旅は道連れ世は情け

〜日光観光編〜

 

お茶を飲んだ後、夕食までは自由行動になった。
団体旅行じゃないのに自由行動も無いだろう、と思ったが………どうやら教授は、修学旅行がどういうものかを調べたらしい。
「修学旅行には自由行動時間というものがあるのでしょ?」と、きた。
要するに、各自好きに過ごす休憩タイムなんだろうけど。
………どうやらこの日光ツアーは、修学旅行ちっくなモノが随所で顔を覗かせるらしい。
何の修学旅行なんだかは知らんが、シャレのうちだと思っておこう。
「父さんは夕食まで部屋で休んでるってさ。教授はどっか探検しに行っちゃったみたいだし。オレらはどーする?」
「そうだな。……ココが温泉旅館なら、メシ前にひとっ風呂ってとこだけど。元々が外国人向けのリゾートホテルにンなもん無いしな。………ちょっとそこら一回りして、下調べでもしておくか。明日は東照宮の見学だろう?」
「あ、そーだね。ガイドブックの地図だけじゃ感覚つかめないもんな。一回ざっと見ておくか」
―――と、オレらはホテルから出た。
ちなみに、部屋の鍵はひとつしか無いので、バラバラに外出するとちょっと面倒なことになる。
ホテルから出て、少しブラブラと歩いて行くと、朱塗りの橋、神橋がある。国の重要文化財にして世界遺産なのだそーだ。
昔は、庶民が渡る事など許されず、神事の時や将軍とかの高貴な人が通る時しか使われなかったんだってさ。
今は、料金さえ払えば橋に足を踏み入れることは出来る。
だが、橋本来の用途は為さない。渡った先が封鎖されているのでUターンして戻って来ねばならないからだ。
珍しいモン好きの教授も、一通りの事情を把握した後、さすがに「ここは別にいいか」とパスした。
三十メートルに満たない短い橋を行ったり来たりするのに魅力を感じなかったのだろう。
あの橋は渡るよりも横から姿を見た方がいいし、言ってはなんだが幾ら世界遺産とはいえ往復で三百円って、オレもぼったくってる気がする。
もっとも、橋の修理費とか維持費を考えると、三百円じゃ足りないくらいかもしれないが。
「メシまで二時間くらい?」
「そうだな。七時の予約をしたから」
夕飯は、ホテルのメインダイニングで取ることになっている。
入り口からちらっと見る限り、昼間のコーヒーラウンジよりはずっと高級ホテルっぽい感じだった。
世界各地の五つ星ホテルを知っているはずの教授の眼には、大して高級そうには見えないかもだな。
サクモさんは教授みたいな金持ちではないだろうけど、今までの所業(笑)を見る限り、経済的にはゆとりがあるようだ。金が無かったら出来ないことを結構してくるもんな。それに職業柄色んな所へ行くだろうから、上流のものとはそれなりに接点があるはず。
………そんな人達の眼に、あのホテルはどう映っているのだろうか。やっぱ、『ちょっと変わっているクラシックホテル』かな?
普通の方の橋、日光橋を渡りながら、イルカが呟いた。
「やっぱり、こういう川はいいなあ。見ているだけで涼しげだ」
橋からは、ざあざあと流れる渓流がよく見える。大谷川だ。
「うん、水の量もちょうどいいね。近所にあるといいのになー、こういうところ」
いや、川はあるにはあるんだけど、趣きが違うし。
イルカは笑った。
「そりゃ、山の方に住まなきゃムリだろう。上流で水の流れに勢いがあって、川底が岩や大きな石だからこういう感じになるんだから」
「だぁよねー。平地でこんな勢いよく川の水が流れんのって、台風や洪水ン時しかないもんな」
道路を渡り、長い坂を上って東照宮の方へ向かう。
一応、ガイドブックは買ったしネットでも調べたから、大体の情報(拝観料のこととかね)はつかんでいるんだけど。地図を眺めているのと、実地って違うから。
こういう下見は結構大事なのである。
東照宮、と一括りに言っているが、二荒山神社とか、輪王寺とかもあるし、奥の院まで足を伸ばしたら結構な広さだ。じっくりと見たら一日では足りないだろう。共通拝観券が二日間有効ってのは親切かもしれない。
「………さっき、輪王寺見た時も思ったけどさ」
「うん?」
「結構、人がいるね」
閑静とは程遠いよな。ごっちゃごちゃ人がいて。
オレらもその内なんだけど、そこは棚上げだ。
「………………正月ほどじゃないんじゃないか?」
「…うん。でも、もっと静かなイメージを持ってたよ、オレは」
だって、神社ってお祭でも無い限りは静かなものだと思ってたもん。
「うーん、もっと時期を外せば人も少ないんじゃないか?」
「夏の終わり…秋とか?」
「秋はこの辺りは紅葉で有名だぞ。知らんのか、いろは坂の渋滞」
「あー。そっか………春はお花見? じゃあ、いつなら空いているのさ」
「………正月外した真冬とか?」
………それは寒そうだ。
「そういや、あのホテル天然のスケートリンクあるんだってな。案内に書いてあった」
「プールもあるんだよな? 確か。…何処にあるんだ? そんな施設」
ホテルに戻ったら確かめてみよう、と話しながら、拝観料のかからない部分を歩いてざっと下見をする。
日光山の中には、休憩所やレストランがちゃんとあったのでホッとした。
「………休む所は結構ありそうだね。…良かった」
オレが誰の心配をしているのか、イルカにはすぐわかったようだ。
「サクモさんか?」
「んー。本人は大丈夫って言ってたけど。………やっぱね、長時間の飛行機は疲れるしさ、あの人、他人にすごい気を遣うじゃない。初対面の人といっぱい会って仕事の打ち合わせをするって、精神的にも疲れていそうな気がするんだよね」
「うん、そうだな。……ここ、結構歩き回るし……何だったら、東照宮めぐりは明後日以降にしてもいいかもな」
そうだねー。太っ腹かつ大雑把な予約をした教授のおかげで、日にちにゆとりはあるもんな。
「? じゃあ、明日はどうすんの? ずっとホテルにいても仕方ないじゃん」
ふむ、とイルカは首を捻った。
「……そう遠くないところに、大正天皇の御用邸跡があったはずだ。文化遺産の。…見学が出来るんじゃなかったかな?」
「ふーん。なんか、ここよりは静かそうだねー。帰ったら、先生に相談してみようか」
「だな」
じゃあそろそろ戻ろうか、と回れ右をした時。
こんなところで耳にするとは夢にも思わなかった声が聞こえたのである。
「あぁら、そこにいるのはイルカにカカシちゃんじゃあない? 奇遇ねえ」
恐る恐る振り返ると、そこには。
豊かな黒髪をポニーテールにし、ロングのサマードレスを着た迫力美人が立っていた。ドレスの襟ぐりが大きく開いているから、嫌でも胸の谷間に眼が行ってしまう。
「…………何でこんなトコに…紅姉ちゃんが………」
イルカの従姉、紅姉ちゃんだ。オレも小さい時から知っているので、姉ちゃん、と呼んでいる。
「それはお互い様でしょ?」
「いやでも、オレ達はまだ関東圏だからさ、ここは割と近い観光地だけどさあ………」
姉ちゃんは地元で就職したから、住まいも勤務地も九州なのに。
「だから何よ? 私が日光に来たらいけないの?」
そこでイルカが落ち着き払った一言。
「………姉ちゃん、一人なのか?」
言外に、『彼氏はどーした』と訊いているのである。
姉ちゃんの今現在の彼氏は、イルカとオレが怪我をした時にお世話になった病院の外科医のはず………なのだ。
先生は東京住まいだから、遠距離恋愛だな。
果たして、紅姉ちゃんは眦をきりりと吊り上げた。
「知らないわよ! あんなヒゲクマ!」
オレとイルカは顔を見合わせた。
………ケンカだ。間違いなく、ケンカだ。
「猿飛先生と一緒に来ているの?」
姉ちゃんはツンと顎を上げた。
「違うわよ。ここへは私一人で来ているの。ま、一度くらいは東照宮を見たりとかしてもいいかしらって………」
「へえ。姉ちゃんに文化遺産を愛でる趣味があろうとはね」
「うっさいわねぇ。どうでもいいじゃない、そんなコト。…あんた達こそ、何? また男二人でつるんで旅行? 寂しいヤツらね〜。…そうだわ! 私がその寂しい旅行に華を添えてあげるわよ」
うへえ。ちょっと、面倒くさい事態になりつつあるぞ。
イルカはやんわりと牽制した。
「別に寂しくはないけどな。今は俺達だけだけど、ホテルの方に連れがいるから。二人」
紅姉ちゃんは一瞬驚いたように眼を見開き、それから眉根をきゅっと寄せた。
「………つまり、ダブルデート旅行ってこと? アンタらホテルに彼女達を残してきたわけ?」
違う違う、とオレ達は首を振った。
「オレのバイトの雇い主さんと、オレの父さん」
「ま」と紅姉ちゃんは口元に手を当てた。
「それって、噂の美形外人? きゃ、ちょっとご挨拶したいわぁ。従弟がお世話になっているみたいだしね! カカシちゃんのお父様にもお会いしたいわ」
………何となくね。
そーくるんじゃないかなーって思ってました。
「……ま、ここで一人旅の女性をハブるのは男としてナニだもんね。……夕飯、一緒に食う? 姉ちゃん。ホテルのレストランだけど」
「あら。…大丈夫なの? 食事、私がご一緒しても」
「うん、ちょっと待って」
オレはケータイを取り出して教授に電話した。
「先生? カカシです。…あの、実はホテルの外で、偶然にイルカの従姉に会いまして。…………ええ、そうなんです。それで、夕食、一人増えても大丈夫でしょうか。………あ、手配お願い出来ますか? すみません、よろしくお願いします」
ケータイをパチンとたたむと、指でOKサインをしてみせる。
「先生が今、レストランに言ってくれるって。……喜んで夕食にご招待しますってさ、姉ちゃん」
紅姉ちゃんは、少し困ったような顔をした。
「………それは嬉しいけど………何? 教授って人、日本語話せるんじゃなかったの?」
ああ、そっか。オレが今の電話を、今回のルールに則って英語でしていたからか。
イルカはくすっと笑った。
「今回の旅行、英会話強化合宿兼ねてんだよ。だから、会話はオール英語ってルールなんだ」
姉ちゃんは「えーっ」と声を上げる。
「私、しゃべれないわよ、英語なんか」
「…あれ? 姉ちゃん前、英検何級受けたとか言ってなかったっけ?」
「実生活に必要じゃないコトバなんかもう忘れたわよ!」
「そういうもん?」
「そうよ! 悪い?」
これ以上イジメると、後が怖い。オレ達はさっさと彼女を安心させることにした。
「大丈夫。教授は日本語話せるから。姉ちゃんにまで英語使えなんて言わないよ、きっと」
つか、日本人より流暢だけどな。
そこにイルカさんが情報を追加した。
「カカシのお父さんも、少しならわかるよ、日本語」
姉ちゃんはムッとして腰に手を当てた。
「それを早く言いなさい!」

 

 



 

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