Silent Night −5
東京駅で待ち合わせと言えば、銀の鈴だろう。 ―――と、田舎モノのオレは知ったかぶりの知識でそう言っちゃったけど、他にももっといい場所があったのかもしれない。 しかし、待っていてもらう場所としては、そう悪くないよな? 周囲に色々な店舗があって、ぶらぶらと見て歩けば時間つぶしにもなるから。 三時半に後二分というところで、オレは東京駅地下1階のエキナカ、グランスタに着いた。 良かった、時間オーバーしなくて。 「おおい、こっちだ、カカシ君」 うみののおじさんは、ニコニコと手を振っていた。 「おじさん! お久し振りです」 「悪いなあ、迎えに来てもらっちまって。…いっやー、東京駅変わったなぁ。知ってるつもりだったけど、こりゃあわからんわ。銀の鈴の場所も変わったんだな」 「あ………前と場所、違ってたんですか。すみません」 そういや、このエキナカって昔からあるわけじゃないものな。銀の鈴、移動してたんだ。 「いーやいや、大丈夫大丈夫。ここは日本だ! 言葉が通じるからな! わからんかったら、訊けばいいだけだ」 ―――そう。言葉が通じるって、ステキなことよね………うん。 「さすがです、おじさん。あ、バッグ持ちますよ」 荷物を持とうと手を出す。 「だいじょーぶだって! まだ、オジサン若いからな! 後二十年くらいしたら持ってくれ」 「えー、年寄り扱いしたんじゃないですよ。こういう場合、若い方が手ぶらってのが外聞悪いだけっす」 ハハハ、とおじさんは笑った。 「確かに。…じゃ、こっち持ってくれっか」 と、おじさんはボストンバッグを任せてくれた。 うん。迎えに来たんだ。これくらいはな。当たり前というか。 山手線の中で、おじさんは「そーいやさ」と切り出した。 「カカシ君のお父さん、この間ウチの方に来たんだってなあ。わざわざ、千春ちゃんに挨拶しに」 「あ、ええ。………時間が無かったんで、伯母に挨拶して、母のお墓参りをしただけで帰っちゃったんですけど。…おじさんに紹介出来なくて、残念でした。………オレ、小さな頃からおじさんには世話になっているのに。父もそれ知ったら、ぜひお会いして挨拶したいって言うと思います。きっと」 おじさんは、ポンポン、とオレの肩を叩いた。 「良かったな。………イルカから話は聞いてたけど、今のカカシ君の顔見て安心したわ。………カカシ君、そのお父さんの事をちゃんと親だと認めているんだな」 おじさんの柔和な笑みを見て、オレは彼にも心配を掛けていたことを知った。 「はい。………父が、オレの存在を知らなかったのは母の所為だし。オレって息子の存在を認めてくれて、すぐさま会いに来てくれたってだけでも、オレは十分嬉しかったですから」 そっか、そっか、とおじさんは笑った。 「お父さん、すっげ男前だって? カカシ君もハンサムだもんな」 オレは何だか照れてしまった。 「………か、顔は似ている…とは、言われます………けど………」 「写真、持ってないのかい」 あれ? イルカ、お墓参りの時の写真、おじさんには見せなかったのかな。デジカメだもん。すぐ見れるのに。 ………もしかして、また口喧嘩でもしてて、見せそびれたんじゃ………あり得る。 オレは携帯を出して、データフォルダを開いた。 携帯では父さんの写真は撮らなかったけど、イルカのデジカメからデータをもらって、携帯用のサイズに加工したものを入れておいたんだ。 「えーっと、待ってくださいね………ああ、あった。これです。お墓参りの時の写真ですけど」 「どら。………おー、ホントだ。いい男だな。別嬪さんっつう感じの。………ヤルじゃねーか、千鳥ちゃん」 ―――あ。………こういう言い方してくれた人って、初めてのような気がする。 父さんとの事に関しては、実の姉には『お人好しのお馬鹿』扱いされ。息子のオレでさえ、バカなことしたなー、なんて思ってたくらいでさ。(あ、恋人の前から黙って失踪したって件に関してね) お母さんの事を褒めてくれた(?)人は、いなかった。 うむ、そうだな。あの色恋沙汰にニブそうな父さんをその気にさせたってだけでも、結構スゴイかもしれんわ、ウチのかーさん。 「何だっけ。…音楽、やってる人だって?」 「はい。オーケストラで指揮したり。歌も歌いますし。パイプオルガンも弾くって聞いています」 ほーお、とおじさんは感心したように唸った。 「あれだな、クラシックってやつだな。…俺ぁ、ジャズなら昔よく聞いたけどなー。何かこう………クラシックって、退屈でおカタイ音楽ってイメージがあるじゃないか。学校で音楽の時間にやる所為かね」 「あは、そーですね。でもたぶん、それは好みの問題でしょうし。聞いていて面白いクラシックもありますよ」 父さんの作りだす音は、とても綺麗だし。CDで聞いていてもわかるくらいに、丁寧で繊細な音作りをしている感じで。 「………父ね、母のお墓の前で歌ったんですよ。………母への手向けって言うのか…哀悼の歌だったんだと思いますが。…ああ、この人はまだ母を想っていたんだって……そう思える歌でした。…音楽が、彼の表現方法なんだなって」 フゥム、とおじさんはアゴを撫でた。 「なるほどねえ。…俺なんかとは、住んでいる世界が違う感じだぁな。俺がニョーボの墓参りする時は、一升瓶持ってって墓にぶっかけて、イルカのナマイキ報告して終わりだ」 おじさんの奥さん―――イルカのお母さんは、イルカとオレが中学に上がった時に事故で亡くなっている。このおばさんも、父親のわからないオレを気味悪がることもなく、可愛がってくれた人だ。 うみのの家の人は、イルカはもちろん、皆が『偏見』という言葉とは無縁の人ばかりだった気がする。…いや、こういう家で生まれ育ったから、イルカは毛色の違うオレを最初から受け入れてくれたんだろうな。 「………おばさんって、お酒好きだったんですか?」 「あーもう、俺より強かったぜー。この女の肝臓は何で出来てやがるのかと思ったくらいだ」 「そ、そうだったんですか」 オレが知ってる彼女は細くて可愛い感じで、いつもニコニコしてて、お菓子をくれる優しい人だったけど………そうか、あのおばちゃんが酒豪………人は見かけによらないな。 もしかして、ウチの父さんもあんな顔しててザルだったりするのだろうか………オレは、アルコールは程々って感じで、飲めなくも無いけど強くも無いんだけど。(オレがまだ未成年だってコトは、この際横に置いておいてくれ) そんなオレの考えを読んだかのように、おじさんはニッと笑った。 「カカシ君のお父さんは、飲める方かね。外人さんは、強い人が多いらしいって聞いたが」 「………さあ、どうでしょう。この間、一緒に食事した時は、全く飲みませんでしたが。…お酒を飲むような席でも無かったからかな」 「そっか。…まだ、一回しか会ってないんだったかな? それじゃ、まだ色々とわからないよなぁ、お互いに。…まぁでも、父親ってのは息子と飲むのを楽しみにしているもんさ。カカシ君のお父さん………えっと、何ていったけ」 「アインフェルトです。サクモ=アインフェルト」 「サクモさんか。…その、サクモさんもさ、カカシ君と杯を酌み交わして、話をする日を楽しみにしているんじゃないかね」 フー、とオレは思わず息をついた。 「そー………かもしれませんね………」 おじさんは、「ん?」と首を捻る。 「何か問題あるのかい」 「んー、問題って言うか………いや、問題ですね、やっぱり。言葉がね………父が普段使う言葉がドイツ語なんですよ。オレはドイツ語殆ど話せないし、父は日本語がわからない。この間は英語でやりとりしたんですけどねー………簡単な会話しか出来なくて」 「あー………そっか。そりゃあ、面倒な話だな。親子で使う言葉が違うのか」 ハハハ、とオレは笑った。 「おじさんとイルカみたいに、気の置けないやりが取り出来るようになる日はちょーっと、遠い感じです」 おじさんは、オレを慰めるように肩をパンパン叩いてくれた。 「大丈夫! なんとかなるさ。相手は宇宙人じゃねえ! 同じ地球に住む人間同士だ!」 ………いきなり括りがハンパなくでかくなりました。…宇宙人とのハーフだったら凄いよね、オレ。 「そ、そーですね。何とかなるよう、努力している最中です。…イルカから話聞いているかもしれませんが、幸い、今オレがバイトしている雇い主、外国人の学者さんなんですよ。それも言語学専門で、日本語もドイツ語も堪能な方なので」 「ああ、ちらっと聞いてはいるよ。教授って人だよな」 「はい。すごく親切な、いい人ですよ。…今は、里帰りしてていませんけど。クリスマスですから、ご家族で集まるみたいです」 ご家族というより、ご一族? かもしれんけど。 おじさんは、苦笑を浮かべた。 「………クリスマスか。………まあ、あちらさんは言ってみれば本場だからな。詳しいことは知らねえが、少なくとも日本よりそういう土壌はあるものなあ」 「あは、おじさんはクリスマスとか、やらない主義ですものね」 「いや、キリストさんが何たらっつう宗教行事だって思うとな。日本人がお祭気分だけで面白おかしく騒ぐのは、スジが違うってな…思っちまって。……俺はたぶん、頭がカタイんだな。…今から思えば、子供が楽しむくらい許してやれば良かったかもな。ウチがクリスマス禁止だったから、カカシ君にまでとばっちりがいっちまったみたいだしな。………すまんな」 「や、そんな。…オレは別に………おじさんが仰ることもわかりますし。それに、正月はオレまでお年玉頂いちゃって。…謝って頂くことなんて、いっこも無いです」 オレが子供の頃に引き取られていた家(母の姉の嫁ぎ先)だって、別にハデなクリスマスパーティとかやるようなことはなかったし。 伯父さんは個人病院の医師だけど、少しお金に余裕が出来るとすぐに病院の設備に投資しちゃうから、医者=金持ちの図式が全くあてはまらない家だったんだよな。 物凄い貧乏でも無いけど、裕福でも無いって感じ。 クリスマスイブは毎年、晩御飯のおかずが鶏の唐揚げで、味噌汁の代わりにコーンスープで、食後に苺のショートケーキが出る、というのが定番メニュー。サラダは決まって何故かポテトサラダだった。 子供達(オレ含む)には、サンタブーツの代わりなのか新しい靴下が一足、プラス可愛らしい駄菓子。それでクリスマス終了。でも、履けもしないサンタブーツよりは無駄が無いっちゃ無いと思う。 それが小学生までで、オレらが大きくなってからは、クリスマスプレゼントは無くなった。 その代わり、伯母さんの主義でお正月には必ず新しい衣類を用意してくれてね。 それに加えて、お年玉は高校出るまでくれたし。 ………やっぱ、結構世話になってるね、オレ。………今、バイト代が(教授のおかげで)結構いいし、今度伯母さん達に何か送ろう。 「カカシ君は、いいのかい? その…お父さんが向こうの人なら、クリスマスには息子に会いたがるんじゃないかね」 「あ…それが、オレのことがわかる前に、クリスマスに仕事入れちゃってたらしくて。今年はそういうの、ナシなんです。父の方の祖父母も、もう亡くなってるらしいし。独りだから、クリスマスは仕事入れておいた方が気楽だったのかもしれないですね」 そうか、とおじさんは頷いた。 「………立ち入ったことを訊くが…その、お父さん今、彼女とかはいないのかい。独身だとは聞いているけど」 「さあ? どうなんでしょうねえ。………そんな突っ込んだ話、まだ出来ないんですよ」 でも、父さんに恋人がいたら教授がコソッと教えてくれそうな気もするし。 …今はフリーなんじゃないかな。………たぶん、だけど。 「そうかー。言葉もだけど、まだ一回しか会ってないんじゃ仕方ないよな。…いや、余計なこと訊いちまって、スマン」 「いえいえ。おじさんにも、ご心配お掛けして………父とは、これからだと思っています」 「そうだな」 電車が乗り換えの駅に着き、その話はそこまでになる。 うみののおじさんとは、子供の頃からの長い付き合いになるけれど。 二人きりでこんなに話したのは初めてだったのだと、後でオレは気づいた。
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