Silent Night −3
翌日。 結局イルカの熱は下がるどころか、40度近くまで上がった。 億劫がるイルカを何とか近所の医者まで連れて行くと、案の定インフルエンザとの診断。 言わんこっちゃない………どーこでそんなモンもらってきたんだ? お前。 さすがのイルカも、熱が40度もあると辛いらしい。 オレの言う事を聞いて、ベッドで大人しくしている。 普段、イルカに色々世話になっているのだから、こういう時くらいオレがヤツの世話をしなければ! …と、オレは気合を入れて腕まくりをした。 熱が高いんだから、アタマを冷やさなきゃな。冷えピタ冷えピタ。 でも、それだけ熱があると、薄っぺらい冷却ジェルなんぞ焼け石に水というか。すぐにヌルくなっちまうみたいだ。(無いよりマシみたいだけど) 熱帯夜用に、アイスノン枕買っておいて良かったわ。オレとイルカ、一人に一個ずつ買ったから、それを交互に冷やして使う。 後で、アイスでも買ってこようかな。食欲の無いイルカも、アイスなら食うかも。 薬を飲んだイルカが眠ったのを確認して、オレは教授の携帯に電話をかけた。 「………先生? カカシです。今日明日、バイト休んでいいですか? イルカが風邪…いや、インフルエンザで」 『イルカ君がインフルエンザ? 大変だね。…カカシ君は大丈夫なの?』 「はい。オレは今のところ、大丈夫です。………それで、あの………クリスマスの件なんですが。…せっかくなんですけど、やっぱりオレ、遠慮させて頂こうと思います。…インフルエンザって潜伏期間あるっていうし、万一発病したら先生にご迷惑かけますし………ざ、残念ですけど………」 教授は、考え込むように一拍置いて口を開いた。 『ん。…わかったよ。イルカ君が心配なんだろう? バイトなんか、気にしないで。急がなければいけないものは、今無いし。お正月明けまで休みでいいからね』 「すみません……先生…」 『気にしないでって。………サクモさんに何か言付けはある?』 「ありがとうございます。………じゃあ、お言葉に甘えて、お願いしてもいいですか? 父さんに、クリスマスのプレゼントがあるんです」 『いいよ。お安い御用。………他に何か今、僕に出来ることはあるかな。こういう時は、お互い様だからね。何でも、言って?』 携帯電話から聞こえてくる教授の声が、ひどく優しく耳に響く。 オレ達を気遣い、心配してくれる大人が身近にいてくれるのが、こんなにも安心することだったなんて。 「………ありがとう、ございます。………そう言って頂けるだけでも、十分です。………あの、今からお邪魔してもいいですか? …父さんへのプレゼント、お預けしに行きます」 『うん、いいよ。おいで』 父さんへのプレゼントは、もう用意してあったんだ。 ニューヨークで手渡せれば、最高だったんだけど。仕方ないよね。 それから、教授へも。 ちょっと早いけど、渡しちゃおう。 あ、そーだ。教授んトコ行くならマスクしなきゃ。 家にインフルエンザの患者がいるんだから、これは礼儀…じゃなくて常識だよな。 鍵開けて勝手に入っておいで、と言われていたので、オレは言われたとおりにした。 合鍵でドアを開け、大きな声で「お邪魔します、カカシです!」と来訪を告げる。 と、キッチンの方から応えがあった。 「はーい、いらっしゃい。ちょっと待ってね。そこ、座ってて」 カチャカチャ、と食器がぶつかる音がする。 「…せんせ? あの…お忙しいようでしたら………」 もう夕方だもんな。メシの支度とかしていたのかも。 「大丈夫。お忙しくはありませんよー」 キッチンからひょっこり出てきた彼の手には、カップが二つ載ったトレイが。 あ、お茶を淹れてくれていたのか。 教授は、オレがいつも使わせてもらっているマグカップを目の前に置いた。 「はい、どうぞ」 「あ、ありがとうございます」 マスクをしたまま、茶は飲めない。マスクを取ると、カップからなんか甘い匂いがした。 (マスクをしてきた意味はどこに………) 「…ハチミツ入ってます? これ」 「ハチミツとショウガを入れたミルクティだよ。身体が温まるし、風邪の予防になるんだって」 教授はそう言いながらオレの前に座り、ご自分も同じものをコックンと飲んだ。 「…で、イルカ君はどんな具合なの? 病院は?」 「病院には午前中に行きました。今は薬が効いているみたいで眠っています。熱も、少しは下がってきているみたいですけど………辛そうですね。熱、高いと身体中の節々が痛むようで」 教授は僅かに顔を顰めた。 「あー、わかる。…あれ、痛いんだよねえ………全身、だるいし。…食欲は?」 「あまり無いですね。無理してでも食って欲しいって思うけど、今朝はお粥を茶碗一杯食べるので精一杯って感じでした」 「………そう。それもね、わかるけど。………食欲無い時はねえ…普段の好物すら欲しくなくなるものね。…まあ、熱が下がったら、たぶん食べられるようになるとは思うけど。………これ、良かったら持っていきなさい。スープなら、たぶん喉を通るでしょ」 教授は、重そうな紙袋を渡してくれた。袋の中には、色んな種類のスープの缶詰が。 あ、これ某有名ホテルのスープだ。それから、キャンベルのも。 「うわ、いいんですか? すみません、助かります」 「実はもらい物だから、気にしないで。日本には面白い習慣があるよね。…お歳暮っていうの? それでスープの缶詰セットをくれた人がいてね。…何故か、三人くらい」 「あ………なるほど」 教授が外国人だから、スープなら(日持ちもするし)いいんじゃないか? と考えた人が多かったわけだな。もしオレがお歳暮贈るとしても、そういうチョイスをしそうだ。 一人暮らしなら、こういうものが便利でしょ? …ってな感じに。 「そうだ、先生。…これ………」 オレは、自分が持ってきた紙袋から、先ず教授へのプレゼントを引っ張り出した。 「クリスマスには少し早いけど、先生にと思って。…どうぞ」 教授は、眼を見開いた。 「え? 僕に? わあ、ありがとう」 「いやその…いつもお世話になっていますので、感謝の気持ちも込めまして……つうか、気持ちばかりなんですが………」 本当言うと、教授にプレゼントなんて、何を贈ったらいいのかサッパリわからなかったんだよ。 彼は眼が肥えていて、それを購う経済力もあるから、所持品は『いいもの』ばかりだ。 オレに買える安物なんて、贈っても迷惑なだけかもしれないと思ってね。 でも、そう言って悩んでいる時に、イルカが言ったんだ。 『要は、気持ちだ』って。 あったりまえの言葉だったんだけど、オレは何だかとっても納得しちゃってさ。 そーだな、オレはオレに出来る範囲内で頑張ればいいんだ! …ってね。単純。 オレが元々貧乏学生なのは、教授だってご存知だものな。 「今見てもいいのかな? それともクリスマスまで開けないでおく?」 「………う………えーと、それは先生のご自由に………」 教授はクスクスと笑った。 「んー…じゃあ、クリスマスまで楽しみにとっておこうっと」 「大した物じゃないので、あまり楽しみにしないでください………」 「え〜何で? カカシ君が僕にって選んでくれたものでしょう? それだけでも嬉しくてワクワクするな」 あーもぉ、美形が必要以上にニコニコしないで欲しい。同性ながら、気恥ずかしくなってくるから。 「………えっと、それから………お荷物になって申し訳ありませんが、これを………」 と、サクモさんへのプレゼントを紙袋ごとテーブルに載せた。 「サクモさんへだね? ちゃんとカードも添えた?」 ………カード。………忘れていました。オレは正直に首を振った。 「………………いいえ」 教授は、指先で軽くオレの鼻先をつっついた。 「ダメでしょ〜? クリスマスの贈り物なんだから、カードくらいつけなくちゃ」 「そ、そういうもんですか?」 「そーいうものだよ」 教授に断言され、オレは「はあ」としか言えなかった。 「書斎のね、整理棚の引き出し。左の一番端っこに、新しいカードが幾つかあるから、好きなのを取っておいで。…GO!」 「は、はいっ」 既に命令。 オレは即立ち上がって、書斎に駆け込んだ。 書斎の勝手は大体わかっている。指示された引出しから、小さめの白い無難なカードを選んだ。大人しいけど、透かしで模様が入っていて綺麗だ。それと、自分のデスクからペンを取り、リビングに引き返した。 「じゃあ、このカード、よろしいですか?」 「ん? 遠慮した? もっと大きなカードでも良かったのに。ま、いいか。ソレあげるから、今、ここで書きなさい」 「…はい。………何語で書くべきでしょうか………」 「ん〜? そうだねえ…カカシ君、ドイツ語選択してるんでしょ? 書けるよね」 ううう。………訊くんじゃなかった………さっさと英語で書けば良かったわ。 ええっと………ドイツ語で『メリークリスマス』は…確か……… 「…フ………フローエ………ヴァ…ヴァ………」 「ヴァイナハテン」 「…すみません………綴り、自信ないです………」 教授は苦笑いしながら、メモに『Frohe Weihnachten』と書いてくれた。 「ありがとうございます」 「ついでに、新年の挨拶も書いておくといいよ」 …く…っ………勉強不足………っ………どう書いたらいいのかわからんっ……… オレがペンを握ったまま固まっていると、教授は新年の挨拶もメモに書いてくれた。 『Frohe Weihnachten und Glucklich neues Jahr』 「………す、すみません…………」 「どーいたしまして。カカシ君からの贈り物とカード、サクモさん喜ぶと思うよ」 「だと………いいですけど………」 オレは教授の書いてくれたメモを見ながら、慎重に文字を綴った。 「じゃあ、すみませんけどこれ、よろしくお願いします」 「はい、確かに預かりました。………今回は残念だったけど、今度ぜひウチにおいでよね。イルカ君も一緒に。…歓迎するよ」 「あ、はい! ありがとうございます」 オレは紅茶を飲み干して立ち上がった。 カップを片付けようとしたオレを、教授は止めた。 「そんなの、いいから。イルカ君とこ、戻ってあげなさい」 ほらほら、と教授はオレの背を押す。 オレは玄関で靴を履いてから、改めて頭を下げた。 「………ご馳走様でした。それと、スープもありがとうございました」 「いや、イルカ君お大事にね。………あ、待ってカカシ君。忘れ物」 「え?」 ドアを開けかけたところでオレは振り返った。 ―――と、ふいに視界が翳る。 気づいた時は、教授に唇をふさがれていた。 「…………………………………う?」 もう少しで、もらったスープの缶詰を床にぶちまけるところだった。 教授は、1パーセントも悪気が無い顔でにっこり微笑む。 「カカシ君のキスも、お父さんに届けなきゃね!」 そ…………っ…………(絶句) 言いたい事は色々あったのに、オレの口をついて出たのは。 「………オ、オレがインフルエンザに感染してたらどうするんです! 感染りますよ!」 教授は変わらずニコニコしていた。 「大丈夫だよー。僕、予防注射しているから」 「あ………そうですか…………」 じゃあまたね、とオレの目の前でドアが閉じる。 オレは、閉まったドアをそのままたっぷり二十秒は凝視していた………と、思う。 いつまでもそうしているわけにはいかないので、自分の部屋に戻るべくエレベーターに乗ったオレは、今しがたの教授の行為を思い出していた。 軽い、触れるだけのキス。 ………教授が美形さんの所為か、はたまたオレが彼に好意を持っている所為か。嫌な感じはしなかったけど。 でも先生、その後何て言った? 『カカシ君のキスも、お父さんに届けなきゃ』??? つ、つまり………つまり? プレゼントと一緒に、キッスの託けもしてくださると??? うっぎゃああああぁぁぁ…………(赤面) ははは、恥ずかしいっ! ―――だけじゃねえっ! お父さんからはキスされたけど、オレはまだ自分からキスしてないのにっ!! 最初のキスが他人経由なのかっ………がっくり。そりゃないよな。 オレは大きくため息をつき、ケータイを引っ張り出して教授にメールした。 『お気持ちは嬉しいんですが、オレはまだ父さんにキスしてないんです。最初のキスが先生経由なんて悔しいので、さっきの託けはキャンセルにしてください』 送信。 教授からは、『了解。(笑)』という短い返事が来た。
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ドイツ語のメリクリと謹賀新年は調べて書きましたが、間違えていたらすみません。^^; |