旅は道連れ世は情け

〜日光観光編〜

11

 

オレの想像はたぶん、アタリ。
オレ達がコーヒーラウンジでお茶を飲んでいると、さっきの女の子達もやって来てチーズケーキと紅茶を注文した。
ここのホテルのケーキはガイドブックで紹介されているから、宿泊客でないビジターも食べに来るんだろう。
………チラチラと視線を感じる。たぶんまた、オレ達は彼女らのおしゃべりのネタにされているんだろうな。
「………彼女達は、ビリヤードをしに来たわけではなかったのですね」
「たぶん、球を撞いている音に気づいて、何だろうと思って見に来たんでしょう。無視してればいいんですよ」
「………………ええ。………でも、兄弟かと言われたのは、二度目ですね」
あれ? 何だかサクモさんがしょげてるぞ。何で…?
「………やはり私は、君の父親には見えないのでしょうか」
あ―――そこか。
「やー、それはホラ。父さんが若いからでしょ? …別にいいじゃないですか」
「………いえ。たぶん、私には父親としての貫禄も匂いも、無いんです。………当たり前ですね。君を育てたわけでは無いのですから」
オレが何か言う前に、サクモさんは顔を上げた。
「すみません、変な事を言いました。………気にしないで下さい」
「父さん………」
サクモさんはにこ、と微笑んだ。
「………さっきね、私、嬉しかったんです。君にビリヤードを教えて欲しい、と言われた時。…些細なことですけど、何となく父親っぽい真似が出来る気がして」
あ、サクモさんもオレと同じような事を考えてたんだ。
サクモさんは、静かに語を継いだ。
「………時々、夢を見るんです。………昔、子供の頃に住んでいた家の夢。…千鳥と小さな君が、花の咲いている庭で遊んでいて、笑って私を呼ぶ。幸せで、切ない夢です。………私があの時、彼女を諦めなければ。…それは現実にあった風景だったでしょう。……過ぎた事をいつまでも悔やんでも仕方ないし、今君とこうしていられる幸福を大事にすればいいのだと、頭ではわかっているのですけどね」
サクモさんはまた不安げな眼をしている。
「……父さん。オレもね、時々……考えることはあります。生まれた時からずっと、貴方と一緒に暮らしていたら、どんな親子だったんだろうって。貴方はオレと遊んでくれたかな? とか。…きっと、バカな事をやって、叱られたりしたんだろうなって。………でもそんな風に考えられるのは、実際に貴方と逢えたからなんですよ。………さっきはオレも嬉しかった。父親にビリヤードを教わるなんて、少し前まで想像もしてなかった事ですから」
サクモさんは、カップの中に視線を落とした。
「………やっぱりカカシは優しい子ですね。私を気遣って、そういう物言いをしてくれる。………さっきも私を一人にすまいとして、イルカ君と一緒に行かなかった。……ねえ、カカシ。…………私は本当に、日本に引越してきても良いでしょうか」
―――は? 何を今更。今度の日本公演が、移住への布石だというのは明白だろうに。
「………そのおつもりなんでしょ?」
「ええ。…でも、君とよく話し合うことなく、一人で突っ走るのはいけない事だと気づいたのです。………私は、君と離れているのが辛くて、日本に移住したいと考えていますが、それは私の一方的な想いと考えです」
うーん。………そりゃ、最初に話を聞いた時は魂消たけどね。
戸惑いもまだあるにはあるが、サクモさんが日本に来てくれるのは、素直に嬉しいと思っている。
「私は………君と遠く離れて暮らすのが辛い。…もう、後悔したくないと思ったから、動きました。……でも、君が嫌だと思うことを強引に押し進める気はありません」
ここでオレが『時々会えるだけで、いいじゃないですか。何も移住までしなくても』って言ったら、この人は諦めてしまうのかな。そして、日本へは仕事や休暇で来るだけで我慢してしまうのだろうか。
何となく、自分の両親が結婚前にすれ違いを起こし、結果別れてしまった原因の一端を垣間見た気がした。
相手のことを考えて―――考え過ぎてしまうのは、お母さんだけじゃなかったんだ。
気を回しすぎて、下手をしたら黙って退いてしまうような性格だったのは、サクモさんも同じだったのではあるまいか。
しかもどうやらこの人、自分の好意は素直に口に出すのに、『自分が愛されていること』には自信が持てないタイプみたいなんだよな。
一度『嫌われてしまった』と思ったら、怖くて母さんを追いかけられなかったのかもしれない。
それって、オレにも何だかわかるんだ。人の好意や愛情を信じるのは、時にとても勇気の要ることなんだよね。
でも、息子のオレの気持ちくらい素直に信じて欲しい!
―――いや、オレもいけないんだ。
心の中で彼を呼ぶ時、まだ『サクモさん』って言ってる。
これは、心の中にまだ彼との距離がある証拠だろう。
それにまだ、彼に『愛している』と言ってない。
そんなん日本じゃフツー親に言わないだろーとか、恥ずかしいとか言ってる場合じゃない。
こういう人には、ちゃんと言わなきゃいけないんだ。
でなきゃ、伝わらない。
愛している、も、一緒にいたい、も。
「………父さん」
「はい」
「貴方は、ご自分は親らしいことが何も出来なかった、と言いましたけど。…それはお互い様です。オレも、子供として何もしていません」
そうなのだ。
この人ばかりが負い目を背負うことはない。
彼が、姿を消した恋人を捜し、追わなかったことをオレに対する負い目とするなら、オレだって同じことが言える。
どうしても自分の父親が誰なのか知りたければ、調べれば良かったのだ。
子供の頃ならともかく、大学生にもなれば出来たはずだ。
母親の留学先を調べ、その当時の交友関係を洗い出せば、恋人であったこの人の名前にたどり着くのは可能だったのではあるまいか。
―――と、思えるのは、この人が父親だとわかっているからだろうけど。
親戚連中の下卑た憶測通り、自分の母親がもしも万が一にでも娼婦じみた真似をしていたとしたら? とんでもない犯罪者のような男が父親だったら? 
そんなことを知るくらいなら、何も知らない方がいいに決まっているからな。
「そんな…君は、父親が誰かわからなかったんですから、仕方ないではないですか」
「父さんだって、同じでしょ? オレの存在、知らなかったんですから。……お互い、『無理だろ、それは』なコトを後悔し合っていても仕方ないって、思いませんか」
オレはもう大学生だ。
意味も無く親に反発する歳でもなければ、天邪鬼というわけでもない。素直に自分の気持ちを口に出来る。
「オレは。オレの父親が貴方で良かった。…凄く嬉しいと思っています」
「カカシ………」
「オレ、貴方の息子なんでしょ? 何で自分の息子にそんなに遠慮するんです。…もっと、我が侭言ってください」
オレが、『あの我が侭親父にも困ったもんだよ』ってイルカに愚痴れるくらいに。
「いや、それは………その…君だって…………」
そうですね、とオレは笑った。
「まだ片手で数えられる回数しか逢ってない。……だからお互い遠慮があって、我が侭も言えないですよね。………ですから」
テーブルの上の彼の手に、自分の手を重ねた。
「オレの近くに来てください。我が侭を言い合えるような親子になる為にも。…ね? 父さん」
「カカシ………」
よし。
ちょっと恥ずかしいけど、言おう。
言わなきゃ。
「愛してます、父さん」
ええい恥ずかしついでだ!
こういうのはタイミングだ!
腰を浮かせて伸び上がり、オレは思い切って彼の唇に軽くキスした。
途端、「きゃああああっ」と、ハートマークつきの黄色い歓声。
―――あ、しまった。
ギャラリーがいるの、忘れてたわ。
 

 



 

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