ハロウィン・ラプソディ -7
パーティ会場だったレストランでタクシーを呼んで、またテンゾウの工房まで戻ったオレ達は、衣装を脱いでメイクを落とした。 これでハロウィン・パーティも本当に終わりだ。 普段の姿に戻ると、ちょっと寂しいのとどこかホッとした気持ちが入り混じったような、複雑な心地がした。 楽しかったお祭りが終わった時は、いつもこんな気持ちになる。 「今回はありがとうな、テンゾウ。おかげで、助かった。…材料費とか、手間賃とか、遠慮なく請求してちょうだいよ?」 テンゾウは即答しなかったが、ポリポリと耳の後ろをかいてから、ようやく頷いた。 「………はい、わかりました。では、お言葉に甘えて後でメールさせて頂きます」 「うん、そうして。…あ、レザーパンツ直してくれるのはお前の彼女なんだろ? その彼女にもちゃんと御礼するからさ」 テンゾウは赤くなった。 「か、彼女じゃないですよ。体験コース受講した時の知り合いです。コスチューム作りの方に関心が行って、メイクはやめちゃったってコで」 でも、その後もお付き合いがあるってことは、縁は切れてないワケだよね。そういう繋がりは大事だぞ、テンゾウ。特に女の子相手は。 「………ま、そういうコトにしておいてやるかな。…マジな話、手間掛けさせる代償は払うから。本人に幾らか訊いておいて」 「わかりました。…あの、今夜は楽しいパーティに連れて行ってくださって、ありがとうございました、先輩。パーティの主催者さんにも、よろしくお伝えください」 こういう礼儀正しい所、中坊の頃と変わってないなあ。感心だ。 「うん、伝えておくよ。…じゃあな。よかったら今度飲みに行こうなー」 「は、はいッ! 喜んで!」 イルカも軽く手を振った。 「おやすみ、テンゾウ。今回世話になった分は、改めて礼をするよ」 「とんでもないっす! お気遣い無用に、先輩! おやすみなさいッ」 「お前も気をつけて帰れよー」 「はいッ! 先輩方も!」 テンゾウは、最敬礼してオレ等を見送ってくれた。 ホント、相変わらずの体育会系気質だね。先輩って言ったって、昔のことなのに。 もうタクシーに乗る必要はないし、まだ電車は動いているので、駅までぽたぽた歩く。 しばらく黙々と歩いていたイルカが、口を開いた。 「………で」 「で?」 ちろん、とイルカはこちらに流し目をくれる。 「写真を撮った時、教授の言っていた英国紳士とやらは、お前に何か関わりがあるのか?」 あらま、さすが。耳聡いこと。 そしてあの場では聞き流した風を装って、二人きりになったところで問い質すあたり、イルカだなあ。 「ん〜、関係はあるよーな無いよーな、なんだよね」 と、オレは『赤毛の英国紳士』とパーティで出会ったいきさつを話した。 「………お前がモデルねえ。…でも、今日みたいな仮装をしているお前を見て、スカウトしてくるその人の眼力も結構すごいな」 イルカさん、マジ声で感心してるけど、それだけじゃないとオレは思うんだよね。 「それはねー、オレが父さんの息子だって知ったからだと思うなー。そもそも、あのサーは父さんが気に入っているみたいだったからさ。父さんに似ているオレなら、たぶんOKだと思ったんじゃないのかね」 そう言いながら、あの男にとってオレは父さんの代用品なのかもしれんな、と思った。 父親の方がナンボ口説いても靡かないから、息子の方で我慢しておくか、みたいな。 彼からすれば、こんなオイシイお話を持ちかけられて断る若造は普通いないだろうって思うだろうしな。 「でもそこ、イギリスでも大手のアパレルメーカーなんだろう? その新ブランド立ち上げの広告に使うなんて、いい加減な気持ちで言ったんじゃないと俺は思うが」 「うん、冷静に考えれば、すっごいお話だったんじゃないかと思うんだけど。…でもそれは、オレがそういう業界に興味があれば、の話だよ。仮にバイトとして引き受けるにしても、無責任なこと出来ないだろう? オレだって試験とかあるしさ、こっちのスケジュールにあちらを合わせてもらうわけにもいかないじゃない」 まあそうだな、とイルカは頷いた。 「それにねえ…何でだかオレ、あの人苦手なんだよ」 「苦手?」 「………うん。別に何をされたワケでもないんだけどさ、なーんか波長が合わないというか、一緒にいると気分が悪くなってくるタイプの人間っているものなんだなーって、オレ初めて実感したよ。それも、精神的っていうよりもマジで体調が悪くなってくる感じすんの。…もちろん、あの人が悪いわけじゃないんだけど」 イルカは黙ってオレの背中を軽くぽんぽん、と宥めるように叩いてくれた。 そのでっかい掌の感触が心地いい。身体が軽くなったような錯覚さえ覚える。 まるで、憑き物を落とされたみたいだ。 「まあ、ハロウィンだからな」 「…ん?」 「お化け、と言っては失礼だけど。…色んなモノが湧いて出るものなんだろ? 今夜は」 「……………ッ…」 イルカの言葉の意味がわかった途端、オレは噴きだしてしまった。 「…そ、そっか。ハロウィンだからか」 それで、普段はお目にかからないような人種とも遭遇しちゃったんだな。 広い世の中、オレにとって癒し効果のあるオーラを持っている人間もいれば、その逆もあるってことよね。そんでたまたま今夜は、すんごく反りの合わない波長を持ってるヒトと出会っちゃったんだ。 うむ、そういう事にしておこう。 「あー、顔に派手なメイクしてて良かったかもー。何となく、魔除けっぽくない?」 自ら悪魔っぽい格好で魔を除ける。おお、正しいハロウィンの仮装だ。 「それからテンゾウの仮装もな。ジャック=オ=ランタンってさ、魔除け効果があるって言われているらしいぞ」 そーか、あのカボチャってば、そういう意味があったのか。 イルカはフッと笑った。 「……教授は全部、知っているんだろう? なら、大丈夫だ。ご自分のテリトリー内で起きた事で、お前やサクモさんに被害が及ぶなんて許せないだろうからな、彼は。プライドにかけても妙なものからは護ってくれるはずだ」 「そ…そういうもん、かな」 そう思うと、何となくホッとするけど。 「それに、俺には教授みたいな力は無いけど、俺なりにお前を護ってやるから。安心しろ」 ―――あれ? オレってば、そんなにヘコんだ顔してたんかな。 うっわー、恥ずかしい。 「だ、大丈夫、大丈夫! あの赤毛のおっさんとは、もう会う機会も無いだろうしさ! ちょいと毒気に当てられたみたいな心地にはなったけど、実害は無いし!」 そうまくし立てながら、オレは早足で三、四歩前に出て―――立ち止まった。 「でも。………ありがとーな、イルカ」 お前が傍にいてくれるから、多少揺れてもオレは立っていられる。すぐに自分を取り戻せる。 お前がいるから―――……… ゆっくりと追いついて来たイルカがもう一度、背中を優しく叩いてくれた。 ああ、やっぱあったかい。胸ン中が、ほこほこしてくる。 そのほこほこを大事に抱えたまま、夜の道をオレは歩いた。 目の前に、駅の明るい灯火がぽうっと見えてくる。 「………なー、イルカ」 「うん?」 「駅前のケーキ屋のパンプキンプリンってさー、今日までだと思う? …あ、でももうこんな遅い時間じゃ店開いてないか」 イルカは呆れた眼でオレを見た。 「………お前、まだ食う気か?」 「んー。いやさ、あれもこの時期だけじゃない。…何となく、食い逃すと残念な気分。え〜と、柏餅を食い損なっているうちに梅雨に突入したような感じ?」 はあ、とイルカさんはため息をついた。 「わかった。…ケーキ屋は閉まっているだろうけど、コンビニ行けば何かあるだろ、カボチャプリン的なものが」 「お、寄っていい? サンキュー」 へっへっへ。 何となく、イルカに甘えてみたかっただけなんだけど、口に出すと急にパンプキンプリン、食いたくなってきちゃった。 「………どういたしまして。どうせ、明日のパンも買わなきゃいけないしな。…ああ、プリン食うのは明日の朝にしろよ」 「えー…何でさ、まだ食えるよ」 と、ぶぅたれたオレのデコを、イルカは指で軽く弾いた。 「寝る前に食うな。健康管理だ。サクモさんに、息子をよろしくって頼まれてるし」 「………父さんに………」 も〜お、要するにオレの周囲にいる人達皆に『よろしく』を言いまくったんだね………あの人。 「もっとも、誰に頼まれなくてもお前の事、色々構うけどな、俺は」 イルカは、道路の反対側にあるコンビニを指差した。 「ほら、電車乗る前に寄るぞ、コンビニ。降りてから寄れるコンビニは、時間遅いと品薄になっている事が多いから」 「うんっ! 中華まんも買っていい?」 間髪入れず、イルカのデカイ手が頭に飛んでくる。 「馬鹿者。ヒトの話を聞いてなかったのか」 「いてぇな。イルカさんったらオレのこと愛してないの〜?」 「愛ゆえだ。耐えろ」 「へいへい、愛ね」 「そう、愛だ」 イルカさん、口元が笑ってますよ。 「もーお、お前の愛って時々乱暴」 深夜の歩道でオレ達は爆笑し、慌てて口を手で押さえる。 でもどうしてか妙にツボに入ってしまって、なかなか笑いが止まらない。 深呼吸して、ようやく笑いが収まったところで、信号が青になった。 横断報道を渡り、コンビニに入る手前でふと、目の前のビルを見上げる。 設置されているデジタル時計が、ちょうど午前零時になった。 コンビニに足を踏み入れかけたイルカが振り返る。 「どうした?」 「ん? なんでもない」 ハロウィンは終わりだ。 お化け達も退場の時間。 妙に明るいコンビニの中は、リアルな空間の象徴みたいに見えた。 可愛らしいプリンのプラスチック容器の上で、オレンジ色のカボチャが笑ってる。 パンプキンプリン、先生の分も買って帰ろう。 銀座の有名高級菓子店には負けるだろうけどさ、昨今はコンビニスウィーツだって満更捨てたもんじゃないものな。 今夜の御礼にしては、ショボイけど。 オレは、カボチャのシールが貼ってあるプリンを三つ、カゴの中にそっと入れた。 |
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END
遅れてきたハロウィン、終了です。 |