ハロウィン・ラプソディ -3
どこもかしこも、ハロウィンにちなんだカボチャのお菓子なんかを便乗商品で売りだしているし、TDLとか遊園地なんかはソレっぽいイベントやっているから、皆(世間一般的に)ハロウィンって名前くらいは知っているだろうけど。 今の日本においてはまだまだ、クリスマスほど浸透してないんじゃないかなって気がする。場所によっては町内の子ども会の行事としてやっているかもしれないけど、そこら辺の住宅地で、仮装した知らない子供達がいきなり押しかけてきて、お菓子をねだるってことは無いと思うし。 ………てなわけで。 ハロウィン当日だろうと、仮装のまま電車に乗るのは勇気が要る。少なくともオレにはその度胸は無い。 幸い、教授がパーティの為に借り切った店は、テンゾウの工房からタクシーで十五分くらいの場所だから、工房でメイクをしてもらってから直接行く事にした。 もちろん、イルカも一緒だ。工房の隅を借りて着替えさせてもらうことになっている。 テンゾウは、イルカの仮装を見てパチパチと手を叩いた。 「イルカ先輩は新撰組ですかー。よくお似合いです」 衣装をつけ、髪をいつもより高い位置で結い、ハチガネを巻いたイルカは時代劇の役者みたいだった。 「そうか? ありがとう。でもちょっと照れるな」 オレはテンゾウに耳の仕上げをしてもらいながら横目で見る。 「メイクはしないの?」 「メイク? このままでいいだろう? 映画の撮影をするわけじゃなし。それとも血糊でもつけるのか?」 「血糊ですか? ありますよ。やります?」 思いっきりマジなテンゾウの声に、イルカは苦笑しながら軽く手を振った。 「いや、やめておくよ。着物、あんまり汚したくないし」 イルカはオレの方に寄ってきて、特殊メイクの作業を珍しげに眺めた。 「へえ、上手いもんだなー。本物の耳みたいだ」 「ありがとうございます。…まあ、トンガリ耳くらいでしたら、まだ上級テクもいらないので、何とか」 「お前は何の仮装するんだ?」 教授に、連れてきたい友達がいるなら誘ってもいい、と言われていたので、テンゾウもパーティに誘ったのである。 「本当にボクもお邪魔してもいいんですか?」 「大丈夫、大丈夫。友達も誘っておいでって言われてるんだ、主催者に。…で、何やるのよ」 テンゾウはテヘッと笑う。 「ボクは…前に作ったマスクがあるので、ソレをかぶります」 「マスク?」 「はい。いかにもハロウィンですよ。ジャック・オ・ランタン。カボチャです」 そらぁベタだが、確かに今日しかかぶれないね、ソレ。 教授が借り切ったのは、広いフロアのイタリア料理の店だった。 半地下にある、南欧風の洒落たインテリアの店である。 入り口に簡単な受付があって、目元にヴェネチアのカーニバル風の仮面をつけ、タキシードを着た店員さん(だろう、たぶん)が招待状のチェックをしていた。やはり、不審人物に勝手に入り込まれたらマズイからだろう。 招待状、忘れずに持ってきて良かった。テンゾウも、オレ達の連れだと説明すると、あっさり中に入れてくれた。 店内は、ハロウィン・パーティにふさわしい飾りつけで埋め尽くされていて華やかだ。 オレ達が到着した時、会場にはもう結構人が集まっていた。 どういう人達に声を掛けたのか、老若男女入り混じった雑多な集まりだ。 皆、思い思いの凝った仮装をしている。 ハロウィンの定番・三角帽子の魔女に、包帯ぐるぐるのミイラ男(本人は透明人間のつもりかもしれない)、フランケンシュタインもどき。カウボーイに、何だかよくわからん宇宙人みたいなキラキラスーツの怪人。 イルカの言う通りだったな。 こういう場では、思いきった仮装をした方がいいんだ。恥ずかしがって中途半端な事をすると、かえって居心地の悪い思いをするかもしれない。 「や、いらっしゃいカカシ君」 「こんばんは、先生。お招きありがとうございます」 にこやかにオレ等を迎えてくれた主催者のコスチュームは―――あ、えーと…これは大航海時代? みたいな格好だった。 昔の帆船に乗っていた、あちらの海軍軍人さんがこういうスタイルだったよな? 「先生、それって海軍さんですか?」 教授はご自分の胸の辺りを手でポンと叩いた。 「うん、そうだよ。ご先祖様が昔、イギリス海軍だったらしいんだよね。ネルソン提督が活躍していたような頃くらいまで。何があったのかは知らないけど、海軍辞めてアメリカに渡って、商人になったみたいだけど………」 「ああ、なるほど。ご先祖様のコスプレですか」 教授はハハハ、と笑った。 「いや、こういうのは艦長クラスの軍服だから、ご先祖様が着ていたかは謎なんだ。どういう階級だったか、記録が無いんだもの。艦長やってたような御人なら、記録ぐらい残ってても良さそうなのに。もしかしたら、単なる水夫だったのかもね」 「………や、そこはいいんじゃないですか? 似合ってますし。少なくとも水夫の格好より」 シマシマTシャツよりは、肩章に金ボタンの方がこの人らしいものな。 「あはは、そう? ありがと。君もカッコイイねえ、それデビル? ……あ、凄い。特殊メイクじゃない、その耳」 「ええ。知り合いが、こういうの勉強しているんです。今日、一緒に連れてきました」 と、オレは後ろにいたカボチャの手を引く。 「ほら、ご挨拶」 「あの…初めまして、山門テンゾウといいます。お言葉に甘えて、お邪魔しました」 カボチャは生真面目にペコリと頭を下げる。 海軍の艦長さんもどきは、ニコリと微笑んだ。 「ヤマト君? 初めまして。ファイアライトです。今夜は楽しんでいってね。料理いっぱいあるからね、遠慮なく食べて、飲んでって」 「は、はい! ありがとうございます」 教授は、一番後ろのイルカにも気づいた。 「…お。いーね、イルカ君、すっごいキマッてる! ええと、何だっけ……見たことある、その着物………」 「こんばんは、教授。お招きありがとうございます。これは、新撰組ですよ」 イルカは腰に刀を差していたが、よく見たら簡単に抜けないように組紐で封じてあった。用心深いな、やっぱ。仮装の小道具が真剣だなんて、誰も思わないだろうけど。 「………思い出した。幕末に最後まで戦った、侍達だったね、確か」 「ええ。…この羽織がハデなんで、仮装には向いているかな、と」 ウンウン、と教授は頷いた。 「似合ってる。本物の侍みたいだよ」 新選組隊士と、イギリス海軍艦長の談笑風景か。 過去の亡霊、という意味では、二人ともそのものだな。うん、そう考えると、新選組ってハロウィンにふさわしい仮装だったわけだ。 「じゃ、皆楽しんでいってね。奥の方にバーカウンターもあるから。好きなもの、注文していいからね」 教授は手を振り、他の客に挨拶する為に離れていった。 後ろでポソッとカボチャが呟く。 「あの人が、カカシ先輩の雇い主さんの教授ですかー。またえらい派手な美形さんですね。若いし。…言語学の教授だっていうから、もっとお年寄りの方を想像していました」 「ははは。だろ? 大学でも目立ちまくっているよ、先生」 「それは先輩もでしょ」 「オレはそうでもないよ。髪の色だって、もっと派手なヤツいるし。バンドやってるような奴らに比べたら、オレなんて地味なものよ?」 そういうオレも、今日はロックバンドかよ、みたいなメイクだけど。 片方のつけ耳にはリングのピアスがズラッとついていて。 テンゾウのアイディアで、顔の左側にくどくならない程度の鱗(この鱗がまた、玉虫色で綺麗なんだ)を貼り付けて、目の周りにもラメっぽいのをちりばめ、唇に黒っぽいルージュまで塗って。髪にも少しだけメッシュを入れ、軽く立たせている。これでベースでも持っていたら、完璧それ系ロックバンドメンバーだな。 ちなみにシッポは、ゴム芯に黒いビロードを巻き付けた細いものだ。 これをフェイクレザーパンツの尻部分を少し切って差し込み、落ちないようにしっかり留めてある。パンツに穴は開いてしまったが、これはテンゾウのお仲間で裁縫の得意な子がちゃんと直してくれるそうだ。 あはは、とテンゾウが笑った。 「イルカ先輩、カカシ先輩こんなこと言ってますけど」 「ん〜? まあ、な。確かに、コイツは派手な格好をして自分から人目を引くような真似はしないけどな」 「ふふん。オレは地味に生きていくんだよ」 教授みたいな人は、自分が派手だとか目立っているとかいう自覚すらないだろうけど。 オレは彼とは根本的に違うんだ。一般庶民は、分相応に生きるのが一番なのよ。 ははは、とカボチャが乾いた声で笑う。 「………地味にね〜………。まあ、頑張ってください」 「コラ、カボチャ。何だ今のは」 カボチャはひそっとイルカに囁くポーズをする。 「この人、案外自分の事わかってないんですねー」 「うん。……でもま、わからんでもない。教授みたいな人を近くで見ていたら、自分は平凡な人間だって思えてくるものなんだよ。事実に関わりなく」 「ああ……それもわかるような気が」 何だよ、イルカまで。フン。好きに言ってろ。 「おや、イルカ君に…カカシ君か。いい夜だねえ」 その声に振り返ると、妖艶な美女が立っていた。 「ツナデ様! うわあ、迫力。綺麗ですねー!」 真っ赤なカツラ(?)は、連獅子の赤い方みたいで、目尻に朱を入れているのも歌舞伎を彷彿とさせるメイクだ。コスチュームは魔女っぽいけど、そこにも和風テイストをちょっと加えて、大人っぽい上品な仕上がりになっている。 「ふふ、ありがと。ウチの人が、あれだからね。ちょいとお揃いっぽくしてみたのさ」 と、ツナデ様が指差した先には、連獅子の白い方そのものがグラスを傾けていた。自来也先生が大柄な方なので、物凄い迫力。 やっぱツナデ様の頭、連獅子の赤い方だったんだ。確か、赤は子供の獅子だと記憶しているが………この際、細かい事は言いっこなしだな。 「うっわ、自来也先生、スゲー………あれってば、本物の衣装でしょう?」 「そ。レンタルだけどね」 くすくす、とツナデ様は笑った。 「やるからには、本格的にやると言ってね。顔の隈取なんかも、何回も練習したんだよ。そう言うお前さん達も、結構凝ってるじゃないか。イルカ君が新撰組で、カカシ君は悪魔かな? うんうん、二人ともいいよ。………私ゃ今までハロウィンとかあんまり関心無かったけど、仮装パーティってのもいいもんだね。皆、楽しそうだ」 そう言われて会場を見渡すと、みんな楽しそうに笑っている。 「そうですね。オレも、こういうハロウィン・パーティは初めてですけど。いい雰囲気ですね」 仮装をした人達が集うことで、普通のイタリアンレストランが非日常空間になっているのだ。その空気を吸って、更に皆さんテンション上がっているって感じ? 人間、たまには感覚(視覚とか嗅覚とか)を刺激してやった方が脳にいいらしいし、笑う事は健康に繋がるという。 そういう意味では、ハロウィン・パーティっていうのは持ってこいだな。 悪いが、お盆に墓参りしてもそういう効果は無いと思う。ご先祖の供養をしたぞ、という満足感と安心感で、心の平穏は得られると思うが。 「この店、料理も美味いよ。ラビオリとか、ラザニヤが得意みたいだね。それにイタメシ屋なのに、手巻き寿司とかもあるの。ありゃあきっと、ミナトが我がまま言ったんだろうさ。あの子、何故だか酢飯好きだから。あっちの壁際に皿があるよ。美味いモンが無くならないうちに、行って食べておいで」 「あ、はい。それじゃ失礼して、食ってきます」 イルカもにこやかにツナデ様に挨拶をして、忘れずに賛辞の言葉を送ってから、テンゾウを伴って皿を取りに来た。 こういうバイキング形式の立食パーティっていいよな。好きなものが好きなだけ食えて。 「ボンサイ、お前そんな被り物してて、食えるの?」 「そのボンサイってのやめてくださいよ、先輩」 「あれ、もう盆栽はやってないのか」 「そりゃ、今も好きですけど…………そうじゃなくてですね、ちゃんと名前で呼んでくださいってことです」 「そっか、悪い。んじゃ、テンゾウ。その格好で飲み食い出来るの?」 「心配ご無用です」 カボチャは、口の辺りに指を掛けた。するとパクン、と口の部分が開いたではないか。 「全開じゃないんで、ホットドックみたいなの齧れって言われると辛いですが。飲み物もストローを使えば、楽勝です」 「お。上手く出来てるなー。さすが」 「ははは、ボク、貧乏学生ですからね。パーティでロクに食えないような仮装はしませんよ」 オレは笑いながら皿をカボチャに渡してやる。 「だな。先生も遠慮なく食ってけって言ってたからさ。お言葉に甘えよう」 「はいっ」 オレも自分の皿を取り、先ずは手近にあったピザを載せる。そのピザを見て、オレはふとある事を思い出した。 このパーティの主催者のサプライズ好きと、かっぱ橋の一件を。 教授はあの本物と見紛うばかりのよく出来た食品サンプルを見て、何て言ってた? 「………でも気をつけろよ、テンゾウ。もしかしたら、この料理の中にニセモノが混じっているかもしれないからさ。先生、そういう悪戯大好きなんだよ」 「………………………………」 「テンゾ?」 「………………もう少し、早く言ってください………そういうの」 涙声。 ―――あ………遅かったか。 被り物の所為で、よく見えてなかったんだろうけどさ。 テンゾウは、作り物のカナッペを口に入れてしまったようだ。運の悪いヤツ。 イルカが苦笑しながら、カボチャに紙ナプキンを差しだしてやる。 それにしてもお前、一口目で教授の悪戯に引っ掛かるとは、ある意味凄いよ、うん。 |
◆
◆
◆
かっぱ橋の一件とは、『旅は道連れ世は情け・浅草観光編』での一幕。食品サンプルが気に入った教授は、ピザとパフェをお買い上げ。 2010/11/21
教授の仮装衣装をやっぱ変更。 2010/11/22 |