分岐点−1

 

その衝撃は、カカシとイルカの想像を遥かに超えた。
イルカの眼前でカカシの指が素早く印を結び、咄嗟に防御壁を張ったが、それは『無いよりはマシ』
程度の効力しかなく、カカシとイルカの身体は解呪の反発を受けて後方に吹き飛んでしまった。
(…カカシ先生……ッ)
薄らぐ意識の中、イルカはカカシの名を呼ぶ。
カカシは背後からしっかりイルカを抱き締めてくれていた。
(ああ、そこにいるんですね…最期まで、傍にいてくれるんですね……)
その感覚にイルカは安心して意識を手放した―――




「うわおわおげぅ……ッッ!!!」
なんだかうるさい悲鳴だ、とカカシはのんびりとその『悲鳴』を聞いていた。
次の瞬間、カカシは目を見開く。
「イルカ先生っ?」
がばっと身を起こして、カカシはきょろきょろと辺りを見回した。
と、すぐに見慣れた黒髪が目に入る。
カカシはすぐさまイルカを抱き起こした。
イルカは意識を失っているようだ。
「しっかり…しっかりして下さい…大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃねえっっ! どけええっ!! いつまで人の上に乗っかってやがる! ボケェェッ」
「…え?」
その口汚い罵り声は愛しい恋人の声ではない。
改めてカカシはその場の状況を確かめた。
「…………どこだ? ここは……」
つい今しがたまで確かに屋外にいたはずなのに、どう見てもここは屋内。
見知らぬ部屋。
「いきなり人の上に落ちてきやがってのんびりしてんじゃねえっての! 降りろよ重いい〜〜…」
語尾は半分泣き声だった。
カカシは恐る恐る自分の身体の下を見た。
どうやら自分と(気を失っている)イルカは見知らぬ部屋のベッドの上にいるようだ。
そして足の下には、元々そのベッドで休んでいたらしい男が毛布の下でジタバタともがいている。
「ああ、すいませんね。よいしょっと」
カカシはイルカの身体を抱えて、ベッドからひらりと降りる。
「何なんだよ! いった……い……」
毛布を蹴り飛ばし、寝ていた男は勢い良く飛び起きたが、カカシとイルカを見て愕然と目を見張る。
「あらま……」
カカシも相変わらずのんびりだが、驚きの声をあげた。
さっきまで自分が尻に敷いていた青年は、自分とそっくりだったので。
「……ええと…」
(…何てマヌケなドッペルゲンガー……)
そして、はっとして抱えていたイルカを床に降ろす。
「悪いけど、話は後! イルカ先生っしっかりして下さい!」
イルカはまだ意識を取り戻さない。
カカシにしてみれば、異常なこの状況よりもイルカの命の方が重大だった。
「……出血が……」
衝撃は、イルカの身体のあちこちを切り裂いていた。
カカシはイルカに庇われた形になり大して傷は負っていない。
きょとんとしてカカシがイルカの傷を診ているのを見ていた青年は、恐る恐る声を掛けてきた。
「あの……消毒薬とか…なんか、要る?」
「要る。清潔な布と、あとお湯」
フローリングの床にイルカから流れる血がじわじわと広がっていくのを見た彼は、カカシには理解不能な単語の混じった提案をしてきた。
「…あのさ、それより救急車呼んだ方が良くない…?」
「何を呼ぶって?」
カカシと同じ顔をした青年は少し苛立った声を上げる。
「救急車! 病院で手当てした方がいいんじゃないかって言ったの!」
「……ああ、病院ね。…いや、大丈夫。……出血はしているが、深い傷は無いから、オレでも手当て出来る」
それに、血がイルカの体内から毒気を一緒に排出しているのに気づいたカカシは、危険ギリギリまで体内から血を抜いた方が良いと判断したのだ。
「あんたの部屋だよな、ここ。…いきなり降って湧いた上、床を汚して悪いけど…もうちょっといさせてくれ。今、イルカを…この人を動かすわけにはいかないから…」
カカシはひょいと口布を下げた。
自分とそっくりな青年に微笑みかける。
「ねえ、『カカシ』君」


※注:同じ名前の人物が二人ずついてややこしい為、表記を変えます。
忍者の方はカタカナのまま。大学生の方はひらがな。




「オレさあ、あんた知ってる。…忍者だろ?」
傷の手当てを終え、目は覚まさないが呼吸の落ち着いてきたイルカを青年の厚意でベッドに寝か、カカシは青年と向かい合ってお茶などすすっていた。
「うん。…オレもあんたを知ってるな。……夢で見た」
かかしはがばっと身を乗り出す。
「夢! そうだよオレもここんとこずっと……夢で見てた。自分の事みたいに」
カカシはハハハ、と力無く笑う。
「何だろうねえ。お互い、相手の事を夢で見てたっての? …ああ、そうだ。あんたと暮らしているいるか君はどお? なんか、彼も怪我したみたいじゃない」
「あ、いるか? 大丈夫。手術上手くいったしさ。あいつ、頑丈だから。…もう三ヶ月も入院しているけどね。そろそろ退院出来るんだ」
「………三ヶ月…? ふうん、そっか…丸っきり同じに時間が流れているわけじゃないんだな…」
「時間…? ああ、そういやあオレ同じ場面何回も見たりしたっけな…」
かかしはまたもガバっと身を乗り出す。
「オレも知りたい事あるんだ! あのさあ、何か敵の術を二人で何とかしようとしてたじゃない。
オレ、そこまでは見たの。……上手くいった?」
カカシはポリポリと頭をかいた。
「ん〜〜〜…たぶんね。オレ達、その術の反発くらってぶっ飛ばされちゃってさ…気づいたら、あんたの上だったんだよね」
「うっわ〜…よくわかんねー……」
かかしは天井を見上げてため息をついた。
「でも、本当にいたんだね。あんた達。………そっちのイルカさんは? もう大丈夫なん?」
ああ、とカカシは頷いた。
「血と一緒に毒を抜いたから。……傷は多いけどね。チャクラもかなり消耗したんで、当分起きられないかもしれないけど」
「……あんたも顔色、悪いよ…?」
カカシはイルカの術のサポートに入ったのでイルカ程は消耗していないものの、術の前にかなり体力もチャクラも使っていたので実の所身体はだるくて仕方なかった。
「うん……ちょっとね。疲れているだけ。…それと、まだこの事態に現実感なくてさあ。…ここ、オレのいた世界じゃないんだよなあ……ちっ…術の反発が激し過ぎて空間を捻じ曲げたかな……」
ふとカカシは身を起こしてかかしの顔を覗き込んだ。
寝起きのかかしは、普段は入れているコンタクトレンズを入れるのが面倒で眼鏡をかけている。
そのレンズ越しの左眼をカカシは覗き込んだのだ。
「……あんたの左眼は普通だな」
「何よ、それ。見りゃわかるっしょ? あ、視力はねー…殆ど無いけどね」
「……見えない? そっか……」
カカシは写輪眼を額当てで隠したままだった。
「……ま、この世界は平和みたいだから、それでいいんだろうな」
「あんたは何で隠してんの?」
いるかがこの場にいたら、そのストレートで不躾な物言いに『教育的指導』の一撃がかかしの後頭
部に入ったかもしれないが、当のカカシは気に障った風でもなく唇の端を上げただけだった。
「…写輪眼っつってね、まあ忍者にはちょっと便利な機能がある眼なんだ、こっちは。…でもねえ、
晒したままだと人に無用の不快感やら恐怖をばらまいちゃうの。それに不用意に眼の能力が発動す
るとオレが疲れるんだよね。だから隠してんの。普段は」
かかしはふうん、と相槌を打った。
「便利に使える時もあるんなら良かったねー」
便利どころか。
この異能のおかげで、カカシは何度も死地をくぐり抜けてきている。
「もらいもんだけどね」
「へええ。オレも機能付きの眼なら義眼でも良かったのになあ。瞳孔が動かねえから眩しいんだよねー、こっち」
あっけらかんとしたかかしの言い方に、カカシは苦笑した。
「まあ、片ッポ普通に見えてりゃいいか」
「そうそう。時々遠近感狂うけどねー」
見えていると言ってもかかしの右目は近眼の上乱視なので、眼鏡かコンタクトレンズが必要だったが。
「オレは手裏剣当て損なった事なんかないよー。間合いは空気を読むんだよ」
「簡単に言わないでよねー。オレは一般人よお? お兄さん、忍者じゃん」
そこでふとかかしは口を噤んだ。
じっとカカシの顔を見る。
「……? 何?」
「…お兄さん…に見えたんだよね。…オレ、十九。……お兄さんは?」
「オレ? オレ二十七」
「嘘ぉ?!」
かかしは仰け反った。
「見えねーっ! 見えねえよ。ちょこっと上っぽいと思ったけど、そんなに上なのお? …あ、ひょっとしてあっちのイルカさんもー?」
「あ? イルカせんせはオレより年下だよ。…えっとー…今年で二十三…か? 確か」
かかしはまた仰け反った。
「四つも年下の男と寝てんの? あんた」
カカシの青白かった顔色が赤く変わっていく。
「………………そんな所まで見やがったのか、このガキ…」
カカシのオーラが変わったのに気づいたかかしは思わず後ずさる。
「……え…その、見ようと思って見たんじゃないもん……最後まで見てないしさー……あ、でもあんたも見てんじゃないの? その……」
今度はかかしの方が赤くなって俯いてしまった。
「…………いるかクンに甘えまくっているとことか?」
「う」
「安心しろよ。お前らのベッドインなんざ見てないよ、オレは。…こっちの世界の夢なんか、2、3回しか見てない。……妙な夢だと思っていただけで……」
カカシは言いよどんで顔を伏せた。
「……ふうん。あ、あのねー、さっき言ったのさ、ちゃんと言うね。…お兄さん達がさー…ベッドでキスしてんの、見ちゃったんだよね。何かリアルにシンクロしちゃってさー…オレ。自分がキスしているみたいで、でもそこで目ぇ覚めちゃってー。あれって、いるかの隣で寝てた所為だと思う
んだわ。んで、困った状態になっちゃってさー…結局、いるかにしてもらっちゃった…だから、そっちも絶対してるって思っただけ」
あは、とかかしは笑う。
「オレさ、あいつが好きなんだよ。……あんたなら笑わないよね。…オレ、あいつが事故ったって聞いた時、心臓止まるかと思った……あいつ死んだら、撥ねたヤツ殺してやろうと思ったくらい…」
カカシは事もなげに応じた。
「何故笑う? オレだったらイルカを殺されたら確実に殺した奴を殺る。相手が誰でも」
「………」
かかしは自分の8年後かもしれない男の顔をまじまじと見た。
「…あのさ……忍者…ってやっぱ、人…殺したり…すんの…?」
カカシの答えはまたあっさりしていた。
「当たり前だ。オレはそれが仕事だ。……里の中でもオレは暗殺専門の部隊にいたからな。…ま、殺しだけが忍の仕事じゃないが」
かかしはそっと、奥の部屋で眠っているもう一人の忍者の方を伺う。
「……あっちのイルカさんも……?」
「…そりゃ……彼だって中忍だからな…まったく殺生せずに生きてこられたはずはない。今は彼、アカデミーで子供に忍術を教えているから……血生臭い仕事から離れているけど」
かかしはポン、と膝を打った。
「あ! それで! ……それで『先生』だったんか。いやー、何であんたら、お互いを『先生』って呼んでいるのかなーって思ってたんだー…あれ? あんたも先生?」
「……まーね…オレはイルカ先生とはちょっと違うけど……彼は学校で基礎を教えているけど、オレはその学校を出た子供を預かって実地訓練する教官だから」
ふうん、とかかしは相槌を打った。
「そっか…あ、ごめん。……あんたも疲れてんのに話させちゃって……あのさ、もうひとつベッドあるから…休んだら?」
カカシは手当てをした傷をそっと押さえて微笑む。
「…ああ、ありがとな…ま、オレはもう少し起きてても大丈夫。…って言うかね、彼が眼を覚ますまで…眠る気になれない……悪いね、いきなり降って湧いた上に迷惑かけて…」
かかしはウウン、と首を振った。
「不可抗力なんだから気にすんなって。…それにオレ、ちょっと…いや、だいぶ面白い事態だなーって思ってるとこだから。あ、じゃあ何か食う? 腹減ってない?」
全く別の世界から来た『自分』を目の前にして、その珍現象を単に『面白い事態』と一言で片付けるこのかかしという男は、確かに自分に似ているかもしれない、とカカシは苦笑した。
「ああ。…そうだな…じゃあ、何かもらえるかな」
「あ、ラーメンくらいしかないや…オレも腹減っちゃった。ねー、そっちにカップ麺てある? あ、ラーメンてわかる?」
先刻の会話で『救急車』が彼に通じなかった事を思い出して、かかしは一応確かめる。
「んー? カップラーメンくらいわかるよ」
「そっか。じゃああんまし面白くないねえ…」
「いや…別…にオレは腹が膨れればいいから…面白くなくても…」
そーだね、とかかしは応じてケトルに水を入れた。
「いや、せっかく別の世界から来たんだからさー、そっちに無いもの体験した方が面白いだろうと思ってさ。…ねえ、醤油とミソ、どっちがいい?」
「…じゃあ、醤油」
「おっけー」
かかしがカップラーメンを作っている間、カカシはイルカの様子を見に行った。
呼吸はすっかり平常になり、毒に冒されてひどく悪かった顔色も、少しだが良くなっている。
カカシはそっと、布で彼の額に浮いていた汗を拭った。
「…イルカさん、どう?」
かかしも後ろからそっと顔を出す。
「…うん。だいぶ落ち着いてきたな。…たぶん…大丈夫だと思う…この人も頑丈だからね。見かけよりタフだし」
イルカの額当てはあの衝撃で弾き飛ばされてしまった。
解呪の術があの場で行われた事は、すぐに知れるだろう。
イルカの額当てと、おそらくは飛び散った血痕だけが残された現場を見て、皆はどう思うだろう。
解呪と引き換えにイルカもカカシも消滅したと、そう思われるだろうか。
「そっかー。ならいいけど…あ、イルカさん目を覚ましたら、何か栄養のある物食べた方がいいね。…どういうのがいいのかなー…ああ、いるかがいたらなー…あいつ料理上手いのに…」
「そっちも、いるかがメシ作ってんだ。…この人もね、上手いよ。…オレ、この人が作ったメシが一番好きだ……」
カカシが眼を柔らかく細めてイルカの髪をかき上げる様子を、かかしは複雑な思いで見ていた。
恋人を奪われたら、奪った相手を躊躇無く殺すと言い切った男。
それは愛情の深さを示すものではあったが、かかしと彼とのモラルの差を示す言葉でもあった。
だが、傷ついたイルカを切なげに見る彼に、かかしは自分をだぶらせる。
事故に遭い、重傷を負ったいるかを見ていた自分は、きっとこんな眼をしていたに違いない―――
タイマーがインスタントのカップ麺が出来上がった事を軽やかな電子音で告げている。
かかしは立ち上がり、せめて漬物くらい出そうかと冷蔵庫を覗き込んだ。




イルカの意識が浮上し、最初に眼にしたのはふわりと風に靡く白いレースのカーテンだった。
ほんの少し開けられているらしい窓の隙間から、少し冷やりとした風が入ってくる。イルカはその空気の気配で、まだ陽はそれほど高くは無いのだと知覚した。
まだ覚醒しきっていない意識がイルカに違和感を訴える。
「ええと……」
自分の部屋に、こんなレースのカーテンはつけていない。
だとすれば、ここは病院か。
身体のあちこちが上げる悲鳴で、自分が怪我をしている事を見るまでも無く自覚していたイルカは、
自然に病院を思い浮かべ、戸惑った。
それにしては病院特有の匂いがここにはない。
そして、何故自分はこんな怪我をしているのだろうという疑問が頭をもたげた瞬間、思い出した。
「竜巻はっっ!」
叫んで飛び起きかけたイルカを、誰かの手が優しく制した。
「…急に起き上がってはいけません。…解呪はおそらく成功しました。アナタは術の反発で怪我をしましたし、呪符の毒でだいぶ弱っています。…無理をしないで…」
「…カカシ…先生…」
イルカはカカシの顔を見て、ホッとしたように力を抜いた。
「貴方は…お怪我は…?」
「オレは大した事ありません。アナタが庇ってくれたから。…それよりね、イルカ先生!」
「は、はい…!」
カカシはきっとイルカを睨みつけた。
「どうしてあんな無茶をしたんです! 死ぬつもりだったんですか? どうして…あんな術、一人で解呪しようなんて無茶にも程があるでしょう!」
明らかに怒っているカカシを見て、イルカは申し訳なさそうに首を竦めた。
「ええ。…死は覚悟の上でした。…俺のチャクラじゃ、命と引き換えでも解呪に成功しないかもと…それは不安でしたけどね。でも、時間が無かったでしょう。…あれ以上街に近づいてからじゃ、誘導して方向を変える際に被害が出る。上忍方の指示を仰がなかった事はお詫びします。…如何様にもご処断下さい」
カカシは唇を噛んだ。
「……そんな事を言っているんじゃありません…アナタの判断は間違ってはいなかった。確かに、城と都を救うには…誘導して、解呪を試みるしかなかったんです。…そうです…アナタが城に施された呪符を発見して持ち出さなければ…手遅れになっていました。……現場の上司としては、その判断を否定しません。よくやった、と褒めるべきでしょう……でも…!」
カカシはイルカの手をぎゅっと握る。
「………怖かった……アナタを失うかもしれないと…あんなに怖い思いをしたのは初めてです……アナタの姿を必死で捜した。必死の思いで後を追った……」
イルカの手を握るそのカカシの指にも幾つものテープが巻かれ、それでもカバーしきれない細かい傷があちらこちらに走っていた。
そのカカシの手を、イルカは痛ましそうに見る。
そしてふと、淡い笑みを浮かべた。
「……もう、貴方に逢えないと思った…それだけが心残りでした…」
カカシは顔を上げる。
イルカがそっと手を伸ばし、カカシの頬に触れた。
「…来て下さって、とても嬉しかったです……ありがとうございました…本当に、嬉しかった…死を覚悟したあの瞬間でさえ、俺は幸せでした。最期まで貴方が傍にいてくれる。…そう思って俺は……」
「…イルカ先生…」
今にもキスをしそうな雰囲気で手を握り合う二人の背後で、躊躇いがちな咳払いが聞こえた。
「…えーと、いいムードのとこ、お邪魔して悪いんだけどぉ…」
イルカはその声に驚いて、カカシの背後を見遣った。
そして、目を見開く。
「え?」
そこには、何となく気まずそうな顔をしたカカシそっくりの青年が佇んでいた。
「えええっ? カカシ…先生…ッ…何で朝っぱらから影分身なんかやっているんです…?」
カカシは「ああ」と後ろを振り返った。
「ごめんごめん。つい盛り上がっちゃった。…イルカ先生。こちらが、この部屋の主でかかし君。…ちなみに、オレの影分身でも、歳の離れた双子の兄弟でもありません」
歳の離れた双子って何じゃい、とかかしは小さく突っ込みを入れたが、まさしく彼らの容貌は彼の言った通りだったから仕方ない。
「初めまして〜はたけかかしでーっす」
何となく間抜けだなあと思いながら、かかしはイルカに挨拶する。
「…は…じめまし…て。…うみのイルカです…」
イルカは反射的に挨拶を返す。
だが、彼の脳はまだこの事態をきちんと把握出来ていなかった。
「イルカ先生。よっく聞いて下さいね。…ここは、オレ達が元いた世界じゃないんですよ。…オレ達、解呪の術の反発の影響で、どうやら次元の違う世界にぶっ飛ばされたみたいなんです。…ここにはご覧の通り、オレに良く似た子がいてみたり、アナタにそっくりな男もいるみたいなんですよ。…でも、そのままそっくりじゃなくて…まあ、例えば、この世界には隠れ里も忍者も存在しません。…木 ノ葉の国自体が無いんですよ…」
カカシの説明に、イルカはぽかんとしていた。
無理も無い。荒唐無稽過ぎる。
「別の…世界…? そんな…」
「ま、俄かには信じ難いでしょうけどね。…オレだってね、そんなバカな、と思いますよ。…でも、窓の外を見ればわかる。…こんな街、オレは知りません」
「そうそう。芸能人でもないのに、こんな凝ったドッキリカメラやらないしさ」
カカシはかかしの事を指差して苦笑した。
「ほらね。…時々意味不明な事を言うんですよね、このかかし君」
「あれ? テレビはあるって言わなかったっけ…まあいいか。ねえ、それよりイルカさん、怪我の具合どお? 何か食えそう? あのさ、取りあえず水分は摂った方がいいと思うんだよね。…これ、スポーツドリンク。そっちにない物だったら、始めは妙な味だと思うかもしれないけど、失われた体内の水分を補給するには最適なんだよ」
かかしが差し出したコップを、イルカはそっと受け取って微笑んだ。
「ありがとう…」
イルカはコップのふちで少し唇を湿らせた後、一息に飲み干した。
「…ふう…確かにあまり馴染みが無い味だけど…美味かったです」
「良かった」
かかしはニコ、と笑うと、カカシを振り返った。
「後はオレがやるからさー、お兄さんはちょっと寝なよ。イルカさん意識が戻ったんだから安心したろ? あんた全然寝てないじゃん。ホラ、あっちのベッド使っていいから」
カカシは素直に頷いた。
イルカの声を聞いて、ホッとした所為で俄かに睡魔が襲ってきたのだ。
「すいません。…オレ、ちょっと寝かせてもらいます。……んじゃ、かかし君、悪いけどイルカ先生頼みます…」
「すいません。…ずっと付いてて下さったんですね…」
恐縮するイルカの身体をカカシはぽんぽん、と布団の上から優しく叩く。
「気にする事じゃありません。…オレはそうしたくてしたんです」
カカシは身体を屈め、イルカの唇に軽くキスした。
「…カカシせんせ…っ」
イルカはかかしの眼を気にして慌てたが、かかしは驚きもせずニコニコしている。
「いーなー。オレのいるかも早く帰って来ねえかなあ。…あんまり見せつけないでよねーお兄さん達」
「だからって、イルカ先生にちょっかい出すなよ、クソガキ」
「ハハハ、心配なら見張ってれば? 寝ないで」
カカシはかかしの頭を軽く小突いて、イルカに向かって苦笑して見せた。
それを見たイルカも、何となく理解する。
この世界のかかしは、カカシとは別人だけど…それでもどこか似通った部分を持つ存在なのだと。
そしてイルカは、この世界にいる『自分』もやはり『カカシ』を愛しているのだろうかと、妙に落ち着かない気分になったのだった。

 

 



 

えー、『間』におきましてラストできっぱり亡くなってしまったイルカ先生が「もしも」あそこで死ななかったら。
というもう一つの世界の話です。多重パラレル。
………死にっぱなしじゃ寝覚めが悪いというか。

思えばこれがクロスオーバーモノの発端。(笑)

 

NEXT

BACK