奇跡の海 −5
(注:大学生Verです)
会食が済んだら日が暮れてしまう事は最初からわかっていた為、伯母さんは食事をしたホテルにあらかじめ部屋を取っておいてくれていた。 伯母さんの気遣いに甘えて、オレとサクモさんは一泊し、明日東京に戻ることにする。 「父さん、疲れたでしょう。大丈夫ですか?」 サクモさんは微笑って首を振った。 「大丈夫です。…傍にずっと、カカシがいてくれましたから。…それに千春さん、アンコさん、皆さん、親切でした。………カカシは、大丈夫ですか?」 「オレは、法要初めてじゃないですから、平気ですよ」 あー…でも、ノド乾いたな。…サクモさんも、何か欲しいんじゃなかろうか。 ホテルのルームサービスって、クソ高いんだよな。 部屋に備え付けのお茶でいいかな。…んー、あんまり美味くなさそうだ。 「父さん、良かったら先にシャワー使ってください。…オレ、ちょっと外に買い物に行ってきます。…何か、欲しいものありませんか? 飲み物とか」 「あ…では、ミネラルウォーターをお願いします」 「わかりました」 ミネラルウォーターか。これがイルカだったらお茶かコーヒーだろうな。教授だったら、コーラかな? そうだ、イルカと教授にメールしておこう。おかげさまで、無事に母さんの法要は済みましたって。 ロビーまで降りると、ケータイが鳴った。 「………アンコ?」 『やっほー、カカシ〜お疲れさーん』 「あー、お前もお疲れさんだったな。…どーした?」 『今、部屋ん中?』 「ん、ホテルのロビー、降りてきたところ。…コンビニ行こうと思ってさ」 『…おじ様は?』 「部屋。…疲れたと思うし、シャワーでも浴びて、一人でゆっくり休んで欲しくて」 アンコがクスクス笑った。 『カカシ、ホテルの玄関見て』 「ん?」 見ると、玄関を入った所でアンコが手を振っていた。 さっきまでセーラー服だったのに、もう、ちゃんと着替えている。オレはため息をついてケータイをパチンとたたみ、ロビーを横切った。 「なーんだよ、何か用か?」 「うっわー、ご挨拶ねえ。久し振りに会ったイトコに。法事の前は、あんまり話し出来なかったしさー、お茶しようよ。このホテル、ケーキも美味しいんだよ」 つまり、タカリに来たのか。 「わかったよ。…少しだけだぞ? あ、ケーキは一個までな。それ以上は自腹」 「やったー、おごってくれるんだー! ラッキー」 ………しまった。最初から別払いにしとくんだった。 チョコレートシフォンケーキと、苺のミルフィーユが運ばれてくる。うん。確かに美味そうだけど。 「…二個も食って、胃もたれしないの、お前。さっきメシ食ったばっかりだろ」 「ふ、女子高生の胃袋ナメんじゃないわよぉ。カカシにも一口味見させてあげるね。マジ、美味しいんだから!」 「………お前、ケーキ食いに来たの?」 幸せそうにチョコクリームをフォークで口に運んだアンコの表情が、ふと真顔になった。 「………だけ、じゃないよ。………あのね、アタシ…………ママに、千鳥おばさんとサクモおじ様の話、聞いた時、アンタと話したいなって……違う、謝んなきゃって、思ったんだ」 オレはアイスコーヒーを飲み込み、彼女の顔を見た。 「…謝る?」 アンコは、フォークを置いた。 「………アタシ、子供の頃、アンタに酷い事言った。…アンタのママの悪口、言った。…大人の人達が噂している事の意味、よくわかってもいなかったくせに」 ―――ん〜まあ、そんなコトもあったな。………些細な口喧嘩が発端だった気もするが。 そういや、すげえコト言ったんだっけ、コイツ。 オレに言い負かされそうになったコイツが、何て叫んだかは、覚えている。 大人達の噂話を聞きかじっただけだったんだろうけど。それが悪口・陰口の類だってことは、子供にも何となくわかるんだよな。 『アンタのママなんか、シリガルのインランオンナだって、みんな言ってるもん! アンタのパパ、ドコのだれかもわかんないクセに!』 娘の暴言を聞いたおじさんは、初めて愛娘を叩いた。 カカシに謝りなさい、と言われたアンコは、初めて父親に叩かれたショックもあって、頑なに謝る事を拒んだのだ。 『やだっ! なんでアタシがあやまるの? アタシ、まちがってるの? だっておじさんたちが言ってたんだよ! じゃあ、カカシのパパって、だれよ! ドコにいんのよ! なんでカカシはウチのこじゃないのに、ウチにいるの?』 オレはその後、おじさんの制止を振り切って家を飛び出してしまったので、後のことは知らない。 イルカの家にも行けなくて、公園でぼんやり座っていたら、おじさんが迎えに来たんだった。アンコが酷い事を言って、悪かったね、叱っておいたから許してやっておくれ。カカシはウチの子だよ、一緒に帰ろう、と。 あの後、アンコとはしばらくギクシャクしたが、そこは子供のことだ。いつの間にかまた、一緒に遊んだり喧嘩をしたりするようになったんだったな。 「………お前、あんなガキの頃の事、覚えてたのか」 「…うん。…カカシを傷つけたんだって、あの時のアタシにもわかってたんだよ。…自分が、言っちゃいけない事を言ったんだって。………悔しかったんだ。ア……アタシより、カカシの方が色も白くて…可愛かったから、羨ましくて。…イ、イルカちゃんだって、女の子のアタシより、アンタばっかり大事にするから、悔しくて………でも、あんな事、言っちゃいけなかった」 アンコは肩を縮め、ガバッと頭を下げた。 「………ごめんなさいっ!」 そのまま、顔を上げようとしない彼女の頭に手を伸ばし、オレはポンポン、と撫でた。 「…うん、わかった。………いいんだよ、もう」 アンコはそろっと顔を上げた。 「…許してくれる?」 「うん。…元はと言えば、あのオッサン連中が悪い」 ガキが聞いているのに、下世話な噂話をしやがって。 「………サクモおじ様には、言わないでよね?」 ………………そこかよ。 まさかアンコのヤツ、サクモさんに一目惚れでもしたってのか…? そりゃまあ、ガサツなオレと違って、彼はなんつーかその…優雅で大人の男だけど。 「ンな事、誰が言うかっての。ただでさえ、オレを育てられなかった事を負い目に思ってんだから、父さんは」 「そっか……そーだよね………」 はあっとアンコはため息をついた。 「で〜も、スゴイよねー………行方不明になった恋人をずーっと想い続けてさ、他の人とは結婚しなかったなんて。…千鳥おばさんも、女冥利につきるね!」 あー、ハイハイ。なるほど、お前のロマンチック〜なツボを刺激したワケだ。彼の過去の恋バナは。 女はこういう話に弱いんだろうか? 「………わかったから、早く食え。…向かいのコンビニに飲み物買いに行くんだから。遅くなると、父さんが心配する」 慌ててシフォンケーキを食い始めたアンコは、チラリとオレを見上げて、にへっと笑う。 「何だかんだ言っても、カカシもやさしーよね。アタシを置き去りにして、コンビニ行ったりはしないんだもん」 アンコはパッと手を上げ、ウェイターを呼んだ。 「すいませーん、ミルフィーユ、お持ち帰りしまぁす」 「…おい、アンコ……」 ウェイターは恭しくミルフィーユの皿を下げ、可愛らしい箱に入れてテーブルに戻ってきた。 「お待たせ致しました」 「ありがとうございまーす。…さあ、さっさとコンビニ行くわよ、カカシ。サクモおじ様、心配させちゃいけないわ」 ………だから、誰の所為だってのよ。 結局、ケーキを二個ともおごるハメになったオレは、大きなため息をついたのだった。何で謝罪される方がおごらねばならんのだ。 男って、損な生き物だよなあ……… 部屋に戻ると、サクモさんはもうシャワーを浴び終わっていて、テレビのニュース番組を見ていた。 |
(2010/7/07) |
◆
◆
◆