*注* このお話は、AnotherWorld
内『間』『分岐点』及び夫婦茶碗内全般の設定をふまえた上ご覧下さいませ。 |
cross-over 1
危ない、と思った時には既に飛び出していた。 カカシは上忍だから。 自分より強いのだから。 こんな危機は何度も乗り越えてきたはずだから。 だから、大丈夫。 自分の手など借りなくても大丈夫。 自分が行けばかえって彼女の足をひっぱる事になるかもしれない。 ―――という理性的な心の声は彼の行動を止めてはくれなかった。 反射的なその行動は、自分が泳げないことを承知していながらも溺れた子供を助けに濁流 に飛び込む行為に似ていた。 溺れていたのは子供ではなく、自力で泳ぐことの出来る大人だったが。 それでも、結果的にイルカの行為は無駄にはならなかった。 大人でも濁流の中で足が攣ってしまう事もあるのだから。 起爆符を投げ込まれた時、カカシは一瞬足場を崩されて跳べなかったのだ。 「カカシさんっ!」 イルカは胸の中にカカシを抱きかかえて、出来るだけその場から離れる為に歯を食いしば って跳んだ。 その刹那、符が爆発する。 闇のような深遠に身体が投げ出される感覚。 イルカはただひたすら全ての衝撃から胸の中の愛しい人を守ろうと、尚一層彼女を抱く腕 に力を入れた。 落ちる。 どこに? ―――どこまで…? ◆ 静かだった。 戦闘はもう終わったのだろうか。争いの気配はなく、優しい闇がただ辺りを包んでいる。 穏やかな夜の空気。夜露を含んだ草の匂い。微かに虫が鳴く声が聞こえていた。 イルカは頭痛をこらえて顔を上げた。頭がガサ、と茂みに当たる。 爆発で身体が投げ出され、どこかの茂みに落ちたのだろう。 その所為で意識を失っても誰かに害される事がなかったのだとイルカは思った。 ぬる、と膝が滑る。血だ、とイルカはぼんやり思った。身体中が痛くて、どこに怪我をし ているのかもわからない。 (…カカシさんは……) 腕の中のカカシは気を失っているようだ。動かないが、首筋の脈も呼吸も正常だった。 ひとまず彼女の無事を確認したイルカは安堵の息をつく。 (まったく…とんだ騒ぎを起こしてくれたものだ……) 里の中まで入り込んだ他里の抜け忍達。 彼らは徒党を組んで強固な木ノ葉の里を切り崩し、力の象徴である火影に一太刀浴びせる 事で自らの価値を証明し、自分達が逃げ出さざるを得なかった里を見返そうとしていたの だ。 意図はくだらなかったが、存外に人数が多かった。 大門の守備は殺され、彼らの侵入を許してしまったのである。 その時里の中にいた忍はすぐに応戦に出た。カカシやイルカも例外でなく、自らを守る力 を持たない里の人々を守る為に走った。 (―――チドリ……) まだ赤ん坊のチドリを一人で家に残すわけにもいかず、イルカは一番近い家の扉を叩いて 子供を預けてきた。そこの主婦はイルカが幼い頃からおばさん、と慕っていた女性で面倒 見がよく、信頼できる人物だった。彼女ならチドリをきちんと預かってくれるだろう。 ―――こんな騒動、夜明けまでには終わらせる。 先に飛び出していったカカシが言った言葉だ。 (カカシさん……貴女の言葉通り……夜明けまでにケリがついたようですよ。…迎えに行 きましょう…チドリを) イルカの頭には、最悪の結末はなかった。 木ノ葉忍軍が負けるわけがない。奇襲を受けたとはいえ、地の利はこちらにあり、幸い主 力となる忍が数多く里内に残っていたはずだ。 ハッとイルカは目を見開いた。 人の気配。 咄嗟に闇に身を沈めて様子を伺う。 「…なんか爆発みたいな光ってこっちの方だったよな。……おい、誰かいるのか?」 その声に、イルカは身体の力を抜いた。 アスマだ。 「……アスマ、さん…? 俺です。イルカです」 「…イルカ?」 アスマの声は奇妙にトーンが変わった。 イルカは痛む身体を起こして、彼の視界に姿を晒す。 「終わったんですか…? すみません、俺ちょっと意識が無かったみたいで……」 イルカはふいに言葉を切った。 アスマの様子がおかしい。険しい表情でこちらを見下ろし、唇を引き結んでいる。 しまった。 もしかしたら敵がアスマの姿を模していたのか。 イルカは咄嗟にカカシを背後に庇い、クナイを抜いて眼前にかざした。 「……誰だ」 声だけで安心してしまった自分が呪わしい。よりにもよって、アスマに変化するとは。 「そりゃコッチのセリフだな、兄さん。……てめえ、誰だ。…イルカにバケるんなら、も う少し状況を見てやるんだったな。…本物がすぐ近くにいるのに、ドジな野郎だ」 「何?!」 イルカは思わず声を荒げた。 (本物? 俺が意識を失っているうちに誰かが俺のフリを…?) 「アスマさん違う! 俺がうみのイルカです!」 アスマはフッと嘲笑をもらした。 「そら、違う。…ヤツは俺をアスマさん、などと呼んだ事はないんだよ」 「…え?」 イルカは面食らった。何かが違う。 その時、アスマの後ろから誰かが近づいてきた。 「ア〜スマ〜…何やってんの? 何かわかった?」 のんびりした男の声。 「どーもよくわからんが、侵入者、かな? だいぶドジなんだが。おい、カカシ。そこら にイルカいたよな?」 イルカはそれこそ目を丸くした。 「カカ…シ…?」 カカシと呼ばれた男はその声に反応してイルカに目を遣った。 「…あれ? イルカ先生。何やってんです? んなトコ転がって」 アスマはべしっと男の頭を叩く。 「何ボケてやがるっ! アカラサマに怪しいだろーが! この『イルカ先生』は!」 「痛いな〜もー乱暴なんだからーこのクマ。それよりさあ、彼ケガしてるみたいじゃない よ。血の匂いがする。…ここはいっちょ、人道的に先に手当てしてあげるってのはどう?」 『カカシ』は何の警戒も示さずにイルカに近づいてくる。 「…アンタ一人? …いや、後ろにもう一人…いるね。意識無いのかな」 動けないでいるイルカのすぐ傍に彼は膝をつき、微笑んで顔を覗き込む。 「大丈夫。…危害は加えないから。ね? イルカ先生。…でしょ? 本物なんでしょう?」 「そ…そんな…バカな…」 イルカは声を震わせ、首を左右に振る。 身を翻して意識の無いカカシの身体を抱きかかえ、咄嗟にその場から逃げようとするが足 の踏ん張りが利かなかった。 「ううっ…!」 「あ、ダメだって無茶しちゃ」 蹲ったイルカを労わる様に『カカシ』はその肩に手を回す。 そして、彼の腕の中にいる人物を見て柔らかく笑った。 「……やっぱり一緒にいたね。…『オレ』が」 「……テメー本気で言ってんのかあ? 正気か?」 アスマは胡散臭そうにイルカを眺めた。 イルカは満身創痍。意識はしっかりあるものの、爆発で負った傷だらけだった。 彼が大事そうに抱えていたカカシは、ざっと見たところ意識を失っているだけのようだっ たからここ医療棟の一室を借りて寝かせてある。 「だからさー、オレも経験あるの。イルカ先生と一緒に異世界に飛ばされた事あるんだっ て! だから、ここにいる『イルカ先生とオレ』も、たぶんちょっと違う木ノ葉から飛ば されてきたんだと思うワケ。疑うならアスマ、そこのイルカ先生の『変化』、解いてみろよ。 …出来ないと思うけどね」 そのイルカは手当てを拒んでカカシにつきっきりである。一瞬でも傍を離れようとしない し、アスマ達を寄せ付けようとしなかった。 「…そっちのイルカ先生もさ、話聞いてる? オレはアンタが敵の変化だなどと思っちゃ いない。…そこのオレにも何もしないから、手当てくらい受けなさいって」 イルカは憔悴したような眼でカカシによく似た男を見た。 もしも彼女に生き別れの双子の兄がいるとしたら、こんな感じだろうか。 「信じられないって顔してるね。…ま、ムリもないけど」 コンコン、と軽いノックが響いた。 「失礼します」 イルカは扉を開けた男の姿に目を見開く。 戦闘で傷つきボロボロになった己とは対照的に、汚れ一つ無い木ノ葉の忍服をきっちりと 着た『自分』が立っていた。 彼は、自分を凝視しているもう一人の自分の姿に苦笑する。 「どうも。…腹減ってませんか? 握り飯と番茶ですが、夜食を用意してきました」 カカシは嬉しそうにイルカの持っている大きな盆にかかっている布巾をめくった。 「あ、さーすが。そっちのイルカせんせー、握り飯ですって。美味そうですよ。毒なんか 盛ってませんから、取りあえず食いましょうよ」 盆を持っている方のイルカは、もう一方の自分に眼を移してから軽くカカシを睨む。 「…俺の見たところ、彼にはメシより先に手当てが必要に見えますが? カカシ先生」 「だーって、触らせてくれないんですよ。あっちのイルカ先生。もー警戒バリバリ」 仕方ないですね、と彼は盆をテーブルに置く。 「…お気持ちはわかりますが。結構出血もしているようですね。早く手当てした方がいい のはご自分でもわかっているでしょう? 貴方達をどうにかする気なら、有無を言わさず 拘束しています。…怪我人を放っておくのはこちらも居心地が悪い。貴方が俺なら、やは り同じ事を言うと思うのですが。違いますか」 イルカは探るような眼で自分そっくりの男を見ていたが、やがて頷く。 「……ええ。おそらくは同じ事を言うでしょう」 「では、手当てをしましょう?」 「……お願い、します」 思わずカカシは小さく手をパチパチと叩いた。 「うっわ〜…オレとアスマの言う事には耳を貸さなかったイルカ先生があっさりと。さす がですねえ、イルカ先生」 アスマはため息をついた。 「…やめろ、ややこしい」 彼は苦笑しながらイルカに近づく。 「あちらのカカシ先生は? お怪我は無いんですか」 イルカは慌てて否定の仕草をする。 「あ…あの、カカシさんは俺が見ますから! いいんです。触らないで頂けますか」 彼らは思わず顔を見合わせた。 「聞いた? カカシさん、だって」 「あー、そういやさっきも俺のことをアスマさん、と呼んだなあ」 「いや敬称がどーとかじゃなくって…あの、触るなって言われましても……」 ここでは異邦人らしいイルカは、頑なにカカシを護ろうとした。 なるべく見せまい、触れさせまい。 ここにいるもう一人の『カカシ』は明らかに男性だ。 本当にカカシが男性だった場合は、こんなにも違うものなのかとイルカは唇をかむ。 彼の言い分を取りあえず信じるとして、自分のいた木ノ葉の里によく似たこの世界で、何 故カカシの性別だけが違うのか。 混乱する思考の中で、イルカはとにかくこの世界からカカシを護らなくてはと、ただそれ だけを考えていたのだ。 その時、幾分掠れた細い声がベッドから聞こえた。 「…イルカ…せんせ…い?」 「カカシさん!」 イルカは自身の怪我を忘れたかのようにカカシの枕元に屈み込んで、気遣わしげにその頬 に触れた。 「大丈夫ですか? どこか痛みませんか」 「…オレは…大丈夫です。……奴らは…戦闘はどうなりました……」 意識を失う刹那の事をカカシは覚えていた。起爆符を投げ込まれて、咄嗟に跳ぼうとした が足場が崩れて跳べなかった。ダメだ、と思った瞬間、イルカが飛び込んできて自分を胸 に抱き、庇ってくれたのだ――― 「………終わりました、大丈夫ですよ、と言いたいところなのですが……正直、あれから どうなったのかは俺にもわかりません」 カカシは訝しげに細い眉を寄せた。周囲に視線を走らせる。 おそらくは医療棟の中。薬品の匂いがするし、室内の拵えも病室にしか見えない。 ふと人影を捉え、カカシはかすむ目を指でこすった。逆光だったが、そのシルエットと煙 草の微かな香りでその人影が自分のよく知る男だと判断する。 「………アスマ?」 イルカが傍にいて、アスマも室内にいる。それでどうして戦闘の行方がわからないのか。 「あ。気がついたんだ」 どこか聞き慣れない男の声がして、誰かがひょいと覗き込む。 室内の灯かりをはじく銀色の髪。 「…………!」 カカシは右目を見開いた。驚きのあまり飛び起きようとしてバランスを崩し、慌ててイル カにしがみつく。イルカも反射的に彼女を抱きとめてなだめるように背中を撫でた。 「落ち着いて、カカシさん。…大丈夫です。敵ではない…ようですから」 男は苦笑して頭をかいた。 「わーるい。驚かせちゃったみたいね。…なんか、可愛いなあ。…もしかして、またトシ が違うのかな……? オレよりだいぶ年下?」 「そういや、昔のお前に似てるな。……お前がまだガキの時分はこんな感じだったような …いや、お前の方がもっと尖がってた。こんなに可愛くなかったぞ」 アスマは目を覚ました『カカシ』を眺めて苦笑していた。違う世界から来たとかいう説に はまだ半信半疑だったが、カカシに成り代わる事を目的とした賊ならばこれは半端過ぎる。 よく似た兄弟にしか見えなかったし、変化をしている様子も無い。 「悪かったねえ、こんなに可愛くなくて………ん?」 イルカにしがみついたまま自分を凝視しているカカシをしげしげと見ていた銀髪の男は 「あれ?」と首を傾げた。 「………あのさあ……年齢が違うって言うより……もしかして、その子……女の子?」
|
◆
◆
◆
『青兎楼』20万打&4周年記念企画SS。 このパターンは! ・・・そうです。『間』ですね。(笑)つうか、『分岐点』の方。 普通のイルカカと夫婦茶碗のイルカカがクロスオーバー しちゃうお遊びネタ。 自分ちだから出来る暴挙。(爆) さて、どうなりますか。 |