旅は道連れ世は情け
〜日光観光編〜
6
オレ達が泊まっているホテルに案内すると、紅姉ちゃんは「まあぁ」と声を上げた。 「ちょっと! ここに泊まっているの? まーナマイキ」 「………教授のご希望だよ。伝統のあるクラシックなホテルってことで、興味を持ったみたいで」 回転ドアをくぐって建物に入った姉ちゃんはふぅん、と相槌を打つ。 「面白いホテルみたいですものね。わかるわ。…ねえ、ロビーに化粧室あるでしょ? どこ? 汗かいたからお化粧直してきたいのだけど」 えっと………どこだろ。オレはロビーを見回した。 さっきもチェックインしてすぐ部屋に上がっちゃったから、ロビーのトイレなんて知らないよ。 「…たぶん、あると思うけど……ホテルの人に訊かないと」 オレがすぐに答えられないでいると、横から親切な声が。 「右側の奥ですよ、レディ」 「あら、ありがとう」 と、声の方を振り返った姉ちゃんの表情が固まった。 そこには、金髪の美形さんが愛想よくニコニコと微笑んでいたのだ。 ………ゴメン、姉ちゃん。この人に会う前に、化粧直したかったんだよね……… 「こちらの美しいレディが、イルカ君のお従姉さん?」 イルカは、苦笑を堪えながらハイ、と頷いた。 「母方の従姉で、夕日紅です。紅姉ちゃん、こちらがカカシの雇用主さんのファイアライト教授」 教授はとびっきりの笑顔で手を差し出した。 「ミナト・W・ファイアライトです。初めまして、紅さん」 紅姉ちゃんはさすがだった。 普通の女性なら、うろたえてしまうであろうこんな場面でも、堂々と胸を張ってしとやかに手を持ち上げる。 しゃら、と彼女の白い手首でブレスレットが音を立てた。 「初めまして。夕日紅と申します。従弟がお世話になっております」 教授は彼女の手を取り、指先にキスをする。たぶん、唇が触れるか触れないかの軽いものだろうけど。 「いえいえ。僕の方こそ、イルカ君には色々とお世話になっているんですよ」 「急にお邪魔してしまって、すみません。…まさか、こんな所でこの子達に会うなんて、思いもしなくて」 「本当に、奇遇ですね。…ここでお会いしたのも何かのご縁です。ぜひ、お食事をご一緒に。……貴方のような美しい方が同席してくださるのは大歓迎です」 「まあ、お上手。…ありがとうございます」 うおお、姉ちゃんお見事。何も知らない人が見たら、完璧しとやか美人だわ。 「あ…先生、父さんは?」 「サクモさん? ……は、まだ部屋だよ。夕食の時間まで後三十分くらいはあるし。………でも、もしかしたら眠ってしまっているかもしれないから、様子を見てくるよ」 「わかりました。お願いします」 ここは、鍵を持っている教授にお任せしよう。 教授は、姉ちゃんに会釈した。 「すみません、という事でちょっと失礼します。…後程、またレストランでお会いしましょう」 「あ…はい」 教授の背中を見送った姉ちゃんは、ほうっとため息をついた。 「………あーもー…いきなり出てくるんだもの〜。びっくりした。聞きしに勝る美形だわね。………やだわ、こんな化粧崩れした顔で」 オレは慌ててフォローする。 「だ、大丈夫だよ、姉ちゃん。別に、おかしくないよ? …口紅、綺麗についてるし、ファンデーションもヨレてないから」 そうそう、とイルカは頷いた。 「見合いじゃないんだから、気にする必要ないって」 姉ちゃんはキッとイルカを睨んだ。 「そういう問題じゃないのよ! …ったく、デリカシーの無い男ね!」 「姉ちゃんは、化粧しなくても美人なんだから、いいじゃないか」 姉ちゃんは唇を尖らせた。 「だから、そういう問題じゃないって言ってるのよ。………ああもう、いいわ。とにかく、お化粧直してくる」 姉ちゃんはチラッとオレらを眺めた。 「あんた達も、ご飯の前に着替えてらっしゃい。シャツが汗で濡れているじゃないの。そのままだと風邪をひくわ。ちゃんと汗を拭くのよ、二人とも」 こういう所が、『姉ちゃん』なんだよなあ。 「そうだな。着替えてこよう、カカシ」 「うん。…あ、姉ちゃん。七時に、二階のダイニングだからね。入り口で待っているから」 「わかったわ」 彼女はいそいそと化粧室に向かった。 オレと二人きりになったところでイルカはため息をつき、「すまん」と謝った。 「何? お前が謝ることないじゃん」 「………でも、彼女は俺の従姉だ。……食事が済んだら、俺が送っていくよ」 「それはいいけどさあ、マジ、どうしたんだろうねー……姉ちゃん」 本当に、何でこんな所に一人でいるんだろう。謎過ぎる。 「………さあ、な」 「もしかしたら………独りにしない方がいいんじゃない?」 「独りになりたくて、こんな所にいるのかもしれないぞ?」 あー、そういう事もあるか。 「でも、そうならオレらに声掛けてこなかったんじゃね?」 イルカはム、と眉根を寄せた。 「それもそうか。………いや…たぶん、彼氏とケンカしたとかそういう事だとは思うんだけどな。ちょっと、頭を冷やしに一人旅って、彼女のやりそうな事だから」 ………そういう時に、ああいう美形の男(教授だ)とメシを食うって………何だか、ややこしい事にならないだろうか。ちと、不安。 まあ、教授と猿飛先生は男としてタイプが全然違うけど。 教授のスマートな紳士っぷりに、姉ちゃんが惑わされないことを祈るのみだな。 七時五分前に部屋から出ると、ちょうど向かい側の扉も開いた。 ………やっぱ、ホテルの夕食ってちゃんとした格好すべきだったんだろうか。 教授はネクタイをしめてパリッとした格好に着替えていた。教授に続いてサクモさんも廊下に出て来たんだけど。こちらもきちんとした服に着替えていたんだよね。 オレとイルカは、ネクタイなんか持って来なかったから普通のシャツだものな。 ま、着替えてきただけでもヨシとして欲しい。 それより、サクモさんだ。 夕食前に休みたいだなんて、体調悪くはないんだろうか。 「あの……父さん、大丈夫ですか?」 サクモさんはにこっと微笑んだ。 「はい、大丈夫です。具合が悪いわけではないので、心配しないでください」 教授がわざとらしく身をかがめ、オレに耳打ちする。 「サクモさんったら、休むとか言っていたのに仕事してたんだよ」 「し、仕事?」 「そんな大袈裟な。…ちょっと、何箇所かに確認のメールをしていただけです。休暇中はなるべく仕事を忘れますよ」 そうそう、とサクモさんはイルカに微笑みかけた。 「イルカ君のお従姉さんが、こちらにいらしているのですって?」 イルカは恐縮したように首筋に手を当てた。 「そうなんです。さっき外で、偶然会ってしまって。……申し訳ありません、ご迷惑をお掛けします」 「とんでもない。とても綺麗なお嬢さんだとか。お会いするのが楽しみです」 まーそりゃー…男としては、どうせ同席するなら美人がいいわな? 教授とサクモさんは、実は姉ちゃんが男勝りの肉食系女子だってこと、知らないもんなー……… サクモさんと教授相手に、あの姉ちゃんがどこまで猫をかぶりおおせるのか、お手並み拝見だな。 オレ達がダイニングの入り口に着いた時、ちょうど紅姉ちゃんが階段を上がってきた。 |
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