ハロウィン・ラプソディ -6
―――今、この人何て言った? もでるにならんか、と言われたよーな気がするんだけど。 ………冗談じゃないっっ 前に渋谷を歩いていた時も似たようなセリフは聞いたが、こういう話は得てして胡散クサイものだと相場は決まっている。 今回は渋谷のケースよりは信用出来る話かもしれないが、オレは芸能界的華やかな世界には興味ないし、第一に目の前の男とこれ以上お近づきになりたくない。 この男と比べたら、万年青春熱血教師の方がナンボかマシなくらいだ。 父さんの事を昔から知っていようが、教授の知り合いの知り合いだろうーが、この際関係無いっての。 「君は、モデルに向いた姿をしている。それは、持って生まれた才能のひとつだ」 オレはお愛想笑いでプルプル首を振った。 「………お褒め頂いているのに申し訳ないんですけど。……ええと、その………オレのこの左目の傷、メイクじゃないんですよ。顔にこんなデカイ傷があるモデルなんて、ダメでしょう?」 これ、とオレは自分の左眼を指差した。 渋谷で声をかけてきたお調子者っぽいスカウトマンは、その傷もセクシーだとか鳥肌もんのセリフを吐いてくれたけど。(アイツは絶対本物のスカウトマンじゃない。たぶんきっと絶対、新宿二丁目系だと思う) さっき、教授はこのサーの会社を英国の大手アパレルメーカーとか言ってたような気がするし。そういうちゃんとした所が、こんな傷物のモデルは使えまい、と思ったんだが。 サーは引いてはくれなかった。 「何、多少目立つ傷だが、それが原因で大きく皮膚が引き攣れているわけではないし。それこそメイクや髪型で何とでも出来る範囲だ。そんな些細な事を気にする必要など無いのだよ?」 あああ、傷痕を理由に断ろうとしてんのにっ………モデルはやってみたいけど、こんな傷があっちゃダメですよね……な〜んてウジウジしているみたいに見えたんかしら………よし、ハッキリ断ろう。 「すみません。オレ、モデルとか興味ないんです。………せっかくお声をかけて頂いたのに申し訳ないのですが、お断りさせてください」 サーは、芝居がかった仕草で手を額に当て、天を仰いだ。 「何とっ………無限の可能性を持つ若者が、かくも消極的とは、嘆かわしい…っ!」 いや、そんな事言われてもな……興味ないものは仕方ないだろう。 誰でも彼でも、スポットライトやカメラのフラッシュが好きだなんて思わないで欲しい。 ここでようやく、教授が助け舟を出してくれた。 「僕も、この子は天性の華を持っている、と思います。…しかし、もしも貴方の会社の新ブランド立ち上げに関わったりしたら、束縛時間が短いとは到底思えません。この子は大学生であり、学生の本分は勉学です。彼が専攻しているのは法学ですし、とてもそこまで身体は空かないでしょう。…僕の手伝いも、住まいが近いから可能なのです。………ここはひとつ、ご理解くださいませんか」 サーはじっと教授を見―――そして、オレにチラッと視線を投げてからため息をついた。 「そうか。…なら、仕方ない。イメージにピッタリの子を見つけるのはなかなか難しいんだけどねえ。残念だ」 あ、良かった。諦めてくれたみたいだ。 「まったく、親子して私の希望を叶えてはくれないのだね。………ああ、二人とも実にステージ映えする容姿を持っているというのに………!」 そーかね? ソレを言うなら、教授の方がよっぽどモデルっぽくないかな。 というオレの心の声が聞こえたかのように、サーは苦笑交じりに教授を見た。 「君も華やかで人目を引く容姿をしているが、君のようなタイプはファッションモデルには向かないしね。…本人の印象が強過ぎて、服のイメージを活かせない。その点、この子やあの彼なら、本人の容姿と服とが引き立てあう理想のモデルになれるはずなのだよ」 教授は、微笑を全く崩さずに頷いた。 「それは残念です。…でも、サクモさんが貴方の誘いにイエスと言わなかった理由は、何となくわかりますよ。あの人は、人前に出たくて指揮者になったのではない。音楽を愛していて、ご自分の理想の音を作り出したいから指揮台に立ったのです。…芸術に造詣の深い貴方なら、おわかりになると思うのですが。貴方と彼では、芸術に関する表現方法が異なるのですよ」 ふぅむ、とサーは感心したように唸った。 「なるほど、そういう言われ方をされたら、引くしかないね。………いや、お騒がせをした。では、私はそろそろ失礼するとしよう」 「もうお帰りになるのですか? パーティのお開きまでまだ二時間近くありますが」 サーは笑った。 「実はこれから、人と会う約束があるんだ。…パーティは十分に楽しませてもらったよ。ありがとう。当初の目的も果たしたしね。………ダン、無理を言って悪かったね」 ダンさんは慌てて「いえ、とんでもない」と首を振った。 「では失礼。今度君達に会う時は、私がワインをご馳走しよう」 「楽しみにしていましょう。……どうぞ、お気をつけてお帰りください」 サーは軽く目礼して、ドアから出て行こうとし―――ふと、振り返った。 「そういえば、これは持って帰ってもいいのかな? よく出来た偽物のパンだ」 と、ポケットからロールパンを出してみせる。 うわ、この人も引っかかっちゃったのか、教授の悪戯に。 教授は笑いを押し殺しながらパンに仕込んであった小さな紙片を確認し、部屋の隅から番号札のついた小さな紙バッグを持って来てサーに手渡した。 「ハッピー・ハロウィン。どうぞ、そのパンも記念にお持ちください。日本が世界に誇る芸術の一つです」 ::: その後は特にアクシデントも起こらず、ハロウィン・パーティは無事にお開きになった。 招待客全員が最後までいたわけではなかったらしく、お開きになった時は全体の三分の二くらいに人数は減っていたが、それでも一度に出口に向かうと結構混みあう。 オレ達はその混雑を避けて、部屋の壁際にあった椅子に腰掛け、皆さんがお帰りになるのを眺めていた。 幸か不幸か? オレとイルカは最後まで教授の仕込んだ悪戯に引っ掛かる事無く、パーティ料理を堪能させてもらったので、例の『悪戯のお詫び』を貰ったのは、オレ等の中ではテンゾウだけだ。 まだカボチャ頭のままのテンゾウは、貰った紙袋の中を見て小さく笑った。 「何だったんだ? 悪戯のお詫びって」 「オモチャです。オモチャのエダマメ」 テンゾウはホラ、と中を見せてくれる。 あー、これか。押すと豆がぷにぷに出てくるとかいう擬似枝豆だな。類似品に、無限にプチプチを潰せるヤツもあったよな。 「これ、豆しばバージョンですよ。…携帯につけておこうかな。可愛いかも」 ふむ、貰った人間は笑い(苦笑かもしれないが)、悪戯に当たらなかった人間が然程羨ましく思わない程度の、可愛い景品だ。 教授、自分でオモチャ屋に捜しに行ったんだろうか。さぞ楽しかっただろうなあ。あの人、日本のオモチャ屋大好きだから。 ………あ、そうだ。 「なーテンゾウ、このメイクってやっぱお前に落としてもらった方がいいんだよな?」 「そうですね。特殊メイク専用のリムーバーがありますから、それでクレンジングします。無理に落とそうとすると、肌を痛めますので」 「そっか、わかった。じゃあ、悪いけど頼むわ」 カボチャは、ハイもちろん、とコックリした。 イルカがそのカボチャを指で軽く小突く。 「もうこれ、脱いだらどうだ?」 「………いえ、いいんです。脱ぐと荷物になるし、ちょっとマヌケな格好になるので」 「そっか」 店の出口では、入った時に招待状のチェックをしていたお兄さんと、メイドコスの女の子が帰る客全員に何かお土産を手渡していた。 「ふぅん。先生、無料でパーティにご招待してくれた上、土産物まで用意しているのか。さすが、豪気だなあ」 「………あの紙袋、見たことあります。確か、とっても高級なチョコレートの店のですよ。一粒幾らとか、つい計算したくなるくらいの」 「へー、テンゾウよく知っているじゃない」 「や、だから紙袋を見た事があるだけで、食べた事はないです。でも、結構高いのに店には行列が出来るらしいですよ。銀座…だったかなぁ」 「そんなに美味いチョコレートなのかな。………あれ? でも先生、チョコは苦手なのに」 と、呟いたオレの頭上からクスクス笑いが降ってきた。 「僕が食べるわけじゃないもの。このお店を借りてパーティすることに決めた時、お店の女の子に訊いたんだよ」 見上げると、教授は既に海軍さんの軍服は脱いで着替えていた。 「もし、お土産で貰えたら嬉しいお菓子ってある?…って。どうせなら、皆さんに喜んでもらえるお土産がいいじゃない」 ああ、なるほど。自分では買いに行きにくいけど、もし貰えたらラッキーなお菓子ね。そりゃあ若い女の子にリサーチすんのが一番だよね。教授のことだから、その女の子の分のチョコも用意してあげたに違いない。 「………先生。いいパーティでしたね。楽しかったです」 教授はにこ、と微笑んだ。 「ん、ありがとう。そう言って貰えて、良かった。こういう小規模のパーティは肩が凝らなくていいよね」 と、教授はポケットから携帯を取り出した。 「ハイ、カカシ君、イルカ君、そこのカボチャ君も。写真撮るよー」 「げっ…先生、写真撮るんですか?」 自分はサッサと衣装脱いでおいて。 「ん、だってサクモさんにこのパーティのこと報告する時、写真があった方がいいじゃない。ちなみにカカシ君はこういう仮装をしました〜…ってね」 やっぱ、オレのこと父さんに定期報告してたんですね、先生。そんな気はしていましたが。 「………いや、先生。こういうイベントは父さんに報告しなくても………」 楽しげなパーティに自分は参加出来なかったって、父さんに寂しい思いをさせるだけなのでは。 「あー………うん。カカシ君の言いたい事もわかるんだけど、ね。…例のイギリス紳士との邂逅について、サクモさんに報告しておいた方がいいと思わない?」 あ。………そっか。オレの事と言うよりも、父さんに警戒を促す目的で報告するのか。 なら、わかる。 元々彼は、父さんに目をつけていたんだものな。 オレに会ったことで父さんを思い出して、また何か(父さんの迷惑になるような)行動を起こす可能性だって考えられる。 あの御仁にアタックされる場合、心構えが出来ているのと出来ていないのとではメンタルショックがだいぶ違うだろう。父さん、不意打ちには弱そうだし。 「そう…ですね」 「でしょ? というわけで、ハイ、ポーズ」 カシャ。 ………反射的にカメラの方に顔を向けてしまった自分が悲しいわ。 |
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無限枝豆とか無限プチプチとか。 |