Silent Night −7

 

昨夜は、うみのさん親子に相談せずにさっさと自分のベッドをお客様仕様に整えた後、『教授のところの仕事があるから、そのまま向こうに泊まる』と言って、最上階で寝た。
自分で言った事が嘘になるのは嫌だから、本当に少し仕事をしてから、さー寝るか、とベッドカバーをめくると、枕の上にちょこんと小さなチョコが
『カカシ君へ 良い眠りを。遠慮せずにヒーターはちゃんとつけること!』
ってメッセージカード付きで載っていて、思わず微笑ってしまった。海外のホテルでよくあるよね、こういうの。
微笑ってから、何だか少しだけ鼻の奥がツンとしちゃったよ。
教授の心遣いが、嬉しくて。
教授は、オレがゲストルームに泊まりに来る事がわかっていたんだろうな。
うみのさん親子を、水入らずにしてあげるのはいいんだけど、一人であそこに寝に行くのは、やはり少しだけ寂しかったのかもしれないな。
オレのそんな気持ちを予想していたかのような、教授のチョコ。
教授はわざわざ、それをオレの為に用意してくれたってことになる。だって、彼は自分ではチョコは食べないんだもの。
そのチョコとカードで、オレの心の中に在った寂しさのカケラは吹っ飛んだような気がする。
昔はオレ、自分がちょっと可哀相な子なのかも、なんて思ったこともあったけれど。
とんでもないな。
恵まれているよ、オレ。物凄ぉく。
教授やサクモさん、イルカやおじさんに感謝しつつ眠りに落ちて―――
今朝は、朝に弱いオレにしては頑張って早めに起き、朝飯に何作ろうかな、なんて思いながら下に降りたわけ。
なのにさ。…イルカさんったらもう起きてキッチンでゴソゴソしてんだもんなー。
「おはよう。おーい、病み上がり。ナニしてんだよ」
「おう、おはよう。ナニって、メシの仕度だけど? ほれ、お前の好きなダシ巻きの卵焼き」
と、鼻先にほんわかといい匂いの物体が。
「わー嬉し………じゃなくてだな。もういいのかよ、起きたりして」
「もう、平気だよ」
んー、言われて見れば。イルカの顔色、随分良くなったな。
咳も殆ど引っ込んだみたいだし、体温も平熱のようだ………けど。
「無理、すんなよ」
「してないって。卵焼きの他は、味噌汁作って漬物切っただけだし。…メシ、昨日炊いておいてくれたんだな」
昨日の晩飯は、おじさんが豪華な弁当を買ってくれたおかげで、ゴハン丸々残ってるんだよね。
「うん。…なあ、後はオレやるよ」
「だから、もう病人扱いしなくていいって。…それよりさ、昨夜は気を遣わせて悪かったな…と、言う所なんだろうけど…お前、上で寝て正解。親父のイビキの凄さを忘れていたわ。俺は慣れているから平気だけど」
「………そ、そお…?」
イビキが凄い人って、無呼吸症候群の疑いがどーたらって聞いたことがあるような気がするんだが………おじさんは大丈夫なんだろうか。
そこへ、噂の主登場。
「うぉら、ヘンな事バラしてるんじゃねえ」
「あ、おじさん。おはようございます」
「おはようさん。すまんかったな、カカシ君。ベッド取り上げちまって」
「いえ、そんな。お気になさること、全然無いですから。…オレがいつも使ってるフトンでかえって申し訳ないくらいで」
おじさんは黙ってニコニコとオレの頭をかき混ぜた。
イルカがテーブルに朝飯を並べながら、おじさんに声を掛ける。
「親父。早く食わないと、遅れるぞ。…カカシ、悪いけどちょっとネットでここから埼玉方面への路線図出してやってくれるか?」
「おっけー。…おじさん、何て駅に行くんですか?」
「お、悪いねカカシ君。えーっと、何だったっけかな………」

ご飯と味噌汁、卵焼きと焼き海苔、漬物っていう朝食をかっこんだ後、オレのパソコンで路線図とアクセスルートを確認し。
おじさんは埼玉の会合に出掛けていった。
「後片付けなんか、オレがするから寝ていろよ」
「だーから、病人扱いすんなって。もう治ったよ」
オレは疑いのマナコでイルカを見る。
「そーかあ? 昨夜なんか、本当はまだ具合悪かったんじゃないのか? だって、お前せっかくおじさんが来たのに、なーんか機嫌悪いし。…あれって、調子悪かった所為なんじゃないの?」
イルカはちょっと言葉に詰まったような顔をし―――やがてため息をついた。
「………そーじゃないって。………そっか、うん………確かに、機嫌は悪かった…かもな。でもそれは、体調の所為じゃない。………ただ………お前はサクモさんに会いにいけなかったのに、俺は親父と会っている。……お前は、そんなん気にすんなって言うだろうけど、やっぱり………俺はそれが気に掛かっちまってたんだと思う」
「はあ? だって、そんなん………おじさんがコッチ来るって話の方が先だし。…先生が言い出さなきゃオレ、クリスマスにサクモさんに会いに行くなんて考えもしなかったしさ」
イルカは苦笑するように僅かに表情を歪めた。
「………それでも、だよ。………機会が全く無かったわけじゃない。お前は、行こうと思ったら行けたんだから」
オレはイルカをつかまえて、余計なコトを考える頭に軽く頭突きしてやった。
「イテ」
そんな痛くねーだろ。軽〜く、コッツンしただけじゃん。オレ、石頭じゃないもんね。
むしろ、イルカさんの方が石頭。(…ってことは、オレの方が痛いんじゃ)
「オレはさ、行かなくて良かったって思ってるよ。マジで」
どうせ、教授は渡航費用をオレに出させてくれるわけがない。彼にまた借りが出来るところだったわけだし。なるべくなら、借金(笑)は増やしたくないじゃないか。
まあ、教授は『貸した』なんて思ってないだろうけど。
イルカをつかまえたままの至近距離で、オレは強引に話題転換をした。
「………それよりさ、イルカ」
「ん?」
「…お前、最初ッからオレと同居すんの、見越してたってホント?」
「………いきなりだな。何でそんなこと、今更」
だって、とオレは唇を尖らせる。
「おじさんがさ………イルカは最初から、オレが転がり込んできても大丈夫な部屋を借りたハズだって………」
イルカは眉間に皺を刻んだ。
「余計な事を………あのクソ親父」
「………おじさんの言ったこと、見当違いだっての?」
ちろん、と上目遣いに見てやると、イルカは「んんんー」と唸った後、仕方なさそうに白状した。
「まあ、その………だからさ、可能性を考えただけで。…お前は最初、一人暮らしする気満々だったから、俺も何も言わなかったんだよ。………でも、しばらくバラバラに一人暮らししてみた後、別々に部屋を借りているより、一緒に暮らした方が色々と便利だし、経済的だよな…って話になるかもしれないじゃないか。その時、また部屋を探しまわるのも面倒だろう? だから、ちょっとゆとりのある部屋にしておいただけだよ」
『だけ』とか言われても。
普通、そこまで考えるかよ。
「………つまりぃ、オレが一人暮らしに音を上げるってコトを想定して、この部屋にしておいてくださった、と」
「いや、だからさ、そういうコトじゃなくってだな………」
イルカが更に何か言う前に、オレはとうとう笑い出してしまった。
「おい、カカシ………」
一度笑い出すと、なかなかおさまらない。ひとしきり笑った後、オレはイルカに謝った。
「………ゴメン。別に、だからどうってワケじゃないんだよ。………お見通しだったのは何となく癪だけどさ、お前の予想通りオレはここに転がり込んじゃったワケだし」
違うな。
―――オレは、それが癪だったわけじゃない。
イルカは、こっちの大学に二人揃って合格した時から、一緒に住もうと思ってくれていたんだろう。
でも、オレが『一人で暮らすこと』=自立だと思っていたから。
オレの気持ちを優先してくれたんだ。
その上で、オレを受け入れる準備もしてくれていた。
オレがイルカに敵わないなあ、と思うのはそういうところだ。
それがちょっぴりくやしくて………でも、嬉しい。『オレ』のことを、そこまで考えてくれたって事が、嬉しい。
「………ありがとう、イルカ」
「………………礼、言われるような…事じゃないよ………」
見ると、イルカの目許が薄っすらと染まっていた。わは、照れてる? 時々可愛いよなあ、イルカって。
んー、インフルエンザ中、キス禁止だったし。
もうそろそろいいかな? いいよな、と、イルカの肩に手を掛けたタイミングで―――それを邪魔するかのようにジーンズのポケットが振動した。クソ。
うっかりマナーにしたままだったので、電話なのかメールなのかわからない。放っておけないのでポケットから携帯を取り出した。
「………あれ? 先生からメールだ」
何だろうね。海の向こうからは滅多に携帯にメールしてこないんだけど。(PCの方にはしてくる。業務連絡とか)
『おはよう、カカシ君』
こっちの時間に合わせてメールくれたんだな、きっと。今九時だから、向こうでは今頃…ええと、夜の七時くらいか?
『イブのサクモさんのコンサート、カカシ君さえ良ければ、携帯で生中継しようと思うのだけど、どうでしょうか。会場側には了解は取ってあります。そちらの時間だと、二十五日の朝五時頃なのだけど。如何かな?』
オレは眼を見開いて、携帯の小さな画面の文字を何度も読んだ。
朝の五時? そんなの関係ないっ!!
オレはソッコー返事を打ち込んだ。
『おはようございます! ありがとうございます。願ってもないことです。是非、お願い致します!』
送信。
五分後に、『了解。では、クリスマスをお楽しみに』という返信が来た。
教授からのメールを見せると、イルカも驚いたように眼を瞠る。
「………生中継はいいけど………そのコンサートって時間どれくらいなんだ………?」
「………わかんない」
「携帯で音拾ってくれる気なのかな。…何か他にもっとやり方があるような気がするんだが…」
「んー、最近は便利なツールあるからねー。ネット使えば個人で生中継、も可能だとは思うけどさ。………先生、結構そういうの疎い方だから………」
イルカは、うん、と頷いた。
「普通の人は、そういうの必要ないしな………」
「そゆコト」
そもそも、基本的にデジタル的なモノ、苦手な御仁なんだよな、教授って。
現代人として、携帯電話やパソコンは一応使うけれど。それは必要に迫られて仕方なく導入している感じ。
そんな先生が、サクモさんが弾くパイプオルガンの音を、リアルタイムでオレにも聞かせてやるにはどうしたらいいのか―――と、考えてくれたのが携帯電話での中継なのだ。
ここは、その気持ちをありがたく頂戴すべきだと思う。
あ、確か携帯の通話内容を録音しておけるICレコーダーってあったよな。
よし、手に入れよう。そして、そのリアルタイム中継を録って置くんだ。

ああ、イブの夜、オレは眠れないかもしれないな。

 



NEXT

BACK