ハロウィン・ラプソディ -4
ツナデ様の言った通り、ラビオリはホワイトソースのもトマトソースのも美味かった。 パンプキンスープは、悪いけどイルカが作った方のが美味いな。まあ、これは単に好みの問題かもしれないけど。 肉っ気が食いたくなったオレは、イルカ達から離れてソーセージやハム類が並んでいるテーブルに向かう。 うん、このソーセージは美味い。香辛料が効いている。 あそこにあるのはフォカッチャかな? あれも美味そうだ。幾つか見繕って、イルカ達に持ってってやろう。 その前に、ソーセージを食べて脂っぽくなった口の中をサッパリさせる為に、飲み物をサービスしているコーナーに向かう。 派手な紫色のウィッグにふわふわの白い羽毛の飾りに縁取られた仮面で目元を覆い、アキバのメイド喫茶か? みたいな格好をした女の子(これも店員さんなんだろう)が、ニッコと微笑んだ。 「わ、素敵な悪魔さん。何に致しますか?」 「えーっとね、じゃあ…ジンジャーエールあります?」 「はい。ただいま」 女の子はカウンターの下からジンジャーエールのビンを取り出して栓を抜き、グラスに注いで紙ナプキンを添え、手渡してくれた。 「どうぞ」 「ありがとう」 店の中が結構暑いので、冷えたジンジャーエールが咽喉に嬉しい。 「………君は、酒は苦手なのかな?」 聞き覚えの無い声だったから、最初はオレに話しかけているのだとは思わなかったのだが(英語だったし)―――何となく声の方を振り返ると、アラビアのロレンス? みたいな仮装の男と目が合った。 オレは自分の手にあるグラスを見てから、もう一度男に視線を戻す。男はまだオレを見ていた。 オレもよく言われるけど、この人もまた随分と眠たそうな眼をしてんなぁ。 ま、たぶん教授の知り合いだろうし、一応丁寧に応対しておくか。 「…いいえ。オレ、未成年なんです」 酒、実は嫌いじゃないけど。こんなパーティの席でおおっぴらに飲むわけにはいかないし。 「これは失礼。悪魔にはこういう赤ワインの方が似合うと思っただけでね」 「………そうかもしれませんね」 ジュース飲んでる悪魔なんて格好つかないものな。 男は、手にしたワイングラスをすいっとオレの方に突き出した。 「万聖節前夜に、乾杯」 ………こういう場合、どう反応すればいいんだろう。ま、いいや。『乾杯』って言ってんだから、『乾杯』って返せば。 「はあ。…乾杯」 グラスをちょいと持ち上げて、オレは半分残っていたジンジャーエールを飲み干した。 男も、赤いワインをクィッと飲み干す。 「うん、悪くない」 そりゃあそうだろうね。教授の趣味で選んだワインだろうから、安物のわけがない。 オレはそういうのに詳しくはないが、たぶん上物のはずだ。 男はチラリとオレの頭を見上げた。 「………君の髪。それ、染めているの?」 何だ? この男は。仮装パーティなのに、妙な事を訊くな。 「………いいえ。少しメッシュは入れていますが。殆ど地毛です」 「ふぅん。………綺麗な銀髪だね」 「はあ………どうも………」 何となく、この男の前にいるのが心地悪くなってきた。 何をされているわけでもないのに、心なしか気分が悪い。 例えるなら―――そうだな、気力…生命力みたいなものが、少しずつ吸い取られているような…そんな気分の悪さだ。 男は、値踏みをするような眼でオレを眺めている。 「その耳はいいが、メイクはあまりいただけないね。せっかくの貌の造りの良さを活かしきれていない。…君は、眼の色もいいね。…ふむ、全体的な骨格のバランスも悪くない」 ………すみません、本格的に嫌な気分になってきました。褒められているみたいなんですけど、全然嬉しくないです。 「………ねえ、君…」と、男がオレの肩に手を伸ばした時。 誰かがサッとオレの肩に手を掛け、さりげなく男から引き離してくれた。 その、よく知っている手の感触にホッとする。 艦長、もとい教授は、オレとロレンスの間に入って慇懃に微笑んだ。 「こんばんは。…失礼ですが、どちら様でしょうか。僕は、貴方をご招待した記憶が無いのですが。どなたのお連れ様ですか?」 そ、そっか。この男、教授の知り合いじゃないのか。テンゾウみたいに、招待客の連れとして店に入ったんだな。 ロレンスは、冷ややかな笑みを浮かべた。 「やあ、君がかのファイアライトの四代目か。初めまして」 気のせいか、教授に対するロレンスの態度はあまり友好的に見えない。丁寧な口調なのに、刺が透けて見えるような。 「君に一度会ってみたくてね、知り合いに頼んでこのパーティに連れて来てもらったのだよ。ちょうど、ヤボ用で日本に来ていたものだから」 「知り合い…?」 そこへ、慌ただしく一人の男が駆けつけた。 「す、すみません、四代目! この人は私の連れです!」 「………ダンか。何故謝るんだい?」 ダンと呼ばれた男は、中世の貴族風な格好をしていた。 人の良さそうな、優しげな風貌の男だ。その顔立ちも美形と言える範囲の整い方だと思う。惜しいことに、すぐ横に教授がいるので存在感そのものが霞んでしまっているが。 「いえ、その……」 と、ダン氏はチラッとロレンスを見る。 ロレンスは軽く肩を竦めてみせた。 「失敬だなあ、君は。オレが、行く先々で揉め事を起こしているとでも思っているんだろう」 ダン氏の表情を見れば、その軽口があながち冗談ではないのだろう、という事がわかる。 「失礼しました。違う、というのならいいんですけど。でも貴方は、どうも誤解を招くような言動をなさる事が多いように見受けられましたので。………四代目。彼は、私の知り合いで、サー・サンド氏です」 ロレンス改め、サンド氏は「お見知りおきを」と言って、軽く会釈した。サー、というからには貴族とか…かな? 教授は、彼の会釈にきちんと応えた。 「サー・サンド氏と仰ると、英国の大手アパレルメーカーの? 初めまして。ミナト・W・ファイアライトです。よろしく、サー」 「ああ、さすが。ご存知だったか。いや、大手と言われる程のものではないよ。…時に」 サーは、教授の後ろに隠れていたオレに目を移した。 「君の後ろにいる子は?」 「……彼は、僕が今、教鞭を取っている大学の学生で、僕の個人的なアシスタントをしてくれているんです。この子が何か失礼なことでも?」 「………いや? そんな事はないよ。ただ……」 教授は、サーの言葉を遮るように「そうですか。ならいいのです」と早口に言うと、肩越しにオレに視線を投げて微笑んだ。 「あっちで友達が君を探しているようだったよ。行きなさい」 「あ、はい。では、失礼します」 オレは慌ててペコンと頭を下げ、そそくさとその場を離れた。 教授は、オレを逃がしてくれたんだ。あの男がヤバそうに見えたのはオレの勘違いじゃなくて、教授の眼にもそう映ったってことだろう。 それが証拠に、教授はオレの名前を呼ばず、イルカの名前も言わなかった。相手に、余計な情報を与えまいとしているのは明白だ。 込み合っているフロアを横切り、イルカのところへ戻ると、そこでは微笑ましいのか情けないのかよくわからない光景が。 イルカが、ヒナに餌をやるように、フォークでカボチャの口に食べ物を運んでやっていた。 なるほど、やっぱりあの被り物は、視界が悪いんだな。 カボチャは、何を口に入れられても、素直にまぐまぐ食べている。ちょっと可愛い。 「ははは、テンゾウ、鳥のヒナみたいだな。フォカッチャ取ってきたけど、食う?」 「はいっ! いただきます」 オレはフォカッチャを一口大にちぎって、カボチャの口に押し込んでやる。 イルカは、オレの差し出した皿からフォカッチャを取って、かじった。 「お前、どうかしたのか?」 あらやだ。 も〜お、イルカさんってどうしてこう敏感? それともオレがポーカーフェイスの出来ないお子様なんだろうか。 「………ん〜? どーもしないよ。知らないオッサンに話し掛けられただけ。…テンゾウの作った耳が、眼を惹いたんじゃね? さっき、女の子にも素敵な悪魔さんって言ってもらえたし」 もぐもぐ、とフォカッチャを咀嚼していたテンゾウが、ごっくんと飲み込んだ。 「だからそれは、素材がいいんですよ! カカシ先輩には、これからも時々モデルになってもらえたらいいなー、とか思ってるくらいで」 「……………特殊メイクのモデルぅ? あれってさ、ずっとじっとしてなきゃいけないのも多いんだろ? やだよ」 「え〜? ダメですか〜? なら、イルカ先輩は?」 イルカは首を振った。 「俺もパスだな」 「つれないなぁ」 と、カボチャは肩を落とした。 そのカボチャの口にもう一かけらフォカッチャを押し込み、残りをかじる。 「ま、でもそういうの好きな奴、絶対いるって。面白がって、変身させてくれってのがさ」 「そうかもしれませんけどぉ…」 そこに、マイクのスィッチを入れた時特有の軽いハウリングが聞こえた。 「ハッピー・ハロウィン! 皆様、ようこそお集まりくださいました」 ここで主催者のご挨拶か。招待客が全員揃ったんだろうな、きっと。 「このパーティの主催の、ファイアライトです。お楽しみ頂いておりますでしょうか」 オレらは、パチパチと拍手をした。 「皆様、気合の入った仮装をしてきてくださって、ありがとうございます。おかげさまで、華やかなパーティになりました。……ところで、ハロウィンといえばお決まりのトリック・オア・トリート。つまり、お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ、というフレーズなわけですが………すみません、もうお気づきの方もいらっしゃるでしょうが、今宵は問答無用で悪戯を仕掛けてあります」 会場の所々で苦笑めいた笑い声。 料理に紛れ込ませてある、サンプル食品のことだな。テンゾウがかじっちゃった、ニセのカナッペとかの。 「悪戯に引っ掛かってくださった方は、お気づきになったでしょうが………中に、紙が入っております」 思わず、テンゾウの顔を見る。 テンゾウは、小さく首を振ってイルカを見た。 その視線を受け、イルカは着物の袂から紙ナプキンの包みを取り出す。その仕草がまた、時代劇っぽくていい感じ。 紙ナプキンを広げ、カナッペの残骸をよく見れば。確かに、何か白い紙が混じっていた。 紙には『5』という数字が書いてある。 「その紙は、捨てないでくださいね〜! パーティの終わりに、ささやかなプレゼントがありますから。偽物をかじらせてしまった、お詫びです」 その教授のセリフに、会場がワッと沸いた。 つまり、偽の料理に当たった人はハズレじゃなくて当たりだったわけだ。 やったじゃん、テンゾウ。 もしかしたら、また鮨のストラップとかそういうプレゼントかもしれないけれど。 「このパーティは十時までです。お時間までゆっくりとお楽しみください」 また、ワッと拍手が起こった。 主催者の挨拶が終わったと見て、皆また各々の歓談に戻る。 オレも、カボチャに餌付けをしつつ、料理を堪能していた。 スパゲティもンマイわ、この店。さすが、食いしん…もとい、舌の肥えた教授が選んだ店だ。 「食べてる〜? カカシ君達」 オレはピッと指先を揃えて敬礼の真似をした。 「アイ・サー、キャプテン。御言葉に甘えて、モリモリ頂いています」 教授は嬉しそうに笑った。 「ん、そりゃあ何より。……ねえ、カカシ君、ちょっといいかな」 「何ですか?」 「君に、会いたいという人がいるんだけど」 |
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妙な外人登場。 2010/12/1 |