
話題を子供からずらした。
「…そうですねえ。そういや、俺も小さい頃からこのヘアスタイルです。…変わりばえし
ないというか……」
「変えたことないんですか?」
「あ、そういや………一度だけ短かった事、ありましたが。下忍の頃ですよ。…今のナル
ト達くらいだったかな。……任務中、火遁の巻き添えくって、髪が焦げちまってね。切る
しかなくなって……」
実際は、仲間によるイジメが原因だったのだが、それを言うわけにはいかなかった。そん
な事を彼女の耳に入れたら、きっと怒る。いるかが言わなくても『犯人』を捜し出し、夫
に危害を加えた者達に『報復』しようとする可能性がある。十年も昔の事でも彼女には関
係ないだろう。結婚式の時の事を思い返せば、充分にその可能性はあった。
実際、下手をすれば髪だけでなく、いるかは大火傷を負うところだったのだが。発覚した
時点で、当時の上司が加害者である仲間達をきちんと処分してくれた。あれはあそこで済
んだ話なのだ。今、髪の話をしなければ思い出しもしなかった古く、苦い記憶。
だが、髪が燃えた時の恐怖を一瞬思いだしたいるかは僅かに身震いした。
「…いるか先生?」
かかしが心配げに顔を覗き込んでいた。
「あ、いや何でもないです。…そうだ。短い方が良ければ切っちゃいますよ。惰性で同じ
髪型にしていたようなものですから」
また伸ばして同じ様に髪を結ったのは、いるかの意地だったのだが。怖気づいた、と思わ
れるのが悔しかったのだ。お前らなんか怖くない。同じ事がやれるものならやってみろ、
と虚勢を張った。そして、気づいたらこの髪形と鼻梁の傷痕がトレードマークになってい
たのだ。
かかしは勢いよく首を横に振った。
「ダメッ! もったいないですっ! こんなに綺麗なのにっ! それにね、髪をおろした
時いるか先生イメージが変わるでしょ。あれがセクシーで大好きなの、オレ」
へ? といるかが意外なことを聞いた、という顔になった。
「……せくしぃ? …っすか? 俺が??」
大真面目にかかしは頷いた。
「そうなの!」
「……まさか」
そこに、廊下からドアをノックする音が聞こえる。
「オハヨ〜。起きてる? お二人さん。メシだよ〜」
カカシの声に、かかしは素早くドアを開けた。
「おはよっ! あのさっ! いるか先生って、髪おろした時セクシーだよねっ」
朝っぱらからいきなり何の話だよこのムスメは…とカカシは一瞬思考を停止させたが、困
ったようないるかの顔を見てニンマリと笑う。
「…そりゃあもう。ストイックなその古武士みて〜な髪を解いて、長い髪がちょいと顔や
首筋にかかったりするとイイよお。たまんなく色っぽいよね〜」
ほおら、とかかしは勝ち誇る。
「二対一。オレの勝ち〜」
いるかは頭を抱えた。
「……その多数決は却下です。…どうせ貴方達同じ感性なんだから、どんな妙な答えでも
同意見になって当然でしょうが」
かかしとカカシは顔を見合わせる。
「聞いた? 何だかオレ達の感性がヘンみたいじゃない」
「ねえ。ホメてるのに失礼な」
カカシツインズに半眼でじろりと睨まれたいるかは思わず竦んだ。
「…い、いや、多数決にはなってないかな〜…と……」
いるかの感覚では『分身』で『多数決』をやったようなものなのだが、頭数では実際カカ
シ達が勝つ。それも上忍のカカシが二人並んで立っていると威圧感が半端ではなかった。
たとえ片方が妻であっても。
いるかは何故か朝っぱらから気力を総動員して頑張るハメになる。
「っていうか、勝ち負けの話ですか。今の」
ん? とカカシ達はまた顔を見合わせた。
「…え〜と、いるか先生はアレですか。…ご自分はセクシーじゃないと、そう反論してた
わけ?」
「ウン。おろした時がセクシーだから髪を切らないでって言ったの。そしたら」
ふうん、とカカシは頷いた。
「そりゃ主観と客観の違いでしょ。つーか、このヒトがさあ、自分の事『髪を解いた時の
ギャップが狙いさ。女の子にセクシーアピールするからな』な〜んて思ってやがったらキ
モチ悪くない? らしくないって。絶対」
ウッとかかしが声を詰まらせた。
「……そ…だね……いいのか。いるか先生はこれで」
「そうそう。イルカ先生がセクシ〜なんつのは、オレらがわかってりゃいいのよ」
「そっか〜。そうだねっ」
きゃっきゃと意気投合した二人のカカシは、さっさと廊下を歩き出す。
「………」
脱力したいるかは、思わず床に手をついて唸ってしまった。
(……かかしさんが二人の時は…俺も二人いなきゃダメだ…負ける……)
それでも、昔の髪を切った原因の方に話が行かなくて良かったと、いるかは胸を撫で下ろ
した。
「いるか先生も早く〜。味噌汁冷めますよ〜」
「………今、行きます……」






その日の午後。
今日の七班の任務は露天風呂の掃除だった。
「サクラちゃん、昨日の、カカ…いや、え〜と……あのネェちゃんとサスケの組み手って、
参考になった?」
ナルトは露天風呂の中に落ちた枯葉やゴミを取り除く作業をしながらサクラに訊いた。
サクラは熊手を手に一瞬眉間にシワを寄せ、首を振る。
「……う〜ん、ある程度はね……勉強にはなったけど、あれは私には無理よ。……カカシ
先生も言ってたわ。あの人の戦い方とか身のこなしは男と同じだから、あんまり女の子の
戦い方のお手本にはならなかったねって。そういう意味じゃナルト、あんたの参考にはな
ったんじゃないの?」
「…んにゃ〜? どーだろ……どっちみち、まだカラダの大きさが違うじゃん? 男のカ
カシ先生の方も、ネェちゃんの方も、腕や脚の長さとかオレとは全然違うからさあ…だか
ら同じ事しようとしてもダメだってばよ。んでも、サクラちゃんの言う通りな。……勉強
にはなったかな? ……一番得したのは、組み手してもらったサスケだろ?」
頬や腕にバンソウコウを貼ったサスケは、二人から少し離れて黙々と落ち葉をかき集めて
いる。ナルトはニシシ、と笑ってサスケを見た。
「なー、サスケ。稽古つけてもらっただけじゃないもんな〜。あのネェちゃん、けっこー
ボインだった?」
「…なっ…」
一瞬反応しかけたサスケに代わって、ナルトの頭を張り倒したのはサクラだった。
「このスケベッ! アンタとサスケ君を同レベルにするんじゃないわよっ!」
「イテ〜…」
遠慮なくナルトにゲンコツを喰らわせたサクラに、サスケは苦笑した。
彼はかかしに言われたとおり、昨日のうちにサクラにも謝罪していた。幾分ぶっきらぼう
ではあったが、サクラにはそれで充分だったようだ。
「………男の胸じゃなかったな。……それだけだ」
彼女の胸に抱かれて母親を思い出したことなど、ナルトには言えない。ナルトが孤児で、
母親の匂いも温もりも思い出として持たない事を知っていて、言える訳が無い。
サスケは顔を曇らせて俯いてしまった。
「……サスケ君……」
そのサスケの表情に気づいたサクラもまた顔を曇らせる。
頭を押さえて蹲っていたナルトは、その空気にキョトンとして顔を上げた。
その顔にポツン、と滴が当たる。
「あれ? …雨かな?」
「えええっ? せっかく掃除したのに〜?」
つられて空を見上げたサクラが悲鳴に似た声を上げる。サスケとサクラの表情に同調した
かのように、空が曇っていた。
サスケは上空を見渡し、眉を顰める。
「……戻ろう。結構降ってきそうだ」

遠くの空で雷鳴がひとつ、微かに轟いた。
 
 
 
 



 

タッグを組んだら無敵のスケアクロウツインズ。
(ノリが・・・女友達みたいだわよ・・・;;)
頑張るのよ、ドルフィンツインズ。(笑)
・・・って、いつまでやってんだ〜TT 思った以上に長くなってきてしまって、すみません。

そろそろ帰らなきゃですね。 元の世界に。

 

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