Cocktail−4
(注:カカシさんが女性です。バリバリのくノ一さんです。)
確かに、カカシはイルカを『先生』と呼ぶ。違う、とは言えなかった。 黙ってしまったカカシに、追い討ちが掛けられる。 「えっと、それでもって確か…、『せんせーの、大嘘つき。 オレをお嫁さんにしてくれるって言ったのにーっ!』…と、まあこのように仰って………」 カカシは眼を丸くした。 何だそれは。全然記憶に無い。 イルカがボソリと付け加える。 「………実は俺も、友人連中からその噂…聞きました。貴方が婚約者に振られて、酒場でヤケ酒を飲んで泣いていたとか何とか。あんな美人を泣かせるなんて何事かと責められましたよ。…でも、俺は貴方と婚約まではしていない。………なら、貴方を振ったのは別の誰か、ということになります」 カカシはポカン、と口を開けてしまった。 「………え…と、オレ………が? え? それ、本当の話? や、やだ………この間、紅と飲んだ時………オレ結構酔っちゃって…あの、途中から記憶が無いんだ………けど。…オレ、本当にそんな事…言ったの?」 ハイ、とバーテンダーは頷いた。 「確かに仰いました。その時店内にいらした方は、皆さん聞いてらっしゃったと思います」 ああ、それじゃ噂にもなるな、とそこの部分は納得したカカシだったが。 男二人の話を総合して、自分がイルカから『二股疑惑』を掛けられた理由は悟ったものの、困ったことに自分の発言を覚えていないのだ。 「あの………イルカ先生」 「はい」 「ご、ごめんなさい。…先生がオレを疑ったのって、理由があったんだね。………オレ、覚えていないんだけど、そんな事を言っちゃったのなら疑われても仕方ない…よね」 恐縮したように身を縮め、萎れてしまったカカシの様子に、イルカは表情を和らげた。 カカシの隣に座ると、バーテンダーに軽い飲み物を二つ頼む。 「…酔ってしまって、記憶が飛ぶのは誰でもある事です。………でも…その、貴方の言ってしまった言葉に全く心当たりは無いのですか?」 イルカに言われて、カカシは指先を噛みながら一生懸命考えた。 「ん〜、もしかして貴方にプロポーズされた夢でも見たっけかなー、と思ったんだけど。…あいにく、見た覚え、無いんだよねー。酔って、夢と現実をゴッチャにするのって、結構やりそうだからオレ。………子供の頃から、寝ぼけては夢の………」 そこでカカシは「アッ」と小さく声を上げた。 「………もしかしたら!」 「カカシさん? 何か思い当たりましたか」 カカシはこく、と頷いた。 「せ………先生違い、だ………」 「先生…違い? ………あ!」 言われて、イルカも気づいた。 木ノ葉の里が、昔から取っている師弟制度。 大抵の者が学校で忍としての基礎を学んだ後、下忍となってスリーマンセルの班を組まされ、そこに上忍の指導者がつく。隊としての基本、フォーマンセルでの動き方を覚えていく為だ。 学校の時の先生とは別に、下忍時代の上忍師がその忍にとっての本当の意味での師匠となり、『先生』と呼ばれる。 カカシにとって、そう呼ぶべき人物は――― 「………よ、四代…目?」 カカシはコクンと頷いた。 「あの………まさかですが………カカシさん、四代目とそういうお約束………を?」 イルカが『まさか』と言ったのは、かの四代目火影が亡くなったのが、もうかれこれ十年以上前の事だからだ。 彼が亡くなった時、カカシはまだ十五にもならない少女だったはず。 「…んっと………ええ、まあ。…先生は、オレをお嫁さんにするって、言ってくれていたんです。……オレがもっと大きくなったら。………十六になったら正式に婚約して、十八になったら、結婚しようって。………でも、先生は…オレが大人になるまで待ってくれなかった。………お、嫁さんに………してくれるって………言ったのに………」 ぼろ、とカカシは涙をこぼした。 バーテンダーは声を潜めてコソコソとイルカに囁く。 「その、先生って人が、この方を裏切ったんですか?」 木ノ葉の里において、『四代目』が四代目火影のことであり、既に亡くなった英雄だというのは周知の事であるが、里の事情に疎い若者には通じなかったようだ。 イルカはひっそりと言葉を返す。 「いえ、不可抗力です。………その方は、亡くなったので」 バーテンダーは、息を詰めて黙ってしまった。 だから、『先生の大嘘つき』だったのだ。 『嫁』がキーワードとなり、彼女の記憶を揺さぶり、アルコールに酔った勢いがあのセリフを吐かせた。 イルカは、ポケットからハンカチを出して、カカシに渡した。 「ありがと………」 「…四代目様が相手では、俺は敵いませんね」 カカシは涙をハンカチで拭い、キョトンとイルカを見た。 「…どうして? オレ、今でもミナト先生のことは好きだよ。何でオレを置いて死んじゃったんだよーって、思うと今でも哀しいよ。………でも、だからってもう彼以外の人は見ない、何て思わないもん。………今、オレの肩を抱いて、涙を拭いてくれるのは、イルカ先生じゃないか」 チャクラの消耗を抑える為に、額当てをしていない時のカカシは左眼を閉じている。 残された彼女の深い瑠璃色の瞳が、真っ直ぐにイルカを見つめていた。 「………さっきの、質問の答え。…オレは今、アナタの他に恋人はいない。オレの男は、イルカ先生だけ」 ふ、とイルカは微笑んだ。 「ありがとうございます。…俺も、謝らなければ。あんな質問をして、申し訳ありませんでした。…貴方を少しでも疑った俺を、許してください」 「や………それは、さ。…オレがセルフコントロール出来ないほど酔った所為だから。…疑われるような事を言ったオレが悪いんだ」 うふふっとカカシは嬉しそうに笑った。 「でも、何だか嬉しいなー。イルカ先生が妬いてくれたなんてー」 「笑い事じゃないですよ。………俺は、自分がこれほど狭量で嫉妬深い男だとは思っていませんでした。…危なかったんです、本当に。………貴方のお相手を殺し、貴方をも手に掛ける夢を…悪夢を、何度も見ました。……このままでは、本当に貴方を殺してしまう。………その可能性に気づいた時、身も凍る思いをしたんですから」 「それで確かめようと思ったんだね。…疑心を抱いたままでいると、無意識に例の術を使ってしまいそうだから」 例の術って何だろう、とバーテンダーは内心首を傾げたが、もう自分は口を挟むべきではないと判断して、黙ってグラスを磨いていた。 「…オレに、本当に婚約者がいたら、どうするつもりだったの?」 「そりゃ、これ以上貴方とお付き合いするのは、おそらく無理だと判断して、お別れしますよ。で、万が一を想定して、例の術は火影様に封印して頂きます。……これは仮定の話ですが、初めから複数いる貴方の愛人の一人になれ、という話でしたら、きっと俺は自分の心の中に線を引いて、感情をセーブする用意をしてから貴方と付き合ったでしょうけどね。………そうじゃ、なかったから」 カカシは銀色のまつげを伏せ、そっと唇の端をあげた。 「………これも仮定の話だけど。もし、アナタがどこかの女と浮気をしたら。………オレもたぶん、殺したくなっちゃうと思うよ。…その女と、アナタをね」 イルカは数秒黙ってカカシの言葉を反芻し、おもむろに頷く。 「………ああ、なるほど。さっき貴方が『嬉しい』って仰ったのがわかりました。……うん、結構嬉しいものですね」 「でしょ? わかるでしょ? …でね、アナタにだったら殺されるのもいいなー、とかチラッと思っちゃったんだけど、オレ」 「あー、そうですね。そういう理由で貴方に殺されるってのは、悪くないですねえ」 誤解も解け、すっかり仲直りしたはずの恋人達の会話は、何故か相変わらず物騒だった。 忍者ってみんなこうなんだろうか、とバーテンダーは物憂くなる。 やはり、自分にはついていけそうも無い世界の人達だ。―――だけど。 バーテンダーはチラリと銀髪美人を盗み見る。 何にせよ、彼女が笑っているのはいい事だ。 美女には涙も似合うが、どうせなら哀しい酒は飲んで欲しくない。 「………そういえば、ずっと煙草を吸ってらっしゃいませんね。………やめたのですか?」 「ん? ………うん」 「…俺が、やめた方がいい、と言ったから…なんですか?」 「………ん。…だって…身体に悪いって。……子供を産むつもりがあるなら、やめた方がいいって、そう言ったでしょう? イルカ先生」 「そうですね。…そう、言いました」 カカシはポッと頬を赤らめ、小さな声で付け足した。 「…イルカ先生は、煙草を吸う女に、自分の子供を産んで欲しいとは思わないだろうなって………思ったし」 カウンターに置かれたグラスの中で、氷がカラン、と涼やかな音を立てた。 ◆ 「いらっしゃいませ。お久し振りですね、カカシさん」 「んー、ちょっと任務でゴタついててね。明日は久し振りのオフだから、飲みに来たの。…ね、この間の新作サラダって今日はある?」 最初の二度ほどは私服で来ていたカカシが、忍服で来た時は『本当に忍だったんだな』と驚いたバーテンダーだったが、何回か彼女がその姿で訪れるうち、忍服姿の方に慣れてしまった。 「あ、気に入って頂けましたか? 嬉しいですね。ありますよ。今、お出しします」 あの、『カカシが婚約者に振られてヤケ酒を飲んでいた』という噂は、数日のうちに消えた。 店の中でその噂が話題にのぼる度、バーテンダーがさりげなく口を挟んで噂を否定し、あれは誤解だったのだと客達の耳に吹き込んでくれたおかげだった。 それを知ったカカシは、感謝の気持ちだと言って高価な酒をボトルキープし、月に何回か足を運んでくれるようになったのである。 「…そうだ、これ新作カクテルです。お味見してください。貴方が美味しい、と言って下さったものは売れるんですよ」 「あー、オレを宣伝に使うなよー。…でもま、オレもアンタの新作楽しみだから、いいけど。…ん、これも美味しいね。…好みとしては、もう少し爽やか感が欲しいかな」 「わかりました。研究しておきます。…ところで、イルカ先生はお元気ですか?」 カカシはわざと顔を顰めてみせる。 「元気は元気だけど、相変わらずよ。…オレ以上に忙しくてねー。あんまり構ってくれないんだよ〜」 「それはお寂しいですねえ」 「ま、ね。…でもいいの。…オレ達はねえ、逢えなくてもココロが繋がってるし。物足りなくなったら、夜中に襲いに行くからさ」 「おや、ご馳走様です」 あはは、と銀髪の美女は笑った。 バーテンダーも今では、この美女が里でも屈指の上忍で、写輪眼という特殊能力を持つ『凄い忍者』なのだと知っている。 だが、彼女はそんな肩書きなど振りかざす事も無く、ごく普通に店に立ち寄り、二、三杯の酒を楽しんで帰っていく。 「…で、今日のご気分は? カカシさん」 「そうね。…ドライ・マティーニかな?」 「かしこまりました」 こんな人と会話を交わせるなら、忍の里でバーテンダーをやっているのも悪くない。 彼は微笑んで、ミキシンググラスに手を伸ばした。
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………ここの四代目もです。(笑) 夫婦シリーズの四代目は、カカシちゃんが大きくなったら、自分の嫁にしようと思って育てていましたけれど。 この、バッチリくノ一のカカシさんの師匠でもあったハズの四代目さんは、早々にプロポーズしてカカシさんをキープしておいた模様。 ………カカシさんが5歳くらいの時に、お父さんに『娘さんをください』をやってたりして。 んでもって、お父さんに『キミが火影になったら、娘をやる』とでも言われて―――いたかもしれない。(笑)………面白そうだ………書こうかな、そのネタ。
そして、書きました。書きたくなった時が書き時。 |
END