Silent Night −1
暦は師走に突入した。 クリスマスなんてイベント、最上階の住人は一番に何かを企画しそうだと思っていたのだが。 M・W・ファイアライト教授は、クリスマスは実家に戻るらしい。 曰く、感謝祭とクリスマスは家に戻らないと殺される、のだそうだ。 あー、やっぱりそういうもんなのかー。 日本人の、『お正月とお盆くらいは帰ってきなさい』ってのと似たようなもんかな? サクモさんもその時期は仕事が入っているみたいだし。(ものすごく残念そうなメールが来たのよ。仕事が無かったら、こっち来る気だったみたいだな) ―――ってことは! イルカと二人きりじゃん!! やったわ〜!! いや、教授と父さんが邪魔だってワケでは決して無いけど! 彼らがいたら、イルカさんとイチャイチャ出来ないじゃないか。 クリスマスは恋人とイチャつくってのは日本の常識だろ?(本来の意味を真面目〜に考えると絶対に違うと思うけど………まあ、それはそれだ) そんじゃ、今年はいっちょ旅行とかどーだ? もちろんイルカの大好きな温泉でさ。久々にしっぽりと………ふはは。 と、一人ニマニマしてたら、家電が鳴った。 ………ヤな予感。 まさかな? 伯母さんとこで何かあったとかじゃないだろうな。 「…はい」 『おう、カカシ君か?』 受話器から聞こえてきたのは、珍しい声だった。 うみのさんだ。そう、イルカの親父さん。 「………おじさん? うわあ、お久し振りです。あ、夏にそっち帰った時はご挨拶に伺わなくてすみません」 『いやいや、イルカから話は聞いてるから。色々、大変だったんだってなー。でも、本当の親父さんが見つかったんだろう? 良かったなあ、カカシくん』 「あ、ありがとうございます。…あ、おばあさん、お元気ですか?」 『あー、オフクロな。一時はもうダメか思ったんだけど、退院してきたら前より元気よ。ありゃあ百まで生きるね。…カカシ君はどうだい。足、もういいのか?』 「はい。おかげさまで、後遺症も無いです」 『そっか。うん、若いしな。治りも早いんだな。でも、ちゃーんとカルシウムは摂るんだぞ?』 ハハハ、親子に同じ事言われたわ。イルカさんもそう言って、ニボシとか食わすんだよね。 猫か、オレは。 「ええもう、イルカにガンガン食わされていますよ。…あ、おじさんイルカに用でしょう? ちょっと待ってくださいね」 『おう、スマンね』 オレは電話を保留にして、リビングから怒鳴った。 「おーい、イルカ〜、親父さんから電話〜!」 子機なんて必要ねえと思ったから、無いんだよね、ウチ。 おー、と気の無い返事が聞こえて、イルカがのっそりと部屋から出てきた。 「親父? 珍しいな」 とかブツブツ言いながら、保留を解除する。 「あー、俺。…ん、久し振り。何かあったのか? …………あ、いや…別に、何かなきゃ電話掛けちゃいけねえとか言わんよ。…でも、何かあんだろ? カカシんとこの親父さんじゃあるまいし、息子の声聞きたいから電話するってガラじゃねえだろ、親父は。……………あ〜? うん、そりゃ無理ねえだろ。久々に会った、なんてもんじゃねえんだから、あっちは。………………うん、そーだよ。うん。…で、親父は用あんだろ? ………………え?」 イルカさんの顔がなんつーか、微妙だ。 親戚にご不幸でもあったんだろうか。 あ、聞き耳立ててるなんて、ハシタナイよな? どら、オレはコーヒーでもいれてこよう。 キッチンへ行くと、あまり声は聞こえなくなる。 コーヒーをいれてリビングに戻ると、イルカは不景気なツラで座っていた。 「あ〜れ? もう電話終わったのか?」 イルカは、どんよりと顔を上げる。 「………すまん、カカシ」 「………………………何で謝るんだよ」 イルカさん、ながぁいため息。 「親父が、来る」 「……………は?」 「コッチに用があるんだと。………で、宿とるの面倒くせえから、お前んとこ泊めろって」 はあ、そういうこと。 「……おじさんが泊まるのはいいけどさ、狭いって言った?」 イルカの親父さんが、このマンションに来るのは初めてだもんな。 息子がどういう生活してんのかってのも、気になってんじゃないかね? 「言ったさ。…余分なフトンを敷くスペースなんざねえぞって。つか、余分なフトンもねえもんな、ウチ。…したらさ、『台所の床でも、駅のベンチよりゃマシだろ』だってよ。…あの人さ、若い頃鉄道乗り継いで日本中旅したりすんのが趣味だったんだ。野宿なんて慣れっこらしいんだよ。…だからかなぁ。ホテルに泊まるって選択肢を最初から考えてねえ」 ぶは、と思わずオレは噴き出した。あのゴーカイ親父さんらしいわ。 「ええと、ならオレのベッドでも気にしないよね、おじさん。…オレ、ソファでいいし」 「馬鹿。…こういう時は、俺がソファで寝るもんだろ。…仕方ないから、毛布でも買ってくるか」 「え〜…だって、元々はお前の部屋じゃないか。…オレが転がり込んだ形で、同居始めたんだし………」 イルカは、デケェ手でガツッとオレの頭をつかんだ。 「………俺がお前の同居を認めた日から、ここはお前の家なんだ。わかったか?」 ううう、有無を言わせない迫力。 「………………ハイ」 「だから、今更なコト言ってるんじゃない。…それに、さっき謝ったのは、親父がここに泊まるっていうだけじゃなくてだな。…来やがる日が悪いんだ」 「…は?」 イルカは、仏頂面でため息をつく。 「クリスマスイブなんだよ」 「…………………………」 つまり。 つまりだな? 「クリスマスイベント、全部ナシ………?」 「………だから、スマン」 イルカの親父さんは、筋金入りのクリスマス嫌いだ。 いや、クリスマスそのものが嫌いなんじゃないな。 他宗教のお祭なのに、宗教的なところは無視して、楽しそうなところだけ真似してバカ騒ぎする日本人の根性が気に入らないらしい。 おじさんの言わんとする事も、わからなくないけど。 既にここまで日本人にもイベントとして定着しているもの、ちょっとくらい楽しんだっていいだろ、とオレは思うのだが。 だって、オレ達のクリスマスなんて、可愛いもんよ? チキンとケーキ食って、身近な人にちょっとしたプレゼントするくらいだもん。 感覚、他の行事と変わらんよ。『そういう日みたいだから、ま、気持ちで』的。 要するに、日常生活におけるちょっとした潤いだよ。 ―――あ、プレゼントか。 サクモさんに何か送りたいな。あっちは絶対に何か送ってくるだろうし。 「まあ、別にいいよ。クリスマスじゃなくてもケーキやチキンは食えるし。気にすんな。…それよりさ、おじさんの好物でも用意しようよ。オレ、おじさんも大好きだもん」 イルカはやっと、唇に笑みを浮かべた。 「………うん。ありがとな」 ―――てなことを、オレは世間話のノリでポロッと教授にもらしてしまった。 いや、イルカの親父さんがクリスマスに来ること、親父さんがクリスマスをやらない主義の人だってことを喋っただけなんだけど。 「へ〜え、イルカ君のお父さんかー。そういや、皆で九州へ行った時、イルカ君の親御さんには挨拶できなかったものねえ。残念、僕もお会いしたいけど、すれ違いだね。面白そうなお父さんなのに」 「あはは、イルカ、ちょっと似てますよ。豪快さんなところとか」 教授はふうん、と相槌を打った。 「………ねえカカシ君。今思ったんだけど、キミ達の部屋にもう一人泊まるとすれば、ベッドの片方に二人で寝るか、誰か一人はソファ行きにならない?」 ―――ギクリ。 「や………そうなんですけど。それは、オレがソファで寝ればいーやと思って」 オレとしては、イルカとおじさんの『親子の時間』を邪魔したくないっていう気もするしね。 教授は、アッサリと解決策を提示してくれた。 「ならさ、クリスマスは僕もいないし、カカシ君は僕のところで寝ればいいじゃない。僕のベッド使ってもいいし、ゲストルーム使ってもいいよ?」 「いやでも、先生がお留守の時に泊めていただくってのも………」 気が引けるのだが。 「イルカ君のお父上、ご自分の所為でカカシ君がソファに寝たりしたら、気になさるんじゃないかな。…イルカ君も、久し振りにお父さんに会うわけだし。親子水入らずにしてあげるってのも、プレゼントになるんじゃない?」 そこでポン、と教授は手を叩いた。 「そーだ! カカシ君、パスポートは持ってるって言ってたよね?」 「は? …ええ、はい」 高校の時に、交換留学でオーストラリアに行った時のがある。五年間有効だから、まだ大丈夫だ。 「いっそ、クリスマス、僕んとこ来ない?」 眼がテン。 何がどうしてそういう話に。 「……………はあ?」 「遠慮は無用だよ。僕の家のクリスマスパーティ、親戚以外も色んな人が来るし。……それにね、クリスマスねえ、サクモさんがニューヨークでパイプオルガン弾くんだよ。チャリティコンサート。…聴きたくない?」 うわ、これには心が揺れた。―――すっげえ、聴きたいっ! それがモロに顔に出たらしい。 教授はニッコリ笑って、オレの肩を叩いた。 「僕の招待だからね。旅費とかは気にしないでいいからね? 仕事、頑張ってくれたご褒美ってことで」 イカン、このままでは『行くこと』に話がまとまってしまうっ!! 「あ、いや先生っ………さすがにこれは、イルカにも相談しないと………」 「そお? わかった。じゃあ相談しておいで」 「ありがとうございます!」 そりゃ、おとーさんには会いたいし。 彼の演奏をナマで聴けるんなら、願っても無い話だ。 ………でも、何と言うか。 ちょーっと、気が引ける話でもある。 オレだけ、クリスマスにニューヨーク? オレだけ、(すげえ金持ちって話の)教授の実家のクリスマスパーティに御呼ばれ? おじさんが来るんだから、イルカが一人になるわけじゃないけど。 それでも、『オレだけ』? って思っちゃうよな。 イルカに悪い。 そう思っちゃうよ。 なのにね。 「行ってくればいいだろ?」 ―――うわあ、これまたアッサリと。 「え、だってさあ………」 「だって、じゃねえよ。…お前、サクモさんに会いたいんだろう? サクモさんだって、出来ればクリスマスには家族に会いたいんじゃないのか? お前が逢いに行ったら喜ぶと思うけどな」 「そ………」 そう…かもしれないけど。 「でもさあ、おじさんが気にしないかな」 「あん? 自分が泊まりに来る所為で、お前が追い出されたんじゃねえかって感じにか? ……無い、無い。クリスマスだから、カカシは自分の家族に会いに行ったんだって言えばいいんだよ。そういうの、欧米じゃ普通じゃないのか?」 「うーん………教授は、クリスマスは家に戻らないと怒られるって言ってたけど」 「だろう? そういうもんだって、親父には言うさ。親父だって、よそ様のそういう習慣まで否定はしないだろ」 オレは、まだ何となくスッキリしなかった。 「………だって。………オレは……クリスマスは…それらしいこと出来なくても、お前と一緒にいたいかなって………そう思って………」 イルカは、優しく微笑った。 「お前がそう言ってくれるだけで嬉しいよ、俺は。………お前も言ってたろう? クリスマスじゃなくても、ケーキやチキンは食えるって。俺は、クリスマスの日以外は殆どお前と一緒なんだぜ? …こっちはこっちで、親父と鍋でも食って、熱燗飲んでるから。元はと言えば、ウチの親父がクリスマスになんぞ来るからなんだからさ。オレにいらん遠慮はするな」 もう一度イルカは、「行って来い」と言ってくれた。 (2009/12/23〜) |
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『奇跡の海』の前に入る話。 まだ、カカシくんは一回しかお父さんに会ってない頃です。 |