ハロウィン・ラプソディ -5
「会うのはいいですけど………失礼にはなりませんか? オレ、こんな格好なんですけど……」 だって悪魔だよ? 初対面の人に会うには、あんまりな格好だと思うんだが。 「いいの、いいの。向こうだって、仮装しているんだから」 パーティの招待客か。なら、そうだろうけど。 思わずイルカを振り返ると、目顔で「行って来い」と言ってくれた。 「こっちに来てくれる?」という教授の後をついて行く。 教授はパーティのフロアから出て、店の奥に入っていった。 ホテルみたいに絨毯を敷き詰めた廊下があって、綺麗な扉が幾つか並んでいる。 たぶん、普段は少人数用の個室として使われているのだろう。 今日は、主催者や招待客の控え室になっているみたいだ。 そりゃあそうだな。こういう催しなら、更衣室や手荷物預かり所くらいなきゃ、不親切だよな。 「入って」 「はい。…あ………」 そこにいたのは、さっきちらっと会ったダンという人だった。 彼は椅子から立ち上がり、こちらに軽く会釈した。 「わざわざ、すみません。四代目」 「いや。…この子が、カカシ君だよ。カカシ君、こちらは僕の知り合いでダンといってね。アメリカで医療関係の研究所にいる人なんだ」 ダンさんは、オレを見てにっこりと微笑む。 「初めまして、カカシ君」 「カカシです。初めまして、ダンさん」 何故、教授はオレをこの人に紹介したのだろう。 オレのもの問いたげ(に、なっていただろう、おそらく)な視線に、教授は応えてくれた。 「実はね、カカシ君。…サクモさんが君のお父さんかどうか、DNA鑑定をした、と言っただろう? その鑑定をお願いしたのが、彼なんだ」 オレは、思わず目を見開いてしまった。 「そ…うだったんですか。それは…どうもお世話になりまして」 ダンさんは、緩やかに首を振る。 「とんでもない。ほかならぬ四代目の頼みでしたし。…それに、私はアインフェルトさんのファンなんですよ。お役に立てたのなら、嬉しいです。…もっとも、鑑定をしている時は、どなたのDNA鑑定か、ということは聞いていなかったんですけど。彼が、ご自分で鑑定結果を聞きにいらっしゃるまで、知らなかったんですよね」 なるほど? 教授は名前とか伏せて、鑑定を依頼したのだな。 「彼は今、仕事で日本に来ていてね。このパーティにアインフェルト氏の息子さんが来るよ、と言ったら、ぜひ会いたいと言うものだから」 ダンさんは、どことなく恥ずかしげな顔をした。 「私は、日本に来るのは初めてなんです。…いや、正直に言いますと、研究チーム内で誰かが日本に出張する必要がある、という話が出た時、行かせてくれと立候補しました。仕事絡みでないと、こんなに遠い所までなかなか来られませんからね。そしたら、結構競争率が高くて。頑張って、ようやく権利を得たんですよ」 競争率高かったって………そんなに人気あるのか? 日本って。 「滞在期間中に、こういう機会があって、良かったです。…アインフェルトさんのご子息に、ぜひお会いしてみたかったものですから」 オレは恐縮してしまった。 『アインフェルトさんの息子』として会うなら、もっといい…いや、せめて普通の状態の時にお目にかかりたかったっす。教授もよりにもよって、悪魔コスの時に紹介しなくても良かろうに。 「すみません、せっかくそう言って頂いたのに、こんな格好で」 「いえ、ハロウィン・パーティなんですから、当たり前です。…でも、そういうメイクをしていても、わかりますよ。本当に、お父さんによく似ていらっしゃる。眼の色なんか、そっくりだ。…君は、何か音楽はやっていないのですか?」 オレは首を振った。 「残念ながら。父のやっているようなことは、何も」 本当は、ギターくらい弾けるようになりたかったんだが。楽器って、結構高いじゃないか。 そんな贅沢品買えなかったし、コツコツ貯金してまで買う情熱もなかったからな。 中学の時、イルカと同じ空手道場に通えたのは、当時やっかいになっていた義伯父に身体を鍛えたいと相談した時、『男なんだから武道の心得くらいあってもいい』と、勧めてくれたからなんだ。 「でも、父の生み出す音は、好きです。オーケストラもいいですが、初めて歌声を聴いた時は素直に感動しました」 ダンさんは、勢い込んで「そうですよね!」とオレの手を握った。 「わかります! 私は、彼の声を聴いてファンになったんです。もちろん、パイプオルガンも、オーケストラも良いのですがっ!」 教授がぽんぽん、と彼の肩を叩いた。 「はいはい、落ち着いて。…カカシ君はまだ若いから、やろうと思えば今からでも音楽は出来ると思うよ? カカシ君、音感いいものね。カラオケも上手いし。さすが、音楽家の息子って感じ」 「いや、先生………オレのカラオケと父さんの歌じゃ、比べ物にならないでしょ」 クス、と教授は笑った。 「聴いて心地よければ音楽だ、と言ったでしょ? 君のお父さんは。カカシ君の歌ってさ、ずっと聴いていたくなる感じだよ」 「そ………そうですか?」 そうかなあ。そりゃ、ヘタっぴ、引っ込めと言われたことは無いけれど。別にそんな上手くもないと思うが。 実際のところ、歌声ならオレよりイルカの方が上だと思う。 「それはぜひ、聴かせて頂きたいですね!」 ああ、だからダンさんまでそんな……… 「とんでもないですよ。そんな、お聞かせ出来るようなレベルじゃないです。……もう、先生ったら余計なこと言わないでくださいよ」 「え〜? 余計? 本当のことなのに」 「父さんに恥をかかせるような真似は、したくないですから」 と、オレは笑いながらやんわりと断った。 オレ単体ならいいけど、そこに『音楽家の息子』というフィルターが加わった場合、恥をかくのはオレだけじゃない、というコトになるわけで。それは勘弁して欲しい。 「そんな………あ、いや、無理強いは出来ませんが………」 「あはは、ご期待に添えなくて申し訳ないです」 仲間内のカラオケならガンガン歌っちゃうけどねー、オレも。 興味の方向性が(つまり、まとまった金をかける方向が)楽器ではなく、バイクやパソコンだったって時点で父さん(と、ついでに母さん)の才能は継いでなかったってことじゃないか。 その時だ。 コンコン、と軽く扉を叩く音がした。 振り向くと、ほんの少し開いたドアの向こうから、先程のロレンス…じゃない、サーが顔をのぞかせていた。 「お話中、失礼。…通り掛ったら、偶然話が聞こえてしまってね。…ダンの言うアインフェルトとは、サクモ=アインフェルト氏のことかな?」 教授は、一瞬眉根を寄せたが、すぐににこやかに微笑んだ。 「……サクモさんをご存知なのですか?」 うむ、とサーは頷きつつ、頭の布を取る。すると、鮮やかな赤毛が現れた。 教授ほどじゃないけど、色彩的には結構ハデな人だ。 「友人…とは言えないがね。知り合いというところかな。…学生の頃、彼のフェンシングの試合を見たのが最初だ。最初はマスクをつけていたので顔まではわからなかったが、やたら立ち姿が綺麗な男でね。それで眼を引かれたんだが………これがまた滅法強くて。確か、その大会で優勝したのは彼だと記憶している」 へえ…フェンシングって細い剣で闘う、あれか。 父さんって、完全文化部系だと思っていたんだけど。そういうのも、やってたんだー。意外なところから意外な父さんの過去話が。 「あれだけ強いのだから、有名な学生選手だと思ったのだがね。人に聞いたところによると、意外や彼は協会にも所属しておらず。そもそも試合に出たのも学校で代表選手に選ばれて、断りきれずに出ただけだったというから驚いたね。………大会後、近くで本人を見て、また驚かされた。当時の私はカメラが趣味だったのだが、いい被写体だと思って自己紹介もそこそこにモデルになってくれと頼んで………その時はまあ、忙しいからとあっさり断られたわけだが」 ………サーの話はどこに転がっていくのだ? 「その後、随分経ってから今度はウィーンの野外コンサートでオーケストラの指揮をしているところを見た。やはり、立ち姿の綺麗な指揮者がいるな、と思ってみたら彼だったんだ。まさか、音楽家になっていたとは知らなかったねえ。ここでまた出会えたのも運命だろうと思って、今度は仕事として、紳士服のモデルを依頼したんだが、これも断られてしまった。再三頼んでみたのだけど、真っ赤になって自分にはモデルなんて出来ないと言うんだよねえ。………彼が着たら映えるだろう新作があったのに。……大勢の人の前に出るのが仕事のクセに、恥ずかしがりやなのだね」 ―――え〜と。お話を伺っても、サーと父さんが『知り合い』の域までも行ってないような気がするのはオレだけだろうか?? 完全にサーの片思い(?)的な感じ。 そおっと教授を窺うと、顔に微笑を貼り付けつつも呆れているように見えた。つまり、オレと大差ない感想を抱いているってことかな? サーはパッとオレを見た。 「まさか、彼にこんな大きな子供がいるとはまた驚きだ。…だが、こんな島国で彼の息子に出会えるとは、やはり彼とは縁があるのだな」 何となく、この御仁と出会う縁はこれ一度きりに願いたいな〜、とオレは思ってしまった。 ついでに、この先、父さんとこの御仁の縁らしきものも二度と無いといいのに、と思う。 オレはそんなに人見知りはしない方だ―――と、思うし、よく知りもしない人に対して偏見に近いような思いを抱くのは失礼だ、とも思う。 だが、この目の前の赤毛の男は、オレとは合わない、と直感的に思うのだ。 同じ部屋の空気を吸っているだけなのに、肩の辺りが重くなってくるような居心地の悪さ。 オレが、初対面の人間相手にこういった気持ちになるのは珍しい。初めて、と言ってもいいくらいだ。これは、このサーが世間的に…まあ、社会的な眼で見て偉い人みたいだから、気後れがするっていうのとは違うと思う。 教授だって、オレとは別の世界に属している人だよな、とは思うけど、同じ空間にいて息苦しさを感じた事なんて無いもの。 ………これはもう、彼の存在自体がオレとは合わない種類の御仁なんだと思う他ないだろう。 サーは、オレの顔をマジマジと見ながら続けた。 「…先程、目を引かれたのも頷ける。その髪といい、瞳といい。君は父君によく似ているのだね。今は奇矯な扮装をしているのでわかりにくいが、普段の格好ならばもっと彼に似ているのだろう。………君は、まだ学生だったね?」 「はあ………そうですけど」 何だろう。嫌な予感がするんですけど。 サーはにっこりと微笑んで教授を振り返った。 「人間、若いうちは色々なことを経験すべきだとは思わないか? ファイアライト君」 教授もにっこりと微笑み返す。 「………どういう意味で仰っているのか、ハッキリ伺うまでは迂闊に同意しかねますが」 サーは苦笑した。 「用心深いことだね」 「そりゃあ、今までの話の流れから推して、貴方が言い出されそうな事は幾つか見当がつくからですよ。………僕は今現在、この子の雇い主ですし。彼の父君であるアインフェルト氏から、息子をよろしく、と頼まれていますから。僕には彼を庇護する義務があるのです」 「ふむ。しかし、もしも本人が望む事なら、止めだては出来ないだろう?」 と、サーはオレに視線を戻した。 「単刀直入に言おう。…君、私の会社が新しく立ち上げるブランドの、専属モデルにならないか?」 |
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サーの話はどこに転がっていくんだろう、と書いている私がそう思いました。(笑) |